goo blog サービス終了のお知らせ 

gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

8月20日の祈祷会の内容です。

2025-08-19 19:48:00 | 日記
祈祷会    サムエル記上17:26~40「戦いの準備をするダビデ」  2025.8.20

 イスラエルの王サウルの時代に、イスラエルはペリシテ人との戦いの中にありました。ペリシテ軍は一方の山に、イスラエル軍は谷を挟んでもう一方の山に陣取りました。ペリシテの陣地から1人の戦士が進み出てきました。その名をゴリアトといいガド出身で、身長は2.8mもあり、しっかりと武装していました。ゴリアテは立ちはだかり、イスラエルの戦列に向かって「今日、わたしはイスラエルの戦列に挑戦する。相手を1人出せ。一騎打ちだ」と呼ばわりました。サウルとイスラエルの全軍は、このペリシテ人ゴリアトの言葉を聞いて恐れおののくのです。イスラエルの側では誰一人、出て行くことはできません。ゴリアトは少年の頃から戦士であり、戦いに慣れていて、絶対に勝つ自信があったのでしょうか。そうでなければ、このような戦いを仕掛ける勇気はないと思います。その絶対的な自信が、ゴリアトの敗北の理由となっていくような気がします。

 そこにダビデが登場するのです。ダビデは、サムエル記上16章で、サムエルを通して油を注がれています。ここでは、サウル王の心の病のために、竪琴の名手として登場して来ます。サウル王が心の病で苦しんでいる時に、ダビデは傍らで竪琴を弾きますと、サウル王は心が安まって気分が良くなっていきます。このようにダビデの役割は、竪琴の名手としての働きでした。この17章では、戦いの勇士として登場して来るのです。ダビデはユダのベツレヘムの出身で、エッサイの息子でした。エッサイには8人の息子たちがいました。上の3人は、この時にペリシテ人との戦いに出ていました。末っ子がダビデだったのです。ダビデは行ったり来たりして、サウルに仕えたり、ベツレヘムの父の羊の世話などをしていました。ある日、エッサイはダビデに、「戦地で戦っている兄たちに、食事をもって行きなさい。そして、兄たちの安否を確かめ、そのしるしをもらって来なさい」と命じました。

 ダビデは翌朝、父が命じたものを担いで出かけました。戦地に着き、兄たちに食料を渡します。そこにペリシテ人ゴリアテが出て来て、一騎打ちを求め、叫びます。イスラエル兵は皆、ゴリアトを見て、後退し、甚だしく恐れています。ダビデは周りにいる兵に「あのペリシテ人を打ち倒し、イスラエルからこの屈辱を取り除く者は、何をしてもらえるのですか。生ける神の戦列に挑戦するとは、あの無割礼のペリシテ人は一体何者ですか」と聞いています。ここで兵士は、ゴリアトに挑戦し、戦い、勝利した者には、サウル王から御褒美をもらえるといいました。ダビデにとって問題は、サウル王からの御褒美ではなく、なぜ、神に選ばれたイスラエルが、1人のペリシテ人の前で恐れおののいているのかということです。この時に、ダビデが他の兵と話しているのを見て、長男エリアブは「何をしにここに来たのか。荒れ野にいるあの少しばかりに羊を誰に任せて来たのか。お前の思い上がりと野心はわたしが知っている。お前が来たのは、戦いを見るためだろう」とダビデに腹立てていいます。ダビデは反論して「わたしが今、何をしたというのですか。話をしているだけではありませんか」といいます。ダビデのいったことはサウル王に知られることになります。

