カラダを科学する本格的整体ブログ

人間のカラダのおもしろさを、生命科学、スポーツコーチング、認知心理学、動物行動学など、越境しながら学ぶ未来派整体術。

呼吸(11)

2010-12-25 10:47:32 | Weblog

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肺の話というテーマで長く続けてきましたが、いよいよ本題に入ってゆきたいと思います。現代は研究分野の専門化がすすみ、呼吸といっても往々、必要に応じた簡略化された説明がなされていることが多いと思います。しかし、実際の呼吸の機能とか運動について考えるには物足らなさを感じるものがほとんどです。

わたしたちが何気なくすごしている日常の背景には、このような素材がこのように働き、その結果として酸素が取り込まれていという物質的な根拠が横たわっています。生活に密着したとても基礎的な問題なのですが、そういった観点で呼吸の機能を簡潔に整理してある文献というのはなかなか見当たりません。

魚釣りをするにも、勘と経験に頼る方法と、分析と研究による方法の二つがあると思います。実際にはどちらか一方が他を退け合るものではなく、鋭い勘とか深い経験は綿密な研究と分析があってこそ成り立つというのが、真実だと思います。

詳しく掘り下げてみることによって、わたしたちは呼吸というものにより親しくなることができます。そして、その知恵に教えられることは非常に多いように思われます。そのような視点をベースに、わたしたちの肺がどのような姿をしているのかということを詳しく見てみることにしたいと思います。

肺胞とはどのようなものか

肺の組織をみてみると、肺胞がつらなるような形でぎっしりと密集しているのがわかります。肺胞の総数は、資料によって違いがありますが3億個とも5~6億個ともいわれます。いうまでもありませんが、この驚くべき数の肺胞は、すべてたった一つの細胞(受精卵)から生成してきたものです。そこには、身体ができる上での基本的なルールがあります。

 

この肺胞の数はいったいどのような意味を持っているのでしょう? 肺の能力を示す代表的な数値として肺活量があります。これは拡張期と収縮期の肺の容積の差をあらわします。肺のなかにははき出せず残るに空気があります。これを残気と呼びます。残気の量は、一般に呼吸量の三分の一に相当するといわれます。

わたしが中学校時代に計測した肺活量が3,500ccくらいでしたが、これば同級生のなかでかなり少ない方で、多い友達は5,500ccくらいはあったと思います。この計算ですと5,500ccの肺活量を持つ人は、2,750ccの残気があることになります。つまり、多く見積もっても肺の容積は10リットルに満たないと思われます。仮に肺胞の総容積が10リットルだった仮定すると、10リットルで3億個ですから、1リットルのなかに3千万個、1ccのなかに3万個の肺胞が入ることになります。

肺胞の表面積

肺胞と聞くと、なんとなくバルーン状の姿を想像します。実際に組織の写真を見てもそのようにみえます。しかし、1ccを3万個のバルーンに分けるということと、ちょっと日常的なスケールでは想像がつきません。すくなくとも肺胞の大きさは小さな泡ブクひとつにも満たない小さなものだということがわかります。少なくとも肺のなかの表面積を著しく大きくしていることはまちがいありません。実際に、哺乳類のマウスと両生類のカエルの肺を比べたデータでは、カエルの1ccの肺は総面積20平方センチメートルの表面積を持つのに対し、マウスの1ccの肺は800平方センチメートルの表面積を持つそうです。

わたしたち人間の肺の内壁の面積は100平方メートル、ほぼテニスコート一面分の面積といわれます。肺胞は驚くべきほどの表面積を肺の内部にもたらしているのがわかります。先の計算に従えば、10リットルで100平方メートルですから、1リットルのなかに10平方メートル、1ccのなかに100平方センチ(10cm×10cm)の表面積があることになります。実際の肺の組織を見てみると、袋状の器官というよりは、実質臓器といってもよいほどに中身が密なことが分かります。

肺胞の厚み

1ccのなかに10cm×10cmの表面積を生み出すわけですから肺胞の厚みはかなり薄くなければなりません。肺胞の壁は、血液中への酸素の拡散を妨げないようにできるだけ薄い方が好ましいと述べました。実際に肺胞の厚い身は20ミクロンほどです。この厚みは、肺胞の表面を覆う上皮細胞、それらを結び付ける基底膜、血液を運搬する血管、内部を支持する弾性繊維からなります。20ミクロンの厚みとは、通常の書籍の一ページあたりの厚みをさらに50等分に細分化した厚みに相当します。

