レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

夏 高気圧と高血圧

2017-06-25 05:00:00 | 日記
2008年秋の経済恐慌の後、いろいろな分野で政府からの助成のカットや縮小が行われました。国が破産してしまったのですから仕方ないですね。その後、観光業の賑わいを軸として、経済はだいぶ盛り返し、今現在はまた「ミニバブル」を楽しんでいるかのような状態になっています。

そうはなっても、いまだに恐慌の後を引きずっている面もいくつもあります。学校教師の給与の低さ、老齢者へのペンションの低さ、警察官の人員不足、病院をはじめとした保健衛生関連分野での運営の困難等が、いの一番に挙げられるでしょう。

もっとも病院の経営困難は経済恐慌以前から論議されていましたので、運営システムそのものに何か問題があるのかもしれません。

理由はともかくとして、私が実際に耳にしたり目にしたりする現実というのは、病気の人が医者の診断を受けるまでに何週間も待たねばならない(風邪とかではなく、長期の治療が必要となるような疾患)、何かの手術までに何ヶ月も待たねばならない、怪我をして急患受付へ出向いたのに、そこで何時間も待たされる、というようなものです。

私は病院へ出向くことはよくあるのですが、これは牧師としてそこで患者さんに会うためであって、自分の健康故の訪問ではありません。ですから、自分の実体験的にこちらの病院の様子を語ることはできません。まあ、嬉しいことなのかもしれませんが。

アイスランドでは「ホームドクター制」を取っています。各個人はそれぞれの居住地域にあてがわれた「健康管理センター」に属します。そこには一定数のお医者さんや、看護師さん、その他のスタッフが働いています。そして地域の住人のそれぞれがセンターの特定のお医者さんをマイ·ドクターして持っているわけです。家族は原則、同じホームドクターにお世話になります。

レイキャビクの西街の私が住む地域は、市のダウンタウンの面倒を見る健康管理センターに属しています。七、八人のお医者さんが働いているようです。具体的な数は知らないのですが、おそらくひとりのお医者さんの受け持つ住民の数は相当なものになるでしょう。流感にかかり、ホムドクターに会いたくても診察予約は二週間先、とかという話しを聞いたこともありますから。

さて、私はこの「ホームドクター」にもとんと縁がない男です。レイキャビクに来た当初のホームドクターは、十年くらい前に引退されました。そのお医者さんが引退されるまでに、都合三、四回はあったでしょうか?

会った理由も、運転免許のための健康診断を受けたのと、あとは子供が風邪を引いたことだったと記憶しています。「バカは風邪引かない」のまんまで、私は流感とかにかからないタイプなのです。

で、先のホームドクターが引退された後、私にとっては二代目のホームドクターが当てがわれたわけですが、まったく顔を合わせる機会がないままに十年近くが経ってしまいました。

流感とかにはかからないものの、病気をまったくしなかったわけではなく、実はさまーずの三村さんと同じく痛風持ちです。ですが発症後の初期に、ホームドクターを飛び越して、専門医に見てもらい薬を処方してもらっていました。それが、そうですね、やはり十年近く続いたでしょうか?

ところが、その痛風の専門医の方も昨年引退してしまいました。で、その後「まずはホームドクターに相談するよう」と、健康管理センターに差し戻されてしまったのです。そしてしばらくすると処方された薬が切れてしまいました。

今はネットが健康管理の分野でも進化していて、薬の処方などはネットで済ませることができます。そう思い「楽勝!」気分で処方依頼をセンターに出したのですが、「初回の処方は医師との面談が必要」とかでハネられてしまいました。

「とは言っても、別に具合が悪いわけではないし、電話で十分だろ」と思い、ホームドクターとの電話インタビューを申し込み。で、初めて二代目ホームドクターとお話ししたのです。

二代目はすぐ薬は処方してくれましたが、「あなたは以前ここに来たのが随分昔だから、一度診察を受けに来なさい」ということになってしまいました。それで、やっとこの間、ひさーーしぶりに健康管理センターへ出向き、二代目にご挨拶することとなりました。

二代目は私と同輩の女性医師で、別に偉そうなわけでも、意地悪なわけでもなく問題はありませんでした。ただ、念のために測った血圧が「ちと高い」というのです。




それほど高価ではなかった血圧測定器


上が140チョイ、下が90くらいなので、危険な域には達していませんが、「すでに不活性化している痛風と、たまに出るウツ以外はまったく健康」と自負していたワタシとしては気になり、原因は何か?と考えたわけです。

ネットで調べて見ると「塩分の取り過ぎ」が真っ先に叩かれています。そう言われてみると、確かにワタシの食生活、相当ひどいものです。特に最近は。ホーレンソーの仲間で、浅漬けにすると小松菜のようになる野菜を発見したので、それをパクパク。昼はまず100%カップラーメン(一食で塩分6,5-7gというほぼ食塩摂取一日のリミットに到達)、つまみのポテトチップ等々。

それ以外にも、好物のラーメン類は塩分が高い、特にツユは。よくつまみにするフェタチーズも。ザーサイ、塩昆布等の惣菜も塩分多いですねえ。なんとコーヒーよりは健康にいいだろう、と思って飲んでいる梅昆布茶まで塩分多いというではないですか。何を食べろというのか?

それでも、夏の高気圧は歓迎しますが、高血圧はゴメンです。塩分カットを心に決め、まずはポテトチップとフェタチーズ、漬物に別れを告げました。カップ麺は毎日でなければいいだろう、と勝手に妥協。

しかし、こちらが涙の禁欲をしても、効果がなければ馬鹿馬鹿しい。かと言って血圧は自分で測れないし.....ということもないか?血圧計というものがあるではないか?あれは高いものなのだろうか?ネット調べると、そんなに高いもんじゃない。

思い立ったが吉日。私は仕事後、家電量販店に寄り、自宅用の血圧測定器とオフィスで使える携帯用のふたつを買い込みました。

何回か測って見ましたが、やはり平均すると上が140台、下が90台。標準を一歩踏み越えた「高血圧第1ゾーン」に留まっています。ラーメンを安心して食べるためには、もうチョイ下がらなくては。

塩分控え目生活と、ちょうど「ポッコリお腹」の矯正のために考えていたストレッチ運動で夏に臨みます。自前での血圧測定はやり始めて見ると、結構楽しい。たまに「間違えて」低い数字が出るのではないかと期待したりして。あるわけない!っか?(^-^;


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今年の五殉節- 英語 ペルシャ語 アイスランド語

2017-06-18 05:00:00 | 日記
六月中旬となりました。昨日の土曜日は17.juni ソイチャンダ·ユニと呼ばれる独立記念日でした。子供たちが小さかった頃は、町中へ出て出店をのぞき、フーセンなどを買うのがしきたりでしたが、今ではそういう必要性もなくなり、住んでいながらわりと縁遠い祭日と化してしまっています。

レイキャビクでは予想された通り?ここまでのところ良い夏となっています。先週からはコート類を着ることなく、レザージャケットだけで外に出られるようになりました。願わくはしばらくはこの感じでいってほしいものです。

さて今回は、先々週の日曜日のことについて書きます。多少、というかベッタリ教会関係の話になりますが、かんべんしてください。




何度目かの登場 ヒャットラ教会


先々週の日曜日は「復活祭」と呼ばれるキリストの復活を祝う祭日から五十日目にあたり、この日は「聖霊降臨祭」または「ペンテコステ」と呼ばれる別の祭日になっています。

キリスト教会が誕生する以前から「五