今日の社内連絡(ブログver)

sundayとかオリジナルテンポとかの作・演出家ウォーリー木下の2014年度の活動のことなど。もろもろ。

うねり?

2016-12-05 | Weblog
「ハイキュー!!烏野、復活」閉幕しました。劇場映画館にご来場いただいた皆様、応援してくださっている皆様、ありがとうございました。そしてスタッフキャストのみんなおつかれさまでした。いろいろと書きたいことはあるけど、またまとまって落ち着けるときに書こう。
"なんでも演劇にできる"が舞台演出家としてのモットーなのですが、今回ほど"演劇でできることはたくさんあるなあ"と思ったことはないかもしれない。"なんでも演劇にできる"と"演劇でできることはたくさんある"は全然違うことなんだけど、なにか従兄弟くらいには繋がっている気もする。
現代演劇が(僕は)今キテると思ってるんですが、それはたぶん業界全体の盛り上がりもあると思うし、いろんな先輩後輩たちが実験的で野心的な作品を、舞台でやってやろうというムーブメントがあるからだし、そのおかげでお客さんも昔ほど演劇を高尚で難解なものと思わずに、世の中にはこんなにたくさんの表現(遊びと言ってもいい)があるんだってことを楽しんでそして気づいてくれているんだと思うんです。そういう土壌があるから「ハイキュー!!」もできているような気はするんです。ややこしい文脈とかの話ではなくて、ライブ芸術のうねり?というか。ともかく、演劇、面白いですよね。いつまでも作り続けたいものだし、この仕事、最高です。
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遠くを見るか、近くを見るか、どっちが多いですか?

2016-11-27 | Weblog
随分昔、「645」というお芝居の稽古中に劇団員の東くんの馬跳びをする動きが気に入らず、調子こいて見本を見せたら思いきっり足首をぐねった。それ以来、年に数回、右足をぐねる。いわゆる「くせ」になっている。だいたい調子に乗ったときに「それ(捻挫)」は起こる。神様がブレーキをかけているのだと思って、足首をぐねったときは、「調子に乗ってすいません」と心の中で思うようにしている。もしくは何かの危険信号だと思うようにする。ただの雨の日というのもあるけど。
身体のサイン、で言えば、最近夜になると目がかすむ、という完全に老化への道が開かれはじめていて、大阪にいたときにいつも通っている眼鏡さんに行き、新調すると同時にこれって老眼ですか?と聞いてきた。詳しく調べてもらって、「老眼ではないがこれから先あやうい」と診断。もともと近視の乱視のW受賞者だったので、老眼になっていても気づくのが遅いらしい。「遠くを見るか、近くを見るか、どっちが多いですか?」と聞かれて、そういえばいろんな意味で近くしか見てないなーと反省、意味もなく「遠くを見ます」と宣言して都島の眼鏡屋をあとにした。
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もうひとつ別の世界

2016-11-25 | Weblog
「ハイキュー!!」のツアーも佳境、大阪公演初日が昨日あけて、今週末まで、そのあとは東京凱旋。千秋楽は全国47都道府県でライブビューイング。何万人て人に見てもらえるのは嬉しい。
今年は明治座とか梅芸とか、1年前の自分では想像もしていなかった小屋で演出をさせてもらえる。まったく不思議なものだ。
で、頭をよぎるのが2つ。ひとつは、これは決して僕が売れたわけではないということ。そういう作品に巡り合わせてもらっているだけで、かなり一過性のものだと考えた方がよい。
もうひとつは、劇場の大きさや格式で演劇の内容は変わらないということ。表面的には随分と違うことになっても、根本的なメッセージ、偉そうに言えば「演劇たるもの」は何も変わらない。特別だけど特別じゃない物語と、登場人物がいて、彼らが息づいていること、演劇という表現媒体の最大のメリットは「生きている人が目の前で別の生きている世界を作り出すこと」だと思っている。難しい言い方で申し訳ないが、そういうことだ。とにかくそこには「もうひとつ別の世界がある」。観客はそれを「存在している」と思い込む。思い込むためには、俳優が全力で自分と共演者を騙さないといけない。その作業には観客の脳みそがあってのことだ。観客の脳みそを通過して、それは「存在する」。そういう今生きている観客と今生きている俳優の共同作業こそが演劇だと言ってもいいと思う。主演の須賀健太君がカーテンコールで言う「ハイキューの世界を生きれるのはみなさんが劇場に足を運んでくれるからです」という言葉はまさにそのことを示唆しているのだと思っている。お金を払ってくれることも嬉しいけど(興業としてはそれがないと立ちゆかない)、観客のみんなが能みそをフル稼働して想像してくれることで、僕らは演劇を演劇たらしめていけてるのだ。
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1020

