よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

花咲く春に、、。

2017-05-10 20:40:13 | 日記

5月5日未明、4時に寝床に行くとハナはまだ温かく、でも、もう動くことはありませんでした。

もう、去年からいつ亡くなってもおかしくない状況が、3月25日、与呂見の子供らが集まり、また元気になりました。
水をスポイトで飲ませるようなってから、その後毎朝ハナの寝床を覗くのがこわい日が続きました。

そして、3泊4日の勉強会の最中でした。
私は20人からの典座、それまでの寝不足と疲れから私はハナの最期に立ち合うことができなかったのです。
私はまだ暗い庫裡で一人、ハナを抱きかかえて6時頃まで哭いていました。
私の口からは「ありがとう。」が出て来なかった。
一人で逝かせてしまったことがどうしても自分が赦せなかった。
「ごめんね、ハナ。」

ハナは最期の最期まで歩き、トイレもして、頭もしっかりしていていました。
誰からも可愛がられしあわせな犬でした。

こんなにハナが私にとってかけがえのない存在だったと、失ってみて気付きました。
ハナは私にとってベストパートナーでした。
私の気持ちに寄り添い、応え、どれだけ慰められ、どれほど私の人生を彩ってくれていたか、、、。

ハナは私の中にいるのに、畑や車庫や木陰や庫裡に姿を探しても見当たらないのです。
でも、その歩く格好や、横顔や寝顔はいまでも見えるのです。
でも、その柔らかな耳やちょっと固くて滑らかな頭に触ることはないのです。

ハナは口は効けなかったけれど、その目はすべてを物語っていました。
私はそのハナの声をいつも聞いていました。
私は4日の深夜、私の向けられたハナの目を忘れることはありません。
「そばにいて。」と訴えていたようであり、「さようなら。」の挨拶のようでもあり、
その物悲しく、愁いを帯びたその目が焼き付いているのです。

みんなが言います。
「ハナはしあわせ犬だった。」と。
繋がれることなく、畑や境内や山の中を自由に気ままに生きていました。
15歳、ハナらしい見事な最期でした。
このハナと過ごせた15年は、私にとってもしあわせな時間でした。
今、ようやく書けます。
「ハナ、ありがとう。」
「あなたは賢くて、可愛くて、凄い犬だった。」
「あなたからいっぱいの贈り物をもらったよ。」
「最期まで、精一杯生き抜いたハナ、偉かったね。」

でも、やっぱり、さみしい、、、。



5月3日、これは生前のハナの最後の写真になりました。












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1 コメント

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ハナ (K)
2017-05-10 22:12:52
ハナちゃん安らかに。いつまでも啓子さんの心の中で。

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