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2010年墓参りの旅・・・その①

2010-11-30 11:45:39 | 旅行記

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ここ数年、実家の墓参りといえば盆の交通渋滞や夏の暑さを避け、9月末~10月中旬頃に敢行するのがお決まりになっておりましたが、今年は父母ともに趣味の行事が忙しく、珍しく11月も下旬の先週土曜日に行ってまいりました。例年の9月末~10月中旬頃と申しますと紅葉にはまだ早く景色が単調で、食べ物も梨や葡萄などの秋の果物には恵まれているものの、北陸の海の幸を楽しむにはちと早すぎなんでありますが、この時期になりますとですねえ、それはそれは見事に山も色付き、懐の寒い身には縁は無いものの越前ガニ漁も解禁になっておりますから、出張明けの長距離ドライブとは言えいつもとはちょっと違ったワクワク感というか妙な期待感を抱きつつ出かけて参った次第・・・(^^;

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で、両親と家内を載せ朝6時に家を出まして多賀SAのレストランで朝食・・・いやなに、わざわざ写真でお見せするほどの朝飯でもないんですが、親父が大好きな朝食バイキングが無くなっておりまして、珍しく和定食なんぞ頼んだもんですからついつい・・・(^^; まあしかし、普段が朝飯抜き(何も女房がサボってるワケじゃありません。朝早すぎて食欲が無いので食べないだけ)なだけに、こういう朝飯を食べますと“よくぞ日本に生まれけり”っていう心境になりますですね。どこぞの弁当屋で朝7時頃に、炊きたてのご飯と味噌汁だけでも良いから会社まで出前してくれへんやろか?エエ商売になると思うんやけど・・・などと思いつつ、ちょっと盛りが良すぎる気もしないでもない炊きたてご飯をペロリと平らげまして、のんびりと石川へ車を進めます。

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でもって途中、敦賀湾を一望する杉津PAで休憩などしつつ加賀ICに着きましたのが9時半過ぎ・・・ICを出て右折し8号線に出る1本手前の道を左に折れますとすぐに墓のある本家のお山なんでありますが、本家に寄るにはちと時間が早いもので、我が家にとっては墓参りよりも大切な目的(コラコラ!)であります石川の地醤油の買出しやら墓前に捧げる生花を確保(?)するために一旦JR大聖寺駅の方まで出まして何時も立ち寄るスーパーに・・・・と、およよ!いつもは駐車場もガラガラなのに、引っきり無しに買い物客がやってきて駐車場が出待ち状態でございますよ。なんか運良くと言うか運悪くと言うか超特売日に出くわしてしまったみたいでございますな。(^^; で車を降りますと何とも食欲をそそる良い香りが・・・・何と、入口前で朝橋立漁港に揚がったばかりの越前ガニを漁協のお兄ちゃん達が茹でておるではあ~りませんか!で、お兄ちゃん達はしきりに“安いよ~!”とお客に声を掛けているんでありますが、漁協直売で安いとはいえ立派な越前ガニは流石にホイホイ手が出るようなお値段ではなく、ほとんどのお客は素通りしていく中、見ておりますと一人の婆さんが・・・・おいおい!お袋やないかい!!冷やかすだけじゃ可哀想やでと思いつつ私は醤油をまとめ買いしに店内へ。(^^;

ちょうど運良く醤油も特売しておりましたので一升瓶(ってPETボトルですけどね)を箱買いし、ちょいと鮮魚売場を覗いてみますとやはり季節が良いんでしょうねえ、例年だと他所で揚がった鯖とかブリぐらいしか置いてないのに、橋立港で朝揚がった地場ものが沢山並んでおりました。で、中でも気になりましたのがトラエビ・・・10cmほどの大きさのが10尾ほど入って300円そこそことお手軽価格でございましたので、ちょうど東京から帰省しております愚息への土産にと即購入。で、特売だから安いのか、普段から物価が安いのかは分かりませんが、とにかく何でも安いってことで、墓参りそっちのけで晩飯の買い物まで済ませ、さてそろそろと車に向かいますというとそこに待っていたものは・・・・

・・・・とっとっと!ちょいと長くなりましたので本日はこの辺で、お後は明日をお楽しみに・・・(^^;

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あ~忙しかった。(^^;

2010-11-29 12:47:11 | 旅行記

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先週23日は朝から義父の退院のお手伝いを致しまして、24日早朝から26日の晩まで車で長野出張、帰宅した翌日27日はこれまた早朝より実家の両親と家内を乗せて石川まで日帰りで墓参りと目の回るような過密スケジュールでございまして一体一週間で何km走ったことやら・・・。(^^; 流石に昨日は疲れてしまって、何も手が付かずダラダラと過ごしてしまいました。

