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65歳から初めるクラシックコンサート

クラシックコンサート初体験の65歳がレポートします❗️

カラヤンのレーザーディスク

2025-03-23 17:34:18 | 指揮者

皆さん、かつて、レーザーディスクという記録媒体があったことを御存知ですか?


CD(コンパクトディスク)と同じ時期に、世に出たメディアでした。
しかし、たった十年ほどで、市場から消え去りました。
見た目は、CDのようにキラキラしています。
ただし、大きさは、レコードのLP盤と同じなのです。
ぼくには、どうしても忘れられない、レーザーディスクの名盤があるのです。
それが
カラヤンの『ウィーンフィルニューイヤーコンサート1987』
なのです。


たしか1990年から91年のころ。僕は名古屋で営業の仕事をしていました。
毎日のお得意先周りをする、そのとちゅう。
大手家電ショップで、僕の足は必ず止まるのです。そのテレビやオーディオの売り場に、
このカラヤンの名盤が、レーザーディスクのプレーヤーとともに展示されていたのです。もちろん展示だけではありません。
大きな液晶テレビの画面と、素晴らしい音響で、なんとカラヤン指揮、ウィーンフィルの演奏が、リピート再生されていたのですよ‼️
このプレーヤー、LP盤と同じ大きさの盤を再生するので、結構大きな機械です。
しかも、なんと、レーザーディスクは、CDプレイヤーのように、ディスクを機械の中へ収納するため、大きなトレイが開閉するのですよ。直径30センチ以上あるトレイが、ペロッとね‼️😯
このプレイヤー、正確なお値段は忘れました。
しかし、僕はその時、後先考えず、無謀にも、えいやっと、買ってしまったのです、このレーザーディスクプレイヤーを‼️
😯ワオッ、ですよね。
しかもですよ。
ぼくは、カラヤンのニューイヤーコンサートのレーザーディスク、ただ、それ一枚を再生するためだけに、この装置を買ったのです、大枚はたいてね😂😁
でも、結果から言うと、
『思い切って買っといてよかったなぁ〜‼️』
と、思えました。


この年の『ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート』は、後世に語り継がれるほどの、音楽史の大事件であり、名演奏だったのです。
あの、帝王カラヤンが、ついに、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを指揮する‼️
このニュースは、それこそ、全世界を駆け巡りました。
もちろん、この演奏は、衛星生中継で、元旦にNHKでも放送されました。
僕は、このときの放送をVHSのビデオデッキに録画しておいたのです。
僕は、このときの演奏があまりに素晴らしすぎて、何度も何度も、くりかえし聴き、鑑賞しました。

♫♫
やがて、僕は、この時の放送のカット割りのタイミングにまで、考えが及びました。
これ、生中継で一発勝負なのです。

♫♫
しかし、むこうの放送局のキャメラの切替タイミングは、本当に素晴らしかったのです。完璧でした。

♫♫
キャメラは最初、カラヤンのアップを撮っています。
その後、カラヤン先生は、両手で抱きかかえるようにオーボエに合図を送ります。

そのオーボエの音が出る、ほんの0,2から0,3秒前に、キャメラが切り替わり、オーボエのアップになるのです。
あとになって、本で知りましたが、向こうのテレビ局の音楽ディレクターたちは、楽譜がラクラク読めるそうなんですね。
もちろん、その前に、暗譜するほど聴き込んで、本番に接しているに違いありません。そのため、信じられないような、奇跡のキャメラワークが成立したのです。
♫♫
僕はこのコンサートで、『こうもり序曲』が大好きになりました。


翌年のクラウディオ・アバド指揮のニューイヤーコンサートでも、こうもり序曲は演奏されましたし、のちに、小澤征爾さんがウィーンフィル・ニューイヤーコンサートを初めて指揮したときにも、演奏されました。
後者2つのバリエーションは、快活で、テンポよく、軽やかな印象。
しかし、カラヤンの『こうもり序曲』だけは


『格の違い』


というものを見せつけられたようでした。
喜歌劇、オペレッタ、という軽妙な音楽劇であっても、
その音楽のいたるところに、


『音楽の美』
『音楽の深み』
『格調の高さ』


を感じさせたのです。
僕は思いました。
『ああ、この世には、永遠に美しいものが、存在するんだ』

いま、久しぶりに、ほこりまみれのレーザーディスクを引っ張り出してきて、改めて感慨にふけっているところです。

 

