松永和紀blog

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エコナ問題を伝えるのは難しい1~共同通信の報道への疑問

2010-09-02 07:49:23 | Weblog
 「エコナ成分、発がん性物質に変化 動物実験で」というタイトル(見出し)の記事を共同通信が8月26日、配信した(47Newsの記事)。エコナに高濃度で含まれるとされるグリシドール脂肪酸エステルが、ラットの体内で発がん物質、グリシドールに変化したという実験結果を、厚労省が食品安全委員会に報告したという。「食安委は今後、人体に影響があるかどうかを審議、最終的な結論を出す」と書かれているが、見出しのインパクトは強い。「やっぱり、エコナを食べたらがんになるんだ」と受け止めた人も多かったかもしれない。


 これは、26日に開かれた食品安全委員会での配布資料と委員による議論を基にした記事らしい。だが、配布資料を読むと、共同通信の記事とは印象がかなり異なる。ヒトでのリスク評価という視点から言えば、「エコナで懸念された発がん性が、ヒトでは問題ないかもしれない可能性が浮上した」というのが、今回のもっとも重要なポイントではないか。
 共同通信の記事は、どうしてもエコナを悪者に仕立て上げたくてごく一部だけを記事にしたように見える。少々解説してみたい。
(第345回食品安全委員会の資料1)

 共同通信の記事は、ラットを用いた実験結果を厚労省が食品安全委員会に報告したと書いており、厚労省が発がん性を認定したような印象を受けるが、正確には花王が厚労省に提出した報告を、厚労省が食品安全委員会に報告したものだ。
 しかも、報告内容はラットの実験だけでなく、カニクイザルも用いた実験と、これらの実験の背景説明としての情報収集という三部構成になっている。

(1) ラットを用いた実験
 ラットにグリシドール脂肪酸エステル(この実験では、グリシドールリノール酸エステル=GEL)、あるいはグリシドール(G)を経口投与し、血中への移行を24時間にわたって調べたもの。
 ただし、ヒトがエコナを食べるときの曝露量とはまったく異なり、約4600倍もの量を投与している。とりあえず、GELとGの挙動を高用量投与で大づかみしてみよう、という実験だ。
 結果は、GEL投与群で血漿中からGが検出された。投与5分後にはGが検出され30分後には最大となり、24時間後には定量下限未満となった。

 Gを血漿中で確認したという実験結果は、これまで「グリシドール脂肪酸エステルが、動物の体内で発がん物質グリシドールになる可能性がある」と言われていたことをラットで実際に確認した、という点で非常に大事だ。世界的に見ても、初知見のようだ。
 だが、エコナのリスク評価、という点では、予想していた代謝反応の一つがラットで実際に確認されたという“第一段階”が済んだだけ。GELの何%がGになっているかは分からず、血中にあるGがどの程度、細胞組織に移行し遺伝毒性を発揮するのかもまったく不明。それに、ラットで確認されても、ヒトではどうかわからない。


(2) カニクイザルとラットを用いた血中移行性と種による代謝の違いを調べる実験
 (1)のラットでの結果をすぐにヒトにもあてはめて検討してよいのか? これまでの脂質代謝研究から、それが無理であることははっきりしている。
 動物が食べた脂質は、舌や胃、膵臓などから出る酵素「リパーゼ」によって加水分解され、脂肪酸を切り離す。これらの脂肪酸は、胃や小腸などから吸収され、小腸上皮細胞でまたグリセロールと結合し、リンパ系から血液循環系へと移行する。GELは脂溶性なので、ラットに投与した場合に口腔や消化管内でリパーゼによってリノール酸がはずれる代謝が起こり、水溶性であるGとなってそのまま素早く吸収され血中へと移行したと推測される。
 だが、リパーゼの口腔や消化管内での活性は動物によってかなり異なり、脂質代謝に大きく影響する。そのため、花王は、カニクイザルで試験してみた。(1)のラットの試験は、専門家がバリデーションを行っている。だが、この(2)の試験はまだ、花王の自主検討による予備試験、という位置づけだ。

 今回は、(1)の実験に比べて投与量が下げられた。カニクイザルにGELあるいはGを、それぞれヒト曝露量の100倍と300倍経口投与して、投与後の血漿中のG濃度を調べた。また、ヒト曝露量の1~125倍のGELやGをラットに投与する実験も行った。すると、実に興味深い結果となった。
 カニクイザルにGELを、ヒトの曝露量の100倍与えても、300倍与えても、その後血漿中からGを検出できなかったのだ。同じことをラットに行った実験では、25倍投与、125倍投与で、血漿中からGを検出している。つまり、ラットの体内ではGELがGになるが、カニクイザルの体内ではGになっていない可能性が示された。
 ヒトがラットよりもカニクイザルに近いことは言うまでもない。GELの代謝、血中移行性が種によって違い、もしかすると、ヒトではラットのようにGELがGになっていない可能性が出てきた。
 では、(1)(2)のこの両方の実験をどう考えるか? 推論の材料となるのが(3)の文献収集である。

(3)舌リパーゼに関する情報収集
 文献によれば、ラット、マウスなどのげっ歯類は、舌からリパーゼを分泌しており、舌リパーゼ活性が高い。一方、ウサギやブタ、ヒヒなどでは酵素活性がほとんど認められない。