で、長野は三日しかいませんでしたので、予定が押してロクにネタも仕込めませんでしたが、墓参りはねえ・・・距離は走りますけど、私用ですからそれなりに色々とあるんでございますが、本日は出張の後片付けで時間も取れませんのでご報告は明日からのお楽しみということで・・・(^^;

※ちなみに冒頭の写真は松本城・・・三日間で仕込んだネタが市役所の駐車場出口前で撮ったこの一枚だけっていうのが情けないやら勿体ないやら・・・・爆 

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30年の時を超え、京に遊ぶ・・・その②

2010-11-23 16:37:56 | まち歩き

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本日は昨日の続きでございますが・・・(^^;

さてさて、今出川校地を抜けて向かいましたのが旧学生会館の後に建てられました寒梅館・・・昔、学館といえば学友会事務所がございまして、“田辺移転反対!”なんていう立看板が物々しく立ち並び、建物自体もなんの変哲もない四角いコンクリート造りでお洒落なイメージなんてこれっぽっちもなかったんでありますが、BOXを持てない任意団体扱いのサークルにとっては唯一タムロできる“ラウンジ”っていう大広間がございまして、そこの木製テーブルに各サークルが段ボールの看板を立てて陣取りし、授業の合間に三々五々部員が集って馬鹿話に興じたり、新歓時期には勧誘の舞台にもなってたっていう実に思い出深い場所・・・だったんでございますよ。で、当時を懐かしみつつ、通りに面するお店の変貌について熱く語りあい(?)つつ烏丸通りを北へと向かいますと・・・見えてまいりましたのが昨日の冒頭の写真とこちら↓・・・・

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まあ、入学希望者獲得のため、学生に媚びる風潮のためとは申せ・・・・昔とはえらい変わり様でございますなあ~。(^^; まま、私はこの建て替えられた姿は既に見知っておりましたので外観を見たところで今更大した感慨はございませんでしたが、さぞかし後輩達は母校が立派になってくのが嬉しい様な、昔の面影が全く無くなっちゃったのが残念なような、複雑な心境でございましたでしょうなあ。(^^; で、せっかくですから中身はどうなってるのか、“ラウンジ”は存続しているのか確かめに中へと入って行くことに・・・

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アーチ型の門をくぐりますと吹き抜けの中庭になっておりまして、レンガ造り(しかし、レンガ風タイル貼りじゃない所が・・・金かかってんなあ~!)の重厚な壁 と、常緑樹と広葉樹を見事に組み合わせた植栽が、なんか外国みたいな・・・・って、褒めすぎか。(^^;

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おい!そこの学生!!こんな素晴らしい環境を与えて貰うてからに、ソファーで寝転がっとらんと、しっかり勉強せいよ!!・・・と、思わず突っ込みたくなりましたが・・・・。(爆) いえね、流石に勉強の邪魔になっちゃいけん!と写真は遠慮しただけで大半の学生はちゃんとしっかり勉強しとりましたですよ。v(^^) で、肝心のラウンジがこないな小洒落たことになってしもて皆おりこうさんに勉学に勤しんでるのは良いとして、サークルのグダグダはどないするねん?今はmixiやらツイッターで何でも連絡し合えるから顔を会すことすら無いんとちゃうか?と一同大いに心配したんでありますが、家に帰って娘に聞いてみると・・・ちゃんと別の場所にこれまた吹き抜けで立派なBOX棟なるものが出来てて、そちらの方でグダグダタムロできるようになってるんですと!まま、それ聞いてちょっと安心しましたわ。(^^; で、寒梅館の小洒落たラウンジ(とは呼ばれて無いみたい)やら、下手な映画館よりもはるかに立派なホール(ちょうどクラシックの演奏会をやってました)に“へえ!”を連発しつつ次に向かいましたのが新町校舎・・・

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新町校舎は私が在学中は主に語学や一般教養の授業が行われておりまして主に1・2回生が利用してた校舎なんですが・・・右手の白い校舎は昔のままですが、食堂があった右側の建物はそっくり建て替えられて、こちらも大きく立派に変わってますねえ。30年経って小さくダメダメになったのは、どうやら私だけのようで・・・爆。

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じゃ、そろそろ飲みに行くかと今出川へと戻り、西門正面に昔からあるメイン・ツリーをふと見上げますと・・・おお!クリスマス用のデコレーションが・・・・。残念ながらイルミネーションの点灯は12月に入ってからってことで見ることが出来ませんでしたが、何しろ見上げるばかりの大木ですから、さぞかし見ごたえがあることでございましょう。v(^^) で、母校めぐり最後に向かいましたのがこちら↓・・・・

