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ブッシュが壊しオバマが傷を広げた世界平和

2014-12-08 10:26:57 | 資料

ブッシュが壊しオバマが傷を広げた世界平和
米国の対テロ戦争(War on Terrorism)を総括する

2014.12.01(月) 渡部 悦和 JB PRESS

 世界の至る所で紛争が発生し、極めて不安定で不幸な状況が続いている。ウクライナ東部ではウクライナ軍とロシア軍に支援された親ロシア派テロリストとの間に激しい戦闘が生起した。一応の停戦合意がなされたが、今後の展開は予断を許さない。

 また、シリアおよびイラクではイスラム国(IS: Islamic State)やアルカイダが、アフリカではボコ・ハラム(ナイジェリアのタリバンと呼ばれるテロ組織)やソマリアのアル・シャバブなどのイスラム過激派集団が活発に活動している。

 イスラム国の戦闘員〔AFPBB News

 特に残忍極まりないイスラム国は、国際社会における大きな脅威となっている。一方、アジアにおいては中国の軍事力を背景とした強圧的な対外姿勢により周辺諸国との領土問題に解決の兆しがない。

 混乱を極める世界情勢の背景は何なのか。米国が世界の警察官としての役割を果たせなくなったのが1つの理由である。なぜ、米国がその影響力を低下させてしまったのか。最大の要因は、米国の対テロ戦争特にイラク戦争開始以降の米国の不適切な対応にある。

 特に当時のジョージ・W・ブッシュ大統領の傲慢さと独善に対するイスラム教徒をはじめとする世界の怒りが背景にある。

 米国の著名な戦略家ブレジンスキー(注1)は、その著書『SECOND CHANCE』(日本訳「ブッシュが壊したアメリカ」)においてブッシュ大統領を手厳しく批判し、「イラク戦争の最も重大な影響は、アメリカのグローバル・リーダーシップが信用を失った点だ。もうアメリカの大義では世界の力を結集できなくなり、アメリカの軍事力では決定的な勝利を収められなくなった。アメリカの行動は同盟を分裂させ、対立相手を結束させ、敵と悪党に塩を送った。混乱に陥れられたイスラム世界は、アメリカに激しい憎悪で応えた。アメリカの政治手腕に対する敬意は先細りとなり、アメリカの指導力は低下の一途をたどっていった」(注2)と指摘している。

 まさにイラク戦争はパンドラの箱を開ける行為だったのだ。米国の影響力は低下する一方で、多くのイスラム過激派が米国に対する怒りや憎悪ゆえにその活動を活発化させ、残忍な活動を中東やアフリカを中心に展開しているのである。

 そして、中国やロシアなどの米国主導の秩序に反対する国々も自国の国益に沿った反米的な活動を活発化させたのである。その結果がロシアによるクリミア編入とウクライナ東部へのロシア軍の侵攻である。世界中の紛争は、イラク戦争あるいは対テロ戦争というパンドラの箱から出てきたのである。

 ISAF(International Security Assistance Force:国際治安支援部隊)を構成する米軍などの各国戦闘部隊は、アフガニスタンでの戦闘任務を終了し、2014年末までにアフガニスタンから撤退する。

 2001年の9・11以来続いてきた13年間に及ぶ米国の対テロ戦争の大きな節目を迎えるに当たり、本稿ではその戦いについて現時点までの総括を実施する。

 結論的に言えば「13年間の対テロ戦争は成功したとは言えない」というのが筆者の評価である。当然ながら、筆者の結論に反対する人もいるであろう。大切なことは、米国の対テロ戦争について活発な議論をし、総括することであり、そうすることにより現在の混沌とした世界情勢に対する解決策を見出すことである。

1 世界の混乱は米国の対テロ戦争特にイラク戦争に起因する

東西冷戦終結以降の米国に対する過大評価とその現実

 冷戦の真っただ中の1978年に自衛隊に入隊した私にとって、冷戦終結はにわかには信じられない画期的な出来事であった。冷戦の終結そして何よりもソ連崩壊は全世界に大きな影響を与え、それが現在の様々な紛争の遠因となっている。

 ブレジンスキーが指摘するように、「ソ連崩壊の1991年以降、世界の人々は米国が無敵であると思い込み、米国は自らの権勢がどこまでも広がると夢想していたが、イラク戦争後の占領政策が失敗したことにより、これからの思い込みと夢想はもろくも崩れ去った」(注3)のである。