2016-11-23 | Weblog
sundayの10周年イベントとダンスボックスの20周年イベントが土日連続で。前者ではオリジナルの短編「モノローグダイアローグ」をその場で書いてみんなで読んだ。また2時間以上も過去の作品の思い出トークに花を咲かせた。後者は6時間半越えの夏フェスのような怒濤のダンスダンスダンスで、関西の主要なコンテ系のダンサーはだいたい集まっていたんじゃないだろうか。20年という歳月の重みと、db独自の”軽み”が、2種類の密度の違う液体を混ぜたドレッシングみたいに反発と調和を繰り返しながら美しい模様を描いていた。
盆と正月、という言い回しがあるけど、まさにそんな二日間だった。
たまにしっかりと過去を見つめるのは良いことだ。ひとりで見つめるのも良いし、こうしてみんなでわいわい見つめるのも良い。前だけ向いて走っていると傲慢な人間になってしまう。見たいものしか見なくなってしまう。でも過去には見たくないものも汚れたものも混じっている。それをなしにはできないんだぜ。
ああしかしツアーが長いと、身体がだめになっていく。物理的には、前だけ向いて走りたい。
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タッチ

2016-11-16 | Weblog
新幹線の中で何をするか?だいたい音楽を聴いて本を読んで外の景色を眺め、そして眠る。この繰り返し。一時期は仕事をしようとパソコンを開いていたのだけど、なんだか貧乏性のような気がしてきて最近はやめている。もうひとつの理由はどうやら僕はキーボードのたたき方(タッチ)がうるさいらしいのだ。うるさいらしいというのは自分では正直気づかないのだけど、何度も人に注意されたから相当うるさいのだろう。”親のかたき”のようにMacBookをたたいている。気が散ってしょうがない。一時期、デザイナーの事務所、矢印の名前で机を借りていたときも、ほんとウォーリーさんもう少し優しくたたいてください、それとも何かあったんですか?と何度も聞かれた。
不器用。この一言につきるのだけど、僕は指先に関して、不機嫌な動きをすることが多い。ジャガイモの皮むきとか、爪切りとか、ボンドで何かをつけるとか、それら一帯全部苦手だ。
なのに無駄に指が長く、小さい頃は「ピアニストになれるね」などとおだてられ、その気になってピアノを練習した時期もあるのだけど、むべなるかな、黒鍵と白鍵を暴力的に殴りつけるだけで音というものが生まれた試しは一度もなかった。いつかリベンジしてみたいのだけど。
だからか、手先が器用な人を見ると、それだけ尊敬してしまう。針の穴に糸を見事に通す瞬間なんてブラボーと声があがる。生まれ変わるなら手先が器用な人間に生まれ変わりたい。ジャングルのテナガザルとかでもいいけど。
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どのルートで