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僕のアイドルは『小澤征爾』だった‼️その3

2025-02-27 12:51:52 | 指揮者

小澤さんの人間力について、思いつくことなどを……。
人は偉大な人を評して『カリスマ』性がある、といいます。

天真爛漫、単刀直入、子供のような純真さ。
人懐っこくていざ仕事に向き合うと、無我夢中。
スーパーマンのような集中力。


小澤さんは、まさにカリスマを絵に書いたような人物です。

なにより小澤さんは、出会ったすべての人を、瞬く間に魅了してしまうのです。
カリスマとはどのように『育っていく』ものなのでしょうか?
それとも生まれながらの宿命なのでしょうか?

(クラシック界のカリスマ、帝王カラヤンとは、師匠と弟子の間柄です)


小澤さんは、中国に生まれていますが、その話しぶりや、カラダの仕草など、まるっきりの『江戸っ子』なのが面白いところです。
ちょっとせっかちで、だれとでも、分け隔てなく、
『アンタと俺』『オレとアンタ』の関係で、物を言います。

写真はピアニストのルドルフ・ゼルキン氏とディスカッションしている小澤征爾。

このとき大事なのは、小澤さんは
『ステータス』を前提に付き合わない、ということなのです。
ピアノ界の巨匠と呼ばれるルドルフ・ゼルキンさんとでも、臆することなく、音楽の解釈などでお互いの本音をぶつけます。公演直後には、

『セイジとなら、こんなに楽しく音楽ができるんだ‼️』

と、ゼルキンさんが本当に無邪気なまでに興奮しているのがわかります。

小澤征爾ならきっと、
『アンタもオレも』『ひとりの人間』
として付き合ってくれる感じがするのです。

(下の写真は、指揮者教室でのひとこま)

(オレは指揮者のモンスターかい?)

決して、オレは雲の上の人物で、エライんだぞ‼️ なんていう『野暮なこと』を言わない人なのです。
そう、江戸っ子が一番嫌うのが野暮なんですよね。
また、けっこうそそっかしいのも小澤さんの魅力です。アメリカ、ボストンの自宅に帰ったとき、うっかり自宅の警報装置をOFFにしなかったばかりに、警察がすっ飛んで来た、なんていうことも度々あったとか。
人間的に可愛げがあって、それでいて、音楽への集中力は凄まじく、誰もが認める世界のマエストロのひとり。

そんな小澤さんをテレビで見ながら、僕はやがて社会人になりました。
すると、社会人として仕事に接しながら、知恵熱が出てきました😁
『仕事と自分』の関係について、悩むようになってきたのです。
そのとき、『ああ、小澤さんをお手本にしよう!』
とだいそれたことを考えました。
ドキュメンタリー映画『OZAWA』は、まさにその時期の僕にピッタリの教材に思えたのです。

☆☆
生涯に渡って『学ぶ』とは何か?

☆☆
(以下の写真は小澤征爾さんが、アメリカ、タングルウッドで学生たちに指揮法を教えているところです)

自分の仕事にどんな姿勢で取り組んでいけばいいのか?
この優れたドキュメンタリー作品は、多くのことにヒントを与えてくれました。
そして、生きるエネルギーがちょっとミスファイアを起こしているなぁ〜、なんて感じるときには、還暦過ぎたいまでも、
『OZAWA先生、また、ご厄介になりま〜す‼️』
なんて、見返したりしているのです。

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僕のアイドルは『小澤征爾』だった‼️その2

2025-02-23 19:04:28 | 指揮者

人間というのは、自分にないものに憧れる、という性質がありますよね。
僕が『小澤征爾というアイドル』に憧れたのも、 僕と全く真逆の人間性を持っている、とおもったからです。
あけっぴろげで、ひと懐っこくて、すぐに誰とでも仲良くなれてしまう。
日本人も 外国人も分け隔てなく、ガンガン お付き合いをしますよね。


