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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

僕たちの従兄弟

2010-10-04 | Weblog

ウォッ、ホッ、ホー。ウキー、ウキー。
木々の間に叫び声が響き渡る。ここはバンコの森。そうすると、これはあの噂のチンパンジーか。いやいや、目の前で飛んだり跳ねたりしているのは、チンパンジーの生態を再現している、劇団「イマコ・テアトリ(Ymako Teatri)」の団員たちだ。

物真似とはいえ、その演技は真に迫る。頭から足先まで、黒っぽい布に身を包んで、チンパンジーに似せた格好の団員たち。10人ほど地面に座って、ウォッ、ウォッと声を上げながら、木の実を拾って食べている。大人役のチンパンジーたちは、木の実を石で叩いて、割る仕草をする。子供役のチンパンジーは、その周りを落ち着かなくうろうろしながら、大人役の仕事の邪魔をする。突然一匹が、立ちあがってウキーと甲高く叫ぶ。すると、全員が何が起こったかというような顔で、それぞれ声を上げながら、大騒ぎでぐるぐる歩き回る。手をひょいひょい伸ばしながら歩く。皆、チンパンジーになりきっていて、人間の演技とは思えない。

NGO「野生チンパンジー基金(Wild Chimpanzee Foundation)」の研究者、ハービンガーさんの解説だ。
「タイ国立公園で、チンパンジーの保護活動をしている劇団です。これから始まる劇は、村人たちに、チンパンジー狩りをしてはいけない、チンパンジーを殺してはいけない、ということを教えるものです。劇団員たちは、自分たちでも実際に森に入って、チンパンジーたちの行動をつぶさに研究しています。だから、こういう迫真の演技ができる。」

私は、バンコの森の保護キャンペーンを行うというので、招待されている。バンコの森の保護計画に、日本が資金を提供しているので、特に呼ばれたのである。森の広場で、木漏れ日を浴びながら、チンパンジーの劇を観ているところなのだ。

ひととおり、チンパンジーの生態を摸写したあと、団員の一人が人間に戻って、お客さんに語りかける。
「チンパンジーは、僕たち人間にとって従兄弟のようなもの。昔、人間はチンパンジーたちと、仲良く暮らしていたのです。昔の人々は、チンパンジーの言葉が分かりました。チンパンジーは、人々にいろいろなことを教えてくれたのです。ところが、人々はチンパンジーを殺すようになりました。殺して食べるようになりました。」

そして劇が始まる。舞台の真中に、椅子が置いてあって、男が座っている。どうも一家の主人らしい。そこに、奥さんらしい人が現われる。おじいさんの葬式でお金も無くなった、どうしたらいいか、困ったと訴える。
父「それなら、森に行って、チンパンジーを撃ってくればいい。チンパンジーなら闇で高く売れる。サイボドに、森に行かせよう。」
息子らしいそのサイボドが呼ばれ、はじめは動物を殺すのは嫌だ、とか言っていたのだが、おだてられ、すかされて、最後には鉄砲を持って、森に入っていく。

森に行くと、チンパンジーたちが、仲良く昼のひと時を過ごしていた。サイボドは抜き足差し足で近づいて、最後に狙いをつけて、ボン。太鼓が鳴ったのは、鉄砲を撃った音である。

弾にあたった一頭が、苦しみもだえる。他のチンパンジーが、何とか介抱しようと、触ったり抱いたりする。そのかいもなく、撃たれたチンパンジーは死んでしまう。そうすると、群れの皆が、死体の周りで慟哭の叫びを上げる。ボスのチンパンジーが、付近の枝を折って、死んだチンパンジーの上にかぶせる。チンパンジーたちは、しばらく死体を囲んでウォー、ウォーと嘆き、やがてボスに促されて、森の中に帰って行った。

「これは、ほんとうに観察されたとおりなのです。」
と、ハービンガーさんが私に耳打ちしてくれる。
「チンパンジーたちは、仲間が傷つくと、皆が介抱して、何とか治療しようとします。そして、仲間が死んだ時には、周りを囲んであたかも葬式のような行動をとります。木の枝を死体の上にかぶせるというのも、実際に見られる行動です。」

サイボドは陰に隠れながら、目を丸くして、一部始終をつぶさに見る。群れがいなくなって、死体のところに恐る恐る近づく。
「おい、あいつら治療しようとしてたぞ、嘆き悲しんでいたぞ、葬式まで出したぞ。」
サイボドは困惑する。

