本誌06年9月号に医療経済学会設立総会・第一回研究大会をリポートしたが、医療経済・政策学分野に歯科医療政策研究を世に問う一冊が出版されましたのでご紹介したいと思います。
本書の編著者である野村眞弓さんは、日本大学歯学部事務局に勤務する傍ら経営学を学ぶことを志され、業務と関連する歯科医療をテーマ設定し、「保険の効かない」診療に着目され、経営学的なアプローチで歯科医療の現状をとえる試みに着手された方です。
日本大学に新設された社会人向けのビジネススクール・グローバルビジネス研究科に一期生として入学され、千葉大学大学院社会文化科学研究科(博士課程)を修了されました。
本書は学位論文「日本の歯科医療の政策分析―高度成長から高齢化社会へ 」(野村眞弓、2005)と、その元となった既発表の論文、学会報告が骨格となっているとのことです。
現在は、特定非営利活動法人日本医学交流協会医療団に勤務する傍ら、千葉大学医学部附属病院特任研究員、日本大学歯学部非常勤講師を務められています。
本書『日本の歯科医療政策 医療経済と国際比較の視点から』は、医療経済学の手法を用いて日本の歯科医療政策を豊富なデータから実証的に分析し、現在の日本の歯科医療政策の状況と今後と必要とされる政策が考察されている。その分析は世界の歯科医療政策との比較から日本の歯科医療政策の状況を映し出しています。
本書は、三部で編成されている。
第Ⅰ部は「医療制度と歯科医療 」とし、歯科疾患の特性を明らかにし歯科医療の特異性を、歯科医療従事者以外にもその理解の便を図っている。国民の歯と口の健康という視点から歯科医療とは何の目的でどのようにおこなわれていのかが検討されている。
特に第3章の「歯科医療のアウトカムの国際比較」は、各国の歯科医療制度と歯科保険を予防、治療、機能回復という政策の要素に着目し、1.予防重視の公衆衛生・保健型と2.疾病治療-機能回復重視の治療志向型の大きく2つに区分している。
第Ⅱ部は「変化する社会と歯科保健・医療制度」とし、「高度経済成長」と「高齢化」という社会の変化に焦点をあてて、その社会の変化が歯科保健・医療政策にどのような影響を与えたかを考察している。
第4章の「高度経済成長期の歯科医療」では、戦後の福祉国家政策の転機となったオイルショックと時を同じくし起こった「歯科医療問題」の背景と原因分析が、経済成長に伴う食生活の変化・砂糖摂取率の上昇、それとともに進行するう蝕率の変化、歯科診療所数の増加他の実態分析が豊富なデータ解析とともに示される。
また「歯科医療問題」について、医療保険制度の普及および経済成長による歯科医療への経済的なアクセスが向上しながらも供給体制の不備として顕在化し、1975年2月 第75回国会での日本歯科医師会と日本歯科技工士会の代表の参考人としての質疑等に至る社会問題化した原因分析が試みられている。
第5章では、現代日本の課題の一つである「団塊の世代」の高齢化が歯科医療需要に与える影響が考察されている。第Ⅲ部にもつながる歯科医療の新たな需要のトレンドとして、介護予防としての口腔のケア等の分析を通じ保健・医療・福祉という政策分野での歯科医療のあり方の再定義の必要性が示される。
第Ⅲ部は「日本の歯科医療の政策分析」とし、国民皆保険制度が歯科医療の政策決定に及ぼしている影響が検討され、歴史的な経過を踏まえた上で、今後の方向性が考察されている。
第9章では、国民の健康水準の維持・向上という目的を持つ医療政策の分析の手掛りとして、宇沢弘文氏の「社会的共通資本」(社会的に希少な資源として、社会的な基準したがって管理・運営されるとする理論)の概念が用いられている。
また、国民皆保険制度下での中央社会保険医療協議会(中医協)の役割に対して、医科に比して歯科医療側の理解が浅かったのではないかとの指摘が確認されている。
歯科医療の特質である選択の多様性がある補綴と医療保険をどのような関係に位置づけるべきかの各国の制度との比較から、「特定療養費」制度の歴史的経過の解明されている。
歯科医師の行動や価値観に関する社会科学的な調査研究や歯科医療の医療経済的な分析・調査研究による実証の必要性が確認されている。
著者は最後に、新しい歯科医療の構築に向けた試論を、2004年のフィンランドの歯科医療の制度改革を例示し、予防給付や保健医療サービスへのアクセスの確保、幼児期のう蝕罹患リスクを軽減するための適切な情報の提供や動機付けといった社会政策的な手法を含めた対応の必要性の高まりを指摘としている。
本書が、ややもする医療政策・歯科医療政策全体のなかで、歯科技工を位置づける習慣を持ち難い歯科技工士にも広く読まれることを望む。そして、遠くない日に歯科技工をも含む歯科医療政策・医療経済学に関する本格的な分析が提出される日が来ることを願っている。
本書は、歯科技工士の立場からも歯科医療政策を考え、歯科医療の経済を考える上でもタイムリーで学ぶことの多い力作である。
2007.02.13記
勁草書房HP
http://www.keisoshobo.co.jp/
本書のページ
http://www.populus.est.co.jp/asp/booksearch/detail.asp?isbn=ISBN978-4-326-70055-4
日本の歯科医療政策
医療経済と国際比較の視点から
