原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

神話をふりまく、北海道新聞

2014年02月28日 10時14分26秒 | ニュース/出来事

 

メディア・リテラシーという言葉がある。かなり前から話題になっているが、情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと(ウィキペディアより)。これは主に受信者としての心得であるが、発信者つまりメディア側のリテラシーもある。マスメディアは様々な視点のもとに情報を発信し、一つの意見に偏らないように最大限心掛ける必要がある。マスメディアがある意図に基づいて報道すればその影響は大きい。信頼性・中立性が基本であり、第四の権力と呼ばれる理由も、ここにある。道民の8割が購読するという北海道新聞にはマスメディアとしての心得が欠けているのではないのだろうか。

 

2月27日の8段抜きの記事はまさに残念なものであった。60年目を迎えた第五福竜丸事件をとりあげ、元乗組員の大石さんが登場していた。タイトルには「核の苦しみ、福島も同じ」「病気への不安、偏見の目・・」。第五福竜丸が被ばくして、すでに60年も経つのかという思いと、まだ生存されている乗組員もいたのかという思いで興味深く読んだ。たしかに日本人として忘れてはいけない事件だった。しかしいきなり福島と同じという論調には違和感を覚える。一方は核実験(核爆発)の被害、一方は原発事故の被害。福竜丸の乗組員は被爆被害者。福島の人には被爆被害者はいない。同じとして語られるのは偏見や不安という意味らしい。しかし内容をみると全く違う。乗組員の大石さんが言う差別や偏見は、米国から見舞金をもらったことに対するねたみであった。もちろん被ばくに対する偏見もあったとは思う。福島の人たちの不安は放射能へのこともあるが、風評被害が大きい。両者には大きな開きがある。もし風評被害が共通しているなら、それを科学的に取り除いてやるのが、報道するメディアの役割であろう。それが全く見られない。むしろ風評被害を増長させるような論調なのだ。福島の不安をあおるように見える。しかし、第五福竜丸の事件は忘れてはいけない事実として我々には受け止める必要はある。その意味での価値は認めるが、決定的なミスがこの記事にあった。そのために記事の価値は最低のものになってしまった。

事件の解説がそれである。無線長の久保山愛吉さんが、被爆の半年後に亡くなっている。その死因は「放射能症」と断じていた。癌で亡くなった人も多い。と解説していた。いかにも放射能症=癌という数式を強調するかのようだ。

60年前、確かにそうした報道があった。当時、最先端の医療技術と専門医が集結。被ばくした久保山さんは「死の灰」をあび、髪の毛は抜け、身体のいたるところは火ぶくれ。歯茎や内臓から出血が見られた。白血球の大幅な減少も見られた。急性放射能線症である。久保山さんが入院した国立東京第一病院で治療にあたったのは熊取敏之医師であった。的確な治療法も知らぬまま、輸血、絶対安静、栄養、抗生物質の注射。この四つが精いっぱいだったと述懐している。熊取医師は死亡した久保山さんの死因を「放射能症」と断定した。この時アメリカから、ウイルスに汚染された輸血による肝炎ではという指摘があった。対して熊取医師は「アメリカへの対抗心や時勢で、放射能の影響を強く押し出しすぎたな、とも思う。でも被ばくしなければあんなに悪化しなかったはずだ」と振り返っている。科学的根拠に乏しいが、残念ながら当時の医学での限界であった。

 

だが、21世紀に入り、この事件の検証が少しずつ行われ、当時と違う所見が次々に出ているのである。病理解剖によって判明した久保山さんの死因は「肝機能障害」。この原因が放射線であることは考えにくいとまで言われている。札幌医科大学の高田純教授は、久保山さんの肝臓に蓄積されていた放射能は130Bq/kgで通常値の120Bq/kgとほとんど変わらない。他の船員を調べた(2005年)放射線医学総合研究所も放射能の影響を否定している。肝機能の異常は認められたが、これは輸血による障害の可能性が高いと判定している。つまり第五福竜丸の乗組員の被ばくによる放射能症には極めて否定的な診断が出ているのである。

