・体育館
…ともあれ、卒業式は定刻通りに始まった。二年前、いや去年と同じようなテンプレ通りの式次第なんだけど。違うのは俺達は在校生から卒業生になり、卒業証書を貰う立場になっているくらいか。でも、本当に悲しくなってくるよな。これで高校生活が最後だって思うと…。岡部先生には何回くらい怒られたり、説教されたんだろう。逆に何回くらい勇気づけられたんだろう。岡部先生のお陰で、俺も若干ながら教員免許でも取ろうって気持ちも出たし……。
「答辞。卒業生代表、三年五組、稲葉高氏君」
「はいっ」
ああ、ついに始まるのか…。去年は前代の生徒会長によるユーモアが溢れすぎる答辞で頭を抱えていた教師もいたが、今年は…きっとまじめに稲葉がやってくれるに違いない…と思ったけど。
「……春と冬。桜吹雪が舞う直前であり、雪が静かに積もる時期の終わり。そして別れと出会いが交わるのこの時期。近年の暖冬気候により、いつもより気持ち短めに春がやってきたような感覚に陥られます。『季節が過ぎゆくのは早い』といつも誰かが言ってはいますが、まさに言葉の通り、私たちは今日、この学舎を旅立たなければならない時を迎えることになりました。…阪神・淡路大震災から10年。多くの爪痕と悲しみを残しながらも、絶望から生み出された希望によって生きることの大切さ、運命に立ち向かうことの大切さを学び、それから七年。希望と夢を胸に、春風の吹く中校門をくぐった、二年前の四月。色々と教師・教員の方々に迷惑をかけながらも、自然と共存すること、仲間達と力を合わせなければならない事を十二分に知った、淡路青少年交流の家での共同実習。なんだかんだ言われて、いろいろと応援合戦のネタを考えてはみたけど最終的には他人任せになってしまい、自分のボキャブラリー不足を呪った体育祭。………………」
途中に自虐的なネタを入れて、悲しいピアノの演奏中でも笑いを起こそうと必死にしている稲葉。…答辞というのは基本的には笑いを取ろうというものじゃないけどな。前代の生徒会長のネタを中途半端に取り入れようとするから以下略。…でも、そのはきはきとしてしゃべり方と、誰からも嫌われ者にならないよう、好かれようとしていた性格、理系・文系専門コースの人間でもないのに、テストでの成績の優秀ぶりは輝いてたぜ…。お前なら本当に夢を実現できる、そう信じてる。俺だって、夢を実現させないといけないけどな…
「……私達卒業生は、この日を持って学舎を離れ、それぞれの道へと歩んでいきます。…この別れが永遠の別れではなく、またどこかで会えたり、活躍を伝えられる日が必ず来るんだと、きっとその通りになれると信じる。私達を三年間見守り、指導し、精神・身体的に育ててくれた教職員の皆様。十八年間、温かく見守り続けて下さった保護者の皆様。そして、この北高の歴史の一ページという、バトンを引き継ぐ在校生の皆様。皆様の勇気と期待を胸に、私達はこの学舎を巣立っていきます。…この言葉を先に言うのに違和感を感じる人もいるかも知れませんが、卒業生のために大がかりな卒業式典を挙行していただき、本当にありがとうございました。また、年度末という忙しい時期にも関わらず、ご臨席を賜りましたご来賓の皆様に、卒業生を代表いたしまして、心より御礼を申し上げさせていただきます」
おいおい、目頭が熱くなってんぞ、稲葉……頼むから男泣きとかするなよ……
「……最後になりましたが、在校生の皆様、…私達がこの一年で蒔いた種を、絶対に絶やさないようにしてください。その種を育て、芽を出し、花を咲かせ、見事な樹へと育てる。それができるのは、在校生の皆さんしかいないのです。在校生の皆さんが、この種を育てる番なのです。…あなたにしかできないことがある。あなただからこそできることがある。私達は、皆さんを信じてます。皆さんが、種を立派な樹に育て上げられることを、心から切に願っています。……これにて答辞とさせていただきます。本当にありがとうございました」
「平成十七年三月一日 卒業生代表 稲葉高氏」
・再び三年五組の教室
なんだかんだで、卒業式は去年と同じような、いや、それなりに去年とは違った形のテンプレ通りに終わり、最後のHRが始まる。稲葉は答辞の大役を終えて、心なしか顔に疲れが見えているようだったな。他の生徒達も、卒業式が終わりホッとした顔をしているのが多い。俺はまだ、何故か緊張が残っているけど……。
で、多くの卒業生達は岡部先生が来るまでの間、稲葉に卒業アルバムに寄せ書きしてくれとお願いしている。稲葉はそれに嫌々することなく応じている。ホントいい人だよな。…って思ってる内にやって来た!
