・卒業式当日の朝
チャカチャラチャカ ピッ
携帯電話の目覚ましのアラームで目が覚めた。特に身体に変化もないし、周囲も変化はない。
今日は高校生活最後の日(恐らく)、そして卒業式。
思えば長くて以外と短い三年間だった。いろいろと出来事もあったし、恋心も芽生えるようなことも…って、
「稲葉、朝早いけどお客さんがおいでよ~」
母の声が聞こえる。「まだ起きたばっかりなのに」と言いつつ、まだ覚めやらぬ目を擦りながら制服に着替えて部屋を降りる。
「昨日の夜は答辞の練習をやってたから少し寝不足なんだよ」と冗談交じりに喋って視界に飛び込んできたのは、玄関に立つ涼宮さんとキョンの姿だった。
「やっほー、稲葉!…って、こういうのも今日で最後なんだよね。とにかく、泣くんじゃないわよ稲葉!笑顔で卒業式を迎えなさい!」
「今日はわざと朝早く来てやったんだぞ、稲葉。…母には迷惑かけたかな、多分」
「まぁ、そうだけど。別に今日は市議会の開会日でもないし、母も卒業式を見に来るみたいだから。…ところで、一見するとキョンと涼宮はカップルみたいだね、ふふ」
よく見てみると、今日の涼宮さんは頭をポニーテールにしている。今となっては少し苦い思い出だったけど、初めて見たときは自分も結構興味を抱いてしまったかな。
それと、涼宮さんのあの元気な笑顔。あの笑顔があったから、自分はこの三年間を走り抜けられたんだと思う。
そりゃ、入学当初の奇行といえる数々には半ば呆れそうになったし、(女性を差別する気はないけど)野球大会に出ろって言われた時は行動力が凄いのか、それともただ単に興味があっただけなのか、
突飛すぎてどうすればいいのか分からなかったけど。
「…ば、馬鹿言えよ稲葉。偶然ハルヒと会ってそのままお前を迎えに来ただけであって。そういうお前はどうなんだよ、彼女はできる気はしたか?」
「とりあえず涼宮さんに聞いてください」
「じゃあいい?稲葉ったらね、昨日の夜電話であたしに突然告白してきたの!だ、だけど、好きな人がいたから諦めて貰ったんだけどね……。生徒会長としては珍しい形の告白だったわ」
「夜に稲葉から電話がかかってきて教えてもらtt」
「そ、そりゃ、卒業するし、こ、ここで告白しないとダメかなと思って……///でも、後悔はしてないよ。後悔なんてしたらダメだって、幼い頃から両親に言われ続けられたから。『自分の意志を貫け』とね」
「そりゃありがと」
「でさ涼宮、『好きな人がいる』って言ってたが、一体誰が好きなんだ?すぐにバレるのは分かるが、先に俺達だけにでも教えてくれないか」
「もぅ…//谷口よ、谷口こと『ぐっちゃん』。あたしね、二年前とはガラリと変わった谷口の頑張りぶりとか、行動一つ一つから沸く優しさとかに惹かれてしまったわけなのよ!あいつとなら、結構楽しい大学生活が過ごせそうだし、結婚できたら、ふつーの家族になるけど、そこそこ幸せな未来が見える。そんな気がするのよ」
「あのさ、涼宮。確か一年の自己紹介の時に『普通の人間には興味がない』とか言ってたke」
「確かにあのときは興味はなかったわ。でも、宇宙人、未来人、超能力者を見つけてしばらくしてから、別に普通の人間と付き合ってもいいんじゃないかな…と思うようになったのよ!そりゃ、ぐっちゃんはごく一部を除いて普通の人間だけど、中学時代に欲望剥き出しでナンパしてきたことを謝ってくれれば、…つ、付き合ってあげてもいいなって思うわ//」
涼宮さんの浮かれ具合と、朝なのに早くも赤く染まってた彼女の頬をまじまじと見る自分。…そりゃ幸せだろうけど、谷口は本当に涼宮さんの想いを受け止められるんだろうか?と思うとちょっと首を傾げたくはなるな。彼には悪いけど。だけど、谷口の恋を実らせてあげたいのは自分もそうだし、キョンだってそう思ってるはずだ。だから相当迷惑だと思うけど、お前の告白を見守ってやろうかって思うが、いいかな?
