連合総研ブックレットNO.5
現代福祉国家の再構築シリーズⅡ
患者・国民のための医療改革
2004年11月
「現代福祉国家の再構築シリーズⅡ
患者・国民のための医療改革」実態に関する調査研究報告」
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連合総研では、2002年度より「現代福祉国家の再構築」を中期的な研究課題に設定し、社会保障・福祉をめぐる政策・制度の現状分析、主要な政策的論点の整理、改革の方向性と内容について提言をおこなうシリーズ研究を進めている。
本年度は患者・国民のための医療改革を研究テーマとして、「現代福祉国家の再構築シリーズⅡ 患者・国民のための医療改革に関する研究委員会」(主査:山r泰彦・神奈川県立保健福祉大学教授)を設置した。日本の医療システムの現状と課題、改革の方向性等について、医療の質の向上と安全確保を中心に利用者の立場から調査研究・議論を重ね、本年11月に報告書をまとめた。
そのなかで提起した、患者・国民のための医療改革を進めるための12の提言および総論・各章のポイントは以下のとおりである(文責は連合総研事務局)。
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《12の提言-患者・国民のための医療改革を進めるために-》
1.透明性が確保された、安全かつ良質で効率的な医療制度の確立
2.EBM(根拠に基づいた医療)の積極推進と医療の標準化
3.先進的高度医療の適切な提供と「混合診療」への慎重な対応
4.患者の選択を支援する「代理人」制度と「地域医療情報センター(仮称)」の設置
5.患者の知る権利と自己決定権などを定めた「患者の権利法」の早期制定
6.安全確保対策の強化と新たな医療事故救済システムの構築
7.医師の地域的偏在・診療科目偏在の是正
8.新しい枠組みによる医療費適正化の推進
9.医療の質の向上と効率化を前提とした現行医療費総額規制方針の転換
10.健康づくりの戦略的位置づけと労使の役割発揮
11.地域保険者連合の構築と保険者機能の強化
12.医療制度改革を推進する「民間医療臨調」の創設
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《報告書総論・各章の概要》
総論では、「医療資源の効率的な利用を進める上で、医療機関の機能分化を図りつつ、一定の秩序ある受療を促進する必要がある」とした上で、患者・国民本位の良質で効率的な医療を普及・発展させるための取り組みとして、つぎの3つの視点をあげた。(1)患者の医療選択のための、医療機関や医療についての適切な情報提供の推進、(2)インフォームド・コンセントを徹底するとともに、診療情報の提供や根拠に基づく医療(EBM)を推進し、かつ安全で安心できる医療管理体制を構築する、(3)国民自らが健康に対する自覚を高め、日常的な健康づくり・疾病予防に努めるとともに、地域における医療の質の向上と効率化のための取り組みに積極的に参加する。
第1章 患者・国民が求めている医療とはなにかでは、「日本の医療は世界最高」といわれるように、本当に日本の医療は効率的なのか、医療の質は高いのかという問題を取り上げ、さらに患者・国民が求める医療とはなにかを検討した。日本の医療は世界一といわれながらも、米国の病院と比較すると、日本はサービスの生産性が低く、院内死亡率が高いという結果を示したレポートがある。一方、国民は医療に対する不安・不満感を抱えているという実態がさまざまな意識調査から浮き彫りにされている。このような現状の中で、患者・国民が求めている医療とは、(1)安全で質の高い医療、(2)選択できる医療、開かれた医療、(3)ヒューマンな医療、(4)地域的公正の確保である。
第2章 医療に関する情報提供の現状とあり方では、広告規制の緩和やインターネットの普及によって医療機関・医師に関する情報の流通量は増えているものの、それを利用者が必ずしも有効に活用している段階になく、その背景には患者が欲しい情報が必ずしも入手できないという問題や情報の信頼性・客観性の問題があることを指摘した。より積極的に情報が活用される工夫が必要だが、医師と患者との間の「情報の非対称性」を完全に解消することは困難である。そこで、患者の主体的な選択を実現するためには、主治医以外の第三者を「代理人」とする制度や、地域内の医療機関や医療の情報の収集・分析・評価・結果の公開など行う「地域医療情報センター(仮称)」の設置が必要である。
