未安心の部屋

「不安に立つ」ほかなし

ひな人形

2010年11月16日 | その他
夫の留守が長かったので、先週末は実家へ行きました。
そして、「おねだりするようだけれど…」と
両親に雛人形を見に連れていってもらいました。

個性ある商品がいろいろと並んでいて
どんなものを選んだらいいか、迷ってしまいます。
基準は、置き場所の問題と自分の好みかどうか、に落ち着くようです。
1日目は2軒のお店を見てまわりました。
2日目は、購入を前提にそのうちの1軒に行きました。

ゆっくり選ぶ時間がないので、商品を選ぶ前の晩はいろいろと考えました。
雛人形というのは、基本的に宮中(皇室)を表現しています。
段飾りの段は、身分の差も表現しているでしょう。
三人官女らは、「仕える人」です。
雛人形の起源は、「厄除け(身代わり)」と「人形遊び」が合わさったものと言われます。
「天皇制」「身分の差」「厄払い」とは、
寺の父が嫌う要素ばかりです。

また、私の雛人形のイメージは
七段飾りに赤毛氈、金屏風、円いぼんぼり、橘に桜、といったものなのですが、
それは私が見て育ったものなのだということに気がつきました。
だから、我が子の場合は、今回私が選ぶものが
雛人形のイメージになります。
そこで、平飾りにして
内裏雛も家来たちも同じ高さで並べたらどうだろうか…と、
ふと思いました。
でも、これはスペースをとりますし、創作になりますから要望をきいてもらうのに時間がかかります。

他に、北陸だから待ちわびた「春」のよろこびを感じられるものがいい、とか
少しでも子どもが触って楽しめるものはないか、とか
子どもの目線で考えようともしましたが、
どうしても頭にちらつくのは、嫁ぎ先の両親や周囲の人々の反応…でした。

そもそも最初は、子どもが手にとって遊べるものがいいと思っていたはずなのです。
私自身が、人形の首をぬいてみたり、
刀や扇といった小物を人形から抜いて手にとって遊んでいましたから。
立派なものを選んだら、とても触らせられません。
見るだけで触れてはいけないお人形って、なんだか淋しそうです。

結局、従来のものとほとんど変わらない三段飾りを
大人目線で選んでしまいました。
私は、本当は誰に喜んでもらいたかったのかな…?
そして私自身は喜んでいるのかな?

娘の誕生日が3月初旬でなかったら
雛人形が欲しいと思わなかったかもしれませんが、
真宗に縁ある人間にとっては
七五三とか、これからも世間の慣習にぶつかるたびに
迷いが生じることでしょう。
「子どもの健やかな成長をねがう」ということが
これらの行事には名目としてあるはずですが、
形式や衣装など 一つ一つ検証していくと
悪しき思想に支えられているのかもしれません。
「昔からこうだから」では済まされません。

「きれいだね。」と子どもと無邪気に楽しみたかった思いと、
無自覚に日々(行事)を送っていることへの反省、
いろいろな思いが交差した数日でした。

秋の奈良

2010年11月03日 | 観光
日頃やるべき事が遅々として何も進まないなか、奈良へ行ってきました。
興福寺で創建1300年の特別公開がある、というのです。
どうせ行くのなら、無著・世親像を見たいと思い、
両方が見られる期間に行きました。

子どものお世話グッズをあれこれ揃えたり、
列車の急な運休などで出足がかなり遅れ
興福寺に到着したのは午後3時になってしまいました。

まずは北円堂です。
こちらには弥勒如来三尊、無著像、世親像、四天王像があります。

赤ちゃんの記憶には残らないでしょうが、
大切なもの、雰囲気に できるだけふれさせたくて
子どもを抱いて天親菩薩を拝みました。
両菩薩はずっしりとした量感がありました。


次は特別公開の五重塔初層、東堂後堂に向かいました。
途中再建中の中金堂が目に入ります。
なかなか見ることのできない光景です。
1300年前はどんな様子だったでしょう。

五重塔などの特別公開は、2年前に見に来たものとほぼ同じもので
ちょっと残念でした。
遷都1300年行事の影響で、期待が大きかったのかもしれません。

まだ4時なので、どこか少し見ていきたいところです。
国宝館は阿修羅像人気か、入口で非常にならんでいます。
時間の割にあたたかく、夕暮れの奈良公園はのどかです。


結局、まさか赤ちゃん連れでは無理だろうと思っていた
奈良国立博物館の「正倉院展」へ行くことになりました。
知らなかったのですが、夕方から入ったので料金が割引になりました。
たぶん人出も 少ない方だったのではないかと思いますので
出かけるのが遅くなったのはかえって幸いだったようです。

今回は、教科書などでよく見かける
「螺鈿紫檀五絃琵琶」が展示されています。
私は赤ちゃんの世話で30分くらいしか見学する時間が残らなかったのですが
この琵琶は本当に美しいものでした。
1000年を超えるとはとても信じられないというか、
形あるものは滅びるとは言っても
良質のものは長く残り、味わい深くなるのだなぁと感心しました。

ほかの物は足早に過ぎながら見学しましたが
それでも奈良時代の人の生活とかぬくもり、息遣いが
伝わってくるようでした。
現代の無機質的な文化はどこまで後世にのこるでしょう。

最後に、見落とさないように気をつけていた
『大智度論』『瑜伽師地論』を見て、締めとしました。

なお、奈良では11月8日に
ダライ・ラマ法王が東大寺で講演されるそうです。
ご都合のつく方はお出かけになられては?