「稲葉、朝食ができたわよ~。キョン君に涼宮さんも召し上がったらどう~?」
「え、いいんですか?それじゃあありがたく頂きますよ」
「稲葉のママって凄く優しいよね。あたしのママと性格は瓜二つだし」
「どうもありがとうございました。俺は涼宮が家を訪れてきてそのまま出てしまったから朝食を取ってなくて」
「涼宮さん、せめて連れて行く際は食事は終わったかどうかくらいは聞くものだと思うけどね。夕食時ならともかく、朝食というのは死活問題なんだけど」
「わ、分かってるわよ稲葉の母さん!一秒でも早くキョンを連れて稲葉の家に行きたかったから、つい、朝食を取ってるのか取ってなかったのか聞いてなかったから…ごめんなさい」
「別にいいよ。腹は減ってもコンビニとかで何か買ってしまえばいいし…、あ、今日はわざわざ朝食を作ってくださってありがとうございました。コーヒーも、紙パックに入ったそれよりも格別でした。手作りというのはすごくいいですよね」
「どうもありがとう。また暇があったら連絡して来てくださいな。ある程度の食事も用意できるから」
「ありがと、稲葉と母さん。今後は立ち寄る事はないと思うけど、万が一の時はよろしく!ってね。…じゃあ学校に行くわよ!」
「はいはい。じゃあ母さん行ってきます。卒業式に来てくださいね。自分、答辞役を任されましたから」
そう言って、自分は二階に上がり、放置していた学生鞄を持って、涼宮さんとキョンと共に最後の通学に出た。
「この通学路を通るのも今日で最後なんだよね…。そう言えば、あたし達は兵庫県立大学に、稲葉は神戸大学へと進学して少しバラバラになっちゃうけど、この絆は絶対に切らさないわよ。SOS団はまだまだ続こうと思ってるし、団員じゃないけど、稲葉も時々生存確認のためにメールしてきなさいよ!そして年一回くらいは、みんなでパーティを開くから、絶対に来なさいよ!来なかったら罰金だからね!」
「生存確認って…。分かりましたよ。でも授業中とかバイト中とかはメールは控えて欲しいなとは思うけど。あとはパーティには必ず行きますよ。食材とかも持っていきますから。もし暇が出来たら、SOS団の不思議探検に一緒に行っても…良いかな?」
「お前もSOS団の楽しさが身にこびりついたのか?お前としては意外とアブノーマルな発言だな。…まぁ、暇だったら来いよ。新しい拠点とか見つかったらメールとかで連絡してやるからさ」
「本当にありがとう。…本当にありがとう。あなた達と出会って、本当に良かったと思いましたよ…いや、本当に」
「連絡が来たら、余程のことがない限りは絶対に来なさいよ、団長命令だからね…。そして…、あんたも意中の人が誰だか知らないけど、素敵な恋をしなさいよ…。あんたも結婚して、すっごく可愛い子供を儲けて、幸せな家庭を作って欲しいからね」
「え、え、え、え、e」
自分がとっさに「まだそう言うのを考えるのは早いと思うけど」と言おうとしたが、自分の視界にそれなりの勢いで走っていく人の姿を確認して言うのを止めてしまった。その人は谷口だった。彼は自分たちの約10m位前に止まると、
「おはよう!稲葉!キョン!……涼宮!!…お前達泣くなよ!泣くのは家に帰ってからでいいんだぜ!」
「ふふっ、おはよう、谷口…じゃなくて『ぐっちゃん』!あんたの話聞いてあげるから、HRが終わったら校門の所で待ってなさいよね…」
「え?いいのか、涼宮……だけど俺のことを『ぐっちゃん』と呼んだりして、なんかしおらしくなってねぇか?」
「…だ、だから、あんたの話は聞いてあげるんだから、そういった事は無かったことにしてくれない?とにかくあんたも泣いたら死刑…とまでは行かなくてもビンタさせて貰うわ!だからね、高校生活最後のイベントなんだから、笑って卒業しなさい!」