第3章 患者の「知る権利」「自己決定権」と立法では、「患者の権利」をめぐる国内外の動向と論点、および立法化への課題等について考察した。(1)平等な医療を受ける権利、(2)自己決定権、(3)知る権利、(4)最善の医療を受ける権利、(5)安全な医療を受ける権利、(6)プライバシーが守られる権利、などの患者の基本的権利は、欧米ではすでに法制化ないし患者憲章という形で社会的に確立されており、もはや議論の段階を超えて実践の段階に入っている。わが国においても法的拘束力のないガイドライン方式ではなく直ちに立法化に着手すべきである。そのため、医療提供者と患者との新たな信頼関係の構築や、患者・国民も積極的に医療に参加するという意識改革、医療提供者がゆとりをもって仕事ができるような人的物的両面における条件整備が重要である。
第4章 医療事故の防止と被害者の救済では、医療事故が増加している現状、それが起こる原因について明らかにし、さらに海外の事例も紹介しながら、医療事故を防止し被害者を救済するシステムのあり方について検討した。近年増えている医療事故・医療ミスの原因は医療知識・技術の未熟性・独善性が大きく、その背景に病院の縦割り組織の弊害が存在する。医療事故防止の取り組みとして、2001年に厚生労働省が「医療安全対策検討会議」を発足させ、遅まきながら安全対策を進めているが、さらなる改革を求めて提言を行っている。また、医療事故対策として、行政処分の強化の必要性を指摘するとともに、「新たな医療事故救済システム」の構築を課題としてあげている。
第5章 医療従事者の確保と医療提供体制の課題では、医療サービスの提供主体である医療従事者をめぐる問題を中心に、患者・国民の安心感を得るような医療供給体制はどうあるべきかを検討した。第一に、十分な医療サービスを提供できるだけの医療従事者が確保されなくてならない。医師数はマクロ的には概ね必要水準に達しているとみられるが、依然として地域的偏在、診療科目別偏在があり、医療の安全確保の面からも是正が求められる。第二に、医療従事者の養成が適正に行われ、かつ専門性に裏打ちされた「医療人」として育成されなければならない。医師の卒前教育や卒後臨床教育のあり方の見直し、看護師等のコ・メディカル人材の専門性の向上などが必要である。第三に、隙間なく医療が受けられる体制が整備されなければならない。特に救急医療、休日・夜間診療や、へき地医療など喫緊の課題がある。
第6章 良質で効率的な医療の確立では、EBM(根拠に基づいた医療)の推進や医療の標準化、病院機能評価の方法、先進的高度医療の適切な提供、よい医療を評価する診療報酬のあり方等の問題を取り上げ、今度の医療のあり方の基本的方向として「良質で効率的な医療」の実現について展望した。良質な医療の提供に必要な相応の資源を無駄なく、効率的に投入するためには、EBMの推進や医療の標準化が求められる。そもそも医療の質は、医療を提供する者の技術的要素、医療提供する者と受ける者との間の相互の関係、医療が提供される療養環境の適切さの3要素から構成されると考えられる。こうした視点から病院医療のあるべき姿を体系化し評価しようとするのが「病院機能評価」であり、わが国でも定着しつつある。先進的医療については有効であればあるほど広く普及させ、国民が等しくその恩恵を享受できることが望まれるが、その費用負担は重い。医療費の負担に社会的制約が強まる中で、先進的医療をどのように保険診療に取り入れるかは大きな問題であり、混合診療を含めて慎重な対応が必要である。
第7章 医療費の適正化では、昨今の医療費問題がなぜ深刻なのか、増加の要因は何か、また医療費の地域差の問題について考察した。医療費を国民の健康水準の向上に必要な社会的コストとみれば、医療費の増大は必ずしも悪ではない。医療費の支出をどのように評価し、どこまでを適正とみなすか、ということが問題なのである。近年、とくに老人医療費の伸びの適正化が問題となっている。老人医療費増加の最大要因は、受給対象者数の増加だが、これを政策的に抑制することは限界がある。よって一人あたり老人医療費の増加を抑制、とくにその地域差が大きいことから一人あたり老人医療費の地域差の解消・是正に重点が置かれるべきである。このため、老人保健制度の廃止・新制度の創設、および地域単位の保険者の統合・再編を前提としたうえで、再編後の保険者の保険者機能強化が必要である。
