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京ことばと生活の知恵

暮らしの中の京ことばは、生活形態や街そのものが大きく変ったことで、多くが消えていったことは否めない。

おいどが重い

2007年06月28日 | Weblog

おいど」とはお尻のことで、子供の頃は確実にお尻とは言わず「おいど」

と言っていた。

高校の頃、京都人でない友人に「おいど」といって笑われたのをきっかけに、

私の中でだんだんと、お尻という言葉に代わっていった。

母親に用事をいいつけられても、なかなか立てないとき「おいどの重い子や」

といわれた。

京も暮(年末)になると、南座「顔見世」のまねき看板があがり、もうじっと

していられない雰囲気になってくる。

いざ出かけるとなると、そわそわする反面、「おいどが重いのどす」

ちょっと常着のままの、気楽な格好では出かけにくい風習があり、外出となる

と早くから準備が大層になります。

おいどの語源は、「居所」に「御」がついた「おいどころ」を詰めた宮中の

女房ことばからきているそうどす。

いまは、ずっと年配の方からしか、聞くことが出来しません。





大原女・白川女・畑のおば・賀茂女

2007年06月25日 | Weblog

私が未だ娘だった頃、、京都の街には「おはらめ」(大原女)と称する農家の
ご婦人が、物売りに来ておられました。

また「しらかわめ」(白川女)が野菜やお花を大八車に乗せて商いされていた
のを、記憶しています。

みな同じ、いでたちだと思っていたのが、来られる場所により、格好も商いさ
れる品物も違っていたことを知りました。

大原女は、紺木綿の着物に紺木綿の手っ甲脚絆、ゆったりとからげた腰には
御所染めの帯にかすりの前掛けをして、頭から手ぬぐいを両側に垂らした上に
柴(薪)など載せて売り歩かれていました。

白川女は姉さん冠り、着物は黒木綿に白い腰巻をのぞかせて、大原女よりも広め
の前掛けで、歩く姿は楚々として、いかにも花に似て清清しかったそうです。

また、「畑のおば」と呼ばれる、梅ヶ畑(紅葉で京都一といわれる高雄・とがの
お・槇尾といわれる三尾方面)から来られる女性で、やはり頭に重い梯子やくら
かけ(踏み台)を載せて「はしごーや、くらかけいらんかぁ」と流して歩かれた
姿は、なかなか風流だったそうです。

このほかにも、京都にはすぐき(京の賀茂地方独特の漬物)等を売られる賀茂女
というのがあり、格好も少しずつ違っていたようですが、その違いについては、
随分と後で、書物か何かで知ったものです。

興味をひかれたお話を、もう少しさせておくれやす。

おはらめの脚絆が、白川女などに比べ、後ろで止めずに前で打ち合わせるのが
特徴であること。

源氏に破れた安徳帝を擁し、海中に身を投じた建礼門院が、恥ずかしめの身を
晒されて、大原の寂光院へ落ち延びる際、最後まで仕えた内侍が、なれない手
で、脚絆をさかさまに巻いたというのが、そのまま受け継がれていて、大原女
の正装は、見事な刺繍の入った紺の袱紗を頭に載せるのだそうです。

これも、手ぬぐい代わりにした内侍の姿を残したもので、大原女は比較的近年
まで、嫁入り道具として持参する習わしであったそうです。

今はもう、観光宣伝用以外は見られなくなり、本当にさびしいことどす。


あんた、いらちやなぁ。

2007年06月23日 | Weblog

京都の街は、なんとなくおっとりとしている。

せかせかと気ぜわしくすると目立ちますし、「いらち」と思われます。

いかにも京都の奥様という風情の持ち主である知人に、持ち合わせていた飴玉を分

けてあげた。

私は、口の中でころころところがしながら、ほのかな甘さを楽しんでいたが、その

後その婦人がいきなり「ガリガリッ」と噛み砕かれた。

「あんた、いらちやなぁ」と思わず言ってしまった。

上品で、おっとりした感じの人だっただけに、余計に「見かけによらず、いらちやわ」と思ってしまう。

「いらち」は「せっかち」という意味になります。

感じを当てると「苛らつく」と書くそうで、「いらいらする」「いらだつ」「いら

だたしい」人や状態をさして言うそうです。

「ちょっと落ち着いてぇな、こっちまでいらいらしてくるわぁ」と言われたり、そ

う思われている人は、「いらち」ということになりますえ。


むさくるしおす!