2016-11-11 | Weblog
東京でタクシーに乗ると必ず「どのルートで行かれますか?」と尋ねられる。
おそらく、東京はいくつもの道があるので、もし少しでも遠回りになってしまって、あとで文句を言われたらかなわん、という保険として言ってるのだろうが、こちとら東京の道に詳しくないし、道路事情にだって疎いのだから、プロであるあなたの最良の裁量に任せたいと僕は思うのだけど。
でも「道わかんないんです」等と言おうものなら、「こいつ田舎もんだな。よし遠回りしてやろう」という運転手がいるのかもしれないなーという考えが一瞬頭をよぎり、知ったかぶりをしてしまう。
結果「いまだと、あれですよね、あの、ほら、あのルートが、ね」などとごにょごにょ言うことになる。ああ、面倒だ。
でもやっぱり、おかしいと思う。僕が観客に「次の芝居はどんな演出がいいですかね?」と聞くようなもので。そんな馬鹿なことないでしょ。
一方で、お客さんが望むことを一生懸命調べて、それを創り上げようとする作り手(?)もいなくもないわけで。それがプロフェッショナルだ、みたいな風潮もあったりして。なんだかおかしな時代だなと思う。
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まとまりのない雑文

2016-11-10 | Weblog
またまた(何度となく)放置していたブログを開いてみたらカビが生えていたので、外の風にあてるためにもこうして文章を書いてみる。今月は移動が多いのもあるし、山と山の間の避暑地的時期なので、とりとめもない思考をつらつらとタイピングしてみるのも悪くない。というわけでいつまで続くかわからないけど、ブログを再開してみる。なにもない文章なのでお目汚しだと思っていただければ。

さてこうして改まって何かを書こうと思うけど、別になにも浮かばない。浮かばないので、アメリカ大統領選挙のことでも書いてみる。が、正直、ほとんど興味はない。彼の国のトップが女性になろうが差別主義者になろうが、僕は僕の人生を粛々と執行していくしかなく、そのことで一喜一憂していては身体が持たない。そう言えば大阪に住んでいた頃(とはいっても今も大阪には頻繁にいるけども、大阪に住民票があった頃)維新の人たちが、特にあの悪名高い橋下さんが知事になったころ、僕らの周りの人たちはみな葬式のような顔をしていた。何人かの利益誘導を計る人たち以外(つまりそこには演劇人はひとりもいない)、橋下さんが知事になったら「大阪は終わる」と言っていた。引っ越す、と言ってた人たちもたくさんいた。
しかし実際に引っ越した人は少なくとも僕の周りにはいなかったし、大阪は当たり前だけど「終わってはいない」。橋下さんはどっかに去っていったが、去り際には、あのヒステリック気味に騒いでた人たちも、「少し言い過ぎたかな」などと少し反省していたりしてた。
大阪とアメリカでは規模が違うと言うかもしれないが、なにか共通することはあるような気がしている。
たとえばよっぽどの経済的安定期以外(そんな時代、バブル以外知らないけど)政治家に大衆が求めるものは「マッチョイズム」なんだと思う。良く言えば「力強いリーダー」。悪く言えば「暴力的な人」だ。マッチョイズムというと、男性の特権に思えるかもしれないけど、悲しいかな、今の時代、社会にコミットしようとすれば多くの女性にだってそれは求められる。ヒラリーさんだって例外ではない。でそのときに、より強いマッチョイズムを鼓舞する人に我々は魅了されるのだと思う。アニマルプラネットでも、そういうの見たことある。

僕にとって、10代の頃、アメリカがすべてだった。アメリカからやってくるものが輝いてた。アメリカの音楽、映画、小説、アート(特にニューヨークで生まれるもの)それらを手にすれば自分も輝いて見えると錯覚してた。それはあの星条旗のデザインのようなポップさがあった。軽さと刷新があった。newest is best。それはマッチョイズムとは対極にあるようだ。
僕の世代はベトナム戦争も安保闘争も全部終わって、そこには灰のようなものが積もっていた。それを払って出てきたのはアメリカンドリームという概念だった(それはおそらくメディアと代理店の仕業だけど)。お金があれば手に入る物が続々と輸入されてきた(精神的・物理的両方で)。でそれは完全にコンプレックスになった。10代のその体験は、とても大きくて、払拭するのに20年近くかかった。アメリカのカルチャーは今も好きだけど。