第8章 健康と生涯では、国民が「健康で生涯を過ごす」ために、会社・事業体、労組、健保組合が一体となった健康づくりの取り組みが必要であることを提起した。国民の健康づくりは個人の幸せにつながるだけでなく、中長期的には医療費の効率化を図るうえで重要な課題として位置づけられる。職場においては、労働組合の健康づくり事業への参画や健保組合の保険者機能の強化が求められている。また企業の健康度を示すシステムが開発され、それをCSR(企業の社会的責任)評価の一つとして位置づけられるようになれば、労働者個々人の健康意識が向上する。地域においては、現在、都道府県単位で「保険者協議会」が設置され、職域保険と地域保険の連携による保健事業の推進をめざしているが、それを効果的、効率的に進めるために、労働組合の地域組織がその中心的な役割を果たすことが重要である。
第9章 医療保険制度改革の視点:地域と向き合うでは、医療保険の制度体系や保険者機能強化等の保険者のあり方について検討した。将来にわたって医療保険制度の安定した運営を確保するためには、保険制度体系の抜本的な見直しと保険者機能の強化が不可欠である。サービスの提供と利用が地域で完結するという医療の特性や医療提供体制との関連から、保険者組織はサービスの利用状況に応じて負担水準が決まる地域単位とし、保険者の運営努力が及び難い構造的リスク要因については保険料財源や公費で全面的な調整を行う方向が望ましいと考える。具体的には、(1)政府管掌健康保険を地域単位化し、そのうえで、国保と被用者保険が都道府県レベルで地域保険者連合を組織する、(2)地域保険者連合に保険医療機関の指定と保険医の登録の権限を与え、地域保険者連合のもとで審査・支払いを共同化する、(3)地方社会保険医療協議会で診療報酬の単価を決定する。
第10章 医療改革はどう進めるべきか-国民のための医療へ対立を超えて-では、第2次臨時行政調査会以降の医療制度改革の取り組みを振り返りながら、日本の医療制度改革の特徴を探り、そのうえで「医師が良き隣人となるための」医療制度改革の進め方について考察した。これまで医療制度改革は医療提供団体と負担増を避けたい保険者の対立でいつも隘路に入ってきた。医療保険財政の危機をどう克服するかという財政的な視点からだけではなく、どのような医療をわれわれが望むのかという視点から「21世紀にふさわしい医療制度」を考えなければならない。そこで、医療制度改革を論議し推進する、民間の自主的な場として「民間医療臨調」の創設を提案する。「対立の時代」から、医療を支える者と医療に携わる者との「対話の時代」とすることが必要である。
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《研究委員会の構成》(役職は2004年9月現在)
主 査 山崎 泰彦 神奈川県立保健福祉大学教授
委 員 堀 真奈美 東海大学教養学部専任講師
北浦 正行 (財)社会経済生産性本部社会労働部長
小野田朝栄 健康保険組合経営研究会常任理事・事務局長
竹本 善次 福祉・社会保障総合研究所代表
木村 崇 自治労健康福祉局次長
渡辺 克也 UIゼンセン同盟政策局
福田 拓治 自動車総連企画総務部長
花井 圭子 連合生活福祉局次長
河村 雄三 連合生活福祉局部長
特別委員大道 久 日本大学医学部教授・(財)日本医療機能評価機構理事
事務局 野口 敞也 連合総研専務理事
鈴木不二一 連合総研副所長
佐川 英美 連合総研主任研究員
大網 裕美 連合総研研究員
麻生 裕子 連合総研研究員
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※本報告書は、「連合総研ブックレットNO.5 現代福祉国家の再構築シリーズⅡ 患者・国民のための医療改革」として2004年11月に発刊。問い合わせは、連合総研・事務局まで。
