駒込さくらワールド

 駒込の地域情報の発信

23.エステサロン

2009年09月24日 | 不忍通り物語
 「あなた、私、エステの店を開こうと思うけど、どうかしら。」
 やっとカオリが、保険金の使途を考え始めたようだ。
 「そうだね、カオリの経験を生かせるし、性格も向いているいるようだから、良いんじゃないか。」
 一郎に反対する理由は無い。
 「美容室じゃ無くて、エステの店で良いんだね。」
 「エステと美容室の兼業だと、中途半端になるし、田舎の雑貨屋じゃないから、何でも屋では、都会では受けないと思うの。それに、駒込には美容室は何軒も在って、過当競争気味なので、エステがいいと考えたの。エステの店も多いけど、まだ割り込む余地は有りそうよ。私には、何故か自信があるの。」

 確かに、カオリは津軽女性特有の色白美人でスタイルも良く、性格も社交的で如才ないので、申し分無いと思えた。
 「じゃ、これから店舗の物件探しだね。ところで、この機会に、私も会社を辞めようと思うけどどうだろう。」
 一郎の勤め先の株式会社ダイカは、規制緩和と公共工事の抑制で業績は悪化の一途を辿っていたが、昨年秋のリーマンショックで、一段と受注が低迷し、何時倒産してもおかしくない状況になっていた。退職金がもらえる間に辞めたほうが良さそうに思えていた。そこに今回のカオリの保険金の話が出てきたので、保険金の一部で、何か商売でも始めたいという気持ちが芽生えていた。

 「いいんじゃない。毎日一緒にいる時間が長くなって良いわ。エステの店に男の人が出入りしていると、女性は嫌がるので、お店を手伝ってもらうわけにはいかないけど、何時も近くにいてくれると、心強いわ。」
 「不動産会社でも始めようかな。宅建の免許も持っているので。」
 「そうね、それがいいんじゃないの。2~3年して黒字になるくらいで充分じゃないの。いつまでも人に使われて生きてるなんてね。お金の心配はしなくていいのよ。」

 約3ヶ月かけて、二人のそれぞれの店舗用物件を探して、開業に向けて準備を始めた。エステの店は賑やか過ぎる場所は良くない。いかがわしい風俗店とは違うのだ。かといって、不便な場所やイメージの悪い場所も良くない。ビルの中より、路面店が良い。これはという物件は中々見つからないのだ。不動産の店は人の通りが多いほど良い。当然路面店が良い。2階3階では格段に不利になる。

 深まる秋の気配を忘れるような、充実した毎日であった。
 

                                  完

22.保険金

2009年09月22日 | 不忍通り物語
 青森での葬儀を終え、自宅に戻った二人を待っていたのは、3通の郵便物だった。

 1つは、事故の加害者の勤務先の会社からの手紙で、お詫びの手紙と10万円の香典が入っていた。

 2つ目は、加害者の妻からで、お詫びの手紙と100万円の小切手が入っていた。

 3つ目は、保険会社からのもので、保険金が約9千万円支払えるという内容の手紙と、保険金請求書と示談書が入っていた。業務上過失致死罪の容疑で留置されている加害者の情状を良くするために、示談させていただきたいとの文言が添えられていた。

 カオリも一郎も、これまでは、誠一が見つかって離婚届にサインさせれば、それで良しと考えていたので、離婚と同じ効果が生まれ、さらに想像もできなかった大金が入ることが、現実のものとは考えられなくて、暫く声にならなかった。予想以上の金額だった。

 示談に何ら異存はなかったので、早速請求書と示談書にカオリが署名、捺印し、振込先などの欄も漏れなく記入して、ポストへ入れに行った。

 ポストに入れた後も、何か夢のようで、互いに強く手を握り合って、1時間程駒込の街をさ迷ってから帰宅した。

 「さて、これからどうしょう。」
 「うーん、暫くは何もしないで考えよう。」
 「そうだね。」

21、千里会館

2009年09月21日 | 不忍通り物語
 新大阪駅から、市営地下鉄御堂筋線に乗り換え、約15分程で梅田駅に着いた。梅田駅は大阪駅のそばにある。東京では、地下鉄丸の内線の駅も東京駅だが、大阪の大阪駅はJRだけで、同じ場所ではあるが、地下鉄と私鉄の阪急は梅田駅となる。同じような例で、JR天王寺駅のそばに、近鉄阿倍野駅がある。大阪独特の感性か。
 梅田駅から曽根崎警察までは歩いて2、3分だ。関西弁が飛び交う中を、タコ焼きの匂いを嗅ぎながら、外国に来たような心持のカオリの手を取り、一郎はゆっくり、地下街を進んだ。梅田の地下街は迷路のように延びている。八重洲地下街の碁盤の目とはかなり趣きが異なる。