 ダビデはサウル王に「あの男のことで、だれも気を落としてはなりません。僕が行って、あのペリシテ人と戦いましょう」といいます。サウル王は「お前が出てあのペリシテ人と戦うことなどできはしまい。お前は少年だし、向こうは少年の時から戦士だ」といって、無理だというのです。少年と大男ゴリアトの戦いでは、勝敗が目に見えている、ダビデの敗北は明白だというのです。人間的な視点で見れば間違いのないことだと考えます。しかし、ダビデはサウル王に「僕は、父の羊を飼う者です。獅子や熊が出て来て群れの中から羊を奪い取ることがあります。その時には、追いかけて打ちかかり、その口から羊を取り戻します。向かって来れば、たてがみをつかみ、打ち殺してしまいます。わたしは獅子も熊も倒して来たのですから、その無割礼のペリシテ人もそれらの獣の一匹のようにしてみましょう。生ける神の戦列に挑戦したのですから」と強くいっています。ダビデは更に「獅子の手、熊の手からわたしを守ってくださった主は、あのペリシテ人の手から、わたしを守ってくださるに違いありません」と強くサウル王にいいます。

 サウルはダビデに「行くがよい。主がお前と共におられるように」といって、戦いに出ることを承知します。サウル王は自分の装束をダビデに着せました。しかし、当然のようにサウルの武具はダビデには合いません。ダビデはサウル王に「こんなものを着たのでは、歩くこともできません。慣れていませんから」と答えて、サウル王の装束を脱ぎ去り、自分の杖を手に取ると、川岸から滑らかな石を5つ選び、身に着けていた羊飼いの投石袋に入れ、石投げ紐を手にして、そのペリシテ人ゴリアトに向かって行きます。いよいよダビデとゴリアトの戦いが始まろうとしていきます。

 ペリシテ人の大男ゴリアトの前に恐れおののくイスラエルの兵士たち、その中で、ダビデだけが恐れることなく、戦いに出て行くことができるのでしょうか。ダビデ自身もいっているように羊飼いとしての経験、獅子や熊との戦いがあり、勝利して来た経験があり、またイスラエル軍が生ける神の戦列と理解していたからでしょうか。ダビデは、羊飼いとして、また竪琴の名手として、神との交わりがあり、神がダビデと共にいてくださり、守り導いてくださっているという経験の中で、ゴリアトの前に出て行くことができたのでしょう。私たちは、このダビデの神への信仰と行動を見て、何を学ぶことができるのでしょう。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございます。巨大な敵であるゴリアトの前に、少年ダビデは戦いに出て行こうとします。神が共にいてくださり、必ず勝利を与えてくださるという信仰があったのでしょう。私たちもダビデの信仰と行動から、何を学ぶことができるのでしょうか。私たちも大きな困難と試練を前にして、神の導きを信じて歩むことができますように導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                                」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)


8月17日の礼拝の内容です。

2025-08-16 16:28:00 | 日記
8月17日の礼拝の内容です。讃美歌は、83.352.402.474.27です。
礼拝のオンライン配信は、「瀬戸永泉教会」YouTubeチャンネルから入ってください。

礼拝説教      使徒17:28~34「神の中に生きている」     2025.8.17

 8月13日~16日までは、日本ではお盆でした。日本の大切な仏教行事として毎年、この時期に守られています。お盆は先祖の霊を迎え、供養するのです。先祖が浄土から現世戻って来る期間とされています。このように日本に住んでいるといろいろな宗教の影響を受けていることが分かります。特に、神道や仏教の影響下の中で生きているといってもいいと思います。その中で、キリスト者として生きる意味を考えていきたいと思います。

 使徒言行録を読んでいます。使徒言行録は、イエス・キリストの福音がエルサレムから当時の中心地であったローマにまで伝えられる内容が書かれてあります。今日の聖書の箇所は、パウロの第2回伝道旅行の中のアテネでの伝道の様子が書かれてあります。当時のアテネの町はギリシャ哲学の中心地でした。アリストテレス、ソクラテス、プラトンなど有名な哲学者が生まれました。またエピクロス派やストア派などの学派も誕生しました。その一方で多くの神々もあったのです。その中には名前がついていない神も多くありました。前に、アテネの町を疫病が蔓延し、多くの人々がなくなったということがありました。このようにアテネの町は哲学と宗教の盛んな環境にあったのです。

