さてギリシャは、神の御告げによりかつて結ばれていた文字を擲ったあと、親戚の縁でフェニキア文字を伴侶としていたが、彼らの間には子がなかった。
フェニキアは誰もが羨むほど美しくギリシャもとても愛していたが、神がその胎を開かせなかったからである。
フェニキアはギリシャに言った。
「ご覧ください。主は私があなたの子を産めないようにしておられるようです。
どうぞ、私が連れて来た婢女のところにお入りください。彼女が産んだ子を私たちの子としてくださるなら私はそれで構いません。」
ギリシャはフェニキアの言うことを聞き入れた。フェニキアは、自身の婢女であるヘブルを妾としてギリシャに与えた。
ギリシャはヘブルのところに入り、ややして彼女は身ごもった。ヘブルは、自分が身ごもったのを知って、自分の女主人を軽く見るようになった。
これを感じたフェニキアは捲し立ててギリシャに言った。
「私が今味わっているこの屈辱は、あなたが味わうべきです。
後継ぎのないあなたを思って、涙を飲んで自分の女奴隷をあなたに与えたのに、あの女は自分が身ごもったやいなや、私を蔑んで見るようになりました。あなたがこれを咎めないなら、主が、厳しくおさばきになりますように。」
ギリシャはフェニキアに言った。
「落ち着きなさい。あなたの婢女は、あなたが処分すれば良いではないか。」
それで、フェニキアがヘブルを苦しめたので、ヘブルはフェニキアのもとから逃げ去った。
主の使いは、荒野にある泉のほとりで、彼女を見つけた。
そして言った。「あなたはフェニキアの女郎ヘブルではないですか?あなたはどこへ行くつもりですか?」
すると彼女は言った。「私は女主人のもとから逃げているだけで、行き先などあてもありません。」
主の使いは彼女に言った。「この先には何もない。あなたの女主人のもとに帰りなさい。あなたが奢っていたことは確かなのだから、それを詫びて誠心誠意彼女のもとで仕えなさい。」
また、主の使いは彼女に言った。
「今、あなたは男の子を身ごもっている。何も心配することはない、主が、あなたの苦しみを顧みられたから。神はあなたの子孫を増し加える。それは、数えきれないほど多くなる。その子らは、野生のろばのように自由に逞しく生きてゆくだろう。」
主の使いに言われた通り、女主人に土下座して戻ったヘブルは、程なくして男の子を産んだ。ギリシャは、ヘブルが産んだその男の子をスラブと名づけた。
さて、まもなくして主はギリシャに言われた。
「わたしは、おまえの子孫を増やし、そこから王たちが、出てくるだろう。
ただしそのためには、わたしとの間に立てる永遠の契約を子々孫々にわたって守らなければならない。
その契約とは割礼、つまり文字を囲っている部分を切り捨てるということと、今ある文字のみならず新しく生まれた文字も決して円や四角で囲わないということ。それが、わたしとお前たちとの間の契約のしるしとなる。
お前たちの中の文字はみな、家で生まれたしもべも、異国人から金で買い取られた、お前の親族ではない者もそうである。
無割礼の文字、それはお前の一族から断ち切られなければならない。なぜならそれは文字ではなく記号となるからだ。
これから多民族間での交流や民の活動が進むにつれ直感的に認識できる記号が必要となる。
しかし文字を記号にすることは私は許さない。絶対にだ。以前に誰もがわかる記号を積み重ねて言葉を作ろうとした連中はまとめて滅ぼした。」
そこでギリシャは、自身とその子スラブはもちろん、そのほか使用人や奴隷も含め、すべての男子を集め、神が彼に告げられたとおり、その日のうちに彼らの包皮の肉を切り捨てた。
それを見て神はギリシャに仰せられた。
「私はお前の妻フェニキアを祝福し、来年の今頃男の子が生まれる。わたしは彼とも契約を立て、それを彼の後の子孫のために永遠の契約とする。」
フェニキアは、陰でこっそりと聞いていたが心の中で笑って、こう言った。「年老いた私が子を産むなど。それに主人も年寄りなのに。」
主はギリシャに言われた。
「お前の妻は私の言葉を笑って、嘘だと思っているようだが」
フェニキアは恐怖のあまり打ち消して言った。
「私は笑ったわけではありません。」
しかし、主は言われた。「いや、確かにお前は私の言葉を笑った。」
主が約束したとおりに、フェニキアは身ごもり、ギリシャそっくりの神話を産んだ。
ギリシャは、フェニキアが自分に産んだ子をイサクと名づけた。
そしてギリシャは、神が命じられたとおり、生後八日になった自分の子イサクに割礼を施した。
その子は育って乳離れした。ギリシャはイサクの乳離れの日に、盛大な宴会を催した。
フェニキアは、ヘブルが産んだ子スラブが、イサクをからかっているのを見た。
それで、ギリシャに言った。「この婢とその子を追い出しますがいいですか?
