「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

「弱虫やくざと、家出少女の物語」(13)

2010年09月14日 | 過去の物語
「う、うーん」

と、トミーは寝ぼけながら、目を開けると、そこには、股間を押さえてつらそうに、地べたに座るマツの姿があります。

「ア、アニキ!大丈夫ですか!」

と、トミーは、すかさず起き上がると、頭をくらくらさせながら、マツの元に駆け寄ります。

「アニキ!」

と、トミーが声をかけると、マツはつらそうな表情に、笑みを少しだけ浮かべ、

「あのお嬢ちゃん、蹴りが的確だ。すぐにでも、子分として、雇いてえくらいだ・・・」

と、つぶやきます。

「そんなこと言ってる場合ですか!アニキ!ちょっと、腰の辺り叩きましょうか!」

と、トミーも、その痛みを知っているだけに、おろおろしてしまいます。

「ああ、ちょっと叩いてみてくれ・・・。縮み上がって、奥まで入っちまったからよ」

と、マツは、自分の状況を素直に説明します。

その言葉を聞くと、トミーは、マツの腰のあたりを、手で叩きます。

「う・・・、その調子だ・・・少し、痛みが・・・ひいて・・・」

と、言うと、また、つらそうな表情に戻るマツです。

「この痛みは、男じゃねえと、わかりゃしませんよね・・・。ひでえ、姉ちゃんだ・・・こんなことするなんて・・・」

と、トミーはマツのために、愚痴っています。

「まあ、俺だって、絶体絶命の危機になったら、何やってでも、逃げようとするからな・・・あんなお嬢ちゃんにしては、上出来なんじゃ・・・ねえか・・・」

と、マツは、苦しそうな表情をしながらも、お嬢ちゃんの行為を、褒めています。

「はあ・・・それは、そうですけど・・・」

と、トミーは、そんなことより、マツの体を心配しているようです。

「それより、お前は、どうしたんだ?」

と、マツは、マツがどうしてここにいるのか、を聞いています。

「いや、面目ないす。邦衛の野郎に、頚動脈を押さえられて、落とされちゃいました」

と、キャップをはずすと、お詫びするトミーです。

「そうか・・・あいつ、確か、柔道の段位を持っていたんだっけな・・・」

と、忘れていた情報を思い出すマツです。

「気がついたら、気を失ってやして・・・あいつ、けっこう、凄腕でした・・・」

と、素直に負けを認めるトミーです。

「あいつも、今じゃあ腐っちゃいるが、高校の頃は、そりゃ、皆の希望だったからな・・・」

と、邦衛の若い頃に詳しいマツです。

「そ、そうなんですかい。そんな話、はじめて聞きやすぜ・・・」

と、驚くトミーです。

「ま、そんな話はいい・・・もう少し、腰を叩いてくれ・・・なんとか、戻りそうだ・・・」

と、マツは、少し痛みが和らいできたようです。

「へい。これくらいの・・感じで・・・いいすか?」

と、トミーは、マツの表情を見ながら、腰を叩いています。

「しかし・・・キン蹴りが、こんなに有効な手とはな・・・俺達も練習・・・しておいたほうが・・・いいか・・・」

と、マツは、つぶやきながら、気を失ってしまいます。

「アニキ、アニキー!」

と、トミーは、いつまでも、マツに呼びかけているのでした。


時計は、4:55AMを少し回ったあたり、トミー&マツは、長万部駅のホームに姿を現していました。

「もう、時間がねえ。とにかく、飛び乗っちまおう。そして、様子を伺いながら、確保だ」

と、マツは、少し股間を保護しながら歩いているためか、ちょっと変な歩き方になっています。

「わかりやした。一番後部から、乗っちゃいましょう」

と、トミーも、素直に応じています。

午前5時発のしらとり2号は、今にも発車しそうです。

「アニキ大丈夫ですかい?」

と、トミーは、後ろを歩くマツにそう声を掛けます。

「お、おう。大丈夫だ。ちっと痛えが、な」

と、少しだけ顔をしかめるマツです。

「ったく、あのお嬢ちゃんも、たいした、タマだ」

と、トミーは、憤慨しています。

「ま、しかたねえ・・・」

と、マツは、つぶやくと、

「ほら、乗るぞ!」「へい」

と、トミーと一緒に、しらとり2号に飛び乗ります。

しらとり2号は、それを合図にするように、出発します。

「ファオーン」

と、警笛を鳴らしたしらとり2号は、ゆっくりと長万部駅を出ていきます。

人気の無い車両に立ったマツは、

「痛たたた・・」

と、近くの座席に座り込みます。