 そのアテネの町に、パウロは1人で入りました。聖徒言行録ではパウロはアテネの町に入って、至る所で偶像があるのを見て憤慨したと書いています。イエス・キリストの福音を伝える必要性を強く感じたのでしょうか。パウロはアテネのアレオパゴスの真ん中に立って、アテネの町の人々にイエス・キリストの福音を語り始めます。アテネでの説教といわれるものです。それまでのパウロの説教は、ユダヤ人や神をあがめる人々へのものがほとんどでした。ところが、このアテネでは、旧約聖書のことを全く知らない人々が対象となっていて、そこでの説教として非常に注目されています。

 パウロはまず、アテネの人々が多くの神々を信じていること、また神に名がついていないことをあげて、アテネの人々が信仰のあつい方だと認めて、話し始めていきます。多くの神々の祭壇があること、知られざる神と刻まれている祭壇を見つけて、あなたがた知らずに拝んでいるもの、それをお知らせしましょうと始めていきます。ここからパウロは聖書の神をそのまま伝えていきます。神は天地を創造された方であること、この世界とそのすべてを造られた方、神は天地の主だから、人の手で造った神殿には住むことはないこと、人の手によって仕えてもらう必要もないこと、すべての人間の命と息を与えてくださった方、神は1人の人からすべての民族を造り出して、地上の至る所に住まわせ、季節を決め、人々の居住地の境界を決められたということです。このことは人に神を求めさせるためであり、人々が神を探し求めさえすれば、神を見出すことができるということです。パウロはここであるギリシャの詩人の詩を引用して「我らは神の中に生き、動き、存在する」「我らもその子孫である」といっています。

 人々が自分の中を見つめると、神を見い出すことができるといっているのです。そして、ここで私たちは神の子孫であるといっています。私たちはまさしく神から生まれ、神の子、神の子孫です。だから、神である方を、人間が造った金や銀、石などの像と同じものと考えてはいけないというのです。私たち人間は、神によって造られたのです。そのことを人間の罪は、自分を本当に造ってくださった方を忘れてしまっています。そのことが長く続きました。神はこのような無知の時代を、大目に見てくださっていましたということです。しかし、今は、どこにいる人でも皆、悔い改めるようにと、命じているとパウロはいいます。この悔い改めの意味は、悪いことをやめて、良いことをするということではありません。方向転換を意味しています。今まで、人間は自分中心にいきていましたが、本来は、神を中心に生きていくということです。

 パウロは、「神が先に選ばれた1人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです」といっています。神によって選ばれた1人の方というのは、イエス・キリストであることがすぐに分かります。

 私たちの住む世界にはいろいろな宗教があります。身近なところでは、神道や仏教です。私たちの日常生活はそのような宗教の影響を受けて生活しています。その宗教の影響を避けることはできません。この世界にはいろいろな多くの宗教が存在しています。私たちがキリスト教で生きるというのは、それがすべてになってしまいます。キリスト教だけが、この世界にあって唯一の救いなのだということです。神が先に選ばれた1人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからだといいます。聖書によると、神は私たちを造ってくださいました。私たち人間は神に似せて造られたのです。神から特別な存在として創造されたのです。神を愛するために、人間は創造されたといってもいいと思います。しかし、人間はアダムとエバの時代に、神を愛さない道を選びました。神から離れて生きる道を選んだのです。そのことを罪といいます。罪を犯した人間に死が入って来ました。人間は自分の犯した罪によって死ぬことになったのです。そのようなわけで、私たち人間は死ぬ存在となり、誰もが死んでいきます。

 人が死んだらそれで終りと考えてしまいますが、実はそれでは終らないのです。最後の審判というのが待っているのです。それが、イエス・キリストがこの世を正しく裁く日を決められたという意味です。マタイの25章に分かりやすく書いてあります。

マタイ25:31~34,41,46
人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。
それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。
こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。

 人の子であるイエス・キリストが再臨する時に、この世の終りが来て、最後の審判が行われるのです。この世に生きた1人1人が、イエス・キリストの前に出て、どう生きたかが審判されていくのです。右に分けられた人は神の国へと招かれます。左に分けられた人は、永遠の火、永遠の罰を受けるとあります。最後の審判があることをパウロはここでいっています。すべての人間は罪人であり、右に行くことができる人は誰もいません。すべての人が左に行くことになります。永遠の火、永遠の罰を受けるということです。永遠の火、永遠の罰とはどのような世界なのでしょうか。