10代の最後の年にひとりでアメリカに実際に行ったこと、それから20年かけて世界中のいろんな国にも実際に行ったこと、そうしてようやくコンプレックスは払拭できた(それもまた錯覚かもしれないけど)。
とはいえ、マッチョイズムに対しては、昔から直観的に「鳥肌が立つ」。おそらく自分の中のアメリカ賛美と、おじいちゃんから聞かされた太平洋戦争の話、が、引き裂かれた自我のように存在するからか。もしくは昔いじめられてた経験があるからか。もしくは演劇界にはびこる男性社会やマッチョな演出家たちをイヤってほど見てきたからか。

今回の選挙の結果をどう判断していいのかはわからないけど、闇雲に葬式みたいな顔はしないでおこうと思う。思うのだけど、ああいう為政者は、そうやって人を暗い気持ちにさせることで人心を掌握する方法を使っているんじゃないかとすら思うのだ。ヒステリックになればなるほど、泥沼に足を取られていっている可能性だってある。結果を結果として、自分の身近な世界がそういう「マッチョイズム」で覆われないようにだけは気をつけようと思う。

(ここだけの話、演劇界にはいまだにそういうの多いんだよなー)
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柴田君との思い出もまたいつか書こう

2016-06-18 | Weblog
演劇集団円「透明な血」、ロミちゃん主演、ヨース毛がチェロの生弾きで、土砂降りの水盤芝居。最後、大量の水が振り注ぐ音が万雷の拍手に聞こえて、それこそ雷に打たれたように拍手をした。ある音が別の音に聞こえる、そういう舞台だった。先週は「murder for two」でキッチュさんこと松尾さんとV6の坂本昌行さんの二人芝居。舞台上にはピアノがあって、それをふたりで交互に(時には連弾で)弾いて、何人もの登場人物を演じ分けて、一見すると幼稚園のお遊戯のような無垢な演劇。その水面下ではものすごいスピードで足が動いてるんだけど、それを感じさせない技術もすごいし、目論見も素晴らしかった。クーツェのみんなの舞台をこうして見に行けるのは(行きたいと思うのは)やっぱりどこか終わってない感じがしているのかもしれない。その半月ほど前は潤さんとりかちゃんが出てる劇団道学先生「丸茂芸能社の落日」も観劇。とても丁寧はストレートプレイで僕が行ったことのない街の僕の知らない人たちが出てくる演劇もしくはそういう作り物なのに、いやそこには僕はいたと思えた。他にもクーツェの時の人たちのそれぞれの活躍(トクマルさんの新譜はまさかの明和電機とのコラボも素晴らしかった)をなんだか遠くから双眼鏡で覗いているような気分で眺めている。
そういえば美術の柴田君がクーツェの舞台美術賞でなんか立派な賞を取った(伊藤熹朔賞)。目出度いかな、3回もお祝いをして2回もスピーチをしてしまった。こうして歴史の1頁に残してくれてありがとう。柴田君との思い出もまたいつか書こう。
それと、ごうた君結婚おめでとう!
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胃下垂も病弱も幻想だった

2016-06-17 | Weblog
10年以上前、あるとき、メディアに、メタボリックという言葉が突然出てきた。それまでそんな言葉なかった。ただの肥満ではなく、メタボリックだ。格好いい感じなのが逆にかっこ悪い響き。暴走族を珍走団と呼ぶことで撲滅しようとしている感じ(とはちょっと違うか)。であるときからメタボリックはメタボと省略され始め、市民権を完全に得た。
そのころ僕は30代になりたてで、まさか将来自分がメタボと呼ばれるものになるなんて思ってもいなかった。20代、かなりの大食漢で、誰かの「木下は食べても太らないね、きっと胃下垂なんだね」という言葉を鵜呑みにして、そうだ俺は胃下垂なんだから食べても大丈夫、そう思い込んでいた。家系的にも太っている人はいないし、どちらかといえば「痩せて病弱に見られる」ことの方が多かった。実際に病弱だった子供時代の名残もあった。
でも胃下垂も病弱も幻想だったのだ。ていうか、自分を鑑みていなかった。鏡を見ることもなかったし、着れなくなっていく服を服の縮みのせいにしていた。けして乾燥機のせいではなかったのだ。自分が大きくなっていってたのだ。
ここ数年は「たばこをやめたせい」という誰に向かって言っている言い訳なのかよくわからない切り札をよく使ってた。いや、もうほんと、わかってたんです。
でこの間仕事が一段落してちょっと調べてみようと思ってそういうところに行った。検査結果は見事に「肥満」を指していた。
3年前の健康診断はまだ「予備軍」だった。いまや完全に「メタボ」だ。予備でも何でもない。これはいかん。11月に知り合いの結婚式がある。そのときまでに昔のスーツを着られるようになろう作戦。というわけで、本腰入れたダイエットをはじめてみることにした・・・。(今のところ一進一退っす)
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誰にでも愛を振りまくことの難しさ

