それは、御幸記者が、まだ、就職して、2年目の頃のお話。
11月の終わりの頃のお話です。
彼には、瀬良という、大学時代からつきあってきた、彼女がいました。
彼女は、御幸記者から、2歳年下で、同じテニスサークルの知り合いでした。
大学時代は、一緒にテニスをしたり、彼女からすれば、御幸記者は、千秋先輩のような、カッコいい、尊敬できる先輩でした。
だから、デートも楽しかったし、とにかく、その顔を見ることができれば、いつもしあわせだったのです。
しかし、就職してから、御幸記者が、あまりに忙しくて、なかなか、デートをすることができなくなりました。
だから、瀬良は、不安な日々を送っているのでした。
そんなある日の深夜、彼女から、御幸記者に電話がかかってきました。
「ねえ。御幸さん。御幸さんは、わたしのこと、考えてくれてる?」
と、瀬良さんは、少し寂しそうに話します。
「え?そりゃ、当然考えているよ。一番に」
と、若い御幸記者は、ぶっきらぼうに、話します。
「そう。それなら、いいけれど・・・」
と、瀬良さんは、話し、電話は切れてしまいます。
「なんだ、あいつ?こんな深夜に急に電話なんかして・・・。このところ、睡眠時間あんまりとれてないのに・・・ったく、寝よう」
と、御幸記者は、機嫌を悪くして寝てしまいます。
瀬良さんは、切った電話を見つめています。
見つめながら、自分の中にある不安な気持ちを覗いているのです。
「御幸さん、昔は、あんな風にじゃけんに言うひとでは、なかったのに・・・」
と、瀬良さんは、少し悲しいのでした。
「私のことが大事だって、言ってくれたけど、ただ、言っただけ、今は仕事が一番って、感じだったし・・・」
と、瀬良さんは、考えています。
「あの、千秋先輩のように、カッコよくてやさしい御幸さんは、どこへ行ってしまったの・・・」
と、瀬良さんは、悲しくなり、涙を流して泣いてしまうのでした。
目を赤くして、瀬良さんは、朝を迎えています。
彼女は、昨日、散々考えたことを、やってみよう、と、電話器に近づくと、ボタンを押します。
ルルルル・・と、御幸記者の電話器が鳴ります。
「ん?なんだ、こんな時間に・・・。まだ、7時前じゃないか・・・」
と、睡眠不足気味の御幸記者は、機嫌悪く起きます。
「はい、もしもし・・・」
と、電話に出ると、相手は瀬良さんです。
「おはよう。ごめんね、起こしちゃった?」
と、少し自信のなさそうな、瀬良さんの声です。
「当たり前だろ。何時だと思っているんだよ。昨日だって、深夜に叩き起しておいて、なんだよ、いやがらせかよ」
と、御幸記者は、日頃の睡眠不足と仕事からのストレスで、つい、そう口走ってしまいます。
「ごめん。切る・・・」
と、御幸記者の怒った声を聞いた瀬良さんは、自信を無くして、電話を切ってしまいます。
「ったく、あいつ、なんなんだ!」
と、御幸記者は、一発、悪態をつくと、ベットに潜り込んでしまいました。
瀬良さんは、長い間、電話を見つめていました。
涙が、自然にあふれてきます。
信じていたものが、変わっていく、不安に耐えられなくなったのです。
彼女は、いつの間にか、少女のように、泣きじゃくっていました。
「あれは、私の、御幸さんじゃない。御幸さんなんかじゃないわ」
彼女は、いつまでも、いつまでも、泣きじゃくっていたのでした。
「おい。御幸、ひさしぶりだな」
と、大学時代の友人の三田が、御幸記者に話しかけます。
ここは、廣貫堂という銀座にあるビアガーデンです。
数日前、この三田から、御幸記者に電話が入り、
「久しぶりに飲もう。ちょっと話がある」
ということで、仕事をなんとかして、8時に、この場所で、おち会ったのでした。
「しかし、三田とお酒を飲むのも、1年半ぶりか」
と、御幸記者は、なつかしそうに話しています。
「そうだな。卒業コンパ以来だもんな」
と、笑う三田です。
「おまえ、最近、瀬良ちゃんに冷たいらしいじゃないか」
と、三田がしれっと話します。
「由美子に、泣きながら電話してきたみたいだぞ。瀬良ちゃん」
と、三田は、自分の彼女、由美子さんから、聞いた話をしています。
「え?俺、別にそんな」
と、御幸記者が、言いますが、どうも女性経験では、上の三田さんが、アドバイスをします。
「女ってのは、いつも彼氏が、自分を見守ってくれていないと、不安になるんだよ」
と、女性心理を知り抜いている三田さんです。
「そういうもんか?」
と、三田さんに一目置いている御幸記者は、素直にその言葉を聞きます。