 イエス・キリストに選ばれて、右に行くことができる人がいます。それがキリスト者です。私たちは罪人であり、誰一人神の赦しを得ることができません。しかし、イエス・キリストが十字架にかかり、私たちの罪のために死んでくださいました。そして、3日後に復活してくださったのです。このイエス・キリストの十字架による罪の贖い、赦しを信じることによってのみ、私たちは赦されて、右に行くことができ、神の国に入る資格を与えられるのです。イエス・キリストを信じることによって救われるといわれますが、最後の審判の時に罪が赦されて、神の国に入り、永遠の命と復活の命を与えられていくのです。

 神は私たち人間を創造された時、神に似る者として造られたといいました。それは、私たち1人1人に自由意志が与えられているということです。その与えられた自由意志で、私たち自身1人1人の責任がここで求められています。私たちがキリスト教を信じて生きるということは、絶対的なものを持って生きるということです。その上で、いろいろな宗教と共に生きることが求められています。

祈り 神よ、あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。私たちはいろいろな宗教の中で生きています。でも、あなたのみを唯一の神を信じて生きています。イエス・キリストを信じることによってのみ救われることを確信して生きることができますように導いてください。また、いろいろな宗教のある中でどのように生きていけばいいのか知恵を与えてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。


8月13日の祈祷会の内容です。

2025-08-12 10:11:00 | 日記
祈祷会     サムエル記上17:1~25「ダビデとゴリアト」    2025.8.13

 サムエル記上16章で、ダビデが初めて登場して来ます。神はサウルに変わって新しいイスラエルの王としてダビデを選んだのです。では、サウルはイスラエルの王でなくなるかといえば、そうではなく王のままです。神はサムエルを通して、ダビデに王としての油を注ぎますが、まだイスラエルの王とにはなっていません。ダビデがイスラエルの王となるのは、サウルが戦死し、サムエル記下になってからです。16章でのダビデの役割は、神の霊がサウルから離れて、サウルが心の病となってしまいました。いろいろな悪夢を見るようになっていくのです。サウルの苦しみの中で、ダビデは竪琴の名手として登場して来るのです。サウル王が悪夢で苦しむ、その時にダビデはサウル王の傍らで竪琴を引きながら、癒しを与えるというものです。サウルが苦しむ時、ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなることができました。

・17:1~3、イスラエルとペリシテの戦い
 ペリシテ人がイスラエルとの戦いに備えて、軍隊を招集します。一方、サウルとイスラエルも兵を集結し、エラの谷で陣を敷き、戦いに備えます。ペリシテ軍は一方の山に、イスラエル軍は谷を挟んでもう一方の山に陣取りました。

・17:4~11、ペリシテ人ゴリアトの登場
 ペリシテ軍の陣地から1人の戦士が進み出て来ます。その名をゴリアトといい、ガド出身で、背丈は6アンマ半(約2.8m)でした。頭に青銅の兜をかぶり、身には青銅のうろこのあるとじの鎧を着、足には青銅のすね当てを着け、肩には青銅の投げ槍を背負っていました。槍の柄には機織りの巻き棒のように太く、穂先は鉄でできていました。ゴリアトの前には盾持ちがいたのです。ゴリアトは立ちはだかり、イスラエルの戦列に向かって呼ばわって「どうしてお前たちは、戦列を整えて出て来るのか。わたしはペリシテ人、お前たちはサウルの家臣、1人選んで、わたしの方へ下りて来させよ。その者にわたしと戦う力があって、もしわたしを討ち取るようなことがあれば、我々はお前たちの奴隷となろう。だが、わたしが勝ってその者を討ち取ったら、お前たちが奴隷となって我々に仕えるのだ」といいます。更に、ゴリアトは続けて「今日、わたしはイスラエルの戦列に挑戦する。相手を1人出せ。一騎打ちだ」と叫びます。ゴリアテの声を聞いたサウルとイスラエルの全軍は恐れおののくのです。