『オレはこう思うんだけど、アンタはどうだい?』
という感じで、言いたいこともズバズバ言います。
もう、本音だらけなのが、小澤征爾の魅力の一つです。
☆☆☆

僕としては、『そんな本音ばかりぶつけて、相手にどう思われるか? 心配にならないの?』と思ってしまうのです。
もし、自分の本音をぶつけて、相手から否定されたとき、嘘偽りのない本音だからこそ、余計自分を傷つけてしまいます。そのダメージたるや、ハートに直撃弾を受けるようなものです。

☆☆以下余談ですが
若き小澤氏が、まさに、この直撃弾を受けたのが、有名な『N響事件』ですね。

海外で最初に評価を受け、『アメリカ流のオケとの付き合い方』を身に着けて帰国した小澤氏。N響とのリハーサルでは、オープンに言いたいことをズバズバ言ったがために、団員から反発を買い、ついにN響は、小澤征爾をボイコットするに至りました。

このときの小澤氏のショックはすさまじいもので、後のインタビューで
『僕は泣いた』
『この国で音楽はやらん!』
『もう、日本には戻らない』とまで、覚悟を決めたのです。
再びN響を指揮するのはたしか、1990年代のことでした。

 

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僕のアイドルは『小澤征爾』だった‼️

2025-02-20 15:58:16 | 指揮者

(レナード・バーンスタインから紹介され、ニューヨークフィルを指揮する、若き日の小澤さんの動画がありました。曲は『フィガロの結婚序曲』です)

僕のアイドルは小澤征爾だった‼️
別に、小澤さんは歌って踊っているわけではないけれど……。
アイドルとは本来、『偶像、崇拝される存在』という意味なので。まあ、これもありかな、と。
小澤征爾さんを僕の『永遠のアイドル』として意識したのは、僕が大学生の頃。1980年代序盤のことでした。
そのころ、テレビで、小澤さんのドキュメンタリードラマがあったのです。
若き小澤さんを当時人気だった『たのきんトリオ』のひとり、野村義男さんが演じておりました。
小澤さんは、優れた音楽教育者であった斎藤秀雄さんへ弟子入りし、やがてヨーロッパへの武者修行に出ようと決意します。
小澤さんは応援してくれるスポンサーをつのり、貸与されたスクーターとともに、貨物船で、単身ヨーロッパに向かいます。
こののち、フランス、ブザンソンの指揮者コンクールで優勝するという、華々しいデビューを飾るわけです。これが1959年のこと。

 

ちなみに僕が生まれる1年前です。小澤さんは、ヨーロッパに渡ってたった2年半の間に、①コンクール優勝、②指揮者シャルル・ミュンシュに師事、

ついで、③バーンスタインの助手となり、

④更にはあの帝王『カラヤン』の弟子となります。

**

当時の日本は、敗戦からわずか14年。
今の感覚で言うと、あの東日本大震災が、つい、14年前。

あのときは、これから先、いったい日本の国は、どうなるのか?と、誰もが不安になりましたよね。

まして、戦争では無条件降伏。アメリカに占領されたニッポン。

正しいと思っていたことが、すべて間違っていた‼️ とされたニッポン。

『国が1回滅びた』ニッポンに、いったいどんな、心の拠り所があったでしょうか?
たしかに、1956年の経済白書には、
『もはや戦後ではない』
という象徴的な言葉があります。朝鮮戦争が起こり、そのおかげで、日本はお金が儲かりました。
金が儲かればすべてが解決するのでしょうか?
『日本人はトランジスターの商人なのか?』
と、激しく憤ったのは作家の三島由紀夫氏です。
三島氏も、時代を敏感に感じ取り、時代というバケモノと取っ組み合いをやっていた、作家だと思います。
そして、日本人とはいったい何者なのか? を問い続けた作家です。
その成果物として、
『金閣寺』
という、途方もなく儚く、美しい作品を生み出しました。
これが1956年、昭和31年です。
日本の文化人たちが、自らのアイデンティティを、懸命に探して、もがいていたとき、小澤征爾という若者が、
『突然‼️』
『海の向こうから‼️』
全く新しい日本人像を提示してくれた。

日本人だってやればできるじゃないか?
きっと、そう思わせてくれたんじゃないか、と僕は思います。
ちなみに、現在65歳の僕が生まれたのが1960年。昭和35年です。当時の、いち日本人にとって、海外へ飛躍する、というのは、まさに進化の大ジャンプといっていい、画期的な出来事だったように推察します。
(続く予定です)

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