 イラク戦争やアフガニスタン戦争で米国が苦戦を強いられる以前は、米国を「唯一のスーパーパワー」と表現する者が多かった。しかし、米国が推し進めたいわゆる「テロとの戦い」が示した現実は、米国は大国ではあるが、すべてを単独で解決できるスーパーパワーではなかったという事実であった。

 世界の安全保障を考える際には、EU、日本、中国、ロシア、UNの協力が欠かせないことを、米国はテロとの戦いを通じて認識することになるのである。

9・11NY同時多発テロと世界から支持された当初のアフガン侵攻作戦

 9・11NY同時多発テロは米国のみならず世界各国に大きな衝撃を与えた。民航機をハイジャックし、世界貿易センタービルとペンタゴンに対する自爆テロを敢行した大胆な行為にブッシュ政権も米国民も驚愕し、その驚愕がテロリストへの怒りへと転換していった。

 そして、「アフガニスタンのタリバン政権が9・11の主犯たちをかくまっている以上、米国にはタリバンを抹殺する必要性と権利がある」という米国の主張は、世界のほぼ全域から支持された。

 米英軍を中心とした有志連合は、10月7日、「テロリズムに対するグローバルな戦争」(Global War on Terrorism)としてアフガニスタンでの「不朽の自由作戦」(Operation Enduring Freedom-Afghanistan , OEF-A)を開始したが、この時点では米国の行動に対する世界的な支持があった。

 2003年まで、世界各国は当然のように、米国大統領の言葉に信頼を寄せ、彼が事実と断言したことは、そのまま事実として受け取られたのだ。

 世紀のテロ行為に衝撃を受けた米国民は、ブッシュ大統領のもとで結束を強めていった。「ブッシュにとって9・11とは、一人の人間として天啓に触れ、特別な使命を授けられた機会であった。この思い込みは、ブッシュに傲慢と紙一重の自己過信を与えた」(注4)のだ。ブッシュ大統領は9・11を機に、同盟国の意向にかまわず、自らの思うがまま行動する一国行動主義に陥っていくことになる。

パンドラの箱を開けてしまったイラク戦争

 ブッシュ大統領は、2003年3月19日、イラク武装解除問題の進展義務違反を理由としてイラク戦争「イラク自由作戦」(Iraq Freedom Operation)を開始した。そして、バクダッドを陥落させ、フセイン政権を打倒したのである。

 イラク戦争の大義はイラクの大量破壊兵器の保有であったが、実際にはイラクは大量破壊兵器を保有していなかった。しかし、ブッシュ大統領は、バグダッド陥落から2カ月が経っても、相変わらずシレッとした顔で「我々は大量破壊兵器を発見した」と言い張ったのである。

 

2001年9月12日、世界同時多発テロへの対応を協議するブッシュ大統領(中央)、チェイニー副大統領(右)、パウエル国務長官(左)(肩書きはいずれも当時)〔AFPBB News

 そのツケは国際社会からの信用の低下となって表れた。米国は、国際社会から信用をなくし、正当性を疑われるようになったのである。

 これまで米国が正当性を認められてきたのは、おそらく、米国の行動と人類の基本的利益が、ある程度まで一致していたからだろう。

 しかし、正当性を失ってしまっては、国は弱体化をまぬがれない。同じ結果を達成するのに、以前よりも多くの資源を投入しなければならないからだ。こうやって、ソフトパワーの喪失はハードパワーの喪失につながっていったのである。(注5)

 ブッシュ大統領は、イラク戦争を強行することによりパンドラの箱を開けてしまったのである。その箱からは米国でさえ制御不可能な様々な厄介なものが出てきたのだ。

 まず主要国(ドイツ、フランス、カナダなど)の信頼を失ってしまった。ブッシュ大統領は9・11以降、世界の指導者たちに対しても「あなたが我々の味方でないなら、あなたは私の敵である」と発言し、その傲慢で独善的な姿勢はひんしゅくを買うことになり、同盟国であるドイツ、フランス、カナダさえも明確にイラク進攻に反対した。

 次いで、イスラム世界との決定的対立である。

 ブッシュ大統領がイラク戦争を十字軍の戦いであると言えば言うほど、全世界のイスラム教徒を激怒させ、イスラム社会との全面衝突を引き起こしてしまった。彼は、傲慢にも「イスラム教徒にキリスト教を源流とする自由と民主主義を教えてやる」という態度をとったのである。民主主義や自由の押しつけは、安定化をもたらすどころか、各国で社会内部の緊張を激化させたのである。(注6)