・17:12~25、ダビデの登場
 ダビデは、ユダのベツレヘムの出身で、エッサイの息子でした。エッサイには8人の息子がいました。エッサイはサウルの時代、人々の間で長老だったということです。エッサイの3人の息子たちも戦いに出ていました。長男エリアブ、次男アビナダブ、三男シュンマです。ダビデは末っ子でした。このダビデは行ったり来たりして、サウルに仕えたり、ベツレヘムで父の羊の世話などをしていました。さて、エッサイはダビデに「兄さんたちに、この炒り麦1エファと、このパン10個を届けなさい。陣営に急いで行って兄さんたちに渡しなさい。このチーズ10個は千人隊長に渡しなさい。兄さんたちの安否を確かめ、そのしるしをもらって来なさい」といいます。

 サウルとイスラエルの兵は皆、ペリシテ軍とエラの谷で戦っていました。ダビデは父の命令を聞いて、翌朝早く起き、羊の群れを番人に任せ、父が命じたものを担いで出かけました。ダビデが陣営に着くと、兵は鬨の声をあげて、戦線に出るところでした。イスラエル軍とペリシテ軍は、向かい合って戦列を敷いていました。ダビデは持参した物を武具の番人に託すと、戦列の方に走って行き、兄たちの安否を尋ねるのです。ダビデが兄たちと話している時に、ペリシテ人のゴリアトがペリシテ軍の戦列から出て来て、いつも言葉を叫びました。この声をダビデは聞いたのです。イスラエルの兵は皆、ゴリアトを見て後退し、甚だしく恐れるのです。

 イスラエルの兵は「あの出て来た男を見たか。彼が出て来るのはイスラエルに挑戦するためだ。彼を討ち取る者があれば、王様は大金を賜るそうだ。しかも、王女をくださり、更にその父の家にはイスラエルにおいて特典を与えてくださるということだ」といいます。ダビデは周りに立っている兵に「あのペリシテ人を打ち倒し、イスラエルからこの屈辱を取り除く者は、何をしてもらえるのですか。生ける神の戦列に挑戦するとは、あの無割礼のペリシテ人は一体何者ですか」と聞きます。

 まもなくダビデは、ペリシテ人ゴリアトとの1対1の戦いに出て行きます。相手は巨人で戦いの勇者です。一方でダビデはまだ少年でした。人間的な視点では、この戦いはまったく無謀な戦いになります。圧倒的にダビデが不利なことは、誰の目にも明らかでした。それを分かってもダビデは戦いに出て行こうとします。ダビデはゴリアトとの戦いの前に、何を確認して出て行くことができたのでしょうか。自分の命がかかっているのです。恐れることはなかったのでしょうか。

 私たちの人生にも、このような大きな試練と向き合うことが起って来ます。その時に、どう立ち向かうことができるのでしょうか。このダビデのように、大胆に出て行くことができるようになるためには、何が私たちには必要なことでしょうか。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございます。大きな敵を前にしてダビデは、恐れることなく戦いに出て行こうとします。大きな壁に、私たちは人生の中で出会います。その時に、私たちはその大きな壁に恐れて、ひるんでしまいます。その大きな壁を避けていこうとします。でも、また新しい大きな壁と出会うことになります。大きな壁とどう向き合い、克服していけばいいのかを神の知恵を教えてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                              」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)


8月10日の礼拝の内容です。

2025-08-09 20:49:00 | 日記
8月10日の礼拝の内容です。讃美歌は、57.351.361.451.26です。
礼拝のオンライン配信は、「瀬戸永泉教会」YouTubeチャンネルから入ってください。

礼拝説教      使徒17:22~27「世界を造られた神」   2025.8.10

 日本に住んでいる私たちは、自然豊かな場所に住んでいます。四季があり、暑い時も寒い時もあります。今は夏、最近では異常な熱さが、私たちに日常生活を襲います。クーラーをつけないと生きていけないそんな環境になってしまいました。今まで経験したことのない熱さを日々過ごしています。ただ、本来日本は四季豊かであり、季節の変化を楽しみながら生きてきました。その豊かな自然の変化の中で、宗教として仏教や神道があります。普段は感じないかもしれませんが、年末や正月などや人の死などに、その宗教の中に生きていることを感じるのです。