「お、おう…。じゃあ先に教室で待ってるぜ!みんな!」
そう言って、谷口はハイキングコースになっていた長い坂を走って上っていく。…半分くらいの所でぜぇぜぇと息を切らせて立ち止まって歩いてしまってるけど。
空は今にも、雪が降り始めそうな雰囲気を醸し出していた。…何となく、悲しそうな気配すら漂わせて。
「「今日も元気だよな谷口は」」
・三年五組の教室
…俺は、ただ単に椅子に座って朝のHRが始まるのを待っているだけなのに、何故か緊張してくる。
窓際ではキョンが同じく早めに登校していた古泉と他愛のない会話を繰り広げている。涼宮は楽しそうに、教室に来た生徒達におはようの挨拶をかけている。
稲葉は…自分の机との最後の別れを惜しんでるかのように、机の上で寝ている。端から見れば「肉体は残っているタダのしかばね」の様だ。
本当に卒業なんだよな……この三年間で俺もずいぶん変わったもんだな。涼宮に好かれたいから真面目に勉強するようになったし、ナンパもやめた。ついでにちょっとは女の子からモテるようにもなった。…けど、俺は涼宮にしか恋心を抱けなかった。何故か、どうしても諦めきれないんだ。せめて5分以上付き合ってみたい。高校一年の時はいろいろとキョンに対して「あいつと関わらない方がいい」とか「なんであいつと関わろうとするんだ」とか涼宮の前で言って、心を傷つけたと思っている。けど、どうしても「涼宮と付き合いたい」という感情が、俺の中で渦巻いていた。キョンにも、古泉にも、稲葉にも、涼宮を渡したくないと思ったんだ。ダメだったらそれで構わないし、もし付き合ってくれるのなら、アホで馬鹿だけど、一途にお前だけを愛し続けてみせるからさ……
って、またキャラが変わってないか、俺!?ともかく、俺は…もうすぐ卒業なんだよな…
「やぁ谷口、卒業おめでとう」
「WA…山根じゃねーか!卒業おめでとう!」
「お前もずいぶん変わったよな。まさか大学受験までやって後は合格発表待ちになるなんてな…。僕も驚いたさ。あらゆる意味で」
「おいおい、そんなに俺がニートかアルバイターになるとでも思ってたのか?きつい冗談はよせよ。俺だってやるときはやるし、涼宮だって志望は大阪の大学だったらしいけど、『みんなと一緒にキャンパスライフを過ごしたい』ってことで数ランク下の兵庫県大を選んだって言ってたな。あいつ、本当は人思いなんじゃねぇか?って思ったぜ。…だけどさ、お前とはしばらく別れ別れになるのが、ちょっと辛いけどな……」
「もしかしたら今日が最後の別れになるかもな…。まぁ同窓会には行くと思うし、弁護士を目指す僕でも気晴らしは必要だと思うからさ。その時は大学での出来事とかじっくり聞かせて貰うから、よろしく頼むよ」
「あ、ああ…。そっちも弁護士目指して頑張ってくれよな、俺は大学を出たら進路をどうするか分からないけどな」
「ところで谷口君、…どうでもいいかも知れないけど、緊張しすぎだよ」
「WAWAWA、わ、分かってるって。今日が卒業式だし、いろいろ思い出に耽っていたら何故か緊張していて…」
…そういや、大学を無事に卒業できた後はどうするか全然考えてなかったな。とりあえず俺の親父はビジネスホテルの経営者であるわけで。商売的にはちょっと苦戦しているみたいだけど、リスクを背負って親父の事業を引き継ぐのも悪くない…かもな。大学に入るのも経営のノウハウとか、…あまり気に食わないけど、学歴社会であるが故に、大学に入って就職しないとまともな職に就けないからだな。…余裕が出来たら、教員免許でも取って北高の教師になるのも…ああ、もうどうでもいいや。とりあえず、この卒業式の日を満喫しようじゃないか!