 さらに膨大な戦費と膨大な犠牲は徐々に米国の国力を低下させていったのである。イラク戦争に費やされたコストの見積もりに関しては8000億ドルから3兆ドルまで様々な計算結果があるが、この膨大な戦費は米国の膨大な財政赤字の原因となった。

 イラク戦争における米軍人の戦死者は4500人、負傷者は3万2000人であり、特に米陸軍はその後遺症に苦しんでいる。イラク戦争は米国の世界的名声と信用に甚大なダメージを与えた。米国の影響力の低下はイラク戦争に始まったと言える。

2 サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」と対テロ戦争

「文明の衝突」の趣旨

 冷戦終結直後の1993年、ハーバード大学教授のサミュエル・ハンチントンは、「文明の衝突」を発表し、世界中の人々に衝撃を与えた。多くの学者たちが、冷戦終結後の世界は、「グローバルな国際社会の一体化が進む」と思っていたが、ハンチントンは彼らとは全く反対の考えを示したのである。

 彼は、「冷戦終結後の世界は、むしろ数多くの文明の単位に分裂してゆき、それらが相互に対立・衝突する流れが、新しい世界秩序の基調となる」と主張したのだ。

 多くの学者、政治家たちは驚き・ショックを受け、見当違いな批判をハンチントンに浴びせたが、現実はハンチントンが予言した通りになったのだ。特に日本では、「冷戦後の世界は、平和と協調の時代となり、軍事力や国家というものがその存在価値を失う時代となる」といったユートピアを唱える学者もいたが、その説が完全に間違いであったことは歴史が証明した。

 ハンチントンが「文明の衝突」で最も言いたかったことは、「文明の衝突は世界平和の最大の脅威であり、文明に依拠した国際秩序こそが世界戦争を防ぐ最も確実な安全装置だ」(注7)ということである。その他の注目点を4点にまとめると以下のようになる。

(1)歴史上初めて国際政治が多極化し、かつ多文明化している。近代化によって何か意味のある普遍的な文明が生み出されるわけではないし、非西欧社会が西欧化するわけではない(注8)。

(2)米国人は、世界が米国一極体制であるかのように行動したり発言したりするのはやめるべきだ。世界は一極体制ではない。世界の重要な問題に対処するためには、米国は少なくともいくつかの大国の協力を必要とする。米国の指導者は慈悲深い覇権国という幻想を捨て、自国の利益や価値観が他の国々のそれとおのずから一致するという考えを捨てなければならない。実際はそうでないからだ(注9)。

(4)西欧文明の指導者は、他の文明を西欧文明に染め上げようとしてはいけない。西欧文明のユニークな実質を維持し、守り、新しくする責任がある。西欧文明の他の文明への干渉が最も危険な不安定の要因となり、グローバルな紛争の要因となる(注10)。

(5)西欧は普遍主義的な主張のため、次第に他の文明と衝突するようになり、特にイスラム諸国や中国との衝突は極めて深刻である(注11)。

「文明の衝突」の趣旨を無視したブッシュ大統領

 ブッシュ大統領は、全く見事なまでにハンチントンの忠告を無視したのである。そのために、米国のみではなく、世界中が多くの悲劇を経験することになったのである。あまり勉強しないブッシュ大統領が「文明の衝突」を読み、その内容を理解していれば歴史は違った方向に向かっていたのかもしれない。

「文明の衝突」の趣旨を結果的に実践した自衛隊

 当時の小泉純一郎政権は、2003年12月から2009年2月までの間、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」に基づき自衛隊をイラクに派遣した。

 自衛隊のイラクでの活動は、多方面から高く評価されたが、その評価の大きな要因はハンチントンの「文明の衝突」の趣旨を実践したこと(ハンチントンの文明の衝突を知っていたかどうかは別にして)にある。

 つまり、イラクにおいて「郷に入っては郷に従え」を合言葉に、イラク人の民族・宗教・文化・風俗・習慣を尊重し、自らの価値観を押し付けなかったからである。

 例えば、2004年1月16日付の現地サマーワ新聞は、「我々は我が県に日本隊が到着するまで、この道徳と倫理を保持した立派な人々について何も知らず、感情のかけらもない技術革命により、全世界の心を支配するつもりだろうと思っていた。しかし、日本国陸上自衛隊が県内に到着して数週間の内に、サマーワの人々は彼らが「古きニッポン」の子孫として、愛情と倫理にあふれた人々であることを見出した。彼らは偉大なる文明を保持するとともに他の国を尊重し、他国民の家庭や職業に敬意を払う立派な伝統を持っていたのだ」と伝えている。

