INSIGHT

ある化学工学系大学教員の大学とあまり関係ないブログ.twitterやFacebookに載りきらない長文の置き場.

研究室昔話

2014年03月15日 | 研究活動

もう何年も前のウチの研究室の話。

ちょうど今くらいの時期、提出された卒業研究の生データにある問題を見つけたことがあった。 SEM(走査型電子顕微鏡)で撮った試料の画像ファイルなのだが、スケールバー(実際のサイズを示す目盛みたいなもの)がオリジナルのものではなく、別のSEM画像のものが貼り付けられていたのだ。しつこく確認したところ当の学生さんもそのことを認めた。

ねつ造の意図はおそらく無かった。当時あった古い機種のSEMではスケールバーが小さくて、拡大しないと判読困難だったから、プレゼンや論文では見やすいサイズに作り直す必要があったというのが実情。実際、僕自身そのように指導してきた。ただこの学生さんはその時に別の新しい機種のSEM画像からスケールバーを切り出して、貼り込み先の画像に合うようにサイズ調整して貼り付けていたわけだ。

必要な情報を見やすくする意図で加工すること自体は、それについての説明が必要なケースもあるけど基本的には問題ないし、むしろ必要なこと。SEM写真については必要な部分だけトリミングしたり、コントラストや明度を調整したりもする。しかし、別の機種のスケールバーを貼り付けるというのは、たとえサイズが正しくても黒に近いグレーゾーンに入ると思う。機種名も一つのデータとなりうるし、読者に機種を誤認させることにつながるから。

それから、生データ保存の際はそういう加工を一切しないものが必要だということ。スケールバーもサイズを間違えることが絶対無いとは言えない。加工前のものが残されていないと検証のしようがない。

ちなみにその時僕が見抜けたのは、機種特有の画像の特徴から。古い方はレンズの具合が悪いせいか、いつも画像の左端のアスペクト比がちょっとおかしくて、左右方向につぶれたような格好になるのだ。そこに新しい方のスケールバーが表示されていて、何かヘンだと気付いたわけだ。当の学生さんには厳しいようだけど、これは一種のねつ造だよ、とメールしたのを覚えている。

事実を誤認させるのはもちろん、他人によって検証できない研究成果は成果とはみなされない。ただそのことばかり学生さんに訴えていてもダメで、検証可能にするには何をすべきで何をしてはいけないのか、日々具体的に教えていかないと理解できないということをこのときに痛感した次第。

Natureに掲載されたSTAP細胞の論文で電気泳動像に別の画像を貼り合わせる加工がされたとのことで、本人にはそれがやってはいけないこととの認識がなかったそうだ。理研の理事が言うように研究の倫理に反する行為だと僕も思う。でも上の例で明らかなように、そういう倫理観は信憑性の担保をどうするか具体的に考えて経験を積まないと身に付かない。教える側や監督する側はこのことをよく意識しておく必要があると思う。今回は30歳の若手研究者が不運にもそういう経験を積まないまま大きな「発見」をしてしまい、グループ内でも十分なフォローができていなかったということなのかもしれないと想像している。不幸な出来事だけれども、自分の研究活動を省みるには非常に良い教材だともいえそう。

大学研究室でも学生さんをデータ取りだけに追い込むとこういうことになりかねない。いつも年度末にこうしたことでゴタゴタしているような気がするので、普段のやり方を再考しないと。