urt's nest

ミステリとかロックとかお笑いとかサッカーのこと。

村上春樹『アフターダーク』講談社文庫

2006年10月17日 | reading
ネタバレ一応注意。

すげえ文章があった。

《彼女が今やろうとしているのは、自分の目がそこで捉え、自分の感覚がそこで感じていることを、少しでも適切な、わかりやすい言葉に置き換えることだ。その言葉は半分は私たちに、半分は自分自身に向けて発せられることになる。もちろん簡単な仕事ではない。唇は緩慢に、とぎれとぎれにしか動かない。まるで外国語を話すときのように、すべてのセンテンスは短く、言葉と言葉のあいだに不均一な空白が生じる。空白がそこにあるはずの意味を引き延ばし、薄めていく。こちら側にいる私たちは懸命に目をこらすのだけれど、浅井エリの唇がかたちづくる言葉と、彼女の唇がかたちづくる沈黙を見分けることすらむずかしい。リアリティーは砂時計の砂のように、彼女の細い十本の指のあいだからこぼれ落ちていく。そこでは時間は、彼女の味方をしてはいない。》(222-223p)

長くなっちゃったけど、「彼女」と「私たち」の存在する情景を重ね合わせた場合、鳥肌が立つような喚起力を持つ文章です。
「視点」としての「私たち」の存在がたびたび言及されるように、徹底して客観性が維持された、緊密で静謐な小説。23:56から翌6:52の、ある姉妹を中心に起こる「出来事」。その完成された端整な描写によって、登場人物たちのほんの少し上空で、緊密な闇を呼吸しているような感覚をもたらしてくれる小説です。
別に村上春樹誉めても何一つ目新しくないけど、ここまでの喚起力、本当に稀有で貴重な小説家だと思う。高校の時国語の教師が「毒にも薬にもならない小説家」とか言ってたけど、絶望的にセンスねーなと思う。

作品の評価はAマイナス。

アフターダークアフターダーク
村上 春樹

講談社 2006-09-16
売り上げランキング : 113

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (うさぎ)
2006-10-31 23:42:32
前の記事に米で申し訳ないが

前々から言ってる事があるのよね。今の作家は読んでるときは面白いと感じるけど、読み終わった後はさほどでもないことが多いってこと。
漱石とか読んでるとき全然退屈なんだよね。だけど、読み終わって面白いと感じれるから不思議ちゃん。
それに近い印象を受けるのが村上春樹だと感じとります。

とりあえず、カフカ賞受賞おめでとー!
なるほど (urt)
2006-11-01 00:26:57
確かにそういう感覚は珍しいわな。
ただ申し訳ないが、俺は春樹読んでる間すげー楽しい。『羊をめぐる冒険』なんて楽し死にするかと思ったね。
ラストのカタルシスに多くを負った小説ばかり好んで読んできたせいでしょうか、文学的余韻とでも言うべきものがうまく味わえないのです。