野村 眞弓 (千葉大学医学部附属病院特任研究員) ・広井 良典 (千葉大学法経学部教授) ・尾崎 哲則 (日本大学歯学部教授) 編著
A5 ・ 2625 円 (税込)
2007年1月25日発行
ISBN:9784326700554 (4326700556)
出版元:勁草書房(s1836)
医療経済学の手法で日本の歯科医療政策を実証的に分析、その特異な状況と今後とられるべき政策について考察するはじめての「社会歯科学」本。
二大疾患である虫歯と歯周病の予防管理方法が確立された現在、諸外国では歯科医療政策の見直し──公衆衛生分野を充実させ(予防教育と16歳までの無料治療)限られた財源は必要な人へという流れ──が行われている。本書は日本の歯科医療政策を実証的に分析し、今後とられるべき政策について考察する。
序章 歯科医療の政策分析
第Ⅰ部 医療制度と歯科医療
第1章 歯科疾患の特性と歯科医療
第2章 歯科医療需要の特性と社会保険制度
第3章 歯科医療のアウトカムの国際比較
第Ⅱ部 変化する社会と歯科保健・医療制度
第4章 高度経済成長期の歯科医療
第5章 社会の高齢化と歯科医療
第6章 歯科医療の需給予測
第Ⅲ部 日本の歯科医療の政策分析
第7章 医療保険制度と歯科医療の需給調整
第8章 医療政策の決定プロセスと歯科医療
第9章 これからの日本の歯科医療政策
あとがき
事項索引
欧文索引
紀伊国屋書店Book Web
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%93%FA%96%7B%82%CC%8E%95%89%C8%88%E3%97%C3%90%AD%8D%F4
野村眞弓[ノムラマユミ]
1958年生まれ。日本大学歯学部事務局に勤務する傍ら、2005年千葉大学大学院博士課程修了(社会保険・医療政策)。同大大学院社会文化科学研究科公共研究センターCOEフェローを経て、現在特定非営利活動法人日本医学交流協会医療団勤務、千葉大学医学部附属病院特任研究員、日本大学歯学部非常勤講師
広井良典[ヒロイヨシノリ]
1961年生まれ。1986年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。厚生省勤務を経て、1996年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授
尾崎哲則[オザキテツノリ]
1956年生まれ。1987年日本大学大学院歯学研究科修了、歯学博士。日本大学歯学部教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校長併任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
本書の編著者である野村眞弓さんは、日本大学歯学部事務局に勤務する傍ら経営学を学ぶことを志され、業務と関連する歯科医療をテーマ設定し、「保険の効かない」診療に着目され、経営学的なアプローチで歯科医療の現状をとえる試みに着手された方です。
日本大学に新設された社会人向けのビジネススクール・グローバルビジネス研究科に一期生として入学され、千葉大学大学院社会文化科学研究科(博士課程)を修了されました。
本書は学位論文「日本の歯科医療の政策分析―高度成長から高齢化社会へ 」(野村眞弓、2005)と、その元となった既発表の論文、学会報告が骨格となっているとのことです。
現在は、特定非営利活動法人日本医学交流協会医療団に勤務する傍ら、千葉大学医学部附属病院特任研究員、日本大学歯学部非常勤講師を務められています。
本書『日本の歯科医療政策 医療経済と国際比較の視点から』は、医療経済学の手法を用いて日本の歯科医療政策を豊富なデータから実証的に分析し、現在の日本の歯科医療政策の状況と今後と必要とされる政策が考察されている。その分析は世界の歯科医療政策との比較から日本の歯科医療政策の状況を映し出しています。
本書は、三部で編成されている。
第Ⅰ部は「医療制度と歯科医療 」とし、歯科疾患の特性を明らかにし歯科医療の特異性を、歯科医療従事者以外にもその理解の便を図っている。国民の歯と口の健康という視点から歯科医療とは何の目的でどのようにおこなわれていのかが検討されている。
特に第3章の「歯科医療のアウトカムの国際比較」は、各国の歯科医療制度と歯科保険を予防、治療、機能回復という政策の要素に着目し、1.予防重視の公衆衛生・保健型と2.疾病治療-機能回復重視の治療志向型の大きく2つに区分している。
第Ⅱ部は「変化する社会と歯科保健・医療制度」とし、「高度経済成長」と「高齢化」という社会の変化に焦点をあてて、その社会の変化が歯科保健・医療政策にどのような影響を与えたかを考察している。
第4章の「高度経済成長期の歯科医療」では、戦後の福祉国家政策の転機となったオイルショックと時を同じくし起こった「歯科医療問題」の背景と原因分析が、経済成長に伴う食生活の変化・砂糖摂取率の上昇、それとともに進行するう蝕率の変化、歯科診療所数の増加他の実態分析が豊富なデータ解析とともに示される。
また「歯科医療問題」について、医療保険制度の普及および経済成長による歯科医療への経済的なアクセスが向上しながらも供給体制の不備として顕在化し、1975年2月 第75回国会での日本歯科医師会と日本歯科技工士会の代表の参考人としての質疑等に至る社会問題化した原因分析が試みられている。