これほどの薄い厚みですが、じっとしているわけではありません。呼吸にあわせて膨らんだり縮んだりしなければなりません。多くの人は、通常一分間に16回程度呼吸します。これは一時間にして960回、一日に換算すると23、040回、夜間に呼吸が少なくなることを見込んでも、一日ざっと20,000回の拡張と収縮を繰り返すことになります。わずか20ミクロンの厚みの素材が、一日20,000回の伸縮に耐えるのですからその強度はある意味では驚異です。

肺活量は、この肺胞の収縮と拡張の差を示す量です。仮に6000ccの肺活量を持つ人は、ちょうど牛乳パック6つ分の空気を肺胞の内壁に触れさせることになります。100平方メートルという面積は10m×10mですから、小学校の教室よりも少し広いくらいの面積に牛乳パック6つ分の空気を薄く押し広げる形になります。

肺胞の強度

電子顕微鏡の画像を見ると分かるように、肺はかなりしっかりしたい支持組織のなかに埋め込まれています。肺胞の壁面は、空気と接する表面は立った一層の上皮細胞のシートで覆われていますが、内側で弾性繊維の網の目によってしっかりと裏打ちされているのです。カエルの姿を思い浮かべていただくと、のどやおなかを風船のように膨らませている姿が思い起こされます。

拡張力のある肺は、より多くの酸素を取り入れる上でとても有利に思われます。しかし、このような拡張性を持った柔らかな肺は、運動時には役に立ちません。なぜなら身体を効率的に動かすために、身体各所に強い力が発生するからです。このことは、両生類や爬虫類の捕食活動に大きな制約をもたらしているのです。

カエルやヤモリ、カメレオン、ワニなどを想像していただくと分かるように、肉食の両生類や爬虫類は、ほとんどがじっと姿をくらまして瞬時に獲物を捕まえる性質を持っています。これは運動しながら同時に呼吸をすることができないからです。爬虫類のなかで獲物を追いかける生き物としてはコモドオオトカゲが知られています。しかし、それでさえ10m程度走るのが精一杯です。

爬虫類における運動時の呼吸制限は、キャリアー制約と呼ばれています。これに対し、哺乳類のとくにウマやイヌなどの仲間は、長距離を移動する生き物です。このような生き物にとって、運動と呼吸の両立は生きてゆくうえで不可欠の要素です。

奇妙なことですが、わたしたちの身体は、100人いれば100人とも間違いなくこういった緻密な肺胞組織を作り上げる能力を持っています。これはまさしく、運動しながら同時に呼吸できるすぐれた肺であり、哺乳類という動物の「綱」に受け継がれている遺伝的な共通性なのです。

肺の進化がもたらした身体の機能

心肺機能が傷害されると真っ先にダメージを受けるのは脳神経系です。4分間の心肺停止では、生命機能維持に決定的なダメージを受けることが知られています。高地の登山で酸欠に陥った人(高山病と呼ばれる)が、頭痛やめまいなど中枢神経障害を訴えることを考えても、酸素の不足がもっとも応えるのは神経系です。

仮に、わたしたちの心や意識が脳神経系の生み出すものだとすれば、1ccのなかに3万個の部屋を分ける極小の細胞の営みが、わたしたちの心や意識を支えているといいっても過言ではありません。呼吸器の発達による酸素の供給力の増大は、心や意識の発生に先立って、神経系の発達をもたらしました。

たとえば哺乳類は錐体路系と呼ばれる独自の運動コンロトールの神経系を持っています。錐体路系は意識的な運動コントロールにかかわる神経系で、運動能力の進化を促す重要な要素です。イヌやネコの子供を見ても分かるとおり、哺乳類の赤ちゃんは、小さいときにじゃれあったりあま噛みをしたり、遊びを通じて運動コントロールを身につけます。このような傾向は、とくに肉食の哺乳類に顕著に見られます。

このような運動能力の可塑性(変化する能力)は、やがて哺乳類に身体の形や大きさ、構造の変化、生活様式や食性の変化など、驚くほどの多様性をもたらしました。いまの世界で、哺乳類ほど多様な生活圏に適応しているグループはいないのです。

わたしたちの生命活動そのものの基盤に、大量の酸素を取り込むことを可能にした呼吸器の能力が強く組み込まれているのが分かります。

(つづく)
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