「卒業おめでとう」
「何だよそのテンプレ通りの言い方はよ!…とにかく、涼宮に話しつけてくれてありがとうな!…お前がいなきゃ、俺はこんなに真面目になれなかっただろうし、それに優しさや真面目さ、格好良くはないけど、どんなことでもそつなくこなす才能、どれか一つでも俺に与えて欲しかった…って思うぜ」
「はははは、ありがとう。君も大学生活は楽しくて辛くて大変だろうけど、頑張ってくれよ。途中で退学なんかしたら許さないからな…」
「WAWA、当たり前だろ!この学歴社会の中、せめて大学は出ないとどーしようもないからな!…だけどさ、そんな学歴社会が一番いけないと思ってるのは…俺だけか?」
「谷口だけじゃないはずだが…とにかく、今日はそんなのを考える日じゃないと思うんだけどな」
「そ、そうだな。変なこと言ってゴメンよ稲葉!HRが終わったらよろしくな!」
「……涼宮に聞こえてるよ。多分」
「WAWAWA」
そんな他の生徒から危うく白目で見られる(た)短い会話があって、稲葉は自分の席に戻っていく。卒業アルバムへの寄せ書きはほとんど終わったみたいで、あとはHRの終わりという、ある意味終末へと向かって落下していく。
これが終わったら、いよいよ涼宮に告白するんだな……。なんかある意味怖くなってきた。別にフラレるのは分かってるけど、拒絶されたときの怖さ、悲しさというのは、ナンパに失敗したときのそれよりも恐ろしく大きいんだろうな…。だったら告白せずに逃げてしまおうか…と、とんでもないことを一瞬思いついてしまいやがった。逃げちゃダメなんだよ、男なら正々堂々と告白して散るべきだ!俺の心にそう言い聞かして、岡部先生のはなむけの言葉を聞こう。まずはそれからだ。
「…三年間、本当にお疲れ様だった。お前達も色々と楽しいことや辛いこと、受験生にとっては放課後の補習やら朝の学習とかで本当に大変であっただろう。(中略)…人は、現実から逃げる事をついつい選びがちだ。だが、逃げ続けても特にいいことは起きないし、逆に世間から取り残され、破滅すら招く可能性もあるかも知れない。俺は、お前達にはそんな結末にはなって欲しくないと願っている。真っ正面から現実を受け止め、これからどうするのか、どうやってこの局面を乗り越えるか…。あまり大した手助けは出来んかもしれんが、もしも困ったことがあったり、この学校が懐かしくなったら、学校に電話してから俺の下を訪れればいい。俺は、お前達を信じている。お前達が未来を切り開いてくれることを本当に期待している。以上だ。お前達の前途に幸有らんことを」
岡部先生の最後の一言とほんの少し時間差を置いて、チャイムが鳴る。天国か地獄かどっちか分からんが、扉はついに開いてしまった…そういう感じだ。高校生活最後の礼が終わり、ほとんどの生徒は喜びと若干の不安の入り交じった笑顔としばしの別れの一言を友達や岡部先生と交わしながら教室を出ていく。俺はというと、涼宮が気になって気になって仕方がなくなってしまい、
「なぁ…涼宮!…校門で待ってるぜ!」
と、俺としては黙っているのが最善の選択肢だったはずなのに、声をかけてしまった。しかも大声で。なんて無様で無謀なことをやったんだよ俺!!おかげでクラスに残っている生徒ほぼ全員と岡部先生の視線が俺と涼宮に集まってるじゃねぇか!!…でも本当に何となくだが、みんなは「恋が実ることを期待して(や)るよ」っぽい感じだし、岡部先生に至っては見て見ぬ振りをしている。
「…谷口、朝『HRが終わったら校門の所で待ってなさい』って言ったけど、ここで何か言いたいのなら言ってもいいわよ。そんな大声で念を押すなんて、みんなの前で大切なことが言えるという度胸があると見てもいいわよね?」
涼宮はそれなり引き締まった表情で俺を見ている。つまりは『どうせ告白するんならここでやってしまいなさい』ってことか?慌てて俺はチャックが開いてないかどうか確認する。…うん、開いてないな。そうして覚悟を決めた俺は、緊張を隠しきれないまま涼宮に近づく。…そういやこの間に、成崎が稲葉に「友達から始めませんか」って言って、稲葉の奴、至極真っ当にOKを出してたような……こんちくしょう、モテる奴は羨ましいぜ!…と、とにかく、まずは中学時代の無礼から謝らなきゃな……。