第5章では、現代日本の課題の一つである「団塊の世代」の高齢化が歯科医療需要に与える影響が考察されている。第Ⅲ部にもつながる歯科医療の新たな需要のトレンドとして、介護予防としての口腔のケア等の分析を通じ保健・医療・福祉という政策分野での歯科医療のあり方の再定義の必要性が示される。
第Ⅲ部は「日本の歯科医療の政策分析」とし、国民皆保険制度が歯科医療の政策決定に及ぼしている影響が検討され、歴史的な経過を踏まえた上で、今後の方向性が考察されている。
第9章では、国民の健康水準の維持・向上という目的を持つ医療政策の分析の手掛りとして、宇沢弘文氏の「社会的共通資本」(社会的に希少な資源として、社会的な基準したがって管理・運営されるとする理論)の概念が用いられている。
また、国民皆保険制度下での中央社会保険医療協議会(中医協)の役割に対して、医科に比して歯科医療側の理解が浅かったのではないかとの指摘が確認されている。
歯科医療の特質である選択の多様性がある補綴と医療保険をどのような関係に位置づけるべきかの各国の制度との比較から、「特定療養費」制度の歴史的経過の解明されている。
歯科医師の行動や価値観に関する社会科学的な調査研究や歯科医療の医療経済的な分析・調査研究による実証の必要性が確認されている。
著者は最後に、新しい歯科医療の構築に向けた試論を、2004年のフィンランドの歯科医療の制度改革を例示し、予防給付や保健医療サービスへのアクセスの確保、幼児期のう蝕罹患リスクを軽減するための適切な情報の提供や動機付けといった社会政策的な手法を含めた対応の必要性の高まりを指摘としている。
本書が、ややもする医療政策・歯科医療政策全体のなかで、歯科技工を位置づける習慣を持ち難い歯科技工士にも広く読まれることを望む。そして、遠くない日に歯科技工をも含む歯科医療政策・医療経済学に関する本格的な分析が提出される日が来ることを願っている。
本書は、歯科技工士の立場からも歯科医療政策を考え、歯科医療の経済を考える上でもタイムリーで学ぶことの多い力作である。
2007.02.13記
勁草書房HP
http://www.keisoshobo.co.jp/
本書のページ
http://www.populus.est.co.jp/asp/booksearch/detail.asp?isbn=ISBN978-4-326-70055-4
日本の歯科医療政策
医療経済と国際比較の視点から
野村 眞弓 (千葉大学医学部附属病院特任研究員) ・広井 良典 (千葉大学法経学部教授) ・尾崎 哲則 (日本大学歯学部教授) 編著
A5 ・ 2625 円 (税込)
2007年1月25日発行
ISBN:9784326700554 (4326700556)
出版元:勁草書房(s1836)
医療経済学の手法で日本の歯科医療政策を実証的に分析、その特異な状況と今後とられるべき政策について考察するはじめての「社会歯科学」本。
二大疾患である虫歯と歯周病の予防管理方法が確立された現在、諸外国では歯科医療政策の見直し──公衆衛生分野を充実させ(予防教育と16歳までの無料治療)限られた財源は必要な人へという流れ──が行われている。本書は日本の歯科医療政策を実証的に分析し、今後とられるべき政策について考察する。
序章 歯科医療の政策分析
第Ⅰ部 医療制度と歯科医療
第1章 歯科疾患の特性と歯科医療
第2章 歯科医療需要の特性と社会保険制度
第3章 歯科医療のアウトカムの国際比較
第Ⅱ部 変化する社会と歯科保健・医療制度
第4章 高度経済成長期の歯科医療
第5章 社会の高齢化と歯科医療
第6章 歯科医療の需給予測
第Ⅲ部 日本の歯科医療の政策分析
第7章 医療保険制度と歯科医療の需給調整
第8章 医療政策の決定プロセスと歯科医療
第9章 これからの日本の歯科医療政策
あとがき
事項索引
欧文索引
紀伊国屋書店Book Web
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%93%FA%96%7B%82%CC%8E%95%89%C8%88%E3%97%C3%90%AD%8D%F4
野村眞弓[ノムラマユミ]
1958年生まれ。日本大学歯学部事務局に勤務する傍ら、2005年千葉大学大学院博士課程修了(社会保険・医療政策)。同大大学院社会文化科学研究科公共研究センターCOEフェローを経て、現在特定非営利活動法人日本医学交流協会医療団勤務、千葉大学医学部附属病院特任研究員、日本大学歯学部非常勤講師
広井良典[ヒロイヨシノリ]
1961年生まれ。1986年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。厚生省勤務を経て、1996年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授
尾崎哲則[オザキテツノリ]
1956年生まれ。1987年日本大学大学院歯学研究科修了、歯学博士。日本大学歯学部教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校長併任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)