昭和・平成・令和・さわやかに老いる日々

朝元気に目覚め、食べたいものを食べ、行きたいところに行き、会いたい人に会えることに感謝です。

テレビ報道に疑問

2024-09-26 17:27:27 | 日記

          


体調がすぐれなくて、しばらく投稿をお休みしておりました。若い方々と違って、話題に乏しい高齢者になりつつあります。

初秋も近づいた9月になってから、体調の生か外出する回数が減り、物事を考えてると、集中力に欠けてることに気付きました。何かふわふわして居て、ぼーっとしてたように思います。

そんな時、何時も注目してる政治に、気持ちが向き、テレビの報道番組を見てると、総裁選と兵庫県の斎藤知事の事ばかり、他に国民に報じる事はないのですかと問いたいくらいでした。

今年正月に起きた能登地震、能登をはじめ輪島や珠洲市の皆さんは、元の生活に戻るにはまだまだ時間が掛かると思って居りましたが、テレビの報道はいつの間にか、その後の能登地方の皆さんの事を余り報じなくなってました。

        

そんな中今回大雨で水害が起きて、年明け地震後の皆さんが再び被害を受けられた事を、ここ数日テレビの報道を視て居て、とても気の毒で、何故能登の皆さんに、一年に二度も酷い目になぜ合わせるのか、この世に神様は居ないのか、私たちは能登の皆さんに何と言葉をかけたらよいのかと思って居ります。

今、テレビは自民党総裁選の事で、いろいろ賑わせて居りますが、もちろん政治は大切ですが、被災された方々は、元の生活に戻れるまで何年もかかるのです。

テレビは、折々能登の皆さんにもっと寄り添い目を向けて、国民の皆さんが支援応援する気持ちの関心が途切れない様に、報道してほしかったと思って居ります。

私たちは身近に関係ないことだと、直ぐに忘れがちです。テレビ報道はそういう意味で、感心を忘れさせない役目も在ると思います。

テレビは何か事件や醜聞が起きたりすると、各テレビ局が同じ時間帯に、同じことを何度も繰り返し繰り返し興味本位の報道を一斉に報じたりしてますが、そんな時は注視して視る気もしなくなります。

事件と違って、被災された方々には、復興するまでの長い道のりが在ります、そこに寄り添った報道をするのが、新聞やテレビの役割ではないでしょうか。

政治も報道も、他に知るすべもない一般国民に、もっと寄り添った姿勢を示すべきだと思って居ります。

       

能登地方の皆さんは、今言葉に出来ない位大変と思いますが、めげずに一日一日元気に、未来に希望をもって、以前にもまして栄えた街並みに復活させ、たくさんの方々が訪れる町になる様願って居ります。



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