俺の生まれ育ちは剣道が盛んなKMB2(仮名)
小学一年生から剣道を始める
クラスの男子の半分は剣道をやってる感じ
俺が一年、兄貴2が六年、日本剣道会を代表するEIG兄弟(仮名)が三年と六年だ
兄貴同士はなんと同じチームで全道優勝とかしてた、そのチームにE先輩弟もいた、四年生五年生もいるのにAチームだったのだ
高学年になると同級生はほとんど野球にいった
四年生では同級生が6人、五年生が1人、E先輩弟のいる六年生は4人だった・・・かな?
Aチームは余裕で全道とかいってたが、俺達Bチームは一回戦負けばかり、弱かった
五年になると同級生の中で4番目に強かったので俺はギリギリAチームだった
でも弱かった・・・俺達の世代は弱かったのだ
六年では五人目に5番目6番目の同級生が交代でAチームに入ってた、でもやっぱり弱かった
中学生になり俺は飛び込み面と飛び込み小手など覚えた、小学生の時は抜き胴しかできなかったのである
そのレベルアップもあってか同級生の中で2番目に強くなった、キャプテンと俺が勝ち、2人の内一勝すれば勝てる作戦だ、5人目は捨て大将、1人は家庭の事情で引っ越ししてしまった
中体連では隣町のKGK(仮名)が強かった、俺達は決勝で負け全道にはいけなかった
高校生になると俺達とKGKがMIXされ、地元の高校とKCN(仮名)高校に分かれた
俺は行きたい学科や成績などでKCNに行った、当時思ったのは地元の高校に強い奴が偏ったような気がした
高校で俺はムードメーカー、やったことない先鋒をやり普段の練習でもチームを盛り上げた
チームワークで地元の高校に勝とうと考えていたのだ
高体連は2チーム全道に行ける、余裕で行けると思っていたが、思わぬ伏兵?OTR(仮名)に負けてしまい高校でも全道に行けなかった
高体連が終わり、三段を取り、引退なのだが俺は勉強が好きだったのか?他の人より2年多く学生をやっていた
このまま指導者になってゆくのだろうと剣道の本を読んだりルールの勉強をしながら四段目指していた
そんな中で攻める剣道を学ぶため、また対上段のためにも上段をやっていた
一般の試合でも上段で出ていた、弱かったけど・・・
その時期、ルールの勉強の中で「一般は二刀もありなのか!」と驚き、興味を持ち、また自分の剣道に可能性を求めて二刀も勉強していた・・・と言えばカッコイイが実は目立ちたかっただけである(内緒)
いつか、負けてもいいから二刀で試合に出たい!と思っていた(目立ちたかっt以下略)
二十歳になり札幌に就職、仕事も遊びも忙しく、剣道をやめてしまった・・・
あれから23年・・・
様々なキッカケから剣道を再開したのだ
健康を考えて竹刀だけは持ち歩き時々近所の公園などで素振りやジョギングなどをしていた
社会人になり23年、忘れていたモノ・・・礼儀とか挨拶とか、心の修行にもなるし
この先衰えていく体のためにも
一言で言えば「心と体を鍛えるため」である
少年時代をよく思い出す、社会にもまれ、大人という言葉で失ってしまった自分を取り戻すことができるような気がした・・・
あ、流れ星☆彡
カネカネカネ( ̄人 ̄)♪