 この自衛隊の他の文明に対する態度はイラクにおける活動のみならず、海外における活動ではいつも重視されている態度である。結果的に、ハンチントンの精神を実践したのはブッシュ大統領ではなく、自衛隊だったのである。

3 イラク戦争をはじめとする対テロ戦争がもたらしたもの

 イラク戦争を始めとする対テロ戦争がもたらしたものを以下2項目列挙する。つまり、「米国の国力及び影響力の低下」、「イスラム過激派の台頭」である。

米国の国力および影響力の低下

 ブレジンスキーがその著書『SECOND CHANCE』で指摘するように、「イラク戦争は米国の世界的名声に甚大なダメージを与えた。イラク戦争開戦以来、世界における米国の信用は低下の一途をたどっている」のであり、「国際社会から信用を無くし、正当性を疑われるようになった米国は、弱体化をまぬがれない」のである。(注12)

 米国の国家情報会議(The National Intelligence Council)が発表した将来予測“Global Trends 2030”によると、「2030年において米国は、かつての覇権国からトップ集団の1位に留まる」と指摘し、「圧倒的な力を背景に世界を同一の方向に向かわせてきた覇権国が存在しない2030年の世界」になると指摘している。(注13)

 そして、米国に関するシナリオとして、(1)楽観シナリオ「再成長する米国」と(2)悲観シナリオ「没落する米国」を提示しているが、国力を算定する2つのモデルの中で4変数モデル(GDP、人口、軍事費、技術投資の4つが変数のモデル)では、2030年頃に中国の国力が米国の国力を抜き、2048年頃にインドが米国を抜くと予想している。

 また、7変数モデル(GDP、人口、軍事費、技術投資、健康、教育、統治の7つが変数のモデル)では2042年頃に中国が米国を抜くと予想している。下図は4変数モデルでの予測を示している。



 膨大な連邦財政赤字の要因の1つが対テロ戦争における膨大な戦費である。その膨大な財政赤字削減のために国防費の強制的削減(sequestration)が予定されており、軍事力の低下が将来的に不可避な状況になっている。米国国力低下は対テロ戦争がもたらしたものである。

イスラム過激派の台頭

 ブレジンスキーが指摘するように、「反イスラムのにおいを漂わせるテロとの戦争は、イスラム世界の言論を反米で一致させ、この土壌から次々と生まれ出たテロリストたちが、アメリカとイスラエルに対してテロ活動を展開していった。イスラム過激派の主張である外国人と異教徒の排斥も、やはりテロとの戦争で民衆に受け入れやすくなった」(注14)のであり、民主主義の押しつけは、安定化の見通しをもたらすどころか、各国で社会内部の緊張を激化させたのである。

 今後の米軍戦闘部隊のアフガニスタン撤退以降、イスラム国にいかに対処するかが大きな課題になる。そのため、イスラム過激派の台頭については、「5 オバマ大統領の対テロ戦争」で紹介する。

4 オバマ大統領の対テロ戦争

ブッシュ大統領から負の遺産を引き継いだオバマ大統領

 バラク・オバマ大統領は、地に落ちた米国の名誉の回復を託されて大統領に選出された。彼は、イラク戦争及びサブプライムローンに端を発するリーマン・ショックという2つの極めて大きな負の遺産を受け継いで政権を発足させざるを得なかった。

 リーマン・ショックからの立ち直りは何とか果たせたが、対テロ戦争の負の遺産の解消にはいまだ成功していない。それほどにこの負の遺産の解決は難しいのである。

 オバマ大統領は、国内の保守派の反対を押し切ってイラクからの米軍撤退(2011・12・18)を実施した。これはオバマ大統領の選挙公約に則った行為である。イラク戦争の大義に疑問を抱き、対テロ戦争の犠牲の大きさを認識する過半数の米国人の支持を得たイラクからの米軍撤退であった。