「で、話って何よ?」
「…涼宮、とりあえず謝らなきゃいけないことがいくつかある」
「とりあえず聞いてあげるわ」
「あのさ…、中学時代、電話で強引にナンパしたり、とんでもなく失礼なことを言って、本当にすまなかった。…数年前のことになるけど、どうしても謝りたいと思ったんだ。『尻軽女』とか、『頭がおかしい女の子』とか、今考えなくても、本当に、本当に、俺も馬鹿で失礼で心を傷つけることを言ってしまった。……本当に、すみませんでした」
「…いいわよ。許してあげる。あの時は本当にはらわたが煮えくり返りそうだったけど、こうやって謝ってくれたのだから、もうあの事は無かったことにしてもいいわ。…ところでぐっちゃんも、もうちょっと素直になんなさいよ?そうした方が、もう少し格好良くなれるかも知れないし」
「あ、あ、ありがとうな…。お前にそう言われるなんて、予想できなかったぜ。…俺も昔は『超能力者はいない』と思ってたけど、古泉の奴とか、長門がそれっぽい事をやるたびに、いても別にいいじゃねぇかって思った。…古泉って格好いいよな。ホモっぽいところが玉に瑕過ぎて迂闊に近づけないのがアレだけどさ」
「ありがと。古泉は確かにSOS団の一員としては大切な存在だけど、…あたしも迂闊に言ったら迷惑をかけそうだからこの辺に留めておくけどね」
「あとさ…一年生の頃、キョンに対して『涼宮に近づかない方がいい』とか『関わるな』とか言っていたけど……、あれも本当にすまなかったって考えてる。…だけど、本当は、本当は……お前がキョンや古泉に奪われたくないからと思って、つい……」
「ぐっちゃん……。あんたって本当に馬鹿でアホだけど、一途すぎるその心意気や真面目さ、そして優しさ……輝くものがあったわよ。…い、いや、これは冗談で言ってる訳じゃないからね…」
…俺が涼宮に対する謝罪から始まった、恐らくは告白へと続くと思う二人の会話を、教室に残った生徒も、岡部先生も、誰一人帰ることなく真剣に聞いているじゃねーか!…それどころか噂を聞きつけた他のクラスの生徒達も、教室の外の窓から見ている。もうダメじゃんかよ!謝るとこだけはここでやって、告白は校門で……と思ったが、もうここで告白するしか…ないな…。愚かにも神に突っ込む俺を許す奴なんて…いる訳無いよな……。
「おやおや、五組の教室で何の騒ぎですか?担任の岡部先生もじっと見ているようですし」
「…谷口が涼宮に告白してるんだよな。今は昔やってしまった馬鹿なことを謝罪して許して貰ったところらしい」
「教室の生徒や先生も巻き込んでの公開告白ですか。僕だったらあまりにも恥ずかしすぎて、やろうとする勇気も持てないですけどね。若さ故の過ちというか何か……。とにかく、幸せに出来なければ、僕としても説教しなきゃいけませんかね。谷口君には頑張って欲しいですよね…」
「そーいうお前もホモ疑惑のフラグが立ちまくりなんだけどな。谷口にも言われてたぞ」
「…僕は同性愛者じゃありませんよ。むしろ好きな人はいるんですけどね……」
「あのさ……涼宮。これから本題に入るけどさ…。……どうしても、どうしてもお前を諦められなかったんだ。お前の笑顔に惹かれて、お前の行動に冷や冷やさせられつつも、それでも、どうしても、お前の存在を嫌いになれなかった俺がいた。お前の全てに見取れてしまったんだ。惚れちまったんだ。…俺の前だけで、200ワットくらいのとびっきりの笑顔を見せて欲しい……。そう思うんだ。……涼宮。お前が本当に好きなんだ。ずっとお前だけを見ていたい。俺だって、他の女を好きになるなんて馬鹿な真似は絶対にしないと誓う。だから…、俺と…俺と付き合ってくれ!!」
つづく
その2にもどる その3 その4へ
…ともあれ、卒業式は定刻通りに始まった。二年前、いや去年と同じようなテンプレ通りの式次第なんだけど。違うのは俺達は在校生から卒業生になり、卒業証書を貰う立場になっているくらいか。でも、本当に悲しくなってくるよな。これで高校生活が最後だって思うと…。岡部先生には何回くらい怒られたり、説教されたんだろう。逆に何回くらい勇気づけられたんだろう。岡部先生のお陰で、俺も若干ながら教員免許でも取ろうって気持ちも出たし……。