2016-06-16 | Weblog
日々むかつくことがないことはないけど、なんとなく、そういうものをやり過ごす方法も覚えたり、でも自分の存在というか、この機転の利かない鈍感な自分に一番いらっとすることの方が多い。おそらく、腹が立つ、という感情は、「誰かの行動」と「自分の行動」のふたつがセットになって起こるものだ。相手だけでもないし、自分だけでもない。ある種の共同作業として、怒りという感情はできあがる。そう考えれば結婚式のケーキ入刀的なものだと思えば悪くないことなのかも。少なくとも孤独な人間にはできない。(でも)イヤだけど。
いまいち話が通じない人がいる。きっとむこうもこっちにそう思っている。それは基本的な立ち位置の違いが大きいし、それに伴い、聴き方と話し方にバイアスがかかっていることが多い。立ち位置をなくすこと、自分事にする、根気よく、相手に愛を持って。これらがそろえば聖人君子なんだけど。誰にでも愛を振りまくことの難しさ。
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表裏が同じ側にあるように

2016-06-12 | Weblog
会員制の動く歩道の上で走っていたらランニングシューズが突然分解したので、急いで第2子をアマゾンの密林に発注、早速届く。ダイエットの面白いところは数字できちんとでるところだ。数字は神だ。我々はそれに従うまで。演劇という数値評価が定まりづらいものをやっていると、グラフや手順みたいなものに憧れを覚える(僕だけか?)。料理が好きなのもレシピ通りに作っていればおいしいものはそれなりにできるという点だ。演劇ではそうはいかない。そもそもレシピがないし、(いつもの、と思っている)手順通りにやった場合、逆にうまくいかないときの方が多い。2ヶ月前に修理に出した鞄がようやく戻ってくる。どんだけ時間かかってんだ。というような怒りはなく、なぜなら修理に出していたことをすっかり忘れていたから、まるでこびとの仕業かのようでにんまりしてしまう。こうして人は痴呆化していき、ファンタジーの世界に住むようになっていき茨も花園になるのかしらん。ひさしぶりに図書館生活もはじめていて、ぼんやり棚と棚の間を回遊していると予想外な出会いがあって、ベストセラーしか置いていない蔦の生えたところではこうもいかない。いまのうちに次の作品を考えようとしている。やりたいことは手のひらを広げた数はあるけれど、どの指が正しい演劇なのかわからないままだ。正しい演劇?そんなものは犬に喰わせて、正しくない演劇をしたい。いや、正しいも正しくないもあわさったような。ポジティブとネガティブ、インプットアウトプット、そういうついつい反義語に置いてしまうものたちは実は同じ場所同じ平面にある(あえて言えば混濁している)。生活の中からそういうものを感じ取らないと面白くなーい。そうすればなんだって演劇にできるんだろう。表裏が同じ側にあるように。
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奇妙な種・その2