 イラクの統治はイラク人に任せる、他のいかなる外国人もイラクの統治に関して正当な権利を持ちえないという当たり前の認識を多くの米国人が共有したのである。

 一方でオバマ大統領のアフガニスタン政策には問題がある。彼は、イラクからの米軍の撤退とともにアフガニスタンでの米軍の活動を重視することを決定したが、この決定は不適切であった。

 イラクからの撤退と同時にアフガニスタンからも早期に撤退すべきであったというのが私の結論である。イラクの統治の責任はイラク人にしかないのと同様に、アフガニスタンの統治はアフガニスタン人に任せる、他のいかなる外国人も正当な統治の権利を持ちえないのである。

 当然ながら、米国のアフガニスタンでの活動はうまくいっていない。うまくいかないのは当たり前で、アフガニスタン政府要人は、外国の援助に頼り、自国を統治しようという当事者意識に欠け、汚職がはびこる中で外国の軍隊がどんなに頑張ってもその努力は徒労に終わる運命にある。

 そして、オバマ大統領のアフガニスタンにおける戦争指導には最高司令官としての熱意が希薄である。ブッシュおよびオバマ両政権で国防長官を務めたロバート・ゲーツ氏がその回顧録『DUTY』でオバマ大統領を厳しく批判し、「オバマ大統領は、自らに仕える司令官を信頼せず、自らの戦略を信じていない。オバマ氏にとってアフガン戦争は撤退するだけのものだ」(注15)と指摘している。

 また、ドニロン前大統領補佐官ら側近が取り仕切るオバマ政権の態勢を歴代政権の中でも最も中央集権的で、安全保障に口を出すと指摘し、国防省の部下には「ホワイトハウスには情報を与えすぎるな」(注16)と指示していたと明かしている。

 これらの証言でも明らかなように、オバマ大統領とゲーツ国防長官や将軍の関係は緊密なものではなかったのである。オバマ大統領からすれば、ブッシュ前大統領から引き継いだ負の遺産であるという意識が本音としてどうしても出てしまうのであろう。

 対テロ戦争に熱心でない大統領と第一線で命を落としていく兵士の間には大きな溝があるように思えてならない。この点が、対テロ戦争におけるオバマ大統領の最大の問題点である。

オバマ大統領の演説と現実の乖離

 オバマ大統領のウェスト・ポイントでの演説と現実の対応とはかなりの差がある。

 つまり、2014年5月にウェスト・ポイントにおいて、「米国が世界においてリードしなければならない。米国がやらなければ、他に世界をリードする国はない」と発言し、「新たな世界において、米国が世界をリードするか否かではなくて、いかに世界をリードするかが問われている。米国の平和と繁栄を確実にするだけではなく、平和と繁栄を地球全体に拡散しなければいけない」、「21世紀において米国の孤立主義は選択肢ではないということは絶対的に真実だ。米国の国境外で起こることを無視する選択はとらない」と発言したのである。米国が再び世界の警察官としての役割を果たすと宣言したに等しい。

 しかし、実際には、ウクライナの紛争においてはロシアに対する経済制裁をしただけである。経済制裁だけではウクライナにおける紛争は解決できないし、イラクで活動するイスラム国の脅威に対し米国が実施している空爆にも限界がある。しかし、オバマ大統領は、地上軍の投入を常に否定している。ここにオバマ大統領の演説と現実の対応の乖離を認識せざるを得ないのである。

オバマ大統領が開始した対テロ戦争:イスラム国(IS)との戦い

 現在、世界的な脅威となっているIS(オバマ政権ではISではなく、常にISIL:Islamic State in Iraq and the Levantと呼んでいる)は、チャック・ヘーゲル国防長官が8月21日の記者会見で表現したように、「巧みな戦略と戦術上の軍事能力などこれまでに見たどの組織よりも洗練され、資金も豊富で、単なるテロ組織を超えた存在」であり、現在最も残忍で実力のあるイスラム原理主義組織である。

 このISへの対応はオバマ大統領にとって喫緊の課題であり、ISとの戦いをイラクで開始し、その範囲はシリア領内の目標に対する航空攻撃にまで拡大している。イラク戦争とアフガニスタン戦争の終結を掲げて大統領になったオバマ氏が、皮肉にも新たな対テロ戦争を開始したのである。このISとの戦いは残り2年間のオバマ政権の対テロ戦争の中心になるであろう。

