今更ながら、横山光輝の「三国志」にハマリますた。
全巻持ってると豪語する同僚に聞いてみた
「三国志の主人公って誰?」
すると…
「前半は玄徳だろうが、天下三分の計など、やはり諸葛亮孔明」
☆ ☆ ☆
私にとって「三国志」は、
玄徳+関羽+張飛と孔明の頃のエピソードが一番。
英雄が次々死んでいくのは哀しいものです。
北伐だって結局失敗に終わり…最後に笑うのは「司馬懿仲達」
☆ ☆ ☆
愛蔵版は、孔明の南蛮行まで出版済み。
南蛮王孟獲と、その妻がチャーミングですなぁ。
つい、コミックの47~49巻を買っちまいますた。
有名な『出師表』(すいしのひょう)も載ってますなぁ。
Wikiによれば…
********************************
諸葛亮の出師表は、
建興5年(227年)に蜀漢の皇帝である劉禅に
諸葛亮が奉った文書である。
単に出師表と言えばこの出師表を指すが、
後出師表と区別するために、前出師表とも呼ばれる。
古来、名文中の名文とされている。
…
出師表は漢代の遺風を受け継ぎ、
質実剛健で、内容をしっかり持った散文であった。
そこには、諸葛亮とほぼ同時代から始まりつつあった
六朝の新しい散文とは違った趣がある。
六朝の散文は、表面上の雅やかさを競い、
内容がはっきりしないような散文であった。
中国文学史上の観点からいえば、出師表とは、
漢代の文学的伝統の最後の輝きであるともいえよう。
********************************
漢王朝の復興という大義名分に照らしても、
この『出師表』そのものが
「漢代の文学的伝統の最後の輝き」なんだろうね。
孔明の評価が、後世、異様に高いのは、
天下の名文『出師表』のおかげもあるそうだ。
********************************
後出師表の内容は次の通りである。
まず、自分が先帝である劉備から、逆
賊である魏を討伐するようにと言われてきたことを確認し、
魏の力があまりに強大で、自分の力はあまりにも弱く、
放っておけば、蜀漢は、魏に滅ぼされるであろうことを述べる。
そうして坐して滅亡を待つよりは、
先手を取って、魏を討滅した方が良いとする。
しかし、良からぬ輩が、自分の北伐を批判していると述べる。
このような批判に対し、
6つの疑問点をあげて、その批判の不当さを指摘する。
今の蜀漢の状況は、同じく漢中に拠った
漢の高帝・張良・陳平の才能に遠く及ばない者しかいないのに、
坐して天下をとろうとするのはなぜか。
(張良・陳平は、高帝に仕えた有名な謀臣である。
彼らは天下を取るために、中国中を駆けずり回った)
劉繇や王朗は、自分の州郡の中にとどまり、
結局孫策に敗れてしまった。
(動かない蜀漢の様子を劉繇や王朗と重ね合わせて批判する)
曹操は優れた軍略家であるが、
それでも身を危ういところにおいて戦ってきた。
自分のような小人物はなおさら、
危ういところに身を置かないでどうするのか。
曹操のような人物ですら、敗戦を繰り返しているのだから、
自分のような小人物が戦いに負けたことをあれこれ言うのはどうか。
数年後には、あちこちから集めてきた
優秀な武将や兵たちが死んでしまうのに、優
秀な者達がいる今のうちに戦わないのはどうしてか。
今、蜀漢は益州しか領有しておらず、経済力がない。
このまま放っておけば、
経済力のより大きい魏と対抗することはできないのではないか。
さらに、時代の流れは予見しがたいとし、
弱小なる蜀漢も魏に勝てるかもしれないとし、
死ぬまで努力すると述べる。
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全巻持ってると豪語する同僚に聞いてみた
「三国志の主人公って誰?」
すると…
「前半は玄徳だろうが、天下三分の計など、やはり諸葛亮孔明」
☆ ☆ ☆
私にとって「三国志」は、
玄徳+関羽+張飛と孔明の頃のエピソードが一番。
英雄が次々死んでいくのは哀しいものです。
北伐だって結局失敗に終わり…最後に笑うのは「司馬懿仲達」
☆ ☆ ☆
愛蔵版は、孔明の南蛮行まで出版済み。
南蛮王孟獲と、その妻がチャーミングですなぁ。
つい、コミックの47~49巻を買っちまいますた。
有名な『出師表』(すいしのひょう)も載ってますなぁ。
Wikiによれば…
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諸葛亮の出師表は、
建興5年(227年)に蜀漢の皇帝である劉禅に
諸葛亮が奉った文書である。
単に出師表と言えばこの出師表を指すが、
後出師表と区別するために、前出師表とも呼ばれる。
古来、名文中の名文とされている。
…
出師表は漢代の遺風を受け継ぎ、
質実剛健で、内容をしっかり持った散文であった。
そこには、諸葛亮とほぼ同時代から始まりつつあった
六朝の新しい散文とは違った趣がある。
六朝の散文は、表面上の雅やかさを競い、
内容がはっきりしないような散文であった。
中国文学史上の観点からいえば、出師表とは、
漢代の文学的伝統の最後の輝きであるともいえよう。
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漢王朝の復興という大義名分に照らしても、
この『出師表』そのものが
「漢代の文学的伝統の最後の輝き」なんだろうね。
孔明の評価が、後世、異様に高いのは、
天下の名文『出師表』のおかげもあるそうだ。
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後出師表の内容は次の通りである。
まず、自分が先帝である劉備から、逆
賊である魏を討伐するようにと言われてきたことを確認し、
魏の力があまりに強大で、自分の力はあまりにも弱く、
放っておけば、蜀漢は、魏に滅ぼされるであろうことを述べる。
そうして坐して滅亡を待つよりは、
先手を取って、魏を討滅した方が良いとする。
しかし、良からぬ輩が、自分の北伐を批判していると述べる。
このような批判に対し、
6つの疑問点をあげて、その批判の不当さを指摘する。
今の蜀漢の状況は、同じく漢中に拠った
漢の高帝・張良・陳平の才能に遠く及ばない者しかいないのに、
坐して天下をとろうとするのはなぜか。
(張良・陳平は、高帝に仕えた有名な謀臣である。
彼らは天下を取るために、中国中を駆けずり回った)
劉繇や王朗は、自分の州郡の中にとどまり、
結局孫策に敗れてしまった。
(動かない蜀漢の様子を劉繇や王朗と重ね合わせて批判する)
曹操は優れた軍略家であるが、
それでも身を危ういところにおいて戦ってきた。
自分のような小人物はなおさら、
危ういところに身を置かないでどうするのか。
曹操のような人物ですら、敗戦を繰り返しているのだから、
自分のような小人物が戦いに負けたことをあれこれ言うのはどうか。
数年後には、あちこちから集めてきた
優秀な武将や兵たちが死んでしまうのに、優
秀な者達がいる今のうちに戦わないのはどうしてか。
今、蜀漢は益州しか領有しておらず、経済力がない。
このまま放っておけば、
経済力のより大きい魏と対抗することはできないのではないか。
さらに、時代の流れは予見しがたいとし、
弱小なる蜀漢も魏に勝てるかもしれないとし、
死ぬまで努力すると述べる。
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