「ああ。だから、手遅れにならないうちに、なんとかしてやれ。お前は瀬良ちゃんにとって、王子様なんだからな。王子様は、王子様らしく、ふるまえよ」
と、三田さんは、言うと、
「ま、それだけだ。それを言いに、俺はわざわざ、来たんだ」
と、三田さんは言うと、
「アドバイス料は、ここの代金で、充分だ。じゃ、いいクリスマスを、な」
と、言って、店をあとにします。
御幸記者は、何も言わず、ビールを飲みながら、考え込んでいます。
銀座の夜が、静かに更けていきました。
今日は、誰もが心踊らすクリスマスイブ。
一週間前に、一通のハガキが瀬良さんの元に届けられました。
「プリンセスに、プリンスから、こころを込めた招待状」
と、書かれた招待状は、指定された時刻に、指定されたフレンチレストランに、正装で来てくれ、というものでした。
そのハガキはデザインも華麗で、本当に、王子様から、王女様に、あてられた、招待状のように思えました。
瀬良さんはそれだけで、こころが蕩けそうになりました。
「忙しい、御幸さんが、わたしのために・・・」
瀬良さんはそれを思うだけで、うれしかったのです。
もちろん、当日は精一杯、正装をして、タクシーで、銀座まで、でかけます。
白のドレスに、以前、御幸さんに買ってもらったジュエリーも、胸元と耳に。
その姿は、まるで、シンデレラです。
瀬良さんは、この一夜のシンデレラ・ストーリーをお姫様として、体験したかったのです。
銀座にある、「j'adore le Japon」は、銀座の老舗フレンチとして、風格も気品も一級のお店です。
そこにタクシーを横付けすると、タクシーのドアを開けてくれる、すらりとした気品のあるスーツ姿の男性がひとり。
そう。瀬良さんの王子様、御幸さんが、そこで、ずっと待っていてくれたのです。
その姿は、まるで、王子様姿の千秋先輩!
「御幸さん!」
瀬良さんは、そう叫びながら、広げられた手の中に、飛び込んでいました。
クリスマスイブは、こころに魔法をかけてくれる、神様の贈り物の日なのです。
三田さんは、遠くからその情景を、由美子さんと眺めていました。三田さんは、
「サンタは、いろいろ、苦労するもんだ」
と、つぶやくと、にこりとしながら、二人でどこかへ、消えていきました。
空には、白い雪が、舞い始めていました。
(終わり)
11月の終わりの頃のお話です。
彼には、瀬良という、大学時代からつきあってきた、彼女がいました。
彼女は、御幸記者から、2歳年下で、同じテニスサークルの知り合いでした。
大学時代は、一緒にテニスをしたり、彼女からすれば、御幸記者は、千秋先輩のような、カッコいい、尊敬できる先輩でした。
だから、デートも楽しかったし、とにかく、その顔を見ることができれば、いつもしあわせだったのです。
しかし、就職してから、御幸記者が、あまりに忙しくて、なかなか、デートをすることができなくなりました。
だから、瀬良は、不安な日々を送っているのでした。
そんなある日の深夜、彼女から、御幸記者に電話がかかってきました。
「ねえ。御幸さん。御幸さんは、わたしのこと、考えてくれてる?」
と、瀬良さんは、少し寂しそうに話します。
「え?そりゃ、当然考えているよ。一番に」
と、若い御幸記者は、ぶっきらぼうに、話します。
「そう。それなら、いいけれど・・・」
と、瀬良さんは、話し、電話は切れてしまいます。
「なんだ、あいつ?こんな深夜に急に電話なんかして・・・。このところ、睡眠時間あんまりとれてないのに・・・ったく、寝よう」
と、御幸記者は、機嫌を悪くして寝てしまいます。
瀬良さんは、切った電話を見つめています。
見つめながら、自分の中にある不安な気持ちを覗いているのです。
「御幸さん、昔は、あんな風にじゃけんに言うひとでは、なかったのに・・・」
と、瀬良さんは、少し悲しいのでした。
「私のことが大事だって、言ってくれたけど、ただ、言っただけ、今は仕事が一番って、感じだったし・・・」
と、瀬良さんは、考えています。
「あの、千秋先輩のように、カッコよくてやさしい御幸さんは、どこへ行ってしまったの・・・」
と、瀬良さんは、悲しくなり、涙を流して泣いてしまうのでした。
目を赤くして、瀬良さんは、朝を迎えています。
彼女は、昨日、散々考えたことを、やってみよう、と、電話器に近づくと、ボタンを押します。
ルルルル・・と、御幸記者の電話器が鳴ります。
「ん?なんだ、こんな時間に・・・。まだ、7時前じゃないか・・・」
と、睡眠不足気味の御幸記者は、機嫌悪く起きます。
「はい、もしもし・・・」
