バイオ燃料に関連する研究テーマを扱っている割に地球温暖化のことをあまり知らないというか,ややこしくて手を出しにくいと思っていたところ,これではまずいかもと思い直して少し調べ物をしてみた,そのレポート。
論文っぽい体裁にはしているけど,そのスジの専門家ではないので,専門用途には使わないで下さい。念のため。
※ 公開後に追記した事項は末尾に記載してあります。
【要約】
日本全体の過去1世紀程度の気温の変動傾向を把握することを目的として,測定地点の都市化の状況と気温変動との関係を調べた。その結果,調査した範囲において,気温が明らかな下降傾向を示す地点は存在しなかった。一方で,都市雇用圏人口が70万人以上の都市部では0.018~0.024℃/年程度で明らかな上昇傾向にあるのに対し,周辺人口の希薄な地点では0.005~0.011℃/年であり,都市温暖化の傾向が明確に現れた。また,人口希薄地点の気温上昇は日本周辺の海面水温の上昇と同程度であり,海洋の温暖化と同一の機構で日本全体が温暖化していることが示唆された。
【使用データ】
気象庁ウェブサイトの「過去の気象データ検索」から下記16地点の年平均気温および平年値を入手した。
対象地点:根室*,寿都*,山形*,飯田*,彦根*,石垣島*,札幌,宮古,東京,勝浦,八丈島,相川,潮岬,室戸岬,大分,那覇
*を付した地点は日本の年平均気温偏差を求める際に使用される15地点の一部である。これは平たく言えば気温変動の評価基準となる地点であり,都市化の影響が比較的少ない地点であるとされている。本稿ではこれらを基準地点と呼ぶことにする。基準地点およびその他の測定地点の中から,
- 長期にわたって連続したデータが得られていること
- 過去1世紀ほどの間に著しく都市化した地点および周辺人口のなるべく希薄な地点
- 南北方向および海沿い・内陸についてできるだけ偏りが少ないこと
を基準に上記地点を選定した。また,年平均気温データのうち信頼度の低い値は除去し,機器の更新や移転等によってデータの連続性が保証されない時点がある場合は,それらの時点で区切られた期間のうち最も長い期間のみを採用した。こうして得られた全地点の年平均気温の推移を図1に示す。しかし本稿の目的は地点間の気温の絶対値の比較ではなく,増減傾向の比較である。そこで通常の方法に従って,平年値(1981年~2010年の30年平均値)からの増減すなわち年平均気温偏差で評価することとした。得られた年平均気温偏差の推移を図2に示す。
図1 全地点の年平均気温の推移
(クリックで拡大。以下同様。)
図2 全地点の年平均気温偏差の推移(対1981~2010平均値)
【結果】
図2に示した各地の年平均気温偏差を,基準地点,都市化の著しい地点,およびその他の3つのグループに分けたものを図3(a)~(c)に示す。目視で捉える限りでは,データが欠損している「その他」を別として,測定開始から1910年頃までは下降もしくは横ばい傾向である。その後はすべての地点において上昇もしくは横ばい傾向である。 しかし都市化グループではいずれの地点も上昇傾向が明らかであるのに対し,他の2つは下降傾向ではないものの,全体に上昇傾向は弱く,上昇か横ばいかの判断が難しい地点が含まれている。今回の調査範囲では都市化グループの都市雇用圏人口はいずれも70万人以上であり(最小値は大分の74.3万人),他の2つのグループでは60万人以下である(最大値は山形の54.5万人)。これらのことから都市化グループでは長期的な気温上昇傾向すなわち都市温暖化が実際に起きていると判断できる。
図3 都市化状況別の年平均気温偏差の推移。(a) 基準地点グループ,(b) 都市化グループ,(c) その他グループ
上述の議論を定量的に検討するため,年平均気温偏差の推移の1次関数近似および5年移動平均を求めた。5地点についてこれらの結果を図4(a)~(e)に示す。 都市化地点である東京では近似直線の傾きすなわち平均的な温度上昇傾向は0.0244℃/年であり,近似の信頼性を表すR2乗値は0.79であることから,温度上昇傾向はほぼ確実である。一方で他の4地点は上昇傾向が0.0046~0.0092℃/年,R2乗値が0.05~0.26となった。R2乗値が低いのは,傾きがゼロに近いために近似値の分散が観測値の分散に対して相対的に小さくなるためであり,直ちに信頼性の低さを意味するものではない。しかし傾きに対して短期的変動が相対的に大きいため,一つ一つの地点について上昇傾向か下降傾向かの確実な判定は難しい。
図4 年平均気温偏差の1次関数近似と5年移動平均。(a) 根室*,(b) 東京,(c) 八丈島,(d) 相川,(e)室戸岬
そこで全体的な傾向をつかむために,今回調査した全16地点の年平均気温偏差の1次関数近似について,その傾きとR2乗値を図5,図6に示す。地点によってデータの存在する期間が異なるため,有効なデータ全てを用いたものを灰色で,全地点のデータがほぼ揃っている1939~1994年のみ用いたものを青色で示している。