「よーし、HRはじめるぞー」
「とりあえず君たち、卒業おめでとう。…これからもだが、変に暴走したりして人生を台無しにするんじゃないぞ。とにかく、お前達ならその心配は無用だと思っているが…」
気が付いたら最後の朝のHRが始まっていた。俺は何故かまだ緊張している。…涼宮に告白するのが影響しているんじゃないかな、と思うくらいに。ど、どうせ、フラレる訳なんだからそれでいいわけだし、別に緊張することでもない…はずなんだが。
そんな俺は、涼宮が少し気になって視線をそっちに移す。ほんの少し引きつった顔で岡部の方を見ていた。…あいつも、結局は卒業するのが寂しいんだろうな。大学はSOS団のメンバー全員、同じ大学に行くというのは分かってるけど、…この高校の思い出を忘れたくないんだろうな。きっと。
つづく
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チャカチャラチャカ ピッ
携帯電話の目覚ましのアラームで目が覚めた。特に身体に変化もないし、周囲も変化はない。
今日は高校生活最後の日(恐らく)、そして卒業式。
思えば長くて以外と短い三年間だった。いろいろと出来事もあったし、恋心も芽生えるようなことも…って、
「稲葉、朝早いけどお客さんがおいでよ~」
母の声が聞こえる。「まだ起きたばっかりなのに」と言いつつ、まだ覚めやらぬ目を擦りながら制服に着替えて部屋を降りる。
「昨日の夜は答辞の練習をやってたから少し寝不足なんだよ」と冗談交じりに喋って視界に飛び込んできたのは、玄関に立つ涼宮さんとキョンの姿だった。
「やっほー、稲葉!…って、こういうのも今日で最後なんだよね。とにかく、泣くんじゃないわよ稲葉!笑顔で卒業式を迎えなさい!」
「今日はわざと朝早く来てやったんだぞ、稲葉。…母には迷惑かけたかな、多分」
「まぁ、そうだけど。別に今日は市議会の開会日でもないし、母も卒業式を見に来るみたいだから。…ところで、一見するとキョンと涼宮はカップルみたいだね、ふふ」
よく見てみると、今日の涼宮さんは頭をポニーテールにしている。今となっては少し苦い思い出だったけど、初めて見たときは自分も結構興味を抱いてしまったかな。
それと、涼宮さんのあの元気な笑顔。あの笑顔があったから、自分はこの三年間を走り抜けられたんだと思う。
そりゃ、入学当初の奇行といえる数々には半ば呆れそうになったし、(女性を差別する気はないけど)野球大会に出ろって言われた時は行動力が凄いのか、それともただ単に興味があっただけなのか、
突飛すぎてどうすればいいのか分からなかったけど。
「…ば、馬鹿言えよ稲葉。偶然ハルヒと会ってそのままお前を迎えに来ただけであって。そういうお前はどうなんだよ、彼女はできる気はしたか?」
「とりあえず涼宮さんに聞いてください」
「じゃあいい?稲葉ったらね、昨日の夜電話であたしに突然告白してきたの!だ、だけど、好きな人がいたから諦めて貰ったんだけどね……。生徒会長としては珍しい形の告白だったわ」
「夜に稲葉から電話がかかってきて教えてもらtt」
「そ、そりゃ、卒業するし、こ、ここで告白しないとダメかなと思って……///でも、後悔はしてないよ。後悔なんてしたらダメだって、幼い頃から両親に言われ続けられたから。『自分の意志を貫け』とね」
「そりゃありがと」
「でさ涼宮、『好きな人がいる』って言ってたが、一体誰が好きなんだ?すぐにバレるのは分かるが、先に俺達だけにでも教えてくれないか」
「もぅ…//谷口よ、谷口こと『ぐっちゃん』。あたしね、二年前とはガラリと変わった谷口の頑張りぶりとか、行動一つ一つから沸く優しさとかに惹かれてしまったわけなのよ!あいつとなら、結構楽しい大学生活が過ごせそうだし、結婚できたら、ふつーの家族になるけど、そこそこ幸せな未来が見える。そんな気がするのよ」
「あのさ、涼宮。確か一年の自己紹介の時に『普通の人間には興味がない』とか言ってたke」
「確かにあのときは興味はなかったわ。でも、宇宙人、未来人、超能力者を見つけてしばらくしてから、別に普通の人間と付き合ってもいいんじゃないかな…と思うようになったのよ!そりゃ、ぐっちゃんはごく一部を除いて普通の人間だけど、中学時代に欲望剥き出しでナンパしてきたことを謝ってくれれば、…つ、付き合ってあげてもいいなって思うわ//」
涼宮さんの浮かれ具合と、朝なのに早くも赤く染まってた彼女の頬をまじまじと見る自分。…そりゃ幸せだろうけど、谷口は本当に涼宮さんの想いを受け止められるんだろうか?と思うとちょっと首を傾げたくはなるな。彼には悪いけど。だけど、谷口の恋を実らせてあげたいのは自分もそうだし、キョンだってそう思ってるはずだ。だから相当迷惑だと思うけど、お前の告白を見守ってやろうかって思うが、いいかな?
