蔵王の麓にて

ちょっと一休みのつもりが、あっという間の6年目。

恭介くんのバッチャ

2022-11-13 12:59:22 | 小説
 帰りの学活が終わると、待ちに待った遊びの時間だ。勇希は恭介君を誘って速攻で帰る。しかし、遊びの前にやることが一つある。宿題だ。これを忘れると、宿題のことが気になって、遊びに集中できない。いわゆる、あずましくないというやつだ。
ガチャッガチャッ、ガラッガラッ。
「ただ今」
 返事がないことを勇希は承知している。しかし、家に帰って来た時「ただ今」と一言発することを、勇希は習慣にしていた。両親が共働きのため、この時間帯は通常誰も家にいない。しかし、万が一、イレギュラーで母親が家にいた時、挨拶なしで家の中に入ろうものなら、容赦なく一尺の竹差しで叩かれる。竹はしなって痛いし、跡がみみず腫れになる。万が一の危険を回避するため、勇希は「ただ今」の一言を、習慣にしているのだ。勇希は恭介君と一緒に家に入り、二人で宿題に取り組む。一人よりも二人の方がはかどる。二人とも宿題をやり終えるとそのまま恭介君の家に向かう。恭介君のランドセルを家に置いて、遊びに行くためだ。
 勇希が恭介君の家に「ただ今」と挨拶して入ると、恭介君のバッチャが居間にいる。
「よぐ来た。勇希、まんま、食ってきたな?」
「いや、食ってねぇ」
「んだば、けぇ」
「わがった」
「恭介、勇希に、めし食わせろ」
 恭介君の父さんは東京に出稼ぎに行っている。母さんは田んぼか、畑で農作業だ。つまり、日中はバッチャが恭介君の家の「やどし(留守番)」である。バッチャの言葉には逆らえない。
 弾かれたバネのような勢いで、恭介君はニワトリ小屋に向かう。生きのいい卵を確保するためだ。そして、井戸の水を入れた大きなホタテ貝をガスコンロにかける。煮干しの頭をとって何本か入れ、グツグツと煮立つのを待つ。煮立つ直前に、煮干しを取り出し、ガスコンロの火を弱火にする。そして手作り味噌を入れ、ゆっくりかき混ぜる。それに先ほどの新鮮な卵を全体に放つ。味噌貝焼きの完成だ。ちなみに、具は何も入っていない。しかし、これが素晴らしく美味しい。
 勇希は、恭介君の家に日参している。毎日、味噌貝焼きを食べる。恭介くんのバッチャは勇希のことを実の孫のように可愛がってくれる。勇希は、バッチャの声を聞くと、自分の大好きな祖母のことを思い出す。
 二人で味噌貝焼きでご飯をかきこむと、速攻で遊びに出かける。まず皆との待ち合わせ場所に急いで向かう。でも、ちょっと遅れているので、もしかすると、もう遊びが始まっているかもしれない。しかし、それはそれで、どうにかなる。
 子供が集まって遊ぶ場所は一箇所ではない。その日の様々な条件によって異なる。神社の境内、児童館の前庭、小学校の校庭、近くの山、田んぼ、川、沼、道路など、遊ぶ場所に困ることはない。遊びのメニューも盛り沢山だ。どこで、どういうメンバーで、どういう季節に遊ぶかによって、遊びのメニューは決定する。
 勇希と恭介君は、皆より遅れての参加だが、皆と違って宿題を終えての参加である。これは、かなり、心の持ち具合が違う。二人とも、遊びの後のことを考えずに、おもいっきり遊べるからだ。


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