現代福祉国家の再構築シリーズⅡ
患者・国民のための医療改革
2004年11月
「現代福祉国家の再構築シリーズⅡ
患者・国民のための医療改革」実態に関する調査研究報告」
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連合総研では、2002年度より「現代福祉国家の再構築」を中期的な研究課題に設定し、社会保障・福祉をめぐる政策・制度の現状分析、主要な政策的論点の整理、改革の方向性と内容について提言をおこなうシリーズ研究を進めている。
本年度は患者・国民のための医療改革を研究テーマとして、「現代福祉国家の再構築シリーズⅡ 患者・国民のための医療改革に関する研究委員会」(主査:山r泰彦・神奈川県立保健福祉大学教授)を設置した。日本の医療システムの現状と課題、改革の方向性等について、医療の質の向上と安全確保を中心に利用者の立場から調査研究・議論を重ね、本年11月に報告書をまとめた。
そのなかで提起した、患者・国民のための医療改革を進めるための12の提言および総論・各章のポイントは以下のとおりである(文責は連合総研事務局)。
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《12の提言-患者・国民のための医療改革を進めるために-》
1.透明性が確保された、安全かつ良質で効率的な医療制度の確立
2.EBM(根拠に基づいた医療)の積極推進と医療の標準化
3.先進的高度医療の適切な提供と「混合診療」への慎重な対応
4.患者の選択を支援する「代理人」制度と「地域医療情報センター(仮称)」の設置
5.患者の知る権利と自己決定権などを定めた「患者の権利法」の早期制定
6.安全確保対策の強化と新たな医療事故救済システムの構築
7.医師の地域的偏在・診療科目偏在の是正
8.新しい枠組みによる医療費適正化の推進
9.医療の質の向上と効率化を前提とした現行医療費総額規制方針の転換
10.健康づくりの戦略的位置づけと労使の役割発揮
11.地域保険者連合の構築と保険者機能の強化
12.医療制度改革を推進する「民間医療臨調」の創設
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《報告書総論・各章の概要》
総論では、「医療資源の効率的な利用を進める上で、医療機関の機能分化を図りつつ、一定の秩序ある受療を促進する必要がある」とした上で、患者・国民本位の良質で効率的な医療を普及・発展させるための取り組みとして、つぎの3つの視点をあげた。(1)患者の医療選択のための、医療機関や医療についての適切な情報提供の推進、(2)インフォームド・コンセントを徹底するとともに、診療情報の提供や根拠に基づく医療(EBM)を推進し、かつ安全で安心できる医療管理体制を構築する、(3)国民自らが健康に対する自覚を高め、日常的な健康づくり・疾病予防に努めるとともに、地域における医療の質の向上と効率化のための取り組みに積極的に参加する。
第1章 患者・国民が求めている医療とはなにかでは、「日本の医療は世界最高」といわれるように、本当に日本の医療は効率的なのか、医療の質は高いのかという問題を取り上げ、さらに患者・国民が求める医療とはなにかを検討した。日本の医療は世界一といわれながらも、米国の病院と比較すると、日本はサービスの生産性が低く、院内死亡率が高いという結果を示したレポートがある。一方、国民は医療に対する不安・不満感を抱えているという実態がさまざまな意識調査から浮き彫りにされている。このような現状の中で、患者・国民が求めている医療とは、(1)安全で質の高い医療、(2)選択できる医療、開かれた医療、(3)ヒューマンな医療、(4)地域的公正の確保である。
第2章 医療に関する情報提供の現状とあり方では、広告規制の緩和やインターネットの普及によって医療機関・医師に関する情報の流通量は増えているものの、それを利用者が必ずしも有効に活用している段階になく、その背景には患者が欲しい情報が必ずしも入手できないという問題や情報の信頼性・客観性の問題があることを指摘した。より積極的に情報が活用される工夫が必要だが、医師と患者との間の「情報の非対称性」を完全に解消することは困難である。そこで、患者の主体的な選択を実現するためには、主治医以外の第三者を「代理人」とする制度や、地域内の医療機関や医療の情報の収集・分析・評価・結果の公開など行う「地域医療情報センター(仮称)」の設置が必要である。