全データを利用したものについてグループ別に傾きを見ると,基準地点は0.0063~0.0125℃/年,都市化グループは0.0177~0.0244℃/年,その他は0.0046~0.0115℃/年である。一方で1939~1994年に限定すると,根室,札幌,東京,室戸岬などで傾きが変わり,最大で0.0079℃/年ほど異なる値となった。従って異なる地点間を直接比較する場合は,集計対象期間に注意を要する。R2乗値は1939~1994年に限定することで小さくなったが,これは集計期間が短いと短期的変動の影響がより強く現れるためである。
なおいずれ集計方法の場合でも,今回の調査範囲では傾きが負になったものは皆無であり,確率的にみて都市化地点以外でも微弱ながら気温は上昇傾向にある可能性が強いというべきである。
図5 全地点の年平均気温偏差の推移の1次近似の傾き
図6 全地点の年平均気温偏差の推移の1次近似のR2乗値
【考察】
「都市化グループ」以外の地点も都市化や周辺環境の変化の影響を受けているのではないか
筆者自身が気象観測の実際に詳しくないのでここでは十分な議論はできない。その上で,都市化の影響は地点によってはありうるものの,以下の理由で全体的に見て限定的であると考えた(*1)。
- 気象台や気象観測所など観測機器を設置する敷地においては日射や風通しが管理されており,移転などで環境が変わり補正もできていない場合は今回の解析範囲から除外していることから,敷地周辺レベルでの環境変化の影響はほぼ無視できると思われる(*2)。
- 今回選定した地点のうち寿都,八丈島,相川,潮岬,室戸岬は周辺人口が少なく,直近の半世紀ほどは横ばいまたは減少傾向のところもある。熱源となるような交通や産業の規模も大きくないと思われる。従って地域規模での都市化・環境変化の影響は概ね無視できるはずである。
- 根室,宮古,勝浦,石垣島は必ずしも人口希薄地点ではないものの,自治体人口で1.9~5.5万人程度であり周辺と連続した都市的地域を持たないことから,都市温暖化が起きるとは考えにくい。
- 山形,飯田,彦根は先述したように気温変動評価の際の基準地点の一部である。しかし都市雇用圏人口で13.5万~54.5万人であり,「都市化グループ」に次ぐ規模であることから,都市温暖化が起きる可能性は排除できない。実際,これらの地点の上昇傾向は「都市化グループ」と上記の人口希薄地点や小都市との中間に位置しており,低度の都市温暖化が起きている可能性は否めない(*3)。
今回の結果から日本全体の過去1世紀程度の気温変動が見積もれるか
本来は山間部など非居住地域の観測も踏まえて判断されるべきだが,人口希薄地点と比較して有意な違いは出ないのではないかと筆者は予想している。従って日本の陸域の過半では人口希薄地点と同程度の微小な温度上昇傾向にあり,全体の平均としてはこの上昇傾向に都市温暖化の影響が一部加味されるものと考えられる。 上述の結果からは,都市化グループとその他グループの中間として,概ね0.0115~0.0177℃/年の範囲に近いと推定することができる。
すでに気象庁は15箇所の基準地点での観測に基づいて日本の長期的な気温上昇を算出しており,1898~2015年の速報値で0.016℃/年である。今回の検討は,基準地点も一部は都市化の影響を受けている可能性を考慮して,人口希薄地点からベースとなる気温変化を推定したことが特徴である。
日本全体が温度上昇傾向にあると仮定して,それは地球温暖化の影響なのか
本稿で調べた範囲では,日本全体が過去1世紀程度微小な温度上昇傾向にあると言うことができるが,それを都市温暖化や観測地点の局所的な環境変化のみで説明するのは,上述した理由により合理的でないように見える。一方で過去120年ほどの日本周辺の海面温度は概ね0.005~0.015℃/年の範囲で上昇傾向にあり,人口希薄地点と同程度である。従って,都市温暖化の影響を差し引いた気温上昇分が海洋の温度上昇と同一のメカニズムによると考えるのは,一つの合理的な解釈であるといえる。
ただし,海洋と陸域の間に直接的な因果関係があるかどうかは,別の検討を要する。また,このメカニズムがCO2やその他の温室効果ガス起源の地球温暖化なのかについても,本稿の範囲を超えるのでここでは扱わない。温暖化の原因はともあれ,地球規模の温度上昇の影響が日本にも波及していると捉えるのが合理的であるということを,本稿の結論とする。
*1 (12/27追記)執筆後に見つけた記事によれば,この見解はかなり改める必要がありそうである。小規模な都市においても市街地化による気温観測値への影響があるほか,観測施設(露場)周囲の植生や建物などの管理が必ずしも十分でない箇所があるようである。同じサイト内で筆者による調査・解析が多数紹介されているが,有意な結果を得るためにさまざまな補正や統計的処理が行われている。
*2 (12/27追記)ここでいう「敷地周辺レベル」は地面も含めた観測施設の日射や風量に直接影響するような,隣接した部分に限定しておく。
*3 (12/27追記)今回の調査対象外であるが,高知(都市雇用圏人口53.5万人)で観測地点周辺の急速な都市再開発が気温観測値に影響したとされる事例が報告されている。