 ISは、イラクのアルカイダ(AQI: al-Qaeda in Iraq)から派生した組織であり、イラク戦争を背景として、直接的には3年に及ぶシリア内戦を経て台頭してきた。ISは、シリアのラッカを首都とし、シリアからイラクにかけた広大な地域を自らの領土として宣言した。次図でも分かる通り、チグリス川とユーフラテス川沿いの重要な地域を占領している。

出典:Institute for the Study of War

 ISは、国際武装組織アルカイダとは違い、領土を確保し、社会基盤を構築し、国家を建設する意思がある。ISをアルカイダと同列に扱うことはできない。ISは、CIA(米中央情報局)の見積りでは3万人以上の勢力で、約3000人が西欧出身だと言われている。

 彼らは、自らを聖戦士と呼び自らはFive Star Jihad(5つ星聖戦)に参加しているという。しかし、大部分のイスラム教徒は、ISを単に犯罪者集団とみなし、ISの思想や残忍な恐怖支配を批判している。

ISとの戦い

 米国は、当初イラクで活動するISに対して空爆を実施してきたが、地上軍の投入や空爆をシリアにまで拡大することをしてこなかった。しかし、オバマ大統領は、9月10日の “Statement by the President on ISIL”および9月13日の“Remarks of President Barack Obama Weekly Address”によりISILを撃破することを宣言し、そのために以下の様な戦略を発表した。

(1)空爆をイラクのみならずシリア領内にも拡大する
(2)地上でISILと戦うイラク軍、クルド人の部隊、シリアで活動する穏健な反アサド武装勢力への支援(武器供与・情報・訓練支援)を拡大する
(3)ISILの攻撃を防ぐために対テロ能力を強化する
(4)ISILのために避難を余儀なくされた人々に対する人道援助を拡大する
(5)以上の4つの項目のために、広範な対ISIL有志連合(coalition)を形成する

 イスラム国家を打倒するためにはアサド政権との共同作戦も不可欠であるが、米国が今までシリアのアサド政権を批判し対立してきた経緯から、その実現は困難である。

 上記5原則に基づき、シリア領内での空爆が9月22日から開始された。しかし、空爆のみではISを打倒することはできず、地上部隊の作戦との連携が不可欠であるが、オバマ大統領は米地上軍の投入を否定している。

 そのためにイラク軍、クルド人の部隊、比較的穏健な反アサド武装勢力などによる地上作戦との連携が重要となる。つまり、ISに対し米国単独では対応できないのである。

 そのため、多くの同盟国および友好国と有志連合を形成してISに対処することが不可欠になるが、9月22日、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダン、バーレーンおよびカタールは、米国によるシリアのISに対する爆撃に協力したのである。米国単独の作戦ではなく、有志連合による作戦が機能し始めたのは望ましいことである。そして今や60カ国以上が有志連合に参加を表明している。今後とも有志連合の拡充を図るべきである。

対テロ戦争におけるオバマ大統領とブッシュ前大統領の違い

 オバマ大統領は明らかにブッシュ大統領の対テロ戦争を反面教師にしている。ブッシュ大統領の傲慢な一国行動主義に対して、努めて多くの国々を有志連合の中に取り込み、「米国一国対イスラム世界」という対立の構図を努めて避けようとして いる。この姿勢は極めて妥当である。

 オバマ大統領は、ISをイスラム教を信奉する集団と認めず単なる殺人集団と規定し、キリスト教対イスラム教という文明の衝突の構図を徹底的に避けようとしている。彼が採用する「文明の衝突の回避」という姿勢は極めて妥当である。

オバマ大統領のたび重なる決心の変更

 ここで指摘したいのがオバマ大統領の度重なる決心の変更である。シリア内戦において「シリアによる化学兵器の使用はレッドラインを越えるものである」と軍事的介入を2013年8月に警告しておきながら、米国民や議会の支持が少ないとみるや最終的に軍事力の使用を断念したのはその典型である。

 また、シリア内戦に対し武力による介入をしないと決定した際において、「米国は世界の警察官ではない」と発言して、米国内外からあまりにも消極的であると批判された。その後のウェスト・ポイントにおけるスピーチでは「米国が世界においてリードしなければならない。米国がやらなければ、他に世界をリードする国はない」と発言し、世界の警察官復活を連想させる発言をしている。

 そして、大統領は、シリア国内での空爆は実施しないと言い続けてきたが、ISによる2人の米国人ジャーナリスト殺害に対する米国人のISへ怒りをみてシリア国内の目標に対する空爆を決断した。