2007年06月21日 | Weblog
「むさくるしおすけど、まぁ、上がっとうくれやす」

お尋ねしたお宅で、招き入れられる時の挨拶です。

「片付いていませんが、どうぞ、座敷にお上がりください」と言うことに

なりましょうか。

「むさい」はじじむさいのむさいからきていると思われ、きたならしい・

卑しい・下品・不潔といった意味合いがあります。

綺麗に片付いていても、「むさくるしおすけど」といいましたので、むしろ

来客に対する挨拶の慣用語で、謙遜の気持ちからそのように言っていたよう

に、記憶します。

街中でもマンションが増え、バリアフリーが一般化している現在、「上がって

おくれやす」も無いだろうし、「むさくるしい」どころか、明るくてすっきり

したお宅が多いように思う。

また、身なりについても「むさくるしい格好、してましゃろ」と謙遜していい

ます。


京都ブランドの漬物

2007年06月18日 | Weblog


海から遠く離れた京都盆地は、京都の底冷えやアルカリ土壌といった環境から、

美味しい野菜が作られてきました。

漬物といえば、庶民の味として、また保存食として全国に特色のある野菜の漬物が

あります。

お漬物は、その土地の気候風土と、歴史的背景の中から生まれてきましたし、各家

庭でつくられて、それぞれの家庭の味があったものです。

子供の頃、普通のサラリーマンの家庭で育った私でさえ、大きな木の樽に、いつか

ら使っているのかわからない糠どこがあり、畑で取れたナスやきゅうりに、お塩を

クルッと回し付けて、糠どこに入れさせられたのを記憶しています。

今ほど、おやつが豊富でなかった頃は、そのあさ漬けのお漬物を丸かじりしたこと

も、その美味しかったことも、鮮明に残っています。

今は自分で漬けるよりも、買ってくる家庭の方か多いように思います。

京都でも、お土産として持ち帰られるものが、京菓子と並びお漬物だそうですし、

京料理の脇役に甘んじていた漬物が、ブランドそのものである京都と並び、京都ブ

ランドとして名を連ねるようになりました。

そして、京漬物が主役の「京のぶぶ漬け」は、昼間の食環境を、堂々とつくってい

ます。





むさくるしおす!

2007年06月17日 | Weblog

「むさくるしおすけど、まぁ、上がっとうくれやす」

お尋ねしたお宅で、招き入れられる時の挨拶です。

「片付いていませんが、どうぞ、座敷にお上がりください」と言うことになりまし

ょうか。

「むさい」はじじむさいのむさいからきていると思われ、きたならしい・卑しい・

下品・不潔といった意味合いがあります。

綺麗に片付いていても、「むさくるしおすけど」といいましたので、むしろ来客に

対する挨拶の慣用語で、謙遜の気持ちからそのように言っていたように、記憶しま

す。

街中でもマンションが増え、バリアフリーが一般化している現在、「上がっておく

れやす」も無いだろうし、「むさくるしい」どころか、明るくてすっきりしたお宅

が多いように思う。

また、身なりについても「むさくるしい格好、してましゃろ」と謙遜していいま

す。


京やさい

2007年06月16日 | Weblog

野沢菜・わさび・たか菜・下仁田ネギ・櫻島大根等(あまり名前が思い浮かばな

い)が、

その土地や環境でしか育たない野菜は、数え切れないほど有ることでしょう。

京都にも、京にゆかりのある名がついた野菜がたくさんあります。

京たけのこ・伏見とうがらし・賀茂なす・山科なす・聖護院かぶら・聖護院大根・

鹿ケ谷かぼちゃ・堀川ごぼう・桃山みょうが・九条ねぎ・壬生菜等があげられま

す。

昔は京都の白川や大原から野菜やお花を大八車に乗せ、売りに来ておられました。

その、ご婦人のいでたちは、手っ甲、きゃはん(脚絆)に藍染のもんぺの上下に、

白いてぬぐいを姉さんかぶりにして「お花、いらんかえぇ、お野菜、いらんかえ

ぇ」の呼び声というか売り声で・・・。

いまは、農家のかたもこのいでたちの方に、お目にかかることはなくなり、

京都案内のパンフレットのデモ用で、まれに見かけるだけになりました。

風情はだんだん少のうなります。

京都の人は、こんな野菜にも「おだいこ(大根)」「おなす」「お豆」「おねぎ」

もう一つ丁寧に「おまめさん」「おいもさん」と敬称つきで呼んでいました。

京の家庭料理を「おばんざい」(お番菜)と呼び、普段は贅沢を良しとしとない環

境のなかで、同じ食材でも、おだしと味付けで各家庭の味を作っていました。



一週間ほど前、パソコンが突然にプツンと切れてしもうて、完全に故障どす。
あわててメーカーに送りました。
おかげさんで、一週間目にもどってきまして、ほっとしましたぇ。




