偏平足

山の石仏を訪ねて放浪中。その折々に出会った石仏を案内。

石仏693北横岳(長野)修那羅大天武

2016年11月07日 | 登山

北横岳(きたよこだけ) 修那羅大天武(しゅならだいてんぶ)


【データ】北横岳 2480メートル▼最寄駅 JR中央本線・茅野駅▼登山口 長野県茅野市蓼科の横岳ロープウェイ▼石仏 北横岳山頂にある大きなケルンのなか手、地図の赤丸印▼地図は国土地理ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山と渓谷社)から転載したものです


【里山石仏巡礼18】 八ヶ岳のそれぞれの山頂にはさまざまな石仏が鎮座している。権現岳には不動明王、赤岳にも不動明王、阿弥陀岳には阿弥陀如来、天狗岳には馬頭観音、蓼科山には天照大神。これはほんの一部で、たとえば阿弥陀岳にはほかにも、御岳山・諏訪神社・武尊神社・月山羽黒山湯殿山大権現・金毘羅など諸国霊山の文字塔があり、赤岳には成田山不動明王、龍頭山金毘羅神王の文字塔がある。中山道と甲州街道が合流する八ヶ岳山麓は、中部山岳の開山を目指す諸国霊山で修行を積んだ行者、あるいはその影響を受けた者が行き交ったところ。八ヶ岳の山にさまざまな石仏があるのは、こういう人たちがもたらした神々といえる。そういう行者の一人が八ヶ岳北山麓の修那羅山を拠点に活躍した修那羅大天武で、石像が八ヶ岳の北横岳に祀られていた。
 北横岳山頂の大小の石が積まれた中央に「修那羅大天武」の文字塔が立っていた。かたわらには頭部がない石像があり、これが修那羅大天武といわれている。しかし束帯姿のうえ頭部がない行者とは似つかわしくないので大天武とは違う像の可能性が大きい。この石像は三度ほど見たが、岩の下に転がっていたり、石に埋もれたりしていつも粗末に扱われている。石仏がブームになった昭和50年代、石仏愛好者は修那羅という文字に心をときめかせた。その奇妙な石仏に酔いしれたが、北横岳に修那羅のような空気はない。
 修那羅の石仏は自由奔放な像容と神仏の多さが特徴。これは当時の庶民の願いが多岐に渡っていた証でもある。その傾向は八ヶ岳にもあり、小さなピークにまで石仏が祀られている。西岳には首のない地蔵菩薩、阿弥陀岳の近くの摩利支天には女神姿の摩利支天、中岳には蚕玉大神の文字塔、横岳には愛染明王ほか諸神の文字塔があった。そして北横岳近くの大岳には頭部のない明王系の像と女神のような石仏がある。こうして見ると、八ヶ岳全体が修那羅的空間ではある。

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