蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

アブラ1号

2017年07月06日 | 季節の便り・虫篇

 いきなりガラ携がけたたましい警報を鳴らした。「大雨特別警報」である。何事かと思った。梅雨前線に暖かく湿った空気が流れ込み、次々に積乱雲を発生させる「線上降雨帯」という耳慣れない言葉が耳に飛び込んでくる。わが町太宰府のすぐ南、朝倉市、久留米市、日田市などで記録的豪雨をもたらしているという。お気に入りの「飛び鉋」の陶器を買いに通う小石原(東峰村)は、道路寸断して孤立状態という。
 利根川(坂東太郎)・吉野川(四国三郎)とともに日本三大暴れ川のひとつ、といわれる九州地方最大の河川・筑後川(筑紫次郎)が危ない。隣りの筑紫野市も「大雨特別警報」の対象となった。
 しかし…しかしである。太宰府は時たま小雨が降るばかりで、吹く風もそよ風。次々に惨禍が拡がるニュースをよそに、ほんの数キロの差で一線を引いたように、太宰府以北の福岡地区は平穏無事だった。

 緊迫感をどこ吹く風というように、のどかに3輪の月下美人が咲いた。沖縄から持ち帰って40年余の鉢から2輪、カリフォルニアの二女の家から一枚の葉を持ち帰って育てた5年目の鉢で1輪、月下美人にも微妙な時差ボケが残るのか、色と咲く時間を少しずらしながら、馥郁とした香りを部屋中に広げていった。あと2輪は明日の夜になる。30近い蕾から自然摘花を経て、結局生き残ったのは5輪だけだった。

 一夜明けた午後、アブラゼミの初鳴きを聴いた。ニイニイゼミの7月2日に4日遅れ、そして去年より3日早い7月6日の初鳴きだった。声の近さに、ハッと思い当たって八朔の葉先を覗いた。あったあった、雨に濡れた葉先にしがみつく一個の空蝉、声の主は此処で誕生した今年のアブラ1号だった。
 昨年、6月29日にいち早く初鳴きしたヒグラシは、まだ声が届いてこない。

 空蝉の側の枝に、ちょっと厄介なお客がいた。黒地に白い斑点を散らしたゴマダラカミキリである。見た目は小粋な奴だが、庭木にとっては厄介な害虫で、葉や若い枝の瑞々しい幹をかじっているうちはいいが、交尾を終えたメスは生木の樹皮を大顎で傷つけて産卵し、幼虫は生木の材部を食害し成長、やがて幹の内部を下って、根株の内部を食い荒らす。食い荒らされると直径1cm~2cmほどの坑道ができ、木の強度が弱くなって折れやすくなり、成長不良に陥って枯死することもある。柑橘類が特に好まれるから、八朔にとっては好ましくないお客なのだ。
 亡くなった父も、出入りの植木屋さんも「すぐ殺せ!」という厄介者だが、それを殺せないのが「昆虫少年のなれの果て」の悲しさ(自分では優しさと思っているのだが)、ご近所の空き家の庭に持って行って放してやった。
 昔、父に「殺せ!」といわれて殺せずに叱られたカミさんが、懐かしそうにその日のことを話している。
 ブログを書く途中、もう一度見に行ったら、また1匹いる!さっき放した奴が早々と帰って来たのか、こころなし小振りに見えるから別の1匹なのか……またまた空家に運んで行く羽目になった。

 慌て者のニイニイゼミ(♂)は数日懸命に鳴き続けていたが、伴侶が見付からないまま雨の中に短い生涯を終えたのか、もう声を聴くことが出来ない。何年も地中で過ごし(アブラゼミは6年といわれる)、羽化してからは呆気なく生涯を終える。78年生きてきた我が身が、ふと愛おしく思える季節である。
 今日の文学講座で、印象的な言葉があった。「人間と動物の違いは、人間だけがイマジネーション(想像)を持つことが出来る。動物は、生きて行くための最低限の行動しかとらない。食欲然り、性欲然り。動物は発情期のみの交尾しかしない。いわば過剰なその部分が、人間の人間たる所以である」と。
 
 その過剰な食欲にそそのかされて「美味しいものを食べたい!」と、講座仲間と和懐石のお昼を食べて帰ってきた。
 うん、やっぱり人間の方がいい。
                (2017年7月:写真:今年のアブラゼミ1号の抜け殻)

<追記> 夕方、八朔の根方にもう一つの抜け殻を見つけた。こちらがアブラ1号だったのかもしれない。そしてもう一つ、羽化の途中で雨に叩き落されたのだろうか、背中が半ば割れて蟻に群がられている幼虫の亡骸があった。時として、自然は非情でもある。