【検証】東京オリパラ第2弾 “さようならと言いながら捨てた”選手村でも行われた食料大量廃棄の実態【報道特集】|TBS NEWS
報道特集は、7月24日、オリンピックのスタッフ向けの弁当が大量に捨てられていることを報じた。さらに、8月7日の放送では1か月間に20の会場で廃棄された弁当の総数が13万461食に上っていることを伝えた。内部情報を報道特集に提供した組織委員会の元職員が初めてカメラの前で取材に応じた。元職員は、競技会場で飲食の管理を担当していた。 組織委 元飲食管理担当職員「これは私が現場で働いていたときに仕事のことをメモしていたノートです」 記者「特に何かご自身のなかで記憶に残っていることは? 組織委 元飲食管理担当職員「やっぱり一番、現場が動いたのは廃棄弁当の報道がされたころ」 最初の放送の翌日、7月25日。「残食廃棄問題」と書かれている。この日、幹部から弁当の正確な廃棄数を把握するよう指示があったという。しかし・・・。 記者「弁当の残食 廃棄数を減らすという指示はなかった?」 組織委 元飲食管理担当職員「そういう指示までは無かった。(廃棄数の)証拠を残しておくという指示だった」 廃棄数を減らすようにという指示が、初めてあったのは放送から5日後の7月29日。 業務ノート『8月1日の発注から、弁当最終発注数、朝・昼20%削減する』 発注量を20%減らすよう指示されたのは大会の折り返しを過ぎた8月1日分からだった。 7月15日の時点ですでに現場で働く職員の間では「廃棄率の高さ」が問題になり幹部に報告したというが・・・。 組織委 元飲食管理担当職員「その時点(開会前)で問題に感じても具体的な対応というところまでいかなかった。無観客でやることについて様々な対応があり、そういうなかでフードロスの問題がどのくらいの優先度に置くかと言ったら正直、上の方には来ないだろうなと感じた」 現場の声が幹部に届かず終わったオリンピック。今、思うことは・・・。 組織委 元飲食管理担当職員「現場で働いたスタッフがたくさん世の中にいる。そういう人たちの話をもっと聞いてほしい。そういう声を拾っていかないと、オリンピックがどうだったかという総括も組織委の中心の人たちが作った総括が、真実だということで世の中で決められてしまうのは怖い」 さらに、報道特集の取材で、大量に廃棄された食品は、弁当だけでないことが新たに分かった。 選手村食堂のスタッフ「全部廃棄です。こんなに作る意味あったのってくらい」 食品廃棄が行われていたのは、1日4万5000食を提供する選手村のメインダイニングだ。 ビュッフェスタイルの食堂は、24時間営業で、メニューはおよそ700種類。選手には好評だったという。ここで起きた食料廃棄の実態を食堂のスタッフだった人物が証言した。 選手村食堂のスタッフ「普通の家庭用みたいなゴミ箱にビニール二重にしてバット(大皿トレー)ごとバーって捨てて、なんでもかんでも捨てちゃって。軽く300袋超すんじゃないかなと」 記者「それが1日ですよね」 選手村食堂のスタッフ「そうなんです」 こうした廃棄は選手村が開く前の6月から起きていたという。それは、組織委員会の橋本会長らによる試食会が行われた際のことだった。 選手村食堂のスタッフ「フロアは1階と2階ありましたけど、1階だけ全部開けて、全部のコーナーを開けて、食べ物も少しっていうよりかはバット(大皿トレー)に全部それなりの量入れて」 記者「本番と同じような量だった?」 選手村食堂のスタッフ「そうですね、はい」 記者「その料理は試食会が終わったあとはどうなったんですか?」 選手村食堂のスタッフ「9割は捨てますよね。少しだけアルバイトの人たちも食べて良いよとなって少しだけ食べて、あとは全部廃棄です。こんなに作る意味あったのってくらい。(試食は)20名30名とかなので、結局は全部全捨てみたいな感じだと思います」 ほとんど食べられずにトレイからゴミ箱へ捨てられる料理・・・。スタッフは口々にこう話していたという。 