み言葉

今週のメッセージみ言葉を更新。

無 から 有へ

2010年05月31日 | 日記
  

 1・信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。

 2・昔の人々はこの信仰によって称賛されました。

 3・信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって

   見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。


          ヘブル人への手紙 11章1~3節



 信仰とは・・・・・神に期待すること です。

  キリスト教は 修業などはありません・ただただ神に信頼し期待するだけです。



 聖会で・『 からし種の信仰 』 が語られました。

 信仰・・・・薄い信仰は 神の栄光を見ることが出来ない。

  ”・・・・まし加える 量ではない

  ”・・・・人の目 を気にして恐れてはいけない。


つまり・(ある出来事・問題・に対して)→ 祈ります → 聖書から・預言から(吟味し

  )・他  御ことばが与えられます → みことばに立ち、神の時を待ちます。


   しかし なかなかそのとおりにならないと・

        行動に起こしても思う通りでないと。


  疑う・・思いが出てきます・恐れが出て来ます。


 疑いは ・・・当然です しかし 疑いを優先してしまうと、前に進めません・

          今ある状況に 振りまわされてしまいます。 


  

 神の器・・・信仰の父 アブラハムも 心の中で・・・疑った のです。

        妻・・サラ も     心の中で・・・疑った・笑ったのです。


       創世記 17章 18章 を ご覧ください。



  しかし  心の中で、疑い 笑っても 告白は・・・不信仰は言わなかったのです。

   言葉で否定的な事を言ったりしていないのです。


  私たちも・・・

 語られたら・・・神に信頼し神の時を待ちましょう・・・神の時は最善 成就します。


  この世の 物質は目に見えるものから出来ています。物から物を造りだしています。

 しかし 唯一の神  は、(無) から(有)を 呼び出されました。

 神のことば は、無いもの から 有るものを 造りだされます。

 

神のことばには、力があります。

 私たちに・・・語られた神の言葉は必ず成就します。

 大いなる神 主に、期待して、待ち望みましょう。

 
   

             

からし種の信仰を・・・祈る

2010年05月24日 | 日記


      本日 聖会において P秋元師のメッセージ

  [からし種ほどの信仰]・・・・・・のメッセージがありました。


  私たちの人生において・・・祝福の違いがある。

   信仰が薄い → ・・・出来ない
         
         からし種ほどの信仰があれば → 山が動く・・と。

   このからし種は、どんな種よりも小さいのです。


    小さい と 薄い は、違います。 また 信仰を増す・・・量でもありません。


    *恵みがなくなる 信仰の特徴!

    薄い 心配する人・・生活の心配をしている人  怖がる人 疑う人 

    神の業を見ながら人のことを思っている人
   
 
マタイ6:30~  マタイ8:23~31  

マタイ13;31  マタイ14;28~31  マタイ16;8~  から!
                                     




からし種 とは、

  マルコ 11;21~   マタイ21;21 

 信仰を持ち 疑うことがなければ → 祈って求めるものは(御こころのもの)

                    何でも受けたと信じる。・・意図的にです。

注)疑うこと・・・・人間なら当然・・・聖書の中の器も疑っていたことがわかる。

  つまり 疑っても 疑いのうえに乗らず・・・信仰の態度を行う。


  つまり 

  1、示し 約束を受けたと 信じた 対応をする。

  2、聞き従う

  3、告白する   

聖められる

2010年05月16日 | 日記

  今日のみことばから・・・



10なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのです

が、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らし

めるのです。

11すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるもの

ですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

                ヘブル人への手紙 12章10・11節


  7章・・・神は私たちを 神の子としてくださるゆえ(困難・問題・・)  
                          
                           訓練と思って耐え忍びなさい。

困難・問題は・・私たちの益のため 神の聖さの恩恵を賜る・平安の実を結ぶためのもの。

   
 私たちは、困難・・訓練によって 自我が砕かれ・絶対的に神に信頼する

  ことを、体験するのです。 徹底して神の前にも人の前にも謙遜にされます。

  また 御霊の実が現わされていきます。


 神の聖さ・・・神は聖さにあずからせてくださる・・・・

         聖められることを・追い求めなさい。とあります。

         何故なら・・聖くなければ、主をみることがない と。

     
 聖さは・・・聖さを、追い求める時  聖さにあずかることができるのです。

       
  どのようにして!・・・日々悔い改め 神との交わり(聖書・祈り)です。

  神は人を 他の被造物と区別し、特別な者として、とても愛されました。

  

