時には目食耳視も悪くない。

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【動画紹介】ヒトコトリのコトノハ vol.31

2023年11月17日 | 動画紹介
☆本記事は、Youtubeチャンネル『本の林 honnohayashi』に投稿された動画を紹介するものです。
 ご興味を持たれた方は是非、動画の方もチェックしてみて下さいね!

 ●本日のコトノハ●
  大人になるのは嘘をつくこと。自分の言葉を失くすこと。
  そう思うと大人になるのが恐かった。だから、せめて―。
  「私は今朝生まれた」。今朝生まれて、生まれて初めて空を見た。食卓のパンをミルクを見た。
  私は毎朝、自分自身に言い聞かせる。

 『女うた男うた』道浦母都子・坪内稔典(2000)平凡社より


 大人になるということは、言いたいことが自由に言えなくなることだと感じている人は多いと思います。
 私の場合、四人兄弟の末っ子で、唯一の女児だった私の言葉に耳を傾けてくれる家族はいませんでした。

 両親は私の希望、私の考えに興味を持ってはくれませんでした。
 それは仕方のないことだったと、大人になった今なら理解できます。賛同はできませんが。

 父母にとっての第一子は障害のある子どもでした。
 その後に、私を含めて三人の子供を設けたわけですが、世間的には障害を持たない健常児の兄弟を、親が死んだ後も障害のある子供の面倒を見るために存在させるという、いわゆる「きょうだい児」とする見方もあります。
 私は直接、両親にこのことを聞いたわけではないので、彼らの意図は分かりませんが、基本的に父も母も、上の兄たちの希望を順番に叶えることで、親としての役割はきちんと果たしたと満足して、末娘の私のことについては疎かになっていたのではないかと思うのです。

 こんなことを言うと、ひがみだと非難されると思いますが、子供の頃、私が喜怒哀楽を素直に表現すると、「うるさい」と一喝され、自由な発言は許されませんでした。
 明らかに、両親は私の存在を煙たがっていました。彼らは否定するかもしれませんが、私の記憶にはそのように残っています。

 いずれにしろ、中学や高校の時には、私は自己主張を積極的にしない人間へと成長し、そんな私に対して両親は「無愛想だ」「暗い」「若者らしくない」といった言葉をかけてくるようになりました。
 それまでの自分たちの私への態度が、私のそうした性格を形成したとは考えられないようでした。

 私には沢山の希望がありました。好きな食べ物、好きな洋服、してみたいこと、行きたい場所など。
 けれども、残念なことに、障害のある子どもを抱え、その上男の子二人を一人前の大人にしなければならなかった両親には、私のことまで手の回る状態ではなかったのでしょう。
 子供の頃、私が自分の希望を母に伝えると、母は困ったような面倒臭そうな態度を示しましたし、たいていは却下され、そのうち希望自体を無視されることが多かったです。

 それでいて、私が勝手気ままにすることも許されませんでした。
 上の兄たちへの対応で手一杯だったのなら、私の人生を支配するのではなく、完全なる放任主義で解放してほしかったと強く思います。
 私の意志や感情を無視しても、両親は「娘」という所有物として私の存在を利用したのだと、大人になった私は感じています。

 不思議なことに、大人になった今の方が私は自分の言いたいことを言えるようになっています。
 子供の頃に許されなかった分、その悲しさ、寂しさ、悔しさを口には出さなくても、心の中で言葉にし続けていました。
 そして、話が通じそうだと思える人とは、楽しくおしゃべりができました。(そうでない人も沢山いるけど…)

 大人になるということは、自分の中に言葉(あるいは考え)を持つことなんだと思います。
 たとえ誰も耳を傾けてくれなくても、信頼できる人が一人もいなくても、自分を支えてくれる言葉を持つこと。
 そうした言葉から、私はこれからも一人で生きていく勇気をもらえているのです。


ヒトコトリのコトノハ vol.31


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