婢女の子は、私の子イサクとともに跡取りになるべきではないのですから。」
このことで、ギリシャは非常に苦しんだ。それが自分の子に譲る財産に関わることだったからである。
神はギリシャに仰せられた。「その少年とその母親のことで悩んではならない。フェニキアがあなたに言うことはみな、言うとおりに聞き入れなさい。というのは、インドにあって、お前の子孫が起こされるからだ。
しかし、あの女奴隷の子も、わたしは一つの民族とする。彼も、お前の子孫なのは誰の目にも明らかなのだから。」
翌朝早く、ギリシャは、パンと、水の皮袋を取ってヘブルに与え、彼女の肩に担がせ、その子とともに彼女を送り出した。それで彼女は行って、荒野をさまよった。
皮袋の水が尽きると、彼女はその子を一本の灌木の下に放り出し、
自分は、弓で届くぐらい離れた向こうに行って座った。「あの子が死ぬのを見たくない」と思ったからである。彼女は向こうに座り、声をあげて泣いた。
神は少年の声を聞かれ、神の使いは天からヘブルを呼んで言った。「ヘブルよ、どうしたのか。恐れてはいけない。神が、あそこにいる少年の声を聞かれたからだ。
立って、あの少年を起こし、あなたの腕でしっかり抱きなさい。わたしは、あの子を大いなる国民とする。」
神がヘブルの目を開かれたので、彼女は井戸を見つけた。それで、行って皮袋を水で満たし、少年に飲ませた。
神が少年とともにおられたので、彼は成長し、荒野に住んで、弓を射る者となった。
これらの出来事の後、神がギリシャを試練にあわせられた。
神は仰せられた。「あなたの子、あなたが愛しているひとり子イサクを連れて、わたしがあなたに告げる一つの山の上で、彼を全焼のささげ物として献げなさい。」
翌朝早く、ギリシャはろばに鞍をつけ、二人の若い者と一緒に息子イサクを連れて行った。ギリシャは全焼のささげ物のための薪を割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ向かって行った。
三日目に、ギリシャが目を上げると、遠くの方にその場所が見えた。
それで、ギリシャは若い者たちに、「おまえたちは、ろばと一緒に、ここに残っていなさい。私と息子はあそこに行き、礼拝をして、おまえたちのところに戻って来る」と言った。
ギリシャは全焼のささげ物のための薪を取り、それを息子イサクに背負わせ、火と刃物を手に取った。二人は一緒に進んで行った。
イサクは父ギリシャに話しかけて言った。「お父さん。」彼は「何だ。わが子よ」と答えた。イサクは尋ねた。「火と薪はありますが、全焼のささげ物にする羊は、どこにいるのですか。」
ギリシャは答えた。「わが子よ、神ご自身が、全焼のささげ物の羊を備えてくださるのだ。」こうして二人は一緒に進んで行った。
神がギリシャにお告げになった場所に彼らが着いたとき、ギリシャは、そこに祭壇を築いて薪を並べた。そして息子イサクを縛り、彼を祭壇の上の薪の上に載せた。
ギリシャは手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
そのとき、主の使いが天から彼に呼びかけられた。「ギリシャ、ギリシャ。」彼は答えた。「はい、ここにおります。」
御使いは言われた。「その子に手を下してはならない。その子に何もしてはならない。今わたしは、あなたが神を恐れていることがよく分かった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しむことがなかった。」
ギリシャが目を上げて見ると、見よ、一匹の雄羊が角を藪に引っかけていた。ギリシャは行って、その雄羊を取り、それを自分の息子の代わりに、全焼のささげ物として献げた。
主の使いは再び天からギリシャを呼んで、
こう言われた。「わたしは自分にかけて誓う──主のことば──。あなたがこれを行い、自分の子、自分のひとり子を惜しまなかったので、
確かにわたしは、あなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように大いに増やす。あなたの子孫は敵の門を勝ち取る。
あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたが、わたしの声に聞き従ったからである。」
ギリシャが皆のところに戻ると、ある晩、神の啓示を受け、天にまで続く階段を見つけた。それは雲も空も突き抜けて、どこまでも続いているように終わることに見えた。
地の全ての国々はギリシャに誘われ、自分たちのまことの領土を見出すようになった。
ギリシャもやがて息を引き取ったが、死ぬまで神への感謝と畏敬を忘れなかった。神がギリシャに仰せになったことは全て実現し、今もなお色褪せない輝きを放ち続けている。
主は現れのとき、御自身のことを「私はギリシャの神である」と仰せになって常にギリシャへの友愛を口にされていた。
主が友として愛され、心を許されたのはギリシャのみである。彼の子孫もそれなりに特別扱いされたがそれはギリシャの系譜であるからというだけであった。
使徒や預言者も彼には遠く及ばなかった。