[事例]17歳のX女はA男と婚姻した。X女には父Yと母Zがいる。
・X女が強制わいせつの被害に遭った場合。
・X女が略取誘拐の被害に遭った場合。
(0)現行法の婚姻適齢は男18歳・女16歳であり(民法731条)、成年年齢は20歳とされる(民法4条)。平成8年の民法改正案要綱は婚姻適齢を女も18歳とし、平成21年に法制審議会は成年年齢を18歳に引き下げるのが適当とした。もっとも、これら改正が実現するまでは、民法753条の成年擬制規定が意味をもち、婚姻した未成年者は親権から解放される。
(1)強制わいせつ被害
強制わいせつ罪(刑法176条前段)は親告罪(刑法180条1項)だから、公訴提起には告訴を要する(刑訴法235条1項ただし書により告訴期間の制限はない)。
まず、すでに17歳であるX女本人が告訴権者となり得るのは当然(刑訴法230条。13歳11か月女子につき告訴の訴訟能力を認めた最決昭和32・9・26刑集11巻9号2376頁)。
つぎに、被害者の「法定代理人」である親権者or後見人がいれば、その者も刑訴法231条が規定する固有の告訴権を有する(固有権説)。ところが、本件のX女は婚姻しているため私法上の成年とみなされ、父母YZの親権はすでに終了している。したがって、YZが刑訴法231条の告訴権者とはなりえない(もっとも、YZがX女から個別に委任を受けた任意代理人として告訴することは可能(刑訴法240条))。
(2)拐取被害
略取誘拐行為につき、刑法典は、[ア]客体が未成年者 or[イ]わいせつや身の代金等の一定の目的、という類型に限って捕捉している。被疑者に刑法225条以下の「目的」が認められない場合は、未成年者略取誘拐罪(刑法224条)の成否のみが問題となる。
大判明治43・9・30刑録16輯1569頁によれば、未成年者略取誘拐罪の保護法益は「未成年者の自由」+「監護権(人的保護関係)」の両者を含む(しかし、近時の多数説は「監護権」に独自の意義を認めない)。通常は「親権者=監護者」となろうが、親権と監護権が分属することもある(民法766条)。上記の保護法益の捉え方からは、未成年者を拐取された監護者自身も「保護法的たる監護権を侵害された被害者」として刑訴法230条の告訴権を有する(福岡高判昭和31・4・14裁特3巻8号409頁)。
それでは、本件のX女は略取誘拐罪の客体「未成年者」となるか。伝統的通説は次のように理解する。刑法224条が未成年者(のみ)を保護の対象としているのは、その心身の発育が不十分で知識経験に乏しいからである。他方、未成年者が婚姻したとしても、刑法224条が着目する「発育不十分」であることに変わりはない。したがってX女は、民法上の成年擬制にかかわらず「刑法224条における未成年者」として保護の客体となる。
なお、X女の成年擬制により、「監護権を侵害された被害者」となるべき監護者(親権者)は存在しない。
『注釈刑法(5)各則(3)』[1965]273頁〔香川達夫〕※刑法224条の客体についていちばん踏み込んだ記述。
『大コンメンタール刑法第8巻』[1991]593-609頁〔山室恵〕※詳しい。早く第3版購入して・・・
山口厚『刑法』[2005]234-236頁
『条解刑法第2版』[2007]616-618頁 ※コンパクトさは本書の魅力だがさすがに記述が薄い。
『条解刑事訴訟法第4版』[2009]444-456頁
西田典之『刑法各論第5版』[2010]76-78頁
中森喜彦『刑法各論第4版』[2015]54-57頁 ※判例学説への鋭いツッコミはさすが御大。
『新基本法コンメンタール親族』[2015]58-59頁〔犬伏由子〕