高田教授は、この話の裏付けとして、ビキニ環礁での実験場所で同じように被ばくしているロンゲラップ島の現地調査をした結果、この島の人たちに誰も急性肝炎が発症していないということを突き止めている。福竜丸の乗組員は全員輸血を受けている。そして肝臓障害を発症していた。あくまでも可能性ということであるが、この事実はすでに早くから公開されていたのである。

 

道新の記事がメディア・リテラシーに照らして、明らかにおかしいことが分かるだろう。少なくても60年前の診断結果を出すなら、現在はこういう説もあるということを並べなければ、偏った報道になってしまうではないか。この記事は署名記事(山本倫子)であるが、デスクや校閲部は当然チェックしているはず。新聞社がこうした事実を知らないわけがない。一市民の私でさえ知っていることなのだから。つまり確信犯でこの記事を書いたことになる。北海道新聞は地方紙ではあるがマスメディアの一つであると思う(道民の8割が購読という事実から)。自ら信用を捨てるような記事を掲載すべきではない。猛省を促したいが、確信犯ならそれも無理か。

特定秘密保護法案が話題になった時、道新は知る権利が奪われると大キャンペーンを継続していた。公開しなければならない事実の一つだけしか報道しないのは、国民の知る権利を奪うことにもなる。道新はそれを堂々と実行した。知る権利を口にする資格がこの新聞社にあるのだろうか。

 

放射能の神話は一部の人たちに猛烈な勢いで広がっている。ほとんどが脱原発を叫ぶ人たちである。東京が危ないと言って沖縄に逃げた人もいる。喉がおかしいと叫び続ける人がいる。しかし、つい先日も中立の医師団が福島では被ばくによる影響は見られないと発表があったばかり。神話で勝手に踊るのは自由だが、その風評被害で福島はさらに傷つくことになる。科学的に安全性を訴求する努力が足らないことをいいことに、神話をまき散らすのはぜひ止めてほしい。まして新聞が神話をさらに広めるようになっては、世も末としか言いようがない。

 

*放射能症:急性放射線症と総称される。高線量の放射線(約1-2Gyから10Gy)に被ばくした直後から数カ月の間に現れる。主な症状は被爆後数時間以内に認められる嘔吐、次いで数日から数週間にかけて生じる下痢、血液細胞数の減少、出血、脱毛、男性の一過性不妊症などである。放射線の線量が少なければ、放射線症はほとんど生じない。逆に線量が多ければ、早ければ被爆後10-20日以内に重度の腸の障害、あるいは続いて1-2カ月以内に主に骨髄の障害で、それぞれ死にいたる可能性がある。(放射線影響研究所)

*第五福竜丸事件:195431日、南太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁でアメリカは水爆実験を実施。この実験で公海上に退避していた静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が放射性降下物(死の灰と呼ばれた)で被ばく。無線長の久保山愛吉さんが六カ月後に死亡。23名の乗組員のうち16名がこの60年間で亡くなっている。


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2 コメント

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メディア・リテラシー (numapy)
2014-02-28 11:52:26
最近この言葉を忘れてました。
日常に埋没してるなぁ、反省しきりです。
確かに、この記事は恣意的な結び付けを感じましたね。
見出しからして、ちょっとおかしい。もう一方の記事も掲載すべきだったでしょう。
最近メディアで問題になってる「大本営発表」記事増加とは、ちょっと違うと思いますが、
やはり反対事実や、対峙する思考を掲載してこそのメディアだと思います。
その意味で「官報複合体」牧野洋著、講談社刊面白かったです。



輸血というもう一つの問題 (原野人)
2014-03-01 09:51:17
乗組員の不幸は、その当時の時代背景もあったと思います。1950年代は生活のために売血する人が結構いました。ホームレスの人も含めて。相当危険な血液が世にばらまかれていました。また当時、注射針は使いまわし。現在と比べると考えられない状況です。乗組員の中に肝臓を痛めた人が結構多かったのは、やはり輸血によるものであったと思います。不幸な時代でした。日本にとっても。すべての意味で第五福竜丸事件は忘れてはいけない歴史の一つだと思います。
それにしても、道新はメディアとしての価値を自ら下げて行くというのは道民として、極めて残念に思います。

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