 また、1人目の米国人が殺害された際の記者会見で「戦略をまだ持っていない」と失言し、共和党やメディアの集中砲火を浴びた。この世論の反発に反省し、シリア国内の空爆に方針転換をしたのかもしれない。

 オバマ大統領の決断は、状況の変化に対応した柔軟な決心の変更だと言えなくもないが、日和見主義的であるという批判をまぬかれることはできない。その揺れ動く決心がISに対する新たな対テロ戦争の開始につながっていったのである。

 いずれにしろ、オバマ政権が決心したISの撃破は短期間では終わりそうもない。いつISを打倒できるのか将来の予測がつかない対テロ戦争に突入したことになる。残り2年の任期しかないオバマ政権では解決できず、新たな対テロ戦争は次の政権に継承されるのであろう。

5 対テロ戦争13年間の教訓

(1)世界の紛争の原因を追究していくと二元論的な見方がその根源にあると私には思えてならない。我と彼、敵と味方、キリスト教とイスラム教、イスラム教の中でもスンニー派とシーア派など二元論的な見方が充満している。二元論はしばしば人を不寛容にするし無慈悲にするし不幸にする。イスラム国はその典型な例である。

 我々には、自分とは違うもの例えば他者への理解、他者を認める寛容さ・度量が求められる。特に、世界各国の指導者にはそれが必須である。視野の狭い独善的なナショナリズムや排外主義は紛争の原因であり、避けるべきである。

 違いを認め合いながら協調すること、共生することが大切である。特に米国、中国、ロシアなどの大国は、自らの価値観や自らのルールを他国に押し付けないことである。

(2)しかし、現実の国際情勢の中で多くの文明の衝突を目撃する。例えば、異文明に対する敵意をむき出しにするイスラム原理主義集団やウクライナ紛争などは典型的である。次に問われるべきは、これらの現実的な紛争にいかに対処するかであるが、脅威の度合い及び紛争の態様に応じて現実的に対処せざるを得ない。

 例えば、現在大きな脅威になっているイスラム国の様な残忍で自分たちの考え以外の考えを一切拒否し殺害を繰り返すような組織をイスラム教に基づく組織として認めることはできない。単なる殺人集団であり、排除すべきである。

 彼らが装備する武器、部隊運用の巧みさなどを考慮するとこちらも武力で対処せざるを得ない。その際に、これらの諸問題の解決に際し、米国にのみに頼ることは不適切である。米国を支える同盟国、友好国などの有志連合で対処することが不可欠である。

(3)我々がアフガニスタンやイラクで目撃したことは、軍事力による政権の打倒や破壊は可能でも、国家の再建は非常に難しいという事実である。オバマ大統領がウェストポイントで主張した「第2次世界大戦以来、我々が高い代償を払った失敗は、自制をすることなく、結果を考えないで、国際的な支持と行動に対する適法性を確保することなく、払うべき犠牲について国民に伝えることなく、進んで軍事的冒険に突入したことに起因する」という指摘は妥当である。

 安易に軍事力を使用してはいけない。軍事力の使用は最終的な手段であり、軍事力を使用する際には国際社会が認める大義が必要であることを肝に銘じるべきである。特に地上戦力(陸軍、海兵隊)の投入は最後の最後にすべきである。

(4)その国の国民以外誰もその国の将来に最終的な責任を負うことはできない。脆弱な諸国(fragile states)の再建は困難であるが、当該国以外の他国がその再建を一方的に担うことはできない。

 現在、世界中で活発に活動するアルカイダとその関連組織(IS、タリバン、アルカイダ、ボコハラム、アル・シャバブなどの)の活動拠点となっている脆弱諸国(イラク、アフガニスタン、イエメン、ソマリア、リビア、パキスタンなど)に対して、9・11以来多大の戦後復興の努力がなされてきたが、所期の目的を達成していない。投資した資金に比較して成果がマッチしていない。それほどに脆弱国の再建は難しいのである。

(5)ハンチントンの指摘である「日本文明は、一国のみで文明を形成する家族を持たない文明であり、日本は米中対立の中でどっちつかずの迷いを見せて孤立する危険性がある。また、米国と日本との関係は、米国が欧州の同盟国との間で築いているような、打ち解けた、思いやりのある親しいものであったことはないし、これからもそういう関係が築けるとは考えにくい」を肝に銘じ、日本は覚悟して主体的に自らの未来を切り開くべきである。