第3章 患者の「知る権利」「自己決定権」と立法では、「患者の権利」をめぐる国内外の動向と論点、および立法化への課題等について考察した。(1)平等な医療を受ける権利、(2)自己決定権、(3)知る権利、(4)最善の医療を受ける権利、(5)安全な医療を受ける権利、(6)プライバシーが守られる権利、などの患者の基本的権利は、欧米ではすでに法制化ないし患者憲章という形で社会的に確立されており、もはや議論の段階を超えて実践の段階に入っている。わが国においても法的拘束力のないガイドライン方式ではなく直ちに立法化に着手すべきである。そのため、医療提供者と患者との新たな信頼関係の構築や、患者・国民も積極的に医療に参加するという意識改革、医療提供者がゆとりをもって仕事ができるような人的物的両面における条件整備が重要である。
第4章 医療事故の防止と被害者の救済では、医療事故が増加している現状、それが起こる原因について明らかにし、さらに海外の事例も紹介しながら、医療事故を防止し被害者を救済するシステムのあり方について検討した。近年増えている医療事故・医療ミスの原因は医療知識・技術の未熟性・独善性が大きく、その背景に病院の縦割り組織の弊害が存在する。医療事故防止の取り組みとして、2001年に厚生労働省が「医療安全対策検討会議」を発足させ、遅まきながら安全対策を進めているが、さらなる改革を求めて提言を行っている。また、医療事故対策として、行政処分の強化の必要性を指摘するとともに、「新たな医療事故救済システム」の構築を課題としてあげている。
第5章 医療従事者の確保と医療提供体制の課題では、医療サービスの提供主体である医療従事者をめぐる問題を中心に、患者・国民の安心感を得るような医療供給体制はどうあるべきかを検討した。第一に、十分な医療サービスを提供できるだけの医療従事者が確保されなくてならない。医師数はマクロ的には概ね必要水準に達しているとみられるが、依然として地域的偏在、診療科目別偏在があり、医療の安全確保の面からも是正が求められる。第二に、医療従事者の養成が適正に行われ、かつ専門性に裏打ちされた「医療人」として育成されなければならない。医師の卒前教育や卒後臨床教育のあり方の見直し、看護師等のコ・メディカル人材の専門性の向上などが必要である。第三に、隙間なく医療が受けられる体制が整備されなければならない。特に救急医療、休日・夜間診療や、へき地医療など喫緊の課題がある。
第6章 良質で効率的な医療の確立では、EBM(根拠に基づいた医療)の推進や医療の標準化、病院機能評価の方法、先進的高度医療の適切な提供、よい医療を評価する診療報酬のあり方等の問題を取り上げ、今度の医療のあり方の基本的方向として「良質で効率的な医療」の実現について展望した。良質な医療の提供に必要な相応の資源を無駄なく、効率的に投入するためには、EBMの推進や医療の標準化が求められる。そもそも医療の質は、医療を提供する者の技術的要素、医療提供する者と受ける者との間の相互の関係、医療が提供される療養環境の適切さの3要素から構成されると考えられる。こうした視点から病院医療のあるべき姿を体系化し評価しようとするのが「病院機能評価」であり、わが国でも定着しつつある。先進的医療については有効であればあるほど広く普及させ、国民が等しくその恩恵を享受できることが望まれるが、その費用負担は重い。医療費の負担に社会的制約が強まる中で、先進的医療をどのように保険診療に取り入れるかは大きな問題であり、混合診療を含めて慎重な対応が必要である。
第7章 医療費の適正化では、昨今の医療費問題がなぜ深刻なのか、増加の要因は何か、また医療費の地域差の問題について考察した。医療費を国民の健康水準の向上に必要な社会的コストとみれば、医療費の増大は必ずしも悪ではない。医療費の支出をどのように評価し、どこまでを適正とみなすか、ということが問題なのである。近年、とくに老人医療費の伸びの適正化が問題となっている。老人医療費増加の最大要因は、受給対象者数の増加だが、これを政策的に抑制することは限界がある。よって一人あたり老人医療費の増加を抑制、とくにその地域差が大きいことから一人あたり老人医療費の地域差の解消・是正に重点が置かれるべきである。このため、老人保健制度の廃止・新制度の創設、および地域単位の保険者の統合・再編を前提としたうえで、再編後の保険者の保険者機能強化が必要である。
