バイロンはお好き?

バイロンを超現代的に解釈・注釈・日本語訳するブログ

眼に見えぬ鎖

2010年05月15日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第3編

9.
彼はあまりに早く<生>の杯を飲み干してしまった。
そして残滓が苦艾だとわかったのだ。
しかし聖なる地の澄んだ泉から湧き出る水で、彼は再び杯を満たした、
そしてその泉は永遠なるものだと思ったのだ。しかし無益だった!
なおも彼の身には眼に見えぬ鎖が巻きつき、
絶えず苛み、見えぬが縛りつけ、
音もたてずに重くのしかかる。
言葉もなく責めたて、多くの土地を通り抜けるその一歩ごとに
身に喰いこみ、鋭さを増してゆく痛みで、その身を磨り減らしてしまう。


IX.

His had been quaffed too quickly, and he found
The dregs were wormwood; but he filled again,
And from a purer fount, on holier ground,
And deemed its spring perpetual― but in vain!
Still round him clung invisibly a chain
Which galled for ever, fettering though unseen,
And heavy though it clanked not; worn with pain,
Which pined although it spoke not, and grew keen,
Entering with every step he took through many a scene.


quaff:((文))[動](自)(他)(酒などを)がぶがぶ飲む, 一息に飲み干す((off))
dreg:(飲み物の)かす, おり
wormwood:《植》ヨモギ;ニガヨモギ、((文))苦い[不愉快な]経験;苦悩
gall:〈人を〉いらだたせる, とても怒らせる
fetter:((文))…に足かせをはめる;…を束縛[拘束]する
pine:責め苛む
enter:〈くさび・探り針などを〉(…に)入れる, 差し込む((into ...))

癒えることもない傷に

2010年05月14日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第3編

8.
こんなことを言い過ぎた。もはや過去のことだ。
こんな長々とした呪文は、黙って封をしてしまおう。
ハロルドが久しぶりに、ついに登場する。
命を奪いはしないが癒えることもない傷に悶え苦しんできたので、
彼はもはや胸で何かを感じることもない。
しかしすべてを変える<時>は、彼の年齢と同様に
その気持ちや面持ちも変えてしまったのだ。
歳月は体から活力を奪うように、心から情熱を奪い取ってしまう。
そして<生>の魔法をかけられた杯は、その縁だけが輝くのだ。


VIII.

Something too much of this:― but now ’tis past,
And the spell closes with its silent seal―
Long-absent HAROLD re-appears at last;
He of the breast which fain no more would feel,
Wrung with the wounds which kill not, but ne’er heal;
Yet Time, who changes all, had altered him
In soul and aspect as in age: years steal
Fire from the mind as vigour from the limb;
And Life’s enchanted cup but sparkles near the brim.


fain:((古・詩))[副]((wouldと共に用いて))喜んで, 進んで, 快く
alter:…を変える, 改める;…を(…に)変える((into ...))
vigour:(肉体的・精神的)活動力, 活力;健康的な体力[精神力];元気, 生気, 活気
enchanted:うっとりして, とてもうれしい;〈人・場所が〉魔法をかけられた

あまりに鬱々と考え過ぎて

2010年05月13日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第3編


7.
しかし、無闇に考えてはいけない。
かつてあまりに鬱々と考え過ぎて、
煮え立ち擦り切れた頭の渦のなかで
脳が空想と炎の渦巻く渦巻きになったのだ。
こうして、若いうちに自分の心を統べる術を教わらなかったので、
私の命の泉は毒された。もう手遅れだ!
だが私は変わった。<時>が癒せぬものに耐え、
<運命>を責めることなく苦い果実を食む力については
いまなお充分変わらないのだが。


VII.

Yet must I think less wildly:- I have thought
Too long and darkly, till my brain became,
In its own eddy boiling and o’erwrought,
A whirling gulf of phantasy and flame:
And thus, untaught in youth my heart to tame,
My springs of life were poisoned. ’Tis too late!
Yet am I changed; though still enough the same
In strength to bear what Time cannot abate,
And feed on bitter fruits without accusing Fate.


wildly:激しく, 荒々しく, 乱暴に
eddy:(液体・気体などの)主流に逆う流れ;(空気・ほこりなどの)渦, 渦巻き
whirling:〈考えなどが〉次々に湧(わ)き出る, 〈頭が〉混乱する.
gulf:深い穴[割れ目], 深淵(しんえん);渦巻き
abate:…の(程度・勢い・強さ・数量・額などを)減少させる, 減じる, 少なくする, やわらげる

より強烈な存在を生きるため

2010年05月09日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第3編
6

それは創造すること、そしてまさに創造することにおいて
より強烈な存在を生きるためなのだ。私が今そうしているように、
空想に形を与え、心に描くものに命を与えながら、
我々自身がその生を得るというのは。
私は何者だ!無だ!―しかしお前は違う、
私の思考の「魂」よ!お前と友に、私は大地を巡る。
お前は目には見えないが、凝視している。私がお前の「霊」と結びつき、
お前の誕生とともに混じり合って、光り輝くのを。
そして押しつぶされた感情が尽き果てても、お前とともにあることを感じるのを。



endow: 賦与する、授ける、与える
traverse: 横切っていく、通り抜ける、あちこち移動する
crush: 押しつぶす、粉砕する、鎮圧する、虐げる
dearth: 払底、欠乏、不足

原文

‘Tis to create, and in creating live
A being more intense, that we endow
With form our fancy, gaining as we give
The life we image, even as I do now.
What am I? Nothing!-but not so art thou,
Soul of my thought! with whom I traverse earth,
Invisible but gazing, as I glow
Mixed with thy Spirit, Blended with thy birth,
And feeling still with thee in my crushed feelings’ dearth.