 しかし 造った方・神に、対して 造られた(人)が背いてしまいました。

 罪が・入ってしまいました・(神を知らないこと・ 信じないこと・裏切り ・自己中心

   悪い考え・殺人・姦淫・不品行・盗み・高慢・妬み・その他・・・・・・・・)

 感情《心》 霊 身体・・・・・・ 罪(サタンの手口)が支配してしまいました。 

  
  造って下さった 神の御おもいが、わからなくなって しまったのです。

 

聖め・・・・
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 旧約の罪 汚れ は、祭司が神の聖めの方法で なされていましたが・

 新約の今・・・イエス様が、私たちの 罪、病すべて背負って十字架に架かって

 下さったので・・・・・すでに聖め がなされたのです。


  しかし 私たちは赦された罪びとです・・・・日々 罪の根が出て来ます。

 この悪い根が出たら すぐ 切ってしまわなければなりません。 

 すぐ 悔い改めです。  そして 聖められるように祈ります。

 
    聖められたクリスチャンを用いて・神の栄光を現わされます。

 

  

 

 



   

  

  

備えをしておく

2010年05月09日 | 日記

だから、目をさましていなさい。あなたがたは、

                自分の主がいつ来られるかを知らないからです。


             マタイ24章42節


   いつ キリストが再臨してもあわてないように・・・。

 24章・25章 は、再臨直前の記述を理解する・・・わたし達は今なすべき使命を

         語られた(吟味し)ことを・・しっかり為していかなければならない。


  ① 目をさましている・・・・キリストの再臨に対して(今の時代を知り

                  次世代に対しての備えをしておく。

  ② 自分中心(好き勝手せず)ではなく 思いを尽くし・こころを尽くし

                             神を第一 にする。

  ③  聖霊に・・・・満たされる

  ④ 惑わしの時・・何故 どうして という時 神の言葉に立ち続ける。

 

    今 世は ギリシャの経済ショック  天候異常 アイスランドの火山噴火

   ハイチ・ 中国青会海省の地震  国々・民族間の対立・・・・と・毎日・毎日

   驚くニュースが流れてきます。

   今まで人類が経験したことのない大きな出来事が起きてきています。

   まさに 特別の時代に入ってきました。

   このような時代だからこそ 神が・・・ 神の守り・導きが必要です。

  このような時代だからこそ・・・・ 
   
 私たち ひとりひとり神からの使命を、全うしていかなければなりません。

  リバイバルに向けて・・・・リバイバルの働きのために・・・。
 

   

   

   


  

         

状況は、不可能に見えても・・

2010年05月04日 | 日記


        今日の御ことばから


私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、

 何の役に立ちましょう。 そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。

                    ヤコブの手紙 2章14節


 御ことば・・・・実行する人になりなさい。

 信仰・・・・神に語られたら(吟味し・・)→ 行う
                        行うことによって 全うする。


  行いが伴わない とは・・・・・口ばっかり・言うだけ・知ってる(知識)だけ。


 神は アブラハムに(アブラハムとアブラハムの子孫を祝福する)約束したのです。

 しかし 神は アブラハムを試し・・試練を与えました。

 アブラハムのひとり子を 神にささげる ことに。

  
 アブラハムは信仰の父・・神に信頼し(神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えて下さる)

             神のことば通り従ったのです。

 
 22節・にあるように
          彼の信仰は行いとともに働いた・・・信仰は行いによって全うされ

 23節・ 
     「アブラハムは神を信じ、その信仰が彼の義とみなされた。」


 私たちも 神に語られたなら(吟味し) 状況が・・不可能のようであっても

 神に信頼し、行い・・進んで行く時 神がすべてを備えて下さり、そのことは

           御ことば通り・・・全うしていきます。

 信仰の行いは、善行・修行ではないのです。


      聞き従いの歩みです。