lizardbrain

だらだらぼちぼち

今年は

2008年12月31日 00時01分36秒 | 無駄話

いまだに怒りはおさまらないが、1年の締めくくりに、振り返ってみると。
題して、数字で見るワタクシの2008年

今年、観た映画を数えてみたら、13本プラスアルファ、、、、、
なんでプラスアルファなのかというと、PCデータ消失のため、2月から5月分の家計簿が消えてしまったためで。

今年、観戦したライヴはというと、21本
こっちは手帳に控えていたので正確な数字だ。

他に、せっかくチケットを買ったのに行けなかったのが2本

1本は、チケットが消失してしまった、シンフォニーホールのマンハッタン・ジャズ・オーケストラ
消防署の罹災証明でも添付して、パスワードやIDをさらしてチケットぴあに泣きついたらば、もしかして入場できたかもしれないが、、、、、、、、、
あのチケットは、ほとんど真っ黒けで、読めなかったもんな、、、、、
あのまんま持っていっても無理だったろうな。

もう1本は、会場の近くまで行きながら
「お前んとこ、火事やぞ~」との電話があって、急遽引き返さざるをえなかった、尾崎亜美with加藤和彦

そして、焼かれた家が1軒








山下達郎 最後の大阪フェス

2008年12月30日 21時18分04秒 | 音楽

5月以来、久々のエントリー。
ひっそりと姿を消したワタクシに対して、世間では、マニラあたりに高飛びしたとか、ドバイの砂上に楼閣を築くのに失敗したとか、色々と噂が飛んでいたようだが、真実は一つ。

ま、早い話、アクシデントのなせるわざ。
一時は、何から何まで真っ暗闇のこの世界で、ジタバタするだけの毎日だった。
このくそ忙しい時期に復帰できたのが、幸いと言うかなんというか、不思議な気分でいる。

というわけで(どんなわけやねん?)、5月まで使っていたeo光回線が使えないため、現在は、某イーモバイル社のおもちゃみたいなモデムでネット接続している。
わが身の状況を考えるに、ネットできるだけでもシアワセなのだが、某イーモバイル社に慣れてくると、やはり光回線との速度差はどうにもならない。
その上、緊急措置として急遽通販で購入した某デル社のノートPCだが、わが身の状況を考えると、PCがあるだけでもシアワセなのだが、初めて買ったノートPCに慣れるに従い、日本語入力速度の遅さに辟易する、今日この頃。

何とかしなければならないが、あと1ヶ月少しはこの状況が続く。
早く、極上の最新デスクトップ機と光ケーブルのコンビネーションを堪能したいものだ。



なことは置いといて、

12月28日、山下達郎の6年ぶりのコンサートツアー観戦の為、大阪フェスティバルホールへ行ってきた。

その前に、

実は、なかなかブログ更新も思い通りに行かない中、昨日、久々に自分のブログを開いてたのだが、5月23日を最後に中断したその前の記事で、ワタクシが、近日中の達郎ツアーの可能性について言及しているのを発見した。
わずか7ヶ月ほど前にこの事を書いた記憶が全くないという、ワタクシの優秀な脳内ハードディスクの性能と、あまりの偶然に唖然としてしまったのだ。

さっきも言ったように、今使っているのが日本語入力がメチャクチャ遅いノートPCなんで、まだ多くを語れない。
その上、達郎本人がステージ上で
「皆様に小さなお願いがございます。とてもネットの発達した今日この頃ですが、
今回のツアーは9本消化しただけで、まだまだたっくさん残っています。ネタバレについてはご配慮お願いします。」
と発言していたのに対して、ワタクシも周りの観客につられて拍手してしまったのでバラすわけにはいかない。

ネタバレ対策については、達郎本人以上にコンサートスタッフが執念を燃やしていて、

例により、休憩も取らない3時間半に及ぶステージが終了した後、ロビー出口に当日のセットリストが設置されていた。
綾戸姉さんのライヴ終演後に張り出される、ポスターの裏に手書きされたセットリストとはまた違った構造になっていて、陽水のライヴ会場で見たホワイトボード状の奴に良く似たボードだった。
そんなもの見せられると、誰しもデジカメやケータイカメラを構えたくなるところなのだが、
セットリストの真横に女性スタッフが二人、笑顔を消した仁王立ちしていて、
『カメラ、ケータイカメラでの撮影はご遠慮ください。』
と連呼し続けていて、
その上、
『(セットリストを)メモされる方は、立ち止まらずに離れた場所でお願いします。』
とまで繰り返していた。
「そこまで言うなら、離れた場所でメモしてやろうじゃないか」
と意固地になりそうなワタクシの性格なのだが、なんせ3時間半の長尺ライヴなもんで、演奏曲目もやたらと多いわけで、空腹にも負けてしまい、せっかくのセットリストボードを恨めしげに横目で見ながら帰ってきたのだ。

