蔵王の麓にて

ちょっと一休みのつもりが、あっという間の6年目。

小学時代の担任の思い出

2022-11-13 10:20:44 | 小説
 小学校二年生の時の担任の先生は、高清水という男の先生だった。高清水先生は、いつスイッチが入るのか予想ができない先生だった。勇希は高清水先生に往復ビンタで叩かれたことがある。
 休み時間に、教室の棚に置いてある子供用のバスケットボールで、みんなで遊んでいた。チャイムが鳴ったので、ボールを棚に片付け、席に着いて高清水先生が来るのを待っていた。ガラッとドアを開け、高清水先生が教室に入り、思いっきりドアを閉めた振動で棚のボールがコロッと落ちた。
 その転がったボールを見て、高清水先生は突然スイッチが入り「誰だ!正直に出ろ!」と怒鳴った。ボールをおいた子はぶるぶる震えている。仕方なく学級委員長の勇希は挙手する。高清水先生に「お前か、勇希。前に出て、足を踏ん張れ!」と怒鳴られた。高清水先生の前に立つと、いきなり、往復ビンタ十発。バシッバシッと叩かれ、目から火花が飛ぶ。勇希はクラックラッとしたが、なんとか踏ん張る。左右の頬は熱くなり、ヒリヒリしだす。その一時間をどう過ごしたか、勇希はわからなかった。
 休み時間になると、親友の恭介君が真っ先に飛んで来て、「勇希君、大丈夫?」と声をかけてくれる。一緒にボールで遊んでいた幼馴染の美代ちゃんはハンカチを濡らして、勇希の頬を冷やしてくれる。勇希はその優しさが嬉しくて、必死にこらえていた涙がポロポロこぼれ出す。それを見た美代ちゃんは顔を真っ赤にして怒り出す。
「私、高清水先生に言ってくる。勇希、全然悪くない。高清水先生が悪いんじゃない」
「美代ちゃん、やめて。高清水先生、根に持ちそうだから。今度は、美代ちゃんが叩かれる」
 勇希は必死に止める。言い合っているうちに、チャイムが鳴る。皆、サッと席に着く。
 この事件は、何日かたって、勇希が職員室に呼ばれて、高清水先生が勇希に謝り、解決した。どうも、美代ちゃんの中学生の姉ちゃんが、中学校の担任の先生に報告し、職員室で問題になったらしい。詳しいことは分からないが、その時代でも、理不尽な教員の暴力は許されないということなのだろう。その後、妙に優しくなった高清水先生の態度が、勇希は薄気味悪かった。

 小学校三年生になり、担任の先生が変わった。
 キーンコーン、カーンコーン。チャイムが鳴る。朝の学活の時間だ。クラスの皆は席に着いて、静かに川中先生を待つ。
 ガラッ。緊張した面持ちで、ドアを開け、川中先生が教室に入ってくる。
 すかさず、「起立、気を付け、礼。おはようございます」と美代ちゃんがキリッと号令をかける。子供たちは「おはようございます」と大きな声で挨拶する。川中先生はニコッと笑い、「おはようございます」と挨拶をかえす。
そして、みんなの顔をゆっくりと見渡す。勇希たちも川中先生をじっと見つめる。一ヶ月ほどして、勇希はあることに気付いた。それは、その日の川中先生の機嫌が、髪型によって違うということだ。右分けの時は機嫌がいいが、左分けの時は機嫌が悪い。ある時、それを作文に書いたら、川中先生は驚いて、真っ赤な顔で頭をかいていた。
 
 川中先生が最初にしたことは、勇希たちとの交換日記だった。勇希たちは、川中先生と日記の交換ができることが嬉しくて、毎日書くことを真剣に考えた。ネタ不足になり、子どもたちが困りだした頃に、川中先生はヒントをくれた。
「今日は、理科の授業を学校の周りを歩きながら行います。たくさんのことに気付けるようにしましょう」と、クラス全員を連れて、学校の周りを散歩する。植物や昆虫など、気が付いたことを話しながら歩いていると、日記のネタがどんどん浮かんでくる。
 ある時、散歩の途中で、カエルの卵を見つけた子どもがいた。川中先生が「みんな、触ってごらん」というので、皆で恐る恐る触る。勇希も初めて触るカエルの卵がヌルヌルしているのが面白かった。まるでタピオカのようだった。その日の交換日記の話題は、クラス全員が「カエルの卵」だった。
 一日中、絵を描いていたこともある。「絵を描くには、まず、描きたいと思うものをじっと観察することが大事です」という川中先生のアドバイスから、全員、自分で描こうと思うものを、時間と場所を気にせず、じっくり観察する。当然、交換日記の話題は、クラス全員、「自分の描きたいもの」になる。
 完成した作品は、下北半島全体の学校芸術展に出品された。勇希の作品は自画像だった。まず、鏡に映る自分の顔をじっと観察する。首が痛くなるまで観察する。その後、自分の顔を丁寧にデッサンする。描き方はもちろん自己流だ。でも、長時間じっと見ていると、ふだん全く気付けない細かいところが見えてくる。それを丁寧にデッサンしていると、川中先生が後ろに来て「勇希、いいな。よく、そんな細かいところに気が付ける。たいしたもんだ」とつぶやく。勇希は褒められたことが嬉しくて、さらに鏡に映った自分の顔を細く観察する。
 この作品は、美術展で準特選に入賞した。ちなみに、特選に選ばれたのは、勇希の親友恭介君の「農作業をする父」という作品だった。普段、出稼ぎでいない父さんが、農作業のために帰郷した時のことを思い出して描いた作品だった。完成した作品を見た時、その色の出し方に、勇希は感動した。耕運機の下の土の色がやや青みがかった土の色に工夫されてあり、とてもリアルだった。


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