テニスと読書とデッサンと!

恐怖の訪問者。

たしか床についたのは

日付けが変わる少し前だったと思う。

昼間干していた布団が気持ちよく、

たちまち心地いい睡魔に襲われ

ぼくはいつものように深い眠りの途についた。 

ところがしばらくしてなんだか

異様な息苦しさを胸に感じて目を覚ました。

誰かがぼくの上に乗っているような

重みを感じるのだ。

まさかそんなはずはない。

でも苦しくて身動きが取れない。

ちょうど柔道の上四方固めみたいに

上半身を押さえ込まれているらしい。

そう気づいたのは胸のふくらみのような

柔らかさを顔に感じたからだ。

明らかに人間、しかも女性みたい・・・

心臓が早鐘のように脈打っている。

荒くなる呼吸、硬直する筋肉。

手のひらが熱く汗ばんでいる。

 

力を振り絞って首をわずかに回転させ

デジタル時計を見ると2時26分。

ぼくはこの時点でこれは単なる金縛りではなく

得体の知れないものに押さえつけられている、

そんな言い知れない恐怖を感じた。

 

どれだけ時間が経過したのか。

それが10分のようでもあり、

1時間のようでもあった。

ぼくは誰にもお別れを言えずに

このまま締め潰されてしまうのか。

せめて最後に美味しい鰻を

お腹いっぱい食べてから

あちらの世界に行きたい。

そんなことを考えていたせいか、

ぼくは無意識に自分の唇を舐めた。

あぁそうか!舌だけは動かせるんだ。

そう気づいたぼくはぼくの上に

乗っている得体の知れないものに

抵抗を試みるつもりで

思いきり舌を突き出すと

舌は生温かい胸の膨らみに届いた。

「何するのよ、いやらしいわねえ!」

突然そんな声が聞こえたと同時に

急に身体の自由が利くようになった。

舌作戦が成功したのかどうかは

わからないけれど、

ぼくは何かを振り解くようにゆっくりと

上半身を起こした。

だけどデジタル時計のわずかな

光だけでは正体を見極められない。

 

「少しだけなら明るくしてあげてもいいよ」

ふいに女性の声が聞こえた。

身体の自由は利くものの

恐怖でこわばり喋ることができない。

ぼくが黙ったままでいると

次第に部屋の中がほんのり明るくなった。

その光は照明の明るさではなく

何かが発光しているような

心もとないぼんやりとした明るさだ。

暗さに目が慣れ少しずつ部屋全体が

見渡せるようになっても

声の主はシルエットがかろうじて見えるだけ。

 

「どう、私のことを思い出した?」

「輪郭しか見えないからわからないけど、

たぶん人違いだと思うよ。

ぼくは女性から恨まれるようなことは

した覚えなんてないしね」

そう答えようとしたけれど

やっぱり口が言葉を作り出せない。

それからまた長い沈黙の時間。

それが恐怖を増幅させていく。

いったい何が起こっているのだろう。

時計を見ると2時26分。

えっ、どういうこと?

 

「アタシのこと、怖い?」

「うん、じゅうぶん怖い。

キミは誰?ひょっとしてオバケ?」

「いやっ!そんな言い方!」

「やっぱり!オバケ・・なんだね?」

「えぇそうよ。だけどアタシ、

オバケなんて呼ばれたくない。

あなたには"幽霊ちゃん"って

呼んで欲しいわ」

「わかったよ、幽霊ちゃん。

キミはかわいい幽霊ちゃん?

それとも危ない幽霊ちゃん?」

「・・・かわいい幽霊ちゃんだと思う」

「じゃあぼくを呪い殺そうとしたり

不幸の手紙を送りつけたりしない?」

「するわけないわ。

あなたって意外と臆病なのね」

「気持ちよく寝入ったところに

急に上四方固めかけられたら

誰だってびっくりするよ」

「ごめんなさい。タンスの後ろから

じっと見つめた方がよかった?」

「いやいや、それはもっと怖いよ。

キミを思い出すために何かヒントが欲しいな」

「何かヒント?そうだ、

コカコーラの早飲み競争で

あなたに勝ったことがある。

どぉ、ピンときた?」

「あっ!」

「わかった?」

「だめ。思い出せない。

だいいちぼくはコーラの早飲み競争なんて

した覚えもないよ。

たぶんだけどさぁ、キミは人違いをしているよ」

「えっ、じゃあ傘を広げて2階の屋根から

飛び降りて足をくじいた時

アタシが病院まで付き添った記憶もない?」

「ないない。ぼくはけっこうアホだけど

そこまで筋金入りのアホじゃないし」

「やだーっ!アタシったら。

てっきりあなただと思って押さえ込んじゃった。

怖い思いをさせてしまってごめんなさい」

「まぁ、いいよ。誰にでもあることさ。

じゃあこれからまた寝直すから

そろそろお引き取り願えるかい?」

「ねぇ、どうしてアタシが幽霊ちゃんになったか

聞きたくないの?」

「聞いてあげてもいいけど、あんまり深入りすると

キミが居着いちゃいそうな気がするもの」

「それもそうね。じゃあまた機会があったら・・・」

「ないないない!こんな機会がまたあっちゃ

心臓がいくつあっても足りなくなるよ」

「ねぇ、あなたにひとつお願いがあるんだけど

聞いてもらえるかしら?」

「まだ何かあるの」

「アタシが人違いをして

あなたを上四方固めしたこと誰にも言わないで」

「フェイスブックに載せようかと

思っているんだけど、ダメなの?」

「ダメよ。絶対にやめて!

証拠写真も撮ってないから

誰も信用してくれないでしょ」

「それもそうだね。分かったよ、

フェイスブックは諦めるよ」

「ありがとう!だけどアタシ、

あなたに上四方固めしてとても楽しかったわ」

「あぁ、ぼくもかわいい幽霊ちゃんに

上四方固めされて幸せだったさ」

「アタシのこと、忘れないでくれる?」

「うん。インパクトが強すぎて忘れようがない」

「まぁ、あなたったら!」

かわいい幽霊ちゃんのクスッと笑う声が聞こえた。

そして幽霊ちゃんの気配はいつのまにか消え、

ぼくの寝室は静まり返った。

ぼくは横になり幽霊ちゃんは

なんで人間違いなんかしたのだろうと

思いを巡らせているうちに眠くなった。

眠りに落ちる前にぼくは舌を突き出してみたけど

もう何かに触れることはなかった。


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コメント一覧

Unknown
楽しみにしています😃
boomooren5933
すみません、ときどきこんなくだらないことを書きます。本当は中ぐらいに怖かった体験(夢の中での体験)も、ものすごく怖かった体験(これは実体験)もあるんですが、その話はお盆のあたりで投稿しますね。読んでいただけて嬉しいです。
Unknown
こんばんは🌙😃❗夢中になって読んでしまいました 最初は怖かったけど徐々に平気になり読みました❗       sakurako
本当に幽霊ちゃんだったのかな?
いつもありがとうございます🙇
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