2016-06-11 | Weblog
(続き)会場となったのは、静岡駅から徒歩10分くらいの駿府城公園の東御門、そこを櫓ステージと呼び、もうひとつが静岡市役所御幸通り側玄関前の階段の下。スイッチ総研は駿府城公園外堀の二ノ丸橋前歩道周辺で、最終日のみ目抜き通りになる札の辻交差点でもパフォーマンスを行った。その日は肉フェスとサンバカーニバルとも同時に開催されていて、かなり混沌としたものになるのかと思ったが(肉とサンバって!)、きちんとエリアが分かれていて、一日滞在して遊ぶにはちょうど良かったのではないだろうか。僕らの本部(楽屋とか)を設置したのは旧CCCと呼ばれている場所で、小学校をリノベーションしたアートセンターだ。そこの一室のしりあがり寿さん(静岡出身)の絵が乱雑に描かれた教室があってそこを事務局室にした。小学校の教室、黒板にはしりあがりさんの落書きのような絵、窓の外からはサンバの音、なんだかほっこりする場所でとても良かった。
さて、演目はどれも素晴らしく、これは多摩の時も思ったのだけど、奇跡のような瞬間に何度も立ち会えた。市民が参加してくれたものに限っては、こちらもすぐにうるっときてしまう。2日目から風が強く、いくつものハプニングがあった。日差しも追い打ちをかけるように強くなった。それでもそのことを味方にするパフォーマンスは、芯が強くないとできないものばかりで、自分で言うのもなんだが、すばらしいパフォーマーたちを集めることができて幸せだった。3日間とも快晴だったことも感謝するしかない(晴れ男晴れ女の皆さんありがとう)。
それと特筆すべきは静岡での運営事務局を担ってくれた渡辺さん・蔭山さんを筆頭とする静岡演劇人のみんなの熱心でそしてホスピタリティあふれる取組が確実に成功に繋がった。彼らは劇団渡辺というところのみんなで(そうです渡辺さんが座長さんです)、小さな劇場も持っていてその下のフロアでは酒場もやってる(そこでよく打ち合わせをしたり飲んだりした)。演劇は演劇を上演することだけじゃないという心の広さは普段のそういう活動からきているのだろう。

もちろん課題はたくさん残った。でも静岡でやる静岡らしいものに今後ゆっくりと進化していってくれれば嬉しいし、なにはともあれ、駅~にぎやかな商店街~市庁舎~お城が半径15分以内にあるのはとても面白い。それこそワンデイトリップのようなフェスに今後なっていくといい。ストレンジシード、まだその種はまいたばかり。

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奇妙な種・その1

2016-06-10 | Weblog
GWは静岡でストレンジシードという名前の野外フェスだった。今更だけどメモとして書いておく。
ストレンジシードはSPACが主催している「ふじのくにせかい演劇際」を盛り上げるべく始まった企画だ。SPACとは静岡県舞台芸術センターの略で、日本ではとても珍しい公立の劇団を持っている(関西のピッコロ劇団は兵庫県立ですね)。芸術監督は宮城聡氏だ。また、静岡市が20年ほど前から提唱している「街は劇場プロジェクト」というのがあって、それともリンクするということでストレンジシードは主催が静岡市になっている。僕が3年間やらせてもらった同じコンセプトの「多摩1キロフェス」の実績を評価してくれてディレクターとして声がかかった。僕自身、静岡にも何度も行っていて、毎年秋にある大道芸ワールドカップに今までに2度、オリジナルテンポとして参加させてもらっている。ちなみにその大道芸ワールドカップは「街は劇場プロジェクト」の提唱者の甲賀さんがプロデュースしている。なんとなくわかりましたかね?ややこしいですね。
ともかく、静岡の街を使った演劇やダンスのパフォーミングアーツフェスです、ストレンジシードは。実はヨーロッパや最近ではアジアでもこういうフェスは多くて、決して街でパフォーマンスするのは大道芸や路上バンドだけじゃないんですね。それこそ野外でしか体験できないすごい演目、プロフェッショナルな団体がたくさんいます。僕がシビウで見た劇団は、トラックごと街の広場にやってきて開くとそこに舞台があって、オートバイや花火や空飛ぶ仕掛けなど盛りだくさんの演出が組み込まれたものでした。日常と非日常という言い方をよくしますが、野外劇の魅力は日常と非日常が地続きになっているところです。それはまさに新しい体験です。
そういうフェスを日本でしたいなあと思いはじめた多摩も3年でおしまい(http://1kmfes.com)。でも代わりにストレンジシードがはじまりました。とはいっても多摩と静岡ではなにからなにまで違う。構造から人口から距離から文化的な背景から市民の気質から建物から条例まで何もかも違う。
多摩のやりかたをしてもよくないだろうな、とは直感で思った。
わりと急に決まった企画だったので、今年はまずとにかく面白いアーティストに参加してもらうこと、彼らがどういうことを起こしてそれに対して市民がどう反応するかを見よう、と思った。
参加したもらった団体は、カンパニーデラシネラ、FUKAIPRODUCE 羽衣、CHAiroiPLIN、冨士山アネット、東京 ELECTROCK STAIRS、toRmansion、劇団壱劇屋、サクノキ、うつしおみ、京本千恵美、バーバラ村田、チカパン、スイッチ総研、しでかすおともだちの計14組。(続く)