「稲葉、朝食ができたわよ~。キョン君に涼宮さんも召し上がったらどう~?」
「え、いいんですか?それじゃあありがたく頂きますよ」
「稲葉のママって凄く優しいよね。あたしのママと性格は瓜二つだし」
「どうもありがとうございました。俺は涼宮が家を訪れてきてそのまま出てしまったから朝食を取ってなくて」
「涼宮さん、せめて連れて行く際は食事は終わったかどうかくらいは聞くものだと思うけどね。夕食時ならともかく、朝食というのは死活問題なんだけど」
「わ、分かってるわよ稲葉の母さん!一秒でも早くキョンを連れて稲葉の家に行きたかったから、つい、朝食を取ってるのか取ってなかったのか聞いてなかったから…ごめんなさい」
「別にいいよ。腹は減ってもコンビニとかで何か買ってしまえばいいし…、あ、今日はわざわざ朝食を作ってくださってありがとうございました。コーヒーも、紙パックに入ったそれよりも格別でした。手作りというのはすごくいいですよね」
「どうもありがとう。また暇があったら連絡して来てくださいな。ある程度の食事も用意できるから」
「ありがと、稲葉と母さん。今後は立ち寄る事はないと思うけど、万が一の時はよろしく!ってね。…じゃあ学校に行くわよ!」
「はいはい。じゃあ母さん行ってきます。卒業式に来てくださいね。自分、答辞役を任されましたから」
そう言って、自分は二階に上がり、放置していた学生鞄を持って、涼宮さんとキョンと共に最後の通学に出た。
「この通学路を通るのも今日で最後なんだよね…。そう言えば、あたし達は兵庫県立大学に、稲葉は神戸大学へと進学して少しバラバラになっちゃうけど、この絆は絶対に切らさないわよ。SOS団はまだまだ続こうと思ってるし、団員じゃないけど、稲葉も時々生存確認のためにメールしてきなさいよ!そして年一回くらいは、みんなでパーティを開くから、絶対に来なさいよ!来なかったら罰金だからね!」
「生存確認って…。分かりましたよ。でも授業中とかバイト中とかはメールは控えて欲しいなとは思うけど。あとはパーティには必ず行きますよ。食材とかも持っていきますから。もし暇が出来たら、SOS団の不思議探検に一緒に行っても…良いかな?」
「お前もSOS団の楽しさが身にこびりついたのか?お前としては意外とアブノーマルな発言だな。…まぁ、暇だったら来いよ。新しい拠点とか見つかったらメールとかで連絡してやるからさ」
「本当にありがとう。…本当にありがとう。あなた達と出会って、本当に良かったと思いましたよ…いや、本当に」
「連絡が来たら、余程のことがない限りは絶対に来なさいよ、団長命令だからね…。そして…、あんたも意中の人が誰だか知らないけど、素敵な恋をしなさいよ…。あんたも結婚して、すっごく可愛い子供を儲けて、幸せな家庭を作って欲しいからね」
「え、え、え、え、e」
自分がとっさに「まだそう言うのを考えるのは早いと思うけど」と言おうとしたが、自分の視界にそれなりの勢いで走っていく人の姿を確認して言うのを止めてしまった。その人は谷口だった。彼は自分たちの約10m位前に止まると、
「おはよう!稲葉!キョン!……涼宮!!…お前達泣くなよ!泣くのは家に帰ってからでいいんだぜ!」
「ふふっ、おはよう、谷口…じゃなくて『ぐっちゃん』!あんたの話聞いてあげるから、HRが終わったら校門の所で待ってなさいよね…」
「え?いいのか、涼宮……だけど俺のことを『ぐっちゃん』と呼んだりして、なんかしおらしくなってねぇか?」
「…だ、だから、あんたの話は聞いてあげるんだから、そういった事は無かったことにしてくれない?とにかくあんたも泣いたら死刑…とまでは行かなくてもビンタさせて貰うわ!だからね、高校生活最後のイベントなんだから、笑って卒業しなさい!」
「お、おう…。じゃあ先に教室で待ってるぜ!みんな!」
そう言って、谷口はハイキングコースになっていた長い坂を走って上っていく。…半分くらいの所でぜぇぜぇと息を切らせて立ち止まって歩いてしまってるけど。
空は今にも、雪が降り始めそうな雰囲気を醸し出していた。…何となく、悲しそうな気配すら漂わせて。
「「今日も元気だよな谷口は」」
・三年五組の教室
