聖武天皇祭

5月2日 聖武天皇祭
式衆・稚児による練り行列 13時~
大仏殿到着後「聖武天皇御忌法要」

東大寺の聖武天皇祭に行ってまいりました。
行列は、先駈(さきがけ)、道楽(みちがく)を奏でる楽人・稚児(約50名、同伴の母親等約50名)・物詣女(ものもうでおんな)及び小野小町(日本舞踊社中)・ミス奈良の人たち・聖武講役員・僧兵・会奉行(えぶぎょう)・式衆(東大寺本山末寺の僧侶約50名、伴侍・傘もち約50名)・華厳宗管長・侍僧等、あわせて約300人からなる。(東大寺公式HPより 引用)
今回は、先駈(さきがけ)、道楽(みちがく)を奏でる楽人・稚児(約50名、同伴の母親等約50名)の記録(写真14枚)をしたいと思います。
次回、物詣女(ものもうでおんな)及び小野小町(日本舞踊社中)からの記録予定です。

聖武天皇祭では 式衆・稚児などによる練り行列、そして、舞楽(1時半~2時20分)、慶讃能が奉納(3時~4時20分)が奉納されました。
こちらも楽しませていただきましたので、記録できればいいなと考えています。
舞楽は三つ、おそらく最後は「蘭陵王」?だと思いますが自信はありません。
能楽は「歌占」(うたうら)
内容と動きと小弓につけられた短冊が興味深い能でした。

「奈良の大仏さま」として知られる東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)は、今から1250年前の奈良時代に、聖武(しょうむ)天皇、良弁(ろうべん)僧正、行基菩薩などをはじめとして、多くの人々の力の結集によって造顕された。
しかしこの盧舎那大仏造顕という国を挙げての難事業は、「若し朕が時に造り了るを得ざるあらば来世に於て身を改めて猶作らん」とまで述べられ、また自らを「三宝(”さんぼう”、或いは”みほとけ”)の奴(やっこ)と仕えまつる天皇(すめらみこと)」とさえ称された、聖武天皇の熱意と信仰心が原動力となってはじめて可能であったともいえる。
この法要は、 天平勝宝 8年(756) 56歳で崩御された聖武天皇の御忌法要で、8時から、聖武天皇をおまつりしている天皇殿で論議法要が行われる(11時半頃まで)。
この法要中に限り、日ごろは公開されていない天皇殿を参拝することが出来る(南大門を越えてすぐの大仏殿参道東側、勅使門より入って突き当たり。ただし法要中なので建物の中へは入れません。無料)。
また、13時から式衆・稚児などによる練り行列が行なわれる。
行列は奈良県新公会堂を出発し、南大門を経て参道を大仏殿に向かう。

お稚児さんたちはとてもかわいらしく、嬉々としていらっしゃいました。
またお子様を見守られるおご父兄の笑顔とお母様のお着物の美しさにわたくしまでうれしく感じました。
ここからは 先駈(さきがけ)、道楽(みちがく)を奏でる楽人・稚児(約50名、同伴の母親等約50名)を写真だけで記録したいと思います。
見て下さいましたらうれしいです。













見て下さいまして誠にありがとうございます。
とてもうれしいです。