 私たちは仏教や神道の中で生きているといってもいいかもしれません。それが、私たちは教会に来ている、キリスト教を信じているキリスト者として生きているのです。日本の中でキリスト教徒は少数者ということができると思います。私たち1人1人は、人生のいろいろな場面で、キリスト教と出会い、教会に来るようになって、キリスト者として歩んでいるのです。

 少し前のことです。1人の若者が、私たちの教会の祈祷会に参加していました。名前は仏教の影響を受けた名前でした。その若者は、人生の中で仏教に出会い、また、少しですが、キリスト教にも興味を持って、祈祷会に来るようになりました。短い時間でしたが、真剣に聖書のことを学ばれ、するどい質問もしていました。本当に求道とはこのようなことをいうのかと感じるのでした。その後、来ることはなくなりましたが、風のうわさで、彼が仕事を止めて、出家して仏門の道を歩み始めたということでした。彼はいろいろと悩まれ、そして、仏教にかけてみようと決断したのでしょう。彼の本当の気持ちは分かりませんが、良き歩みとなりますようにと祈りたいと思います。

 ふと、自分のことを振り返ると、私の田舎は神社が中心の生活でした。四季の移り変わりには、神社のいろいろな行事があり、親はそのことでよく神社に行っていたことを思い出します。そんな私が高校生の時に、教会に行って、キリスト者となって、神学校に行って、牧師として歩み続けていることは本当に不思議なことだと改めて思うのですが、今思うに、自分が神道とキリスト教を比較して、キリスト教を選んだという気持ちはないのです。今までの人生を振り返ると、ただ神の導き以外ないということができます。神に導かれて、今日までキリスト者として歩むことができたと思っています。

 ここに集まっている私たち1人1人も、それぞれの神との出会いがあったと思います。1人1人違う神の導きです。さて、使徒言行録に入っていきたいと思います。ここは、パウロの第2回伝道旅行の様子が書かれてあります。アテネでの伝道の様子が書かれてあります。先週もお話したのですが、当時のアテネの町は、ギリシャ哲学の中心地でした。パウロはアテネの町に着くと「会堂ではユダヤ人や神をあがめる人々と論じ、広場では居合わせた人々と毎日論じて会っていました」のです。すべてのアテネ人やそこに在留する外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過していたということです。ギリシャ哲学の中心地であるアテネ、そこでは何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで毎日論じ合っていたということで、哲学を通して、人間の課題を掘り下げていったと思われます。

 その一方で、アテネの町は至る所に偶像があるのです。パウロはアテネの町を歩きながら、いろいろな偶像があること、「しられざる神に」と刻まれている祭壇を見つけたといいます。アテネの町はギリシャ哲学の町でありながら、哲学だけでなく、多くの偶像に囲まれていた。また「知られざる神に」と刻まれている祭壇がたくさんあったというのです。哲学といろいろな宗教に囲まれて生きていたということができるでしょう。どうして、このようなことになったかといえば、当時、数年前にアテネではペストが大流行して、多くの人々がなくなったということがあったというのです。アテネの町の人々は、ペストの前では何もできず、人々の死を見つめることしかできなかったという経験をした。それが、多くの偶像に囲まれて生きていたということです。

 私たちも数年前に、新型コロナウィルス感染症に苦しみました。初期の時の緊急事態宣言があって、外出してはいけない。人と人があってはいけないということを経験したのです。未知のウィルスの恐怖におびえていた時がありました。今では、その時のことを忘れかけています。

 パウロは、そのアテネの町の人々にイエス・キリストの福音をアレオパゴスの真ん中に立って話しかけていきます。その話しかけは非常に丁寧です。そして、アテネの町の人々に対して尊敬を込めて話しかけていきます。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、知られざる神にと刻まれている祭壇を見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう」と。パウルのアテネの町に人々に対して深い愛情を示しています。今までのようなユダヤ人たちとは違う視点で、相手の立場をしっかりと受け止めて、そこから伝道していっています。