と、電話に出ると、相手は瀬良さんです。
「おはよう。ごめんね、起こしちゃった?」
と、少し自信のなさそうな、瀬良さんの声です。
「当たり前だろ。何時だと思っているんだよ。昨日だって、深夜に叩き起しておいて、なんだよ、いやがらせかよ」
と、御幸記者は、日頃の睡眠不足と仕事からのストレスで、つい、そう口走ってしまいます。
「ごめん。切る・・・」
と、御幸記者の怒った声を聞いた瀬良さんは、自信を無くして、電話を切ってしまいます。
「ったく、あいつ、なんなんだ!」
と、御幸記者は、一発、悪態をつくと、ベットに潜り込んでしまいました。
瀬良さんは、長い間、電話を見つめていました。
涙が、自然にあふれてきます。
信じていたものが、変わっていく、不安に耐えられなくなったのです。
彼女は、いつの間にか、少女のように、泣きじゃくっていました。
「あれは、私の、御幸さんじゃない。御幸さんなんかじゃないわ」
彼女は、いつまでも、いつまでも、泣きじゃくっていたのでした。
「おい。御幸、ひさしぶりだな」
と、大学時代の友人の三田が、御幸記者に話しかけます。
ここは、廣貫堂という銀座にあるビアガーデンです。
数日前、この三田から、御幸記者に電話が入り、
「久しぶりに飲もう。ちょっと話がある」
ということで、仕事をなんとかして、8時に、この場所で、おち会ったのでした。
「しかし、三田とお酒を飲むのも、1年半ぶりか」
と、御幸記者は、なつかしそうに話しています。
「そうだな。卒業コンパ以来だもんな」
と、笑う三田です。
「おまえ、最近、瀬良ちゃんに冷たいらしいじゃないか」
と、三田がしれっと話します。
「由美子に、泣きながら電話してきたみたいだぞ。瀬良ちゃん」
と、三田は、自分の彼女、由美子さんから、聞いた話をしています。
「え?俺、別にそんな」
と、御幸記者が、言いますが、どうも女性経験では、上の三田さんが、アドバイスをします。
「女ってのは、いつも彼氏が、自分を見守ってくれていないと、不安になるんだよ」
と、女性心理を知り抜いている三田さんです。
「そういうもんか?」
と、三田さんに一目置いている御幸記者は、素直にその言葉を聞きます。
「ああ。だから、手遅れにならないうちに、なんとかしてやれ。お前は瀬良ちゃんにとって、王子様なんだからな。王子様は、王子様らしく、ふるまえよ」
と、三田さんは、言うと、
「ま、それだけだ。それを言いに、俺はわざわざ、来たんだ」
と、三田さんは言うと、
「アドバイス料は、ここの代金で、充分だ。じゃ、いいクリスマスを、な」
と、言って、店をあとにします。
御幸記者は、何も言わず、ビールを飲みながら、考え込んでいます。
銀座の夜が、静かに更けていきました。
今日は、誰もが心踊らすクリスマスイブ。
一週間前に、一通のハガキが瀬良さんの元に届けられました。
「プリンセスに、プリンスから、こころを込めた招待状」
と、書かれた招待状は、指定された時刻に、指定されたフレンチレストランに、正装で来てくれ、というものでした。
そのハガキはデザインも華麗で、本当に、王子様から、王女様に、あてられた、招待状のように思えました。
瀬良さんはそれだけで、こころが蕩けそうになりました。
「忙しい、御幸さんが、わたしのために・・・」
瀬良さんはそれを思うだけで、うれしかったのです。
もちろん、当日は精一杯、正装をして、タクシーで、銀座まで、でかけます。
白のドレスに、以前、御幸さんに買ってもらったジュエリーも、胸元と耳に。
その姿は、まるで、シンデレラです。
瀬良さんは、この一夜のシンデレラ・ストーリーをお姫様として、体験したかったのです。
銀座にある、「j'adore le Japon」は、銀座の老舗フレンチとして、風格も気品も一級のお店です。
そこにタクシーを横付けすると、タクシーのドアを開けてくれる、すらりとした気品のあるスーツ姿の男性がひとり。
そう。瀬良さんの王子様、御幸さんが、そこで、ずっと待っていてくれたのです。
その姿は、まるで、王子様姿の千秋先輩!
「御幸さん!」
瀬良さんは、そう叫びながら、広げられた手の中に、飛び込んでいました。
クリスマスイブは、こころに魔法をかけてくれる、神様の贈り物の日なのです。
三田さんは、遠くからその情景を、由美子さんと眺めていました。三田さんは、
「サンタは、いろいろ、苦労するもんだ」
と、つぶやくと、にこりとしながら、二人でどこかへ、消えていきました。
空には、白い雪が、舞い始めていました。
(終わり)