…俺は、ただ単に椅子に座って朝のHRが始まるのを待っているだけなのに、何故か緊張してくる。
窓際ではキョンが同じく早めに登校していた古泉と他愛のない会話を繰り広げている。涼宮は楽しそうに、教室に来た生徒達におはようの挨拶をかけている。
稲葉は…自分の机との最後の別れを惜しんでるかのように、机の上で寝ている。端から見れば「肉体は残っているタダのしかばね」の様だ。
本当に卒業なんだよな……この三年間で俺もずいぶん変わったもんだな。涼宮に好かれたいから真面目に勉強するようになったし、ナンパもやめた。ついでにちょっとは女の子からモテるようにもなった。…けど、俺は涼宮にしか恋心を抱けなかった。何故か、どうしても諦めきれないんだ。せめて5分以上付き合ってみたい。高校一年の時はいろいろとキョンに対して「あいつと関わらない方がいい」とか「なんであいつと関わろうとするんだ」とか涼宮の前で言って、心を傷つけたと思っている。けど、どうしても「涼宮と付き合いたい」という感情が、俺の中で渦巻いていた。キョンにも、古泉にも、稲葉にも、涼宮を渡したくないと思ったんだ。ダメだったらそれで構わないし、もし付き合ってくれるのなら、アホで馬鹿だけど、一途にお前だけを愛し続けてみせるからさ……
って、またキャラが変わってないか、俺!?ともかく、俺は…もうすぐ卒業なんだよな…
「やぁ谷口、卒業おめでとう」
「WA…山根じゃねーか!卒業おめでとう!」
「お前もずいぶん変わったよな。まさか大学受験までやって後は合格発表待ちになるなんてな…。僕も驚いたさ。あらゆる意味で」
「おいおい、そんなに俺がニートかアルバイターになるとでも思ってたのか?きつい冗談はよせよ。俺だってやるときはやるし、涼宮だって志望は大阪の大学だったらしいけど、『みんなと一緒にキャンパスライフを過ごしたい』ってことで数ランク下の兵庫県大を選んだって言ってたな。あいつ、本当は人思いなんじゃねぇか?って思ったぜ。…だけどさ、お前とはしばらく別れ別れになるのが、ちょっと辛いけどな……」
「もしかしたら今日が最後の別れになるかもな…。まぁ同窓会には行くと思うし、弁護士を目指す僕でも気晴らしは必要だと思うからさ。その時は大学での出来事とかじっくり聞かせて貰うから、よろしく頼むよ」
「あ、ああ…。そっちも弁護士目指して頑張ってくれよな、俺は大学を出たら進路をどうするか分からないけどな」
「ところで谷口君、…どうでもいいかも知れないけど、緊張しすぎだよ」
「WAWAWA、わ、分かってるって。今日が卒業式だし、いろいろ思い出に耽っていたら何故か緊張していて…」
…そういや、大学を無事に卒業できた後はどうするか全然考えてなかったな。とりあえず俺の親父はビジネスホテルの経営者であるわけで。商売的にはちょっと苦戦しているみたいだけど、リスクを背負って親父の事業を引き継ぐのも悪くない…かもな。大学に入るのも経営のノウハウとか、…あまり気に食わないけど、学歴社会であるが故に、大学に入って就職しないとまともな職に就けないからだな。…余裕が出来たら、教員免許でも取って北高の教師になるのも…ああ、もうどうでもいいや。とりあえず、この卒業式の日を満喫しようじゃないか!
「よーし、HRはじめるぞー」
「とりあえず君たち、卒業おめでとう。…これからもだが、変に暴走したりして人生を台無しにするんじゃないぞ。とにかく、お前達ならその心配は無用だと思っているが…」
気が付いたら最後の朝のHRが始まっていた。俺は何故かまだ緊張している。…涼宮に告白するのが影響しているんじゃないかな、と思うくらいに。ど、どうせ、フラレる訳なんだからそれでいいわけだし、別に緊張することでもない…はずなんだが。
そんな俺は、涼宮が少し気になって視線をそっちに移す。ほんの少し引きつった顔で岡部の方を見ていた。…あいつも、結局は卒業するのが寂しいんだろうな。大学はSOS団のメンバー全員、同じ大学に行くというのは分かってるけど、…この高校の思い出を忘れたくないんだろうな。きっと。
つづく
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