 パウロは本格的に福音を語り始めていきます。「あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それはこの世界とその中の万物を造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、人間の手で造った神殿などにはお住みになりません。また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません」と。パウロが伝える神は、天地を創造されたお方、世界の万物を造られたお方です。天地を創造された神は、人間の手で造った神殿にはお住みになるはずはありません。このようにパウロは、アテネの町に人々に、天地創造の神を紹介しています。

 そして、「すべての人に命を息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。神は1人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました」といいます。ここでパウロは、私たち人間を創造されたのも神であること、すべての人々に命と息を与えてくださり、生きる者としてくださったこと、その他のすべてのものを与えてくださったのもこの神であることを紹介しています。民族を造ったのも神であり、地上の至る所に住まわせ、その境界もお決めになったということもいっています。

 パウロは続けます。「これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見い出すことができるということなのです。実際、神はわたしたち1人1人からは遠く離れてはおられません」といっています。更に「神である方を、人間の技や考えで造った金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません」といいます。人間で造ったものは、神ではないということをここではっきりといっています。
 神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたといい、今は、どこにいる人でも皆、悔い改めようにと命じているといいます。ここから、パウロはイエス・キリストの役割について話していきます。「それは先にお選びになった1人の方(イエス・キリスト)によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです」といいます。

 パウロのアテネでの説教は、素晴らしい内容だと私は思います。アテネの町の状況に合わせて、イエス・キリストの福音を分かりやすく話しているからです。私たちは日本で生活しています。日本に住んでいる隣人にどのように神の福音を語りかければいいのでしょうか。神の導きを祈り、また、私たちの隣人のために、神の救いのために祈っていきたいと思います。

祈り 神よ、あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。パウロのアテネでの伝道の様子をみてきました。アテネの人々への説教をみてきました。アテネの人々の生活の視点からやさしく語りかけていました。私たちも、パウロのように、身近な人々に、私たちの隣人に、どのような語りかけで福音を語っていけばいいのか知恵を与えてください。隣人の思いを知り、あなたの福音を大胆に語ることができますように導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。


8月6日の祈祷会の内容です。

2025-08-05 19:23:00 | 日記
祈祷会    サムエル記上16:14~23「サウルとダビデの出会い」   2025.8.6

 サムエル記は、イスラエルに初めて王が誕生する話です。最初に選ばれた王がサウルであり、次がダビデとなります。イスラエルに最初の王として選ばれたサウルは、最初は神に謙遜に歩み、神の導きを信じて歩んでいました。それが、途中から、自分の思いが強くなって、神への信仰心が薄くなってしまいます。それは、神に言葉に従っていかないということに発展していきます。アマレク人に対する対応では、その神への罪が決定的なものとなってしまいました。神もサムエルも、サウルの罪のために深い嘆きを味わいました。神はサウルをイスラエルの王として選んだことを悔やみます。サムエルは死ぬ日まで、再びサウルに会おうとせず、サウルのことを嘆きました。

 神はサムエルに「いつまであなたはサウルのことで嘆くのか。わたしは、イスラエルを治める王位からサウルを退けた。わたしはエッサイの息子たちの中から、新しい王となるべき者を見い出した。角に油を満たして、ベルレヘムのエッサイのもとへ出掛けなさい」というのです。神はサムエルに、新しい王の条件として、「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」といいます。「人の心を見る」と神はサムエルに、新しい王の条件としていいます。その流れで、選ばれたのがダビデでした。ダビデは、エッサイの8番目の息子となります。最初、父エッサイの目には、ダビデは一人前と見ていませんでした。サムエルの指示で、羊の番をしていたダビデが呼び出されていきます。ダビデが、サムエルのもとに来た時に、ダビデの特徴が書かれてあります。ダビデは血色が良く、目は美しく、姿も立派でした。神はサムエルに「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ」といいます。サムエルは油をとって、兄弟たちに中でダビデに油を注ぎます。その日以来、神の霊が激しくダビデに降るようになりました。