第8章 健康と生涯では、国民が「健康で生涯を過ごす」ために、会社・事業体、労組、健保組合が一体となった健康づくりの取り組みが必要であることを提起した。国民の健康づくりは個人の幸せにつながるだけでなく、中長期的には医療費の効率化を図るうえで重要な課題として位置づけられる。職場においては、労働組合の健康づくり事業への参画や健保組合の保険者機能の強化が求められている。また企業の健康度を示すシステムが開発され、それをCSR(企業の社会的責任)評価の一つとして位置づけられるようになれば、労働者個々人の健康意識が向上する。地域においては、現在、都道府県単位で「保険者協議会」が設置され、職域保険と地域保険の連携による保健事業の推進をめざしているが、それを効果的、効率的に進めるために、労働組合の地域組織がその中心的な役割を果たすことが重要である。
第9章 医療保険制度改革の視点:地域と向き合うでは、医療保険の制度体系や保険者機能強化等の保険者のあり方について検討した。将来にわたって医療保険制度の安定した運営を確保するためには、保険制度体系の抜本的な見直しと保険者機能の強化が不可欠である。サービスの提供と利用が地域で完結するという医療の特性や医療提供体制との関連から、保険者組織はサービスの利用状況に応じて負担水準が決まる地域単位とし、保険者の運営努力が及び難い構造的リスク要因については保険料財源や公費で全面的な調整を行う方向が望ましいと考える。具体的には、(1)政府管掌健康保険を地域単位化し、そのうえで、国保と被用者保険が都道府県レベルで地域保険者連合を組織する、(2)地域保険者連合に保険医療機関の指定と保険医の登録の権限を与え、地域保険者連合のもとで審査・支払いを共同化する、(3)地方社会保険医療協議会で診療報酬の単価を決定する。
第10章 医療改革はどう進めるべきか-国民のための医療へ対立を超えて-では、第2次臨時行政調査会以降の医療制度改革の取り組みを振り返りながら、日本の医療制度改革の特徴を探り、そのうえで「医師が良き隣人となるための」医療制度改革の進め方について考察した。これまで医療制度改革は医療提供団体と負担増を避けたい保険者の対立でいつも隘路に入ってきた。医療保険財政の危機をどう克服するかという財政的な視点からだけではなく、どのような医療をわれわれが望むのかという視点から「21世紀にふさわしい医療制度」を考えなければならない。そこで、医療制度改革を論議し推進する、民間の自主的な場として「民間医療臨調」の創設を提案する。「対立の時代」から、医療を支える者と医療に携わる者との「対話の時代」とすることが必要である。
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《研究委員会の構成》(役職は2004年9月現在)
主 査 山崎 泰彦 神奈川県立保健福祉大学教授
委 員 堀 真奈美 東海大学教養学部専任講師
北浦 正行 (財)社会経済生産性本部社会労働部長
小野田朝栄 健康保険組合経営研究会常任理事・事務局長
竹本 善次 福祉・社会保障総合研究所代表
木村 崇 自治労健康福祉局次長
渡辺 克也 UIゼンセン同盟政策局
福田 拓治 自動車総連企画総務部長
花井 圭子 連合生活福祉局次長
河村 雄三 連合生活福祉局部長
特別委員大道 久 日本大学医学部教授・(財)日本医療機能評価機構理事
事務局 野口 敞也 連合総研専務理事
鈴木不二一 連合総研副所長
佐川 英美 連合総研主任研究員
大網 裕美 連合総研研究員
麻生 裕子 連合総研研究員
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※本報告書は、「連合総研ブックレットNO.5 現代福祉国家の再構築シリーズⅡ 患者・国民のための医療改革」として2004年11月に発刊。問い合わせは、連合総研・事務局まで。