SIA人物紀行

インド編(上):リベラリスト、ヤーダブさん 底辺の人間のために書く

  ラージェントラ・ヤーダブさんは八十歳になるインド文学界の重鎮だ。
出版社が集まるダリヤガンジと呼ばれる地域に、オフィス兼自宅を持ち、
創作の傍ら月刊文芸誌「白鳥」を発行している。
子供のころの事故で足や咽(のど)に障害を持ち、不自由に耐えながら
書いてきた。


 ムガール帝国の王が建てたタージマハルという世界遺産は、インドで
もっとも有名な観光スポットになっている。
この巨大な墓があるアグラという街は、首都デリーから車で五時間南東に
走った場所にあり、ヤーダブさんはこの地で生まれた。
低いカーストの生まれであり、イスラム教徒が大勢を占めるこの街で、
ヒンドゥー教徒の彼が味わった差別は、創作意欲に火を点(つ)け、
不屈の精神を養ったに違いない。
その名残が、ヤーダブさんの風貌(ふうぼう)に残っている。


 彼が書き始めた青春時代は、おおよそ六十年も昔だ。当時のインドは、今以上の
不条理や混沌(こんとん)が渦巻いていたと思われる。


 私を迎えて対談をする間も、ひっきりなしに電話がかかり、秘書らしい男性が
用件を伝えにくる。
身体の不自由さを補って余りある精神力で、それに答えるヤーダブさん。
 

 今回日本に翻訳掲載が叶(かな)った「仔犬(こいぬ)」という彼の初期の短編は、
単純なカタチながらインドの問題のすべてが入っていると、作者本人が語った。
 

 ある日、ヒンドゥー寺院の前に赤ん坊が捨てられている。
可愛(かわい)い仔犬は産(う)まれる前から引き取り手があるのに、赤ん坊は
集まった人間により議論の対象にはなっても、手を差し伸べてくる者はいない。
そこに一人のアウトカースト(不可蝕民(ふかしょくみん))の女が現れ、
黙ってその子を連れ去って行く、というお話。
 

 日本人には解(わか)り辛(づら)いけれど、その瞬間、赤ん坊はカースト最下層の
人生を歩むことが運命づけられる。しかしこの女が拾って行かなければ、
赤ん坊は死ぬしかない。


 「インドの作家は、みな差別に敏感です」
 「作家は底辺の人間のために書きます」
 「ペンしか武器が無いからです」
 

 リベラリストらしい力強い言葉が続く。
 

 六十年前より、カーストによる差別の問題は良くなったかと尋ねると、
ガンジーが撤廃しようとした志は失われ、そのころより悪くなったという
返事が返ってきた。


 最先端のIT産業や高等教育、一部の富裕層の生活は別にして、大部分の人間、
とりわけ下層のそれは、確かに六十年前から変わったとは思えない。
上層部は世界に進出できても、家を持たない地方からの出稼ぎはテントで暮らし、
毛布一枚で眠る。日本では子供にお金がかかるが、子供はお金を稼ぐ財産だという
感覚の人間も、この国にはまだ多い。人の集まる市場に行けば、底辺の現実が
無惨(むざん)なカタチで見えてくる。
 

 差別意識と闘いながらの底上げには、想像以上に時間がかかるだろう。
だからヤーダブさんは、老いても死ねない。


(この記事は2010年4月5日に西日本新聞に掲載されました。)



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