 警察での手続きが終わると、二人は警察車両で病院へ向かった。カオリが誠一の人別確認が終わると、亡骸の処置について相談した。一郎にも確たる案は持ち合わせていなかった。青森のカオリの親戚に何度か電話して、結局、大阪で火葬して、遺骨を青森へ持ち帰ることになった。警察と病院の取り計らいで、急遽火葬していただけることになつた。場所は大阪市の北にある豊中市の千里会館だ。葬儀社の車が午後二時に来てくれることになった。夕方までには終わりそうだ。葬儀社の車を待っている間に、新大阪駅前のホテルに予約を入れた。そうこうしている間に、加害者の運転手の職場の責任者と保険会社の社員がやって来た。運転手は警察に留置されているのだ。

 「奥様でしょうか。この度は誠に申し訳ありません。何とお詫びしてよいか、言葉になりません。本当にすみませんでした。」
 と言って、責任者は何度も何度も頭を下げた。差し出す名刺を見ると、大阪ではかなり名の通った会社だ。
 誠一は大阪駅方向から、国道の横断歩道を歩いて、大阪で一番の歓楽街である新地に向かっているところを、右折して来た営業中のライトバンに撥ねられたのだ。明らかな運転手の過失だった。疲れていたのか、魔が差したのか、一瞬の不注意が招いた悲劇だった。

 保険会社の社員から、自賠責の他に、任意保険からも保険が下りるので、金額は後日連絡したいとのことあったで、東京の住所、電話を教えた。

 千里会館は、北大阪急行の桃山台駅から5分程坂道を登った小高い丘の上にある。このエリアは、大阪万博の時、千里ニュータウンとして開発された一角にあり、東京からの転勤族が多く住む。また芸能関係で成功した人も好んで住むエリアで、大阪では高級住宅地として有名だが、そこに火葬場があるというロケーションが面白い。東京人には若干の違和感を覚えるが、ともかく、火葬は無事終った。

 遺骨を持って、桃山台駅のパーラーでコーヒーとサンドイッチを食べた。朝から何も食べていなかったのだ。緊張の連続で空腹を感じる余裕が無かった。一息ついてから、新大阪駅に向かった。桃山台から4つ目の駅が新大阪だ。遺骨は駅のコインロッカーに預けた。疲れた一日だった。

 ホテルでの夜は、大きな仕事が終わった安堵感と、もう誠一がこの世に居ないという安心感からか、久しぶりに激しく燃えた。過去を全て断ち切るかのように、カオリの絶頂の
叫び声が壁に響き渡った。

20.曽根崎警察署

2009年09月20日 | 不忍通り物語
 天祖神社の秋祭りの夜、カオリと一郎が遅い夕食のテーブルを囲んで居た時、リビングの電話が鳴り響いた。
 「はい上田でございます。」
 「こちら大阪の曽根崎警察の山本と申します。そちらに大川カオリさんご在宅でしょうか」
 「はい私が大川カオリでございます。何か?」
 「青森の大川誠一さんの件ですが、カオリさんのご主人でしょうか。」
 「はい、そうです。」
 「緊急の連絡を申し上げます。落ち着いて聞いて下さい。実は、本日午後5時ころ、大阪駅近くの国道で、交通事故で死亡されました。運転免許証の本籍地から、こちらを探し当てました。この時間では、今日は無理でしょうから、明日曽根崎警察署の交通課まで来てください。宜しいですか。場所は大阪駅前ですが、詳しい場所はこれから教えます。」
 「亡くなったのですか。分かりました。場所は分かると思いますので結構です。明日早い新幹線で参ります。」
 事故の状況を聞くことも無く、カオリは電話の受話器を静かに置いた。手が震えていた。気が動転していたこともあったが、今更事故の詳細を聞いたところでどうなるものでもないという思いがしていた。
 「誠一さんが交通事故で死亡?」
 「そう、びっくりしたわ。どうしょう。」
 「大阪でね。四国に居ると思っていたけど。とにかく明日行くしかないね。私も一緒に行くから、少し気持ちが落ち着いたら準備しよう。」
 心臓の鼓動が収まってから、カオリは一郎に手伝ってもらって、明日の準備を始めた。ここ何年も会っていなかったし、今や一郎の妻として一緒に生活しているカオリにとって、過去の人になっている誠一のことであったので、驚きではあったが、悲しみの気持ちは薄く、むしろほっとした身持ちが強かった。

19.ビジネスホテル

2009年09月14日 | 不忍通り物語
 一郎は、年間に約50~60回、出張でビジネスホテルに泊まった。東京支店に勤務している時は、東北や信越地域が多く、大阪の本社勤務では、名古屋や北陸、中国四国が多かった。関東や関西は近いので、泊まる必要がなく、日帰り出張になった。群馬や和歌山や滋賀、京都、兵庫は片道150kmにもなる場合があるが、ほとんど泊まったことが無い。特に、大阪勤務時代は、会社の業績も悪化して、経費節減が厳しくなったので、宿泊は極力避けざるを得なかった。

