相続人間の争いと債務者の対応

2017-06-12 23:47:54 | 相続法・相続税法

【例題】GがSに対する金銭債権α(額面100万円)を有していたところ、Gが死亡した。現在、Gの相続人の一人X1が、Sに対しαの履行を求めている。ところが、他の相続人X2も、αが自己に帰属する旨を主張している。Sはどうすべきか。

 

[前提:金銭債権は当然分割されるか]

・現在の最高裁は、αが普通預金債権等である場合、相続開始によって当然分割されることなく、遺産分割の対象となる旨理解するに至った(最大判平成28・12・19裁判所HP)。

・他方、平成28年大法廷判決の射程が預金債権に限定されると考えれば、αがその他の金銭債権である場合、相続開始によって当然分割される(最判昭和29・4・8民集8巻4号819頁)。

・以上の法理をS側からみれば、「支払うべき債務が預金(つまりSが銀行)→遺産分割を待ってから支払う」「預金以外の金銭債務→相続分に応じて相続人各人に支払う」となろう。

 

[実務的対応1:ノーマルな流れ]

・Sとしては、まずは被相続人Gのすべての相続人を把握したい。実務的には、αの履行を求めてきたX1に対し、戸籍一式の提出を求めることになろう。

・αが預金ならば、S(=つまり金融機関)は、戸籍から確認できるすべての相続人の署名押印がある遺産分割協議書(or遺言、調停調書等)や全員の印鑑証明書の提出を受けて、αの帰属主体を確認する。

・αが預金以外であっても、ある相続人の相続放棄や相続人間での相続分譲渡などがありうるので、直ちに「どの相続人にいくら支払うのか」と結論できない。そこでSとしては、戸籍で確認したすべての相続人に対し、特定の相続人を全額の受療者とする旨の了承を求める(=特定相続人への委任状を徴求する)のが簡便だろう。

 

[実務的対応2:相続人が事実上わからない場合]

・Sの求めにかかわらずX1が戸籍を提出しない場合、Sは、戸籍法10条の2第1項1号を根拠に、自らで戸籍を収集する途もある。

・他方、X1がこのような不審な対応をしている事態では、Sがコストをかけて相続人を探索しても、結局、弁済に至らないことも予想されよう。したがって、Sとしては「X1が非協力的である以上、弁済できない」と割り切って放置する対応もありうる。

・もっとも、前記のような放置対応だと、Sは後日に履行遅滞責任(=遅延損害金)を求められるリスクもある。このリスクを嫌えば、Sは、「すべての相続人がわからない=過失なく債権者を確知できない」として、αの券面額(+そこまでの遅延損害金)を弁済供託する方法もある(民法494条後段;改正法494条2項も同様の規定ぶり)。供託実務も、Sに戸籍収集義務までは要求せず、民法494条後段を根拠とする弁済供託を認める。

 

[実務的対応3:相続人間で主張が異なる場合]

・それでは、相続人は判明しているものの、表題のように相続人間でαの帰属に争いがある場合はどうか。

・供託実務においては、「相続人間で金銭債権αの帰属に争いがあっても、当然分割構成にしたがえば、そもそもαは各相続人が相続分に応じて確定的に取得する」とのドグマを前提にし、このような場合は債権者不確知に該当しないと説かれる。名古屋高判平成23・5・27金判1381号55頁(原審は名古屋地判平成23・1・13)は、被相続人所有株式の配当金債権について相続人間で争いがある事案において、そもそも債権者不確知には該当しないとの前提に立っているか。

・とはいえ、平成28年大法廷判決が出された以上、預金債権については「相続人間で争いがある=遺産分割未了=債権の帰属が決まらない」として、債権者不確知を原因とする弁済供託が認められよう。

・さらに私見では、預金以外の場合であっても、債権者不確知の要件を限定的にみるのは疑問である。

(1)まず、現在の供託実務であっても、例えば相続人2名のみ(X1・X2)の事案でX1がその相続分2分の1を超えた請求をしてくる場合、Sが債権者不確知として弁済供託することは認められうる。

(2)同様に、相続人と非相続人が争っている場合にも、債権者不確知に該当しうる(最判平成11・6・15金判1084号38頁)。

(3)以上に対し、相続人X1があくまで2分の1に限って請求しているケースでは、現在の供託実務からは「SはX1の2分の1請求に応じるべし」と結論されるようにも思われる。しかし、Sとしては、X2の意向を確認しないままX1の履行請求に応じるのは怖い(後日にX2が100%取得者だと判明した場合、Sが民法478条で常に免責される保障はない)。このような場合でも供託不可とするのは、Sに二重弁済リスクor遅延損害金リスクのいずれかの選択を迫ることになる。SはG側の事情になんら関与できないにもかかわらず、このようなリスクを課すのは妥当でないだろう。また、供託実務が戸籍収集義務を課していないこととのバランシングもある(勤勉に戸籍を集めた債務者こそ弁済供託を封じられる、という帰結になってしまう)。Sには広く弁済供託を認めて「争族」から離脱する路を開くべきだろう。

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