「答辞。卒業生代表、三年五組、稲葉高氏君」
「はいっ」
ああ、ついに始まるのか…。去年は前代の生徒会長によるユーモアが溢れすぎる答辞で頭を抱えていた教師もいたが、今年は…きっとまじめに稲葉がやってくれるに違いない…と思ったけど。
「……春と冬。桜吹雪が舞う直前であり、雪が静かに積もる時期の終わり。そして別れと出会いが交わるのこの時期。近年の暖冬気候により、いつもより気持ち短めに春がやってきたような感覚に陥られます。『季節が過ぎゆくのは早い』といつも誰かが言ってはいますが、まさに言葉の通り、私たちは今日、この学舎を旅立たなければならない時を迎えることになりました。…阪神・淡路大震災から10年。多くの爪痕と悲しみを残しながらも、絶望から生み出された希望によって生きることの大切さ、運命に立ち向かうことの大切さを学び、それから七年。希望と夢を胸に、春風の吹く中校門をくぐった、二年前の四月。色々と教師・教員の方々に迷惑をかけながらも、自然と共存すること、仲間達と力を合わせなければならない事を十二分に知った、淡路青少年交流の家での共同実習。なんだかんだ言われて、いろいろと応援合戦のネタを考えてはみたけど最終的には他人任せになってしまい、自分のボキャブラリー不足を呪った体育祭。………………」
途中に自虐的なネタを入れて、悲しいピアノの演奏中でも笑いを起こそうと必死にしている稲葉。…答辞というのは基本的には笑いを取ろうというものじゃないけどな。前代の生徒会長のネタを中途半端に取り入れようとするから以下略。…でも、そのはきはきとしてしゃべり方と、誰からも嫌われ者にならないよう、好かれようとしていた性格、理系・文系専門コースの人間でもないのに、テストでの成績の優秀ぶりは輝いてたぜ…。お前なら本当に夢を実現できる、そう信じてる。俺だって、夢を実現させないといけないけどな…
「……私達卒業生は、この日を持って学舎を離れ、それぞれの道へと歩んでいきます。…この別れが永遠の別れではなく、またどこかで会えたり、活躍を伝えられる日が必ず来るんだと、きっとその通りになれると信じる。私達を三年間見守り、指導し、精神・身体的に育ててくれた教職員の皆様。十八年間、温かく見守り続けて下さった保護者の皆様。そして、この北高の歴史の一ページという、バトンを引き継ぐ在校生の皆様。皆様の勇気と期待を胸に、私達はこの学舎を巣立っていきます。…この言葉を先に言うのに違和感を感じる人もいるかも知れませんが、卒業生のために大がかりな卒業式典を挙行していただき、本当にありがとうございました。また、年度末という忙しい時期にも関わらず、ご臨席を賜りましたご来賓の皆様に、卒業生を代表いたしまして、心より御礼を申し上げさせていただきます」
おいおい、目頭が熱くなってんぞ、稲葉……頼むから男泣きとかするなよ……
「……最後になりましたが、在校生の皆様、…私達がこの一年で蒔いた種を、絶対に絶やさないようにしてください。その種を育て、芽を出し、花を咲かせ、見事な樹へと育てる。それができるのは、在校生の皆さんしかいないのです。在校生の皆さんが、この種を育てる番なのです。…あなたにしかできないことがある。あなただからこそできることがある。私達は、皆さんを信じてます。皆さんが、種を立派な樹に育て上げられることを、心から切に願っています。……これにて答辞とさせていただきます。本当にありがとうございました」
「平成十七年三月一日 卒業生代表 稲葉高氏」
・再び三年五組の教室
なんだかんだで、卒業式は去年と同じような、いや、それなりに去年とは違った形のテンプレ通りに終わり、最後のHRが始まる。稲葉は答辞の大役を終えて、心なしか顔に疲れが見えているようだったな。他の生徒達も、卒業式が終わりホッとした顔をしているのが多い。俺はまだ、何故か緊張が残っているけど……。
で、多くの卒業生達は岡部先生が来るまでの間、稲葉に卒業アルバムに寄せ書きしてくれとお願いしている。稲葉はそれに嫌々することなく応じている。ホントいい人だよな。…って思ってる内にやって来た!