 1泊や2泊の出張は、半ば遊びのようなもので、仕事という悲壮感、苦痛はまったく無かった。どこに泊まろうかとか、何を食べようかとか、仕事以外のことに関心が向いていた。ほとんどがビジネスホテルに泊まったが、たまに旅館や民宿や国民宿舎などに泊まった。旅館などは、駅から離れた観光地などの場所にある場合が多いので、宿に入ると、テレビを見るくらいしか出来ないので、夜は普通の市民生活をしたかった一郎は、駅近くのホテルに泊まることが多かった。夕食も町のレストランで食べて、それから本屋やデパートやスーパーに寄って、市民らしい行動を取るのが一郎の好みだった。

 一人で行った場合は、自由に行動すればいいのだが、2人で行った場合はかなり制約され、気楽さは期待できない。上司と行った場合はもちろんだが、部下と行った場合も、疲れる。ただ幹部や役員と行った場合は、上司の役職の基準で手当てがもらえるので、副収入が増える。グリーン車に乗らなくてもグリーン車料金が貰えたり、5,000円くらいの安ホテルに泊まっても10,000円くらいの宿泊代が貰えたりするからだ。一人で行っても、地方のホテルは安いので(規定は7,500円くらい)、日当(2,500円くらい)を合わせれば1回の出張で1万円近くは副収入になる。奥の手は、新幹線の正規切符を購入しないで、高速バスとか、割引チケットを使うのだ。営業マンの常套手段だ。

 長期の出張、と言っても4泊位だが、これは疲れる。車を使うことが多いが、東京から会社の車で秋田まで4泊5日で出張に行ったことがあるが、1日目は元気一杯で、新潟回りで、日本海沿岸をひた走り、秋田市まで行けたが、2日目は、内陸の13号線を山形市まで来るので精一杯だった。5日目は疲労困憊でほとんど仕事にならなかった。カーブの多い国道も想像以上に疲れる。例えば岩手の三陸海岸などはその代表だ。行けども行けども前に進まない感じで、ハンドルを握っていることが苦痛になってくる。この沿線は海の幸に恵まれているので、辛うじて救われる。民宿の料理の豪華さと言ったら、まず三陸海岸に勝るところはないだろう。宮古と釜石の間にある、大槌海岸の民宿は、一郎の経験では、日本一だ。

 地方のホテルは、安いホテルは3,500円位からあり、9,000円位出せば、町でトップのホテルに泊まれる。何度も同じ町へ行くようになると、自然に泊まるホテルが固定化する。知らないホテルに泊まるのは疲れるのだ。設備が分からないと不安なこと、それからそのホテルで過去に何か事件があったかも知れないと想像すると眠れなくなるのだ。古いホテルでも何度か泊まると、安心感が生まれ、リラックスできるのだ。

 初めてのホテルや旅館に泊まる場合、まず予約は電話ですることが肝心となる。ベテランのフロント係や番頭さんは、電話の声や話し方だけで、その人の人物が分かると言われている。いきなりフロントに現れるのはマナー違反になる。ホテルの前にいても、電話をするべきだ。いきなりフロントに行くと、空いていても満室と言われる場合さえある。次に、ホテルに着いて、嫌な予感あるいは印象を受けた場合は遠慮なく電話で、予定が変わったのでキャンセルしたいとウソを付いてでも断りの電話を入れよう。キャンセル料を取られることはない。第一印象は結構当たっているものだ。

 古くても、掃除が行き届いているホテルや人の出入りが多く活気があるホテルはいいホテルだ。経営者の子供がロビーのソファーで漫画を読んだり、宿題をしているようなホテル、旅館は、安心して泊まれることが多い。一郎の個人的な趣味かもしれないが。

天祖神社の秋祭り

2009年09月14日 | 駒込瓦版
 9月12日、13日は天祖神社の秋祭りでした。
 天祖神社は本駒込と大塚の2ヶ所にあります。
駒込地域は本駒込の天祖神社が総鎮守となります。
 19日、20日は日枝神社(駒込1丁目)と妙義神社(同3丁目)の祭りです。

鳩山会館

2009年09月13日 | 駒込瓦版
鳩山新総理の生家である文京区音羽の鳩山会館。
今日も見学者で賑わっていました。
護国寺の近くです。
入館料は500円。外観のみは
無料です。
月曜は休みです。

ワンルームマンション建設現場でガス漏れ事故

2009年09月04日 | 駒込瓦版
 駒込1丁目の旧たばこ産業の社宅跡地の開発業者が倒産して
永らく着工が延期になっていましたが、9月から工事が慌しく
始まったと思ったら、
乱暴な重機操作で、既設のガス管を破壊し、
ガス漏れ事故を起こしてしまいました。
この先が思いやられます。
工事費を安く叩いて
発注するとこういう結果になりがちです。
近隣住民はこの工事
を注視していくことが必要です。

メッツ駒込完成

2009年09月04日 | 駒込瓦版
 メッツ駒込が完成し、歩道も新しくレンガ敷きになりました。
ホテルのオープンは9月28日ですが、
コンビニは1日からオープンしています。