京都ブランドの漬物

2007年06月08日 | Weblog

海から遠く離れた京都盆地は、京都の底冷えやアルカリ土壌といった環境から、美味しい野菜が作られてきました。

漬物といえば、庶民の味として、また保存食として全国に特色のある野菜の漬物があります。

お漬物は、その土地の気候風土と、歴史的背景の中から生まれてきましたし、各家庭でつくられて、それぞれの家庭の味があったものです。

子供の頃、普通のサラリーマンの家庭で育った私でさえ、大きな木の樽に、いつから使っているのかわからない糠どこがあり、畑で取れたナスやきゅうりに、お塩をクルッと回し付けて、糠どこに入れさせられたのを記憶しています。

今ほど、おやつが豊富でなかった頃は、そのあさ漬けのお漬物を丸かじりしたことも、その美味しかったことも、鮮明に残っています。

今は自分で漬けるよりも、買ってくる家庭の方か多いように思います。

京都でも、お土産として持ち帰られるものが、京菓子と並びお漬物だそうですし、
京料理の脇役に甘んじていた漬物が、ブランドそのものである京都と並び、京都ブランドとして名を連ねるようになりました。

そして、京漬物が主役の「京のぶぶ漬け」は、昼間の食環境を、堂々とつくっています。


名乗るようなもんやおへん!

2007年06月06日 | Weblog
服飾家の市田ひろみさんの本に有った話です。

京都の百貨店で、着付けのお仕事をされていたとき、「市田先生、ご面会ですよ」

「どなた?」

「お名前を聞きましたけれど、おっしゃいません。一升びんを抱えておられます」

「一升びん?」

出て行かれると、70歳くらいの女性が「名乗るようなもんやおへんので・・・]。

「先の部を聞かせてもろたんですけど、いつもの声と違うて、ちょっとお疲れやないか思うて、あれから音羽の滝(清水寺の境内にある滝)へ行ってお水もろうて来ました。」

「あらたかて言いますさかい、どうぞよろしかったら、御利益にあずかっとうくれやす」と言われ、

わざわざ清水寺の山ふところにある音羽の滝から、水をくんで来られたそうです。

市田ひろみさんは、風邪が治りきらずに辛そうに話されている様子を見られたその方が、まるで身内のように一升びんを抱えて来られたそうです。

名前や住所を聞かれると「名乗るようなものやおへん」。

親から「恩をきせたらあかんえ」といつも言われていたことだけに、名乗らないことで、彼女の厚意は、二倍、三倍に膨らむ。

名前や住所を聞いたら、お返しを心配したり、お礼状を書かなければならなかったところを、豊かな気持ちで霊水をいただき、のどのかすれは弐三日で忘れたように引き、まさに、御利益をいただいたと、おっしゃっていました。




京のかどはき

2007年06月05日 | Weblog
子供の頃、もう昔の話になるのかな?

京には「かどはき」という習慣があった。かど=家の前のこと。はき=掃く(掃除をすること)。

たいていはその家の主婦がするが、うち(家)によっては子供にその役割をさせるところもあった。

かどはきには一定の法則があり、自分の家の前の道幅の半分と、家の幅だけを、綺麗に掃いて水撒きをするのである。

ついでに隣の家の前も掃くというのはいけないことで、親切ではなく、お隣に恥をかかせることになります。

自分の家の前を、お隣さんに掃除してもらうことが、恥ずかしことだったようです。

そうして、綺麗になっているところには、ごみも捨て難いということになります。

親はよく言ったもので、「自分の家の前はきれいにしとかなあかん」「家の前が汚れていたら、家の中も散らかっているように思われるえ」。

「自分の家の周りをきれいにしている人やったら、よそに行ってもちらけたり(散らかす)せぇへん」と・・・。

一旦すたれた習慣を、市内美化のために復活させたいと、京都商工会議所も「かどはき」をアピールしている。