というわけで、演奏曲目は内緒内緒。
1曲目は、例のほら、達郎の軽快なカッティングで始まるあの曲で、、、、、、、
そして、ほら、いっせいにクラッカーがパンとはじけるあの曲は、意外と前半で演奏されて、、、、、



だが、曲目は伏字でも、これはバラしてもエエんちゃうかいな?

と、勝手に判断して、バラしてやる~

ものすごいサプライズがあったのだから、この日の達郎ライヴは

大阪フェスティバルホールは、ビル全体の建て直しのために、今年12月いっぱいで閉鎖される事になっている。
年末の第九演奏会を別にすると、ポップス系の大阪フェス最後の演奏アーティストは山下達郎だったわけで。

で、最後の大阪フェスのステージっちゅうことで、アンコールの途中から、



















なんと、竹内まりやがサプライズゲストで登場した
それでなくても熱~い達郎マニアや達郎ファンが、アンコールで熱狂している中、誰しも予想していなかった(恐らく?少なくともワタクシは全く予想していなかった)まりやの登場で、観客全員のメーターが振り切れたかのようにヒートアップ。
『セプテンバー』と『人生の扉』の新旧2曲の持ちネタを唄った後は、コーラス隊に参加してくれる大サービス。

ところが、それだけでは決して満足しないのが大阪人

アンコールが終わって、客席上空の照明が点灯して、『これをもちまして本日の公演は終了します』というお決まりの場内アナウンスが流れても、ほとんど誰も帰ろうとせず、オールスタンディングのまま拍手を打ち続けていた。

大阪フェス最後だからなのだろうか?
それとも、大阪人の本質なのだろうか?
和歌山県人であるワタクシ達にはわからない、、、、、

こうなると、ミュージシャンと観客の根競べの様相を呈してきたわけで。
そうやって、5分ほど拍手し続けていると、根負けしたのは、当然、達郎の方で。

単身、ステージ上に再々登場して、
「殺す気かよ~」
とか言いながら、もう一度まりやを呼び込む。
急遽追加された最後の曲は、達郎のFM番組では思い出した頃にオンエアされる、録音音源をバックにした、『LET IT BE ME』を夫婦デュエット。



いや~、良かった~
ろくな事がなかった今年だったが、随所で泣かされそうになりながら、立ち上がって踊りだしそうになりながら。
まりやの『人生の扉』では、マジで涙が出てきたし。

次の達郎ツアーの時に少しでも良い席を確保しようと達郎ファンクラブに入って、達郎ツアー開始と言うファンクラブからの案内状を受け取って、小躍りしながら郵便局で振り込んだのが9月。
そうやって手に入れた座席位置が、ひどいありさまで。
1階席の2列目で。
いやいや、前からじゃなくて、後ろから2列目で、、、、、、

結局、達郎ファンクラブの先行チケットと言うのは、優先的に良い席を確保できるわけではなく、一般発売よりも早く確実に入手できるという趣旨らしい。

同行者もいただけに、座席位置に関する不満タラタラで出かけていったのだが、そんな事は吹っ飛んでしまった。
そんな不満は、この日の大阪フェスの会場内でこのライヴを聴けたシアワセに比べれば小さい小さい。




ホテルに戻ってもなかなか寝付けなかったのは、ホテルの温いシャワーのせいだけではなかっただろう。




久々のブログエントリーと言うことで、写真1枚と文章5行くらいで済ませるつもりが長々となってしまったが、せっかく撮ってきた写真を後2枚ばかり貼り付けておこう。


          


ビル全体を取り壊しと言うことで、ビルの入り口で記念撮影する人が後を立たず。
大阪市民あるいは大阪府民にとっては、感慨無量なんだろうなぁ。

          

ホールの開場時刻は17:15。
早いとは思いつつ、外は寒いし、他に行き場もないし、欲しいツアーグッズがあったので、エスカレーターを上ったのが17:05。
既にロビーのグッズ売り場には長蛇の列が。