選手村食堂のスタッフ「その日の最後に洗浄係の人たちが『なんか心が痛かったわ』とか言っていたし、私とかも『もったいない』とか『さようなら』とか言いながら捨てました。でも心がやっぱり痛いですよね、捨てるときはね」 そして7月13日に選手村がオープン。各国の選手らが訪れ、食堂も賑わった。 大きなトレイに盛られた料理は、食中毒対策のために1日に数回、すべて新しいものに交換していたという。 ただ、それとは別にこんな指示があったと話す。 選手村食堂のスタッフ「はじめから教わったのは、食べ物を2時間以上は置けないから廃棄しますっていうのは聞いています。繁忙期のときは2時間以内に、逆に足りないくらいになるからいいと思うんですけど、繁忙期じゃないときで2時間経ったからとか、1回も(大皿にトレーに)出してなくて保温庫にあるのに、これもう2時間経ったからダメだねって捨てるのもあったりとかして」 作った料理は、たとえ冷蔵庫や保温庫などで保存していても2時間後には廃棄しなければいけなかったという。実は、2012年のロンドン五輪でも食品ロス削減は目標に掲げられていた。食品ロスを調査した第三者委員会のショーン・マカーシー委員長は・・・。 ロンドン五輪・持続可能性委員会ショーン・マカーシー委員長「(ロンドン五輪)大会期間中は毎日、その日の終わりに(未調理で)廃棄された食品の回収作業があり、ホームレスの人々を支援するチャリティなどに寄付しました」 しかしその裏で、選手村のビュッフェでは大量の食品廃棄が行われた。シンクに捨てられるヨーグルト。ゴミ箱に入れられるチーズやトマトソース。調理をした会社の職員6人の内部告発により、問題が明るみに出た。 ショーン・マッカーシー委員長「(五輪の)食品ロスはきっとなんとかなるはずです。(ロンドン)大会以降、イベントでの食品ロスと持続可能性の問題は大きく改善しました。ただ、できることはまだあります」 ■2016年リオデジャネイロ五輪で引き継がれた「食品ロス」削減のレガシー 食品ロスをできるだけ削減しようというレガシーは、2016年リオの大会に引き継がれた。「世界のベスト・レストラン」で1位に選ばれた経験のあるイタリア人シェフらが企業から協賛を募り、大会会場近くに開いたのが“貧困救済レストラン”だ。レストランを取材した日刊スポーツの記者は、当時をこう振り返る。 日刊スポーツ編集局スポーツ部 三須一紀記者(当時の写真を見ながら)「このため(貧困救済レストラン)に建てたプレハブ。これが組織委員会、選手村・MPC(メインプレスセンター)からの余った食材です。トマトは熟しすぎるとサラダに合わないからということで、使えないんですって、オリンピックの選手村とかだと。(だから貧困救済レストランには)そういうのがまわってくると」 貧困救済レストランは組織委員会と交渉し、未使用のまま廃棄される食材を譲り受け、高級レストランで出されるメニューを再現した。招かれたのは、ホームレスの人などだった。 日刊スポーツ編集局スポーツ部 三須一紀記者「彼ら(ホームレスの人など)の尊厳を守りたい、尊重したいということで(食事の場面は)撮影は絶対にしないでくれと(言われた)。高級レストランのようなデザイン・内装。コース料理になっているので(客は)あまり日常ではできないおめかしをしてきて、なるべく自分が持っている服の中でもファッショナブルなものを着て雰囲気を楽しんでいた。(貧困救済レストラン)余った食材を食料に困っている方に渡すという実益の部分だけでなく、貧困にあえぐ方々の心や、精神面をケアする取り組みだった。五輪を通じて世界に色々発信されて、ああいう取り組みが増えていけばいいなと思った」 こうした教訓を受け、政府は東京オリンピック・パラリンピックに向け、約1170万円の税金を使い、スポーツの国際大会などで食品ロス対策を検証してきた。 この問題に詳しい井出留美(いで・るみ)さんは、組織委員会が大会前から、食品ロス対策を“レガシー”にすると掲げていたと話す。 