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福沢諭吉『文明論之概略』精読 (岩波現代文庫) 子安 宣邦 (著)

2010年09月17日 | amazon.co.jp・リストマニア
「精読」の名に値する, 2010/9/17

By 歯職人

 この「精読」は、丸山眞男の『「文明論之概略」を読む』(岩波新書)への異議申し立て、丸山の福澤読解の解体、丸山からの福澤の解放の意図の企てである。評者にこのジャッチの任は適しないが、私は子安が好きだ。
 明治5年2月に初編の刊行が開始される『学問のすゝめ』、明治8年8月に刊行される『文明論之概略』(福澤42歳)、ともに以後の日本社会の意識の骨組みに影響を与えんと意欲に満ちている。
 明治、大正、昭和前期、戦中、戦後、そして平成と時を経て、福澤諭吉へのレッテル張りや、事実誤認に基づく「難癖」が今だ横行する中、福澤諭吉の言葉により福澤理解を進めようとする江戸期の思想を中心に日本思想史の子安宣邦による一冊です。
 福澤自身と福澤の同時代人、福澤の読者候補は江戸の思想の中で育ったという至極真っ当な背景を考えれば、子安の方法論は順当と言える。
 歴史の中の福澤諭吉を置き、福澤諭吉の初期の思想の理解を進めるために、押さえておきたい一冊です。

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子安宣邦のホームページ
http://homepage1.nifty.com/koyasu/

岩波現代文庫
福沢諭吉『文明論之概略』精読

子安宣邦
岩波書店 (2005/04 出版)

298p / 15cm / 文庫判
ISBN: 9784006001421
NDC分類: 361.5
価格: ¥1,155 (税込)

内容

 江戸期の思想を読解して日本思想史の新局面を開いてきた子安宣邦氏は近代日本言説研究へと向かい,すでにいくつかの著作を著していますが,白眉となるであろう書き下ろしが本書です.
 福沢諭吉の『文明論之概略』の読解といえば,丸山真男氏の『文明論之概略を読む』(岩波新書,全3冊)がよく知られていますが,著者は丸山氏のように古典のテクストとしては読まず,あくまで近代日本の黎明期の著作という歴史的な限定において読みます.アジアと日本が大きな転換期に書かれたという限定においたとき,文明論的な日本の設計を初めて提示したこの著作をいま読む意味が出てきます.現在という時代も,19世紀後半のアジアの大きな転換期から百十数年を経て,さらに大きな世界の転換に直面しているからです.この読解のもう一つの姿勢は,福沢による文明化の設計は,脱亜論というアジアとの関係のとり方と不可分であることを踏まえながら読むということです.
 福沢諭吉の文明論的な設計が,当時の何を解体し,何を新たに据えようとしたのか.その設計は近代日本の国家設計に実際にどのように書き込まれたのか,また何が書き込まれなかったのか.そして,近代日本は福沢の期待したものとは違うものとして実現されたのだろうか.こうした問いをもちながら,章ごとにテクストを追いながら精読をしていきます.
 『文明論之概略』は,自国の文明化が新しい日本の課題であると考えた福沢諭吉が,文明社会とはどういうものかを野蛮・半開社会との対比によって論じ,文明的社会の政治体制の問題や文明化へと至る歴史的動因について論じ,旧来の道徳支配社会から文明的な智力による社会への転換を説き,いかなる分野でも権力偏重に陥る日本の文明を批判して,日本の真の目的である「独立」に立ちふさがる「外国交際」の問題まで考察した,近代日本黎明期の重要な著作です.
 文明化とは西欧の近代的主権国家を目指すことにことです.近代国家は「対内的には平和と秩序ある活動を市民に保障し,対外的には軍事力をもって無法に備え,さらにその力を行使して国益を擁護し,その拡大をも主張しうるような国家としてあるのである」(本書261頁).その帰結は1945年の敗戦だといえるでしょう.しかし,子安氏の視線は,文明化にあたって福沢が解体しようとしたものに注がれます.特に本書の「精読4」での子安氏の議論は,福沢の国体論に対して決然と立ち向かいながらも時代の状況をよく考慮した巧みな言説を分析し,注目に値します.
 至るところ新鮮な読解で充満する本書は,福沢がどれほどラジカルであったかを堪能させてくれます.それは近代主権国家がもつラジカルさでもあるのですが,子安氏はその近代化への意志を礼賛しているのでも,非難しているのでもありません.子安氏は問いかけます.「近代日本の黎明期に福沢がきわめてラジカルに提示した日本の進路を,1945年の結果をふまえてわれわれはほんとうに問い直してきたか」(291頁).福沢が『文明論之概略』の最終章でいう「商売と戦争」が,今も問い直しのキーワードであるようです.

目次

序 今なぜ『文明論之概略』なのか
第一部
■精読1――「緒言」
一 日本の課題としての文明 その一
■精読2――「第一章 議論の本位を定める事」
二 日本の課題としての文明 その二
■精読3――「第二章 西洋の文明を目的とする事」その一
三 日本文明化の基本設計
■精読4――「第二章 西洋の文明を目的とする事」その二
四 「国体論」の文明論的批判
■精読5――「第三章 文明の本旨を論ず」
五 文明的社会と政治体制

  第一部 注

第二部
■精読6――「第四章 一国人民の智徳を論ず」その一
六 一国が文明的であるとは
■精読7――「第四章 一国人民の智徳を論ず」その二
七 一国の文明化と歴史の見方
■精読8――「第五章 前論の続」
八 文明論的な社会動態史――智力と衆論
■精読9――「第六章 智徳の弁」
九 文明的な知性とモラル――「智徳」の再構成
■精読10――「第7章 智徳の行わるべき時代と場所を論ず」
十 目的としての文明社会――智力の行われる社会とは

  第二部 注

第三部
■精読11――「第九章 日本文明の由来」
十一 日本文明の批判――権力偏重社会とそのイデオロギー
■精読12――「第十章 自国の独立を論ず」
十二 一国の独立と文明化――後進国文明化論

  第三部 注

 
結び 『文明論之概略』と問い直しの課題

 
  あとがき

著者紹介

子安宣邦(こやす のぶくに)
1933年生まれ.東京大学大学院博士課程修了.大阪大学名誉教授.思想史・文化理論専攻.著書『本居宣長』『日本近代思想批判――一国知の成立』(以上,岩波現代文庫),『漢字論――不可避の他者』『江戸思想史講義』(以上,岩波書店),『「事件」としての徂徠学』『「宣長問題」とは何か』『鬼神論』『「アジア」はどう語られてきたか』『国家と祭祀』ほか

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