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劇場の声

2016-05-25 | Weblog
真夜中に執筆。冷蔵庫で氷が勝手に作られるのだけど、そのできあがる音に(がらがらってやつに)びくっとする。
本来は大阪のシアターブラバのお別れ会に駆けつけたっかたのだけど。ゆかちゃんからの報告でロビーではクーツェの「エブリシングイズシンフォニー」が流れていたそうで。
最初はTPDの「1×0」で、その次が「麦ふみクーツェ」で、「ハイキュー!!」は初演と再演で二回。もっともっとシアターブラバで演劇を作りたかった。何度も何度も通ううちにいろんな声が聞こえてくる、風景が見えてくる。劇場はそれ自体が大きな樹のようで、まるで彫刻家がそこに秘められたものを掘り出すように僕もシアターブラバでしか作れないものをもっと作りたかった。それが叶わないのは本当に残念だ。
今までにいくつもの劇場で公演を打ってきたか覚えていないけど、名は体を現す、というか、劇場自体がブラボーという声で一番包まれているのは紛れもなくシアターブラバだと思う。それと大阪城の麓というのが良い。なんていうか城下町の小屋って感じがして。そういえば楽屋の外の猫たちはどうなっちゃうのだろうか。
最後の日は客席には猫がたくさんいて、彼らのためのショーが行われているような気がする。
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原作もの

2016-05-24 | Weblog
ハイキュー!!もワンピースも、クーツェも友達もやぶのなかも、原作ものという意味ではどれも同じだ。この世界になかったものを作家が生み出した。それをORIGINALと呼ぶ。僕はそのORIGINALを使わさせてもらって、舞台のORIGINALにしないといけない。この作業は原作が漫画でも小説でも戯曲で詩でも絵画でも、基本的には大きな道筋は変わらない。まずORIGINALのどこが好きなのか、を見極める。それからゆっくりとその好きな部分を崩さないように隣のテーブルに移動する。プリンのようなものを手ですくって運んでいるイメージだ。これが一番重要だ。ここで失敗するとこのあとなにをやっても上手くいかない。そして移動させたあとは、丁寧にかつ大胆に舞台用の形に成形する。舞台だからこそ可能なこと、そして関わってくれたキャストスタッフだからこそ面白いもの、を発見し、演出する。
作家の人がゼロから生み出したものを、舞台では(もしかしたら映画とかも一緒かもね)たくさんの人がひっぱったりちぎったり色を塗ったりする、そのときに、みんなが勝手にやってしまうとそれこそ「ひどいもの」になってしまう。そこを指揮するのが演出家の仕事の一つだ。そういう意味では僕がクリエイトすることよりも、みんなに楽しく自由に遊んでもらうことが重要で、そういう公園の管理者の役なのかもしれない。
そして終わった後に、キャストスタッフが、ORIGINALを好きになっていれば成功だ。それも僕が全然予想もしていなかった部分を好きになっていればなお良い。
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