食品ロス問題ジャーナリスト 井出留美さん「食品ロスは出ざるを得ないけど、せめて食品ロスを計量することがレガシー、五輪の遺産になるというふうに何度か組織委員会のワーキンググループからの発言があって、議事録にも残っています。これまでの五輪ではそういった(廃棄)量の計測と、見える化ということがなされていなかったので、もしも東京でそれが実現できれば、その次以降の五輪の『こういうふうにすればいんだ』ということになるという意味のレガシーになると思う」 ビュッフェでの食品廃棄は、選手村だけではなく競技会場でも起きていた。競技会場で飲食の管理を担当していた人物は組織委員会から、食品ロスの削減や計量についての指示はなかったと証言する。 組織委 元飲食管理担当職員「ビュッフェに関しては最後まで特に対策は上から来なかった。(ビュッフェの食材が)本当にきれいさっぱりなくなっていることはまずなかった。半分以上は常に残されている状態」 記者「ビュッフェに廃棄量がどのくらいになっていたか統計は取っていた?」 組織委 元飲食管理担当職員「ビュッフェの残食に関しては記録していなかった」 さらに、選手村の食堂で働いていた人物も・・・。 記者「余ったものを計量しているというのはありましたか?」 選手村の食堂スタッフ「計量はないです。計量ではなく社員の方が持っている表で『何々がどのくらい余った。10のうちどのくらい余っているか』というのを書いてから差し替えるとかその程度で、それもやる人はやる、やらない人はやらないという、曖昧だったと思うんです」 記者「意味あるんですか?」 選手村の食堂スタッフ「(意味は)なかったと思います。私も書かされたけど適当に書きましたからね。ちょっと何割って書けばいいの?この量、って思って、いいやと思って適当に書いちゃったので」 しかし、オリンピック閉会式の前日、選手村オープンから25日後の8月7日にこの方法が急に変わったという。 選手村の食堂スタッフ「その日から余った(食材)、全取り替えのときでもそうだし、2時間経った食材もそうだし、(余った料理を)「ここに捨ててね」と言われて自分たちでバーっと捨てて。ゴミ袋を2重にして縛って、コリドー(廊下)のところに量りがあって、そこで量って、量ったものを何キログラムというのは書くところができて、それもオリンピックの終わり頃に(ようやくできて)、遅い」 この日、選手村の食堂スタッフは上司のこんな言葉を耳にしたという。 選手村の食堂スタッフ「(社員が)食品ロスがどうのとか、廃棄が多いからなんとかなんだってみたいな話を後ろで言っているのが聞こえた。今頃それを言う?と思って。お弁当の(廃棄報道の)関係があったのかなと後で思いました」 そして選手村が閉まる9月8日、最終日にも大量の廃棄が行われていたと証言した。 選手村の食堂スタッフ「最後っていう、(閉村日の)3時までというのがあったんですけど、冷凍のものを全部開封して捨てて、調味料も全部捨ててというのを見て。開封していないんだったら取っておくとかできないのかなと思ったんですけど」 記者「新品のものってことですか?」 選手村の食堂スタッフ「新品もそうですし、コーナーごとで全部廃棄して、もうとにかく食品全部なくすみたいにして」 こうした実態を目の当たりにし、このスタッフは複雑な思いを抱いたと話す。 選手村の食堂スタッフ「(五輪を)見て感動とかそういうのは与えられるのかもしれないんですけど、でもそのために何か莫大な、食に関してはあれだけのお金がかかっていて、とか考えるとオリンピックってどうなんだろうって思いました。意味があるのかなって思いますね」 組織委員会は、報道特集の取材に対し食品を2時間ごとに廃棄していたことについては「厚生労働省のマニュアルの基準により対応した」と回答。 一方で、廃棄食品の計量を正確にしていなかったことについては、「事実誤認で、計画に基づいて必要な計量をおこなっていた」と答えた。 (報道特集9月25日放送内容より抜粋・編集)