「卒業おめでとう」
「何だよそのテンプレ通りの言い方はよ!…とにかく、涼宮に話しつけてくれてありがとうな!…お前がいなきゃ、俺はこんなに真面目になれなかっただろうし、それに優しさや真面目さ、格好良くはないけど、どんなことでもそつなくこなす才能、どれか一つでも俺に与えて欲しかった…って思うぜ」
「はははは、ありがとう。君も大学生活は楽しくて辛くて大変だろうけど、頑張ってくれよ。途中で退学なんかしたら許さないからな…」
「WAWA、当たり前だろ!この学歴社会の中、せめて大学は出ないとどーしようもないからな!…だけどさ、そんな学歴社会が一番いけないと思ってるのは…俺だけか?」
「谷口だけじゃないはずだが…とにかく、今日はそんなのを考える日じゃないと思うんだけどな」
「そ、そうだな。変なこと言ってゴメンよ稲葉!HRが終わったらよろしくな!」
「……涼宮に聞こえてるよ。多分」
「WAWAWA」
そんな他の生徒から危うく白目で見られる(た)短い会話があって、稲葉は自分の席に戻っていく。卒業アルバムへの寄せ書きはほとんど終わったみたいで、あとはHRの終わりという、ある意味終末へと向かって落下していく。
これが終わったら、いよいよ涼宮に告白するんだな……。なんかある意味怖くなってきた。別にフラレるのは分かってるけど、拒絶されたときの怖さ、悲しさというのは、ナンパに失敗したときのそれよりも恐ろしく大きいんだろうな…。だったら告白せずに逃げてしまおうか…と、とんでもないことを一瞬思いついてしまいやがった。逃げちゃダメなんだよ、男なら正々堂々と告白して散るべきだ!俺の心にそう言い聞かして、岡部先生のはなむけの言葉を聞こう。まずはそれからだ。
「…三年間、本当にお疲れ様だった。お前達も色々と楽しいことや辛いこと、受験生にとっては放課後の補習やら朝の学習とかで本当に大変であっただろう。(中略)…人は、現実から逃げる事をついつい選びがちだ。だが、逃げ続けても特にいいことは起きないし、逆に世間から取り残され、破滅すら招く可能性もあるかも知れない。俺は、お前達にはそんな結末にはなって欲しくないと願っている。真っ正面から現実を受け止め、これからどうするのか、どうやってこの局面を乗り越えるか…。あまり大した手助けは出来んかもしれんが、もしも困ったことがあったり、この学校が懐かしくなったら、学校に電話してから俺の下を訪れればいい。俺は、お前達を信じている。お前達が未来を切り開いてくれることを本当に期待している。以上だ。お前達の前途に幸有らんことを」
岡部先生の最後の一言とほんの少し時間差を置いて、チャイムが鳴る。天国か地獄かどっちか分からんが、扉はついに開いてしまった…そういう感じだ。高校生活最後の礼が終わり、ほとんどの生徒は喜びと若干の不安の入り交じった笑顔としばしの別れの一言を友達や岡部先生と交わしながら教室を出ていく。俺はというと、涼宮が気になって気になって仕方がなくなってしまい、
「なぁ…涼宮!…校門で待ってるぜ!」
と、俺としては黙っているのが最善の選択肢だったはずなのに、声をかけてしまった。しかも大声で。なんて無様で無謀なことをやったんだよ俺!!おかげでクラスに残っている生徒ほぼ全員と岡部先生の視線が俺と涼宮に集まってるじゃねぇか!!…でも本当に何となくだが、みんなは「恋が実ることを期待して(や)るよ」っぽい感じだし、岡部先生に至っては見て見ぬ振りをしている。
「…谷口、朝『HRが終わったら校門の所で待ってなさい』って言ったけど、ここで何か言いたいのなら言ってもいいわよ。そんな大声で念を押すなんて、みんなの前で大切なことが言えるという度胸があると見てもいいわよね?」
