古庵の書斎 114 ト イ レ 考 如意古庵
「はーれた空ー、そーよぐ風ー」、岡晴夫のヒット曲「あこがれのハワイ航路」の一節です。私、小学生の時、これを鼻で歌いながら自宅のボットン便所に入った途端、どどーんとトイレに片足を落としたのです。今でも左足の付け根のところに大きな傷跡が残っています。
ボットン便所、わかりますか。私の小中高大学時代は、自宅も学校も全てこれでした。つまり、肥だめ式トイレです。こいつの臭いことといったら尋常ではない。
今回は臭い話しですが、このトイレについてうんちくを語ります。
この50年間、何が一番進歩したかというとトイレだと確信しています。自動車、電話、テレビ、カメラ、家屋など随分変わりましたが、トイレほどではないと思います。
冒頭のボットン便所からシャワートイレまで、最近はトイレに入るドアから、用を済ませて出て来るまで、何ものにも一切手を触れなくてもよいまでに進化した。しかし、それがはたして良いことなのだろうか。
まず、私の大学のトイレの話し。これはひどかった。だいたい校舎は戦前の軍隊の兵舎をそのまま利用したもの。トイレは校舎内にはなくて、少し離れた処に独立してある。男女の区別はなし。大の方は一応個室にはなっているが、その下の便漕は一つ。
当時、長門浩之主演の「日本陸軍残酷物語」という映画があった。何を隠そう、我が大学の校舎を使って撮影されたのだ。そのワンシーン、長門演じる下級兵士が何かの拍子に大事なものを便漕に落とした。それを拾ってこいと言われて彼、汚物の中で泳ぎ回るというシーンがありました。
私が卒業した後、さすがにそのトイレの改善を求めてストライキをやったという話しを聞きました。
次にビックリしたのはソ連のトイレ。私が最初に外国に旅行したのは旧ソ連でした。37才でしたから31年前。シルクロードの歴史を勉強していて、どうしても中央アジアを一度は訪ねてみたかったのです。それが、いろんな意味でビックリだらけの旅行でしたが、トイレもその一つ。
当時、ソ連では外国人旅行者は指定された専用のホテルしか泊まれません。当然、かなり高級なホテルです。ところが、そのトイレのひどいこと、話しになりません。中央アジアですから、気温は高い、食事と水は口に合わない、ということでほとんどの人は慢性下痢状態。ホテルに着くとまずトイレに走り込みます。そして、ピューと飛び出してきます。洋式便座に尻をおろせないのです。私はそれに乗っかって済ましたものです。
グータラ作家の椎名誠は、テレビの番組製作でソ連に旅したとき、梱包用の発砲スチロールで手製の便座を作って持ち歩いたと書いています。帰国するとき、現地の人がそれをぜひ置いていってくれと懇願されたそうです。
とにかく、宇宙にロケットを飛ばすだけの技術があるなら、その前にこのトイレをなんとかせよと思ったものだ。
次に中国。全てのトイレがそうだというわけではない。南京市のかなり高級なレストラン。そこは、全てを野菜で作る精進料理で有名な店。豚肉と思って口に入れるとナスだったり、カボチャが見事に鶏肉に化けていたりとなかなか面白いものでした。ところがトイレ。別棟にあるのだが、さすがに男女の区別はあるものの、ドア無し仕切り無し、全くのオープンだ。私が小をやっているその後ろで尻を丸出しにして大をやっているのだ。これには驚いた。10年ぐらいの間をおいて再度行ったがそのままだった。
アメリカはハワイ語学研修に引率したときのこと。2週間寝起きしたのはマウイ島ラハイナルナ高校のドミトリー。つまり生徒の寄宿舎である。我々は教員用の部屋で、中にトイレ、シャワー室があって問題なかったが、生徒達のトイレ。仕切りはあるが、ドア無しだ。1㍍ぐらいのカーテンがあるだけ。顔と足は丸見えというもの。
生徒が勉強している午前中、一度クツナイ先生の自宅に招かれてランチをご馳走になった。ここのトイレ(レストルーム)は立派。優に6畳はあり、書籍、テレビ等が置かれて居室のようでした。
ある時、テレビを見ていたら日本の「音姫」(排泄の時の音を消すために水の流れる音を出す器具)についてアメリカ人の若い女性に感想を聞いていた。そしたら、彼女たち「そんなのナンセンス、どうしてそんなことするの」と笑っていました。それが正常というものでしょう。
これも文化の相違なのか。食べることと排泄行為はなにも恥ずかしいことではないのだ。
さて、シャワートイレ。これを完成して商品として売り出すために、メーカーはおそらく人に言えない苦労をしたのではないかと察します。普段何気なく使っていますが、あの水の噴射位置、角度、強さなど難しい問題をクリアしなければならなかったことでしょう。今では、私もそれ無しでは済まされない人間になってしまいました。
ところが最近、おかしな事に気がついた。たまに外で用を済ませた後、家でシャワートイレを使うと、途端にピリッと痛みが走るのです。どうも、その回りの皮膚が退化しているのでないかと思われるのです。皆さんはそんなことはありませんか。
あんまり、生活の道具が便利になると、人間、馬鹿になるというのは本当ではないでしょうか。さらに、地震等災害時にはどうなるのかとか、孫達には一定年齢までは使わせない方が良いのかなとか、余計な心配をしています。
今の日本のトイレは世界最高だと思う。しかし、あの小学校の頃の鼻をつまんで、新聞紙をくしゃくしゃとやって尻を拭いていた経験は大切なことではないでしょうか。