 その一方で、自衛隊が海外での活動で示してきたように、他国の宗教・風俗習慣・価値観などを認め、受容し、謙虚かつ真摯にそれに対応する姿勢を貫くことが世界の模範となる。その寛容で誠実な姿勢を貫き通すべきである。

(6)軍人としてのあるべき姿=真のシビリアン・コントロールとは

 イラク戦争を主導していったのがブッシュ大統領とネオコンであるディック・チェイニー副大統領、ドナルド・ラムズフェルド国防長官、ウォルフォ・ヴィッツ国防副長官であった。政治家、実業家、学者であった。

 一方、イラク戦争に反対したのがコリン・パウエル国務長官、リチャード・アーミテージ国務副長官であり、両者ともに軍人出身である。パウエル氏は、黒人として初めて統合参謀本部議長として、ブッシュパパの湾岸戦争の時に手腕を発揮した生粋の軍人出身であり、アーミテージ氏も海軍出身の元軍人である。

 現在のデンプシー統合参謀本部議長もまた将来の明確な見通しのない軍事力の使用について常に反対する立場でオバマ大統領を補佐している。オバマ大統領が問題解決のための軍事力特に陸軍の使用について消極的なのは本人の信念であると共にマーティン・デンプシー統合参謀本部議長の助言も大いに影響をしている。

 なぜ、これら軍人が安易な軍事力の使用に反対するのか。答えは簡単で、真の軍人ほど軍隊の可能性と限界、戦争の悲惨さを知っているからである。

6 結言

 米国の13年間にわたる対テロ戦争は成功したとは言えない。そしてその原因の中で特に大きな原因がジョージ・W・ブッシュ大統領のイラク戦争にあったと記述してきた。

 無謬の人はいないし、無謬の国家も存在しない。人は時に状況判断を誤るし、国家もまた状況判断を誤る。大切なことは、状況判断を誤ったならばそれを速やかに認め、訂正することである。

 しかし、9・11以降の米国はそうすることができなかった。そのために、全世界においてイスラム過激派たちの無法行動を許し、ロシア・中国などの米国中心の世界秩序に反対する諸国の反米的行動を招くことになったのである。

 イラク戦争以降、世界において「米国は世界秩序の守護者なのか?破壊者なのか?」という議論が湧き上がったが、多くの人々が「ブッシュ大統領はやりすぎた」と思っている。

 あまりにも好戦的なブッシュ大統領を反面教師にしたオバマ大統領に対しては「言葉だけで、あまりにも行動しない。対テロ戦争を遂行する最高指揮官の自覚に欠ける」と批判する声が多い。

 世界最強の米国の大統領には世界の厳しい目が向けられ、最善の決心と行動が求められるのである。オバマ大統領には今後の適切なISなどへの対処を期待したい。

注1:ズビグネフ・ブレジンスキー(Zbigniew Brezinski)は、カーター大統領の国家安全保障担当の大統領補佐官を務め、米国を代表する戦略家である。彼のブッシュ大統領批判は極めて厳しいものであるが、多くの米国人も彼の意見に同調するであろう。

注2:ズビグネフ・ブレジンスキー(Zbigniew Brezinski) ,“SECOND CHANCE (Three Presidents and the Crisis of American Superpower) ”の日本訳「ブッシュが壊したアメリカ」、徳間書店、P173

注3:同上P25
注4:同上P166
注5:同上P172
注6:同上P182

注7:Samuel P. Huntington, “THE CLASH OF CIVILIZATIONS AND THE REMAKING OF WORLD ORDER” ,The Free Press, P13

注8:サミュエル・ハンチントン、「文明の衝突」、鈴木主税訳、集英社、P21

注9:サミュエル・ハンチントン、「文明の衝突と21世紀の日本」、鈴木主税訳、集英社、P85~P86

注10:Samuel P. Huntington, “THE CLASH OF CIVILIZATIONS AND THE REMAKING OF WORLD ORDER” , The Free Press, P311~312

注11:サミュエル・ハンチントン、「文明の衝突」、鈴木主税訳、集英社、P21

注12:「ブッシュが壊したアメリカ」P172

注13:The National Intelligence Council 発行の“Global Trends 2030”

注14:「ブッシュが壊したアメリカ」P175

注15:Robert M. Gates,“DUTY”, P557
注16:Robert M. Gates,“DUTY”P512

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42291


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