人生の深淵を見通してきた

2010年05月09日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第3編
5

年月ではなく、行為によって、この苦悩の世界で老いてきた者、
人生の深淵を見通してきた者にとって、
もうなにも驚くようなことはない。そしてさらに
「愛」―あるいは「悲しみ」―「名誉」―「野心」―「争い」でさえも
彼の心を再び、沈黙の厳しい試練の鋭いナイフで
切り裂くことはできないのだ―そのような者にはなぜ「思考」が
孤独なほら穴に逃げ場を求めるのかが理解できる。
そこは幻想の表象と、古くとも損なわれていない、
「魂」の苦悩にさいなまれた独房に住まう、幻影に満ちているのだ。



woe: 悲痛、悲哀、苦悩
pierce: 貫通する、突入する、無理に通る、身にしみる
keen: 鋭い、厳しい、身を切るような
rife: 満ちみちて、充満して、~だらけで、はびこって
airy: 空中の、空高くそびえる、優雅な、軽快な

原文

He, who grown aged in this world of woe,
In deeds, not years, piercing the depths of life,
So that no wonder waits him; nor below
Can Love-or Sorrow-Fame-Ambition-Strife,
Cut to his heart again with the keen knife
Of silent, sharp endurance-he can tell
Why Thought seeks refuge in lone caves yet rife
With airy images, and shapes which dwell
Still unimpaired, though old, in the Soul’s haunted cell.

情熱、―歓び、あるいは痛みの若かりし日々

2010年05月09日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第3編
4

情熱、―歓び、あるいは痛みの若かりし日々以来
私の心と竪琴は、人の心を震わせることが出来なくなってしまったかもしれない。
そしてどちらも軋んだ音を立てるだろう。おそらく、
私が、かつてのように歌おうと試みても無駄かもしれない。
それでも―つまらない調べであっても、私はそれにしがみつくのだ―
それが、身勝手な悲しみや喜びのうんざりするような夢から
私を引き離してくれて―私の周りに
忘却を投げかけてくれるなら―それは私にとって、
他の誰かにはそうでなくても、有難い主題と思えるだろう。



perchance: おそらく、たぶん
harp: ハープ、竪琴⇒詩心の表れ、詩のこと
string: 弦、つる⇒lose a stringを’人の琴線に触れるような詩をかく能力を失った‘と解釈した
jar: きしませる、振動させる、耳にさわる、きしる
essay: 試みる、企てる
dreary: ものさびしい、憂鬱な、退屈な、つまらない
strain: 調子、詩、曲、歌
weary: うんざりした、退屈な、疲れた
fling: 投げつける、浴びせる、降り出す、ばらまく
forgetfulness: 忘却、怠慢、粗忽

原文

Since my young days of passion-joy-or pain-
Perchance my heart and harp had lost a string.
And both may jar: it may be, that in vain
I would essay as I have sung to sing .
Yet-though a dreary strain, to this I cling-
So that it wean me from the weary dream
O selfish grief or gladness-so it fling
Forgetfulness around me-it shall seem
To me, though to none else, a not ungrateful theme.

片雲の風が吹き抜けるように

2010年05月01日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第3編

3.
僕の若き夏のころ、あるひとについて歌ったね、
暗い心を持った、流離(さすらい)の追放者を。
いまいちど、僕は、そのとき始めたこの主題を取り上げて、
片雲の風が吹き抜けるように、この身に携えよう。
あの「お話」のなかで、僕には、
考え込み、やがて干上がった涙の痕跡(あと)が見られる。
涙は退(ひ)き、あとには不毛の溝で跡をつける。
そのうえを行くのは漂白の歳月、まったくのっそりと
生の最期の砂地を重たい足どりで踏みしめる。――そこには花が見あたらない。


III.

In my youth’s summer I did sing of One,
The wandering outlaw of his own dark mind;
Again I seize the theme, then but begun,
And bear it with me, as the rushing wind
Bears the cloud onwards: in that Tale I find
The furrows of long thought, and dried-up tears,
Which, ebbing, leave a sterile track behind,
O’er which all heavily the journeying years
Plod the last sands of life, - where not a flower appears.


outlaw:(社会からの)追放者
bear:((文))〈人・乗り物などが〉…を運ぶ, 持って行く。〈風・海が〉…を運ぶ
but begun:「”theme”を修飾する形容詞句。」(田吹)
ebb:〈潮・水が〉引く(⇔flow)((away)).
sterile:〈土地が〉やせた, 不毛の
heavily:重く, どっしりと。ひどく, 激しく, きびしく
Plod:(他)〈道などを〉重い足どりで[とぼとぼ]歩く.