涼宮はそれなり引き締まった表情で俺を見ている。つまりは『どうせ告白するんならここでやってしまいなさい』ってことか?慌てて俺はチャックが開いてないかどうか確認する。…うん、開いてないな。そうして覚悟を決めた俺は、緊張を隠しきれないまま涼宮に近づく。…そういやこの間に、成崎が稲葉に「友達から始めませんか」って言って、稲葉の奴、至極真っ当にOKを出してたような……こんちくしょう、モテる奴は羨ましいぜ!…と、とにかく、まずは中学時代の無礼から謝らなきゃな……。
「で、話って何よ?」
「…涼宮、とりあえず謝らなきゃいけないことがいくつかある」
「とりあえず聞いてあげるわ」
「あのさ…、中学時代、電話で強引にナンパしたり、とんでもなく失礼なことを言って、本当にすまなかった。…数年前のことになるけど、どうしても謝りたいと思ったんだ。『尻軽女』とか、『頭がおかしい女の子』とか、今考えなくても、本当に、本当に、俺も馬鹿で失礼で心を傷つけることを言ってしまった。……本当に、すみませんでした」
「…いいわよ。許してあげる。あの時は本当にはらわたが煮えくり返りそうだったけど、こうやって謝ってくれたのだから、もうあの事は無かったことにしてもいいわ。…ところでぐっちゃんも、もうちょっと素直になんなさいよ?そうした方が、もう少し格好良くなれるかも知れないし」
「あ、あ、ありがとうな…。お前にそう言われるなんて、予想できなかったぜ。…俺も昔は『超能力者はいない』と思ってたけど、古泉の奴とか、長門がそれっぽい事をやるたびに、いても別にいいじゃねぇかって思った。…古泉って格好いいよな。ホモっぽいところが玉に瑕過ぎて迂闊に近づけないのがアレだけどさ」
「ありがと。古泉は確かにSOS団の一員としては大切な存在だけど、…あたしも迂闊に言ったら迷惑をかけそうだからこの辺に留めておくけどね」
「あとさ…一年生の頃、キョンに対して『涼宮に近づかない方がいい』とか『関わるな』とか言っていたけど……、あれも本当にすまなかったって考えてる。…だけど、本当は、本当は……お前がキョンや古泉に奪われたくないからと思って、つい……」
「ぐっちゃん……。あんたって本当に馬鹿でアホだけど、一途すぎるその心意気や真面目さ、そして優しさ……輝くものがあったわよ。…い、いや、これは冗談で言ってる訳じゃないからね…」
…俺が涼宮に対する謝罪から始まった、恐らくは告白へと続くと思う二人の会話を、教室に残った生徒も、岡部先生も、誰一人帰ることなく真剣に聞いているじゃねーか!…それどころか噂を聞きつけた他のクラスの生徒達も、教室の外の窓から見ている。もうダメじゃんかよ!謝るとこだけはここでやって、告白は校門で……と思ったが、もうここで告白するしか…ないな…。愚かにも神に突っ込む俺を許す奴なんて…いる訳無いよな……。
「おやおや、五組の教室で何の騒ぎですか?担任の岡部先生もじっと見ているようですし」
「…谷口が涼宮に告白してるんだよな。今は昔やってしまった馬鹿なことを謝罪して許して貰ったところらしい」
「教室の生徒や先生も巻き込んでの公開告白ですか。僕だったらあまりにも恥ずかしすぎて、やろうとする勇気も持てないですけどね。若さ故の過ちというか何か……。とにかく、幸せに出来なければ、僕としても説教しなきゃいけませんかね。谷口君には頑張って欲しいですよね…」
「そーいうお前もホモ疑惑のフラグが立ちまくりなんだけどな。谷口にも言われてたぞ」
「…僕は同性愛者じゃありませんよ。むしろ好きな人はいるんですけどね……」
「あのさ……涼宮。これから本題に入るけどさ…。……どうしても、どうしてもお前を諦められなかったんだ。お前の笑顔に惹かれて、お前の行動に冷や冷やさせられつつも、それでも、どうしても、お前の存在を嫌いになれなかった俺がいた。お前の全てに見取れてしまったんだ。惚れちまったんだ。…俺の前だけで、200ワットくらいのとびっきりの笑顔を見せて欲しい……。そう思うんだ。……涼宮。お前が本当に好きなんだ。ずっとお前だけを見ていたい。俺だって、他の女を好きになるなんて馬鹿な真似は絶対にしないと誓う。だから…、俺と…俺と付き合ってくれ!!」
つづく
その2にもどる その3 その4へ