 今日の聖書の箇所は、サウルとダビデが交わる場面が出てきます。サウルはダビデを深い愛を持って受け入れていきます。その後、サウルはダビデに対しての気持ちが、妬み、恨み、憎しみ、殺意と変っていきます。主の霊はサウルから離れてしまいました。主から来る悪霊が彼をさいなむようになっていきます。聖書を読んでいて、神から来る悪霊ということは、私たちに抵抗があります。神が悪霊を送るのかということです。サウルの場合は、サウルの罪によって、主の霊がサウルから離れていくのです。そして、主の霊が離れたことによって、サウル自身が心の病になって苦しんでいくということなのです。それを、主から来る悪霊と表現していると受け取っていきたいと思います。

 サウルの心の苦しみを見た家臣は、サウルに勧めます。「あなたをさいなむのは神からの悪霊でしょう。王様、御前に仕えるこの僕どもにお命じになり、竪琴が上手に奏でる者を探させてください。神からの悪霊が王様を襲う時、おそばで奏でる竪琴が王様の御気分を良くするでしょう」と。当時でも、今の音楽療法があったことに驚きです。音楽が人々の心を癒すことができることを知り、実践していたから、このようなことを王に申し出ることができたと思います。サウルは家臣に「わたしのために竪琴の名手を見つけ出して、連れて来なさい」と命じています。従者の1人が答えます。「わたしが会ったベツレヘムの人エッサイの息子は竪琴を巧みに奏でるうえに、勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも言葉に分別があって外見も良く、まさに主が共におられる人です」と紹介しています。

 ダビデはサムエルから油を注がれてから、どれほどの時間が過ぎていたのでしょう。サウルの家臣たちは、サウルの心の病を癒すために、竪琴を奏でることによって癒されることを知り、そして、竪琴の名手としてダビデを選んでいるのです。ダビデは成長して、竪琴を巧みに奏でることができるようになっていた。それをサウルの家臣たちが知っていたということで、かなり有名になっていたのでしょう。ダビデはそれだけでなく、勇敢な戦士であること、戦術に心もあること、言葉に分別もあり、それに外見も良いとなっています。

 すぐに、サウルはエッサイに使者を送り、「あなたの息子で、羊の番をするダビデを、わたしももとによこしなさい」といいました。聞いたエッサイは、パンを積んだろばとぶどう酒の入った革袋と子ヤギを一匹用意し、息子ダビデに持たせてサウルに送るのです。ダビデはサウルのもとに来て、サウルに仕えるようになります。サウル王はダビデが大層気に入り、王の武器を持つ者に取り立てました。サウルはエッサイに「ダビデをわたしに仕えさせるように。彼は、わたしの心に適った」といい送るのです。神の霊がサウルを襲う度に、ダビデは傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が休まって気分が良くなり、悪霊はサウルを離れていくのです。ここまではよかったのです。サウルにとってダビデは、竪琴によって心を安らかにしてくれる存在だったのです。

 しかし後に、ダビデはペリシテの巨人ゴリアトを倒し、戦いに行けば必ず勝利をして帰ってくるダビデでした。イスラエルの女たちが「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と歌い交わします。この歌声を聞いたサウルは激怒して悔しがって「ダビデは万、わたしは千。あとは王位を与えるだけか」といいます。この日以来、サウルはダビデをねたみの目で見るようになっていきます。まもなくサウルはダビデの命を狙うようになってしまうのです。ダビデも悲しくなりますが、それ以上に悲しいのはサウル王そのものです。サウル王の悲しみ、深い孤独を受け止めていきたいと思います。人間の悲しみというのでしょうか。それをサウル王から学ぶことができます。神から離れていったサウル、神に捨てられたサウル、その歩みは、私たち人間の歩みそのものです。神から離れていった人間の行くべき道を見ることになります。 今日は広島に原爆が投下されてから80年になります。あの日の悲しみと苦しみを忘れることなく、同じ過ちを犯すことがないようと祈ります。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございます。サウルの歩みを通して、神から離れていった者の苦難を見ることができました。サウルの歩みは、私たちの歩みと重なっていきます。サウルの歩みを通して、私たち自身の歩みを顧みることができますように導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                           」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございます。(横山厚志)