「アニキ、どうせ、乗っちまえば、こっちのものですぜ。やつらは、もうどこにも逃げられないすからね」

と、トミーは少し興奮気味に話します。

しかし、トミーのはしゃぐような声とは、逆に、マツは、痛そうにするだけです。

そんなマツの様子を心配したトミーは、

「次の駅まで、20分くらいあるようですから、痛みをとってから、あいつらを探しましょう」

と、マツを気遣いながら話します。

「そ、そうか。じゃあ、5分だけ、くれ・・・」

と、マツは、それだけ、言うと、股間を押さえて、眠る風です。

「わかりやした!」

と、トミーは、心配そうに、そんなマツを見ているのでした。


ちょうど、その頃・・・。

「フゥワーン」

と、こちらも警笛をやわらかく鳴らしながら、バスが走り始めます。

「東京行き」

と書かれた長距離バスが、朝の長万部駅前から、発車したのです。

「いやあ、こんな地味な駅から東京行きのバスが出ているとは、思いませんでしたねー」

と、邦衛はうれしそうに、由美に話しかけます。

「そうね。邦衛がいろいろ調べてくれた、おかげね」

と、由美ちゃんもうれしそうに、話します。

「まあ、とにかく、このバスは、すぐに高速に乗っちまうし、寝ている間に、本州へ入っちまうと思いますからね・・・」

と、言いながら邦衛は、うれしそうです。

「どうかしたの?」

と、その邦衛の様子をいぶかしむ由美ちゃんです。

「いや、まさか、あんなにズバッと、お嬢ちゃんがキン蹴りを決めると思わなかったんで、ちょっと驚きやしてね」

と、ニヤニヤする邦衛です。

「だって、邦衛が、「トミーとマツが張ってました。なんとかマツの相手をして時間を作ってくだせえ」って言うから・・・」

と、口をとがらせる由美ちゃんです。

「いや、お嬢ちゃんは度胸があるから、マツぐらいなら、口で勝てるかと、思ったんで・・・それが、キン蹴りとは・・・」

と、苦笑する邦衛です。

「まあ、番を張っているときに、いろいろ教えてくれる先輩が、いてね・・・」

と、少し赤くなる由美ちゃんです。

「いやあ、しかし、あんなに、正確に入るとは・・・余程、練習したんですかい?」

と、邦衛は、素直な疑問を呈しています。

「まあ、元々合気道は、やっていたから、素養はあったのよね」

と、そこらへんはうやむやにする由美ちゃんです。

「まあ、いいですわ。いずれにしろ、お嬢ちゃんが、黄色いシビックに気づいてくれたからトミー&マツに気づいたんですからね」

と、邦衛はいち早くトミー&マツに気づいていたことを明かします。

「ほんと、さすがにプロね。目の配り方が、違うということね」

と、由美ちゃんは、感心しています。

「まあ、とにかく、奴らを、うまく巻くことができましたからね。まあ、当分はいいでしょう・・・」

と、言いながら、邦衛は眠そうです。

「邦衛お休み。わたしも、少し眠るわ・・・」

と、由美ちゃんも急速に眠気が広がるようです。

「しかし、お嬢ちゃんのキン蹴りは、すごかった・・・」

と、邦衛もつぶやきながら、眠りに入っていきます。

バスは朝焼けの街を静かに走っていくのでした。


「非常線に何もひっかからなかっただと!」

と、克実警部は、部下の報告に知らず知らず怒鳴り返していました。

「もう、内地に渡ったということでしょうか・・・」

と、柳沢刑事が、話します。

「あるいは、別のルートを使ったということも考えられるな・・・」

と、克実警部は、北海道の地図に見入ります。

「あるいは、飛行機で、一気に・・とか」

と、八嶋刑事が、話しますが、

「うーん、どうかな」

と、答えを濁す克実警部です。

「うん。とにかく、できる限り抑えるか」

と、克実警部は、断を下すと、

「空港にも、ひとをやってくれ。それと長万部駅周辺も聞き込み!」

と新たな指令を部下たちに下すのでした。

「はっ」

と、部下たちは、一斉に駆け去るのでした。

克実警部は、それを見送ると、何も言わずに、冷たくなったコーヒーを飲み干すのでした。


邦衛と、由美は、バスの座席で、死んだように、深く眠り込んでいます。

「二人ともよく眠っている」

その様子を、一人の男が、前の方の座席から、静かに伺っています。

「もう、食えねえ」「わたしも」

寝言を言いながら、二人は、まだ、その事実に気づいていないのでした。


(つづく)


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