 食品安全委員会の配布資料には書かれていないことだが補足すると、霊長類は舌リパーゼ活性がほとんどないかわりに胃リパーゼ活性が高く、油脂は胃の中で加水分解が進む。ただし、胃内での消化の割合は10~30%程度とみられており、残りは十二指腸に進み膵臓から分泌された膵リパーゼによって分解され消化されることになる。=「DAGの機能と栄養」(幸書房)より。

 こうした予備知識を持って、食品安全委員会の配布資料に掲載されている(1)(2)のグラフを見てほしい。(1)では、Gを投与した群で、すぐに血中からGが高濃度で検出された後、一気に下がり投与後8時間で、もうほとんど検出されなくなっている。GELを投与した場合のGの検出の推移は、G投与に比べてピークが出る時間に15分の遅れがあるものの、ほぼ同じような経過をたどっている。このことから、GELの分解が投与直後に一気に進んで、あとはG投与と同じ挙動を示した可能性が高い。つまり、ラットでは、舌リパーゼによってGELからGへの分解が急速に進んだのではないか、と考えられるのだ。
 一方、カニクイザルでは、舌リパーゼ活性はほとんどない。そのため、GELはそのまま胃へと進んだのではないか。

 だが、これだけでは、カニクイザルの血中からGが検出されない理由が分からない。そこで、さらに検討されるのが胃中のpHだ。実は、GELやGはエポキシ環と呼ばれるC二つとOが結合した環があるのが特徴。このエポキシ環はpHが低いと壊れやすことが、ほかのさまざまな研究からわかっている。
 ラットの胃内はpH2.5~6.0。一方、霊長類は2前後が普通。カニクイザルの実験では、胃中でエポキシ環が壊れ、GEL、G共に分解されてしまった可能性がある。
 配布資料では、エポキシ環が壊れる可能性にまで言及されているわけではないのだが、深読みするとこのようなストーリー、“仮説”が見えてくる。

 ラットの試験は、専門家のバリデーションを受けたもの。一方、(2)のカニクイザルとの比較試験は花王による予備的なものであり、結果を評価する場合の信頼性、中立性は大きく異なる。だが、私には花王がいい加減な実験を行うとは思えず、バリデーションを受けた本試験で結論がひっくり返るとは考えにくい。今後、エコナのリスク評価は、この種間差の検討が重要項目となるのは間違いない、と思う。

 以上のことをまとめると、
i) ラットで、GELがGに変換し血中に移行していることが確認された
ii) カニクイザルを用いた予備試験では、GELを投与してもGは血中から検出されず、GELの吸収、代謝に大きな種間差があることが示唆された

ということは、言える。
 でも、まだ分からないことが多すぎる。GELの体内動態(吸収、代謝、排泄等)を調べるには、GELやGを放射性同位元素でラベルして調べるなど、さまざまな角度からの検討が必要だ。もし、胃でエポキシ環が壊れる可能性があるのなら、胃内pHは一緒に食べる食物によっても変動しpHが上昇する時間が長くなることも考慮に入れる必要があるだろう。
 それに、これらの研究において重要なのはグリシドールの定量なのだが、グリシドールの感度のよい定量法はまだ確立されていない。より優れた定量法の確立は急務だ。
 花王が求められている資料はこのページにあるように多岐にわたっている。これらを総合して検討するのがリスク評価である。

 改めて、共同通信の記事を読んでみると、やはりあまりにも不十分で、読者に不誠実な記事ではないか、と思えてならない。
 「ラットで、GELがGに変換されているのがわかった」というのは、リスク評価のための検討項目のごく一部であり、ハザードが確認されたに過ぎない。しかも、今後のリスク評価はこのハザードの単純な適用では済まないことが、予備試験で既に示されている。にもかかわらず、一般市民にハザードのみを伝えているのだ。
 エコナがまだ販売されているならまだしも、もう販売もされていない。そういう状況で、ハザードのみを伝える意図が、私にはよくわからない。
 
 エコナ報道は、最初からこの手の記事が多かったが、またしても、である。この記事で消費者が不安に陥ったり、消費者団体が騒ぎだしたりしないように、と願うしかない。
 一方で、今回の食品安全委員会での情報提供と議論は、どういう報道をしたらよいのか、悩ましいところがある。共同通信の記事はひどすぎるが、私が新聞記者だったとしても非常に迷ったはずだ。専門家のバリデーションを受けた試験結果と、自主的な予備試験の結果を、どう判断しどこまで書いたら良いとするのか? そのことを次回、考えてみたい(つづく)
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2 コメント

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Unknown (自転車男の友人)
2010-09-02 11:40:48
非常に興味深い内容です。
特に、松永さんの考察にはいつもながら関心します。

社会ではすっかり忘れ去られた感がありますが・・・
メディアバイアスによる社会の反応やいかに

メディア全般が鮮度的に食いつくネタかなぁ
いずれにしても今後の研究は注視しておきます。

貴重な情報ありがとうございます。
報道の責任 (上々)
2010-09-03 08:11:46
松永さんのご著書でも取り上げられているように、マスコミの報道は少なくとも「こう言っている人がいる」と言うのは事実だと言う責任逃れがされた上でのことが多いのでしょうが、この場合は発現した人も「そうは言っていない」と言うことでしょう。

食品安全委員会が訂正を求めても良いのではないかと思います。

それにしてもこの件について他では全く話題になっていないようです。すでに賞味期限が切れてしまったのでしょうか。

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