そこに、サイボドの婚約者が、駕籠をかかえて近づいてくる。サイボドは慌てる。お、おい、何でこんなところに来るんだ。
「夕食のために、カタツムリを拾いにきたのよ。」
「カタツムリなら、あっちだよ。あっちの林に、いっぱいいる。」
追いやろうとするのが不自然だ。何か隠しているのね、と婚約者。
「ほら、早くあっちの林に行かないと、カタツムリは逃げ足が速いぞ。」
そんなわけはない。余計に疑われて、足元を見たら、チンパンジーが死んでいる。貴方が殺したのね、と婚約者は金切り声をあげて、駕籠を放り出して走って行った。

さて、場面は変わって、婚約者の家である。婚約者の父母が、話をしている。
母「森を守る法律があるのよ。もし無断で森の木を切ったり、薬にするために木の皮をはいだりしたら」
父「したら、どうなるのだ。」
母「監獄。」
おおっ、と父。

母「もし森に勝手にバナナやカカオの木を植えたら」
父「植えたら、どうなるのだ。」
母「監獄。」
おおっ、と父

母「もし森の動物を殺したら」
父「殺したら、どうなるのだ。」
母「監獄。」
父「おおっ」

そうしたところに、婚約者が泣きわめきながら帰ってくる。どうしたのだ、わが娘よ。
「サイボドが、サイボドが、チンパンジーを撃ち殺した。」
母「監獄」父「おおっ」と叫んで、一家はパニックになる。

一方で、困惑しながらチンパンジーの獲物を持って帰ったサイボドを、サイボドの父親は褒めたたえる。そして、チンパンジーを売るのだか、食べるのだか、しようとしていたところに、婚約者の一家が血相を変えてやってくる。チンパンジーは、人間の従兄弟なのに、従兄弟を殺すとは何事か、森の法律で監獄行きだぞと叱責する。サイボドの父親は、そんなこと俺の知ったことではない、森の法律があるというなら、俺は知っているぞ、お前だってこっそり木を切り倒して、カカオを植えているではないか、と開き直る。そして、取っ組み合いの喧嘩になって、このあたりはかなりドタバタ劇である。

そのうち、騒ぎを聞きつけた森林警察がやってきて、男たちはみな、しょっぴかれてしまう。そういう調子で話が進んで、最後は、監獄から戻ってから、皆で改心して仲直りする。劇が終わったところで、登場人物が皆で歌になる。
「チンパンジーを殺しちゃいけない、チンパンジーは僕たちの従兄弟だ。」

「野生チンパンジー基金」では、はじめはタイ国立公園の周辺の村人たちを、チンパンジーの見張り員に雇用して、保護活動に従事させようとしたという。ところが、ある時、その見張り員たちが、チンパンジーを狩って食べていた。それからは、村人たちの意識改革なしには、保護活動は持続しないと覚ったという。

「劇はとても有効な手段です。なにより、子供たちを味方に付けられるからです。子供たちが、家に帰って家族に言う。チンパンジーを殺してはいけない、と。子供たちが、チンパンジー保護の最前列を務めてくれます。」
ハービンガーさんはそう言う。劇団は好評で、今は隣国リベリアにも出かけて、村々でチンパンジーの保護を訴えている。演目も何本もあるという。

劇が終わって、森には静寂が戻った。環境保全には、まず人々の意識改革が必要だ。日本の資金で、このバンコの森の入口に、広報センターを建設中である。建物が完成したら、環境問題の重要さを、人々に分かりやすく解説する展示を、そこでぜひ行うようにしよう。

 ここはバンコの森、劇団「イマコ・テアトリ」の劇が始まる。

 チンパンジーの群れ

 木の実を石で潰すチンパンジー

 危ないと警告があると、みなでウキー、ウキー

 サイボドは、狩りに乗り気ではない。

 でも最後は、おだてられて、狩りに出かける。

 餌でおびき寄せる。

 物陰からズドン

 仲間が倒れた。

 葬式をするチンパンジー

 あいつら、葬式をしていたぜ。

 あなた、チンパンジーを殺したのね。

 彼が、チンパンジーを殺しちゃったのよ。

 チンパンジーを殺しては、駄目じゃないか。

 森林警察が現われて、逮捕される。

 両家は最後に和解する。

 チンパンジーを大切にしよう。

 チンパンジーは木の上に巣を作る(模擬)。


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