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私が居たころは学生寮として使われ、学友会の人たちがオルグの場にしてた様な記憶があるんですが(間違ってたらごめんなさい)・・・・中から出てきたウェイター姿の外国人(留学生かな?)から片言の日本語で聞きますと今は来賓のためのパーテイー会場なんかに使われてるんですと!時代が変われば、建物の使われ方も変わるもんであります。(^^;

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で、秋の日はつるべ落とし・・・日が暮れて腹も減ってまいりましたので、後輩が予約してくれてた百万遍の串八で大いに食って飲み、締めは東大寺丸太町のZAC BARANで昔ながらにバーボンを・・・いや~たった半日のOB会ではありましたが、懐かしい顔に再会できて若い頃と変わらぬ馬鹿話を堪能し、母校の懐かしさを満喫できてホントに良い気分転換になりました。今回幹事役を務めてくれたクロウナギ君には感謝感謝でございます。 さてさて、私が2回生の時に友人とサークルを立ち上げたのが1981年、来年でちょうど30年の節目の年を迎えますので現役の後輩諸氏も招いて、OB会も盛大にやってみたいもんでございますね!

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で、最後は今回の記念にと大学生協で皆で揃えたスーベニア・・・携帯のストラップはええけど、こんなリングええオッサンが何時はめるねん?っていう突っ込みは、その場のノリってことでご勘弁を・・・・爆。

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30年の時を超え、京に遊ぶ・・・

2010-11-22 11:11:54 | まち歩き

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先日の土曜日は久しぶりに京都へ・・・実は一月ほど前、大学時代のサークルの後輩から久しぶりにOB会でも?と誘われまして出向いてまいったのでございますが、私を含め総勢6名、2年下の後輩が3名と3年下の後輩が2名、地元関西や静岡、遠くは東京から参集いたしまして、懐かしの母校へと。v(^^) しかしまあ後輩たって一番若い3年下の後輩でも、とうに45歳を過ぎて皆家庭も持ち、社会的にもそこそこ、いや、私に比べりゃ遥かに世間一般に誇れる地位も得て、人間的にも上下の差なんてあるわけも無いんでございますが不思議なものでございますねえ、卒業してから約30年近くも経過し、前回会ってから15年近くになるってえのに、顔を合わせば気分はアッという間に30年の時を超え、馬鹿ばっかやってた学生時代に逆戻り・・・青春時代の多感な時期を共有したってえ連帯感でしょうか?白髪交じりのエエ歳したオッサンが、当時の年功序列そのままに大はしゃぎでございました・・・・とっとっと!またまた枕が長く長~くなってしまいましたが・・・(^^;

さてさて京都駅で集合後、後輩の車に乗り込みまして、当時、後輩達がバイトをしてた河原町今出川のパスタ屋さん、“セカンドハウス”に向かい昼飯を食った後、徒歩で母校へと移動。私めは娘が中学在学中の大学EVE祭(設立記念祭)と、京都伊勢丹のエジプト展を観に行った際にも母校に立ち寄っておりましたが、後輩連中は卒業後初めて母校を訪れる者もおりましたので、まずは懐かしの今出川校地めぐりからと今出川通りを西へ歩いてまいりますと言うと、土曜というのにやたらと人出が・・・そう、全然知りませんでしたが母校の東隣にある姉妹校の女子大が一足早くEVE祭をやってたんでありますよ。で、たとえ姉妹校のOBとはいえ、父兄でもない、ただのむさ苦しいオッサンが普段はそう安々と踏み入ることが出来ませんので母校詣での前にまずは女子大をば・・・(^^;

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実は姉妹校の女子大たって 全く無縁ってことはなく、入学式と卒業式のたった2回ではありますが、この栄光館は使ったことがあるんですよね~。まま懐かしいってほどじゃございませんが・・・(^^; で、一通り模擬店を冷やかしてから母校へと向かいます。

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まま、母校の写真は以前にも紹介してますんで、今回は前回撮ってなかったのをちょいとだけ・・・(^^; 地下鉄や市バスで来校される部外者の方は、烏丸通りに面した西門を大学の正門と勘違いされる様ですが西門は中学校の正門でありまして、大学の正門は京都御所の今出川御門正面にある↑こちらになるんでありますね。で正門を入った正面には、新島襄先生の“良心碑”↑があり、右手に致遠館、正面に有終館↑を見ながら西へと進むと烏丸通りの西門まで、前回もご紹介しました様な教室の建物が続くんであります。で、卒業後初めて母校を訪れる後輩連中を引率しつつ、BOXを持ってなかった我々が授業の合間に屯していた最も懐かしい旧学生会館へと向かうのでありますが・・・・長くなりましたので、続きは明日のお楽しみということで・・・・(^^;

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フェアアイル

2010-11-16 16:44:13 | うんちく

なんか毎回同じ言い訳ばっかしてるみたいですけども・・・特に何か嫌な事があるとか、やらねばならない事が山積みっていうこともないんですが、ホント公私ともに心休まらぬ状態が続いておりまして、さらに先週末頃からは風邪までひいたりなんかして、熱はないものの、ただでさえ脳味噌にモヤがかかった状態なのに、今や濃霧で視界ゼロメートル状態・・・ってことで10日ほども更新をサボってしましました。(^^; 

で、ふと気がつくってえと11月も半ば・・・朝夕はめっきり冷え込むようになってまいりましたですねえ。(^^; これだけ寒くなりゃ、まあ不摂生が祟って風邪もひくわいなと納得なんかしたりなんかするんでありますがさておき。寒くなって恋しくなる物といえばやっぱり・・・コタツに熱燗・・・ちゃうちゃう!今日は食いものネタではございませんで・・・やっぱりウールのセーターでございましょう。

近年はですねえ、衣類も進化致しましてガンガン洗ってもいつまでも柔らかで肌触りがよく縮みもしないフリースなんていう安くて(30年ほど前にパタゴニアの製品が日本に初上陸した当時はそれはそれは高価だったんですが(^^;)便利なものが巷に溢れ返っておりまして、かくいう私めも紬のドテラ(綿入れね)替わりに家じゃもっぱらユニクロのワゴンセールで手に入れたヤツ(どんだけ安もんやねん!w)を愛用してたりなんかするんでありますが、いくら肌触りが柔らかいたって、やっぱり風合いやら感触、それに人類と歩んできた歴史の重み(また、たいそうな。爆)となりますと永年着馴れたセーターに軍配が上がるんでございますよ。 

で、ウールのセーターと申しますと、良質な素材の無地でシンプルなデザインのものがやはり王道でございますが、古典的な伝統柄の編み込み模様のものも味があって良いものでございまして、私めは伝統柄と申しますと中でもちょっと土や潮の匂いのするような、フェアアイル柄のものが好きなんであります。v(^^) で、“フェアアイルって何じゃいな?”と仰る方も現物↓を見て頂けば“あ~、あれね。”とすぐ判る様な極ありふれた柄なんですが、せっかくですから、記事を書くために調べた事をさらっとご説明させて頂きますと・・・

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フェアアイル柄ってえのはスコットランドはシェトランド諸島のフェア島(フェアアイルのアイルはアイランドの略なんですね。)で生まれた連続した幾何学柄のことでございまして、1588年の8月17日(よくもまあ日にちまで記録されてるもんですなあ)にスペインの無敵艦隊の乗組員によってもたらされたという説と、さらに遡ってバイキングによってもたらされたのが起源という説があるんでありますが兎も角、この柄の編み物を、かのエリザベスⅠ世女王陛下が御用達のように愛用した事から世界に広く知られるようになった、昔むか~しからの島の女性による収入源なんでございます。

んでもって何しろ細かな柄編みですからベテランのおばあさんでもセーター1着編むのに手編みだと最低100時間以上掛かるらしく、何でも今はほとんどが機械編み(それでも16時間以上かかるんですと!)らしいのでありますが、その編み方にちょっとした特徴がございまして、何と!伝統的な手編みのウールニットには珍しい所謂カット・ソーなんでありますよ。(^^; 普通なら襟ぐりやら袖の付け根なんかは最初から編まないんですけど、これはとにかく筒状にどんどん編んでいって最期に不要部分をハサミで切り取って縫いつけるんだそうで、編み方にも切った所がホツレないような工夫があるのだとか・・・そういや普通のセーターと違って、裏側の糸をシャツのボタンなんかに引っ掛けても、表が攣れることもありませんでしたわ。(^^; で、着てみると解りますがフェアアイル柄のセーターは厚みにボリュームがあってプレーンな平編みのセーターより数段温かい・・・ちょっと可愛らしいっぽい柄とは裏腹に、まさに孤島の厳しい自然に立向かうための非常に実用的な道具でもあったんでございますな。

まま、都会の真ん中で着る分には別に意味もない歴史と伝統の重み・・・かもしれませんが、その温かさに身を委ねつつ、遠くスコットランドの孤島の歴史に想いを馳せるっていうのも秋の夜長に似つかわしいお愉しみの一つかも知れませんですね。v(^^) 尤も・・・あと500年も経てば、“ユニクロのフリースは、1980年代に米国のパタゴニア社によってもたらされたクライミング用のフリースジャケットを起源とする説と、さらに遡ってノルウェーのヘリーハンセン社が船舶作業員用に・・・”な~んて語り継がれるじゃないか・・・なんて妄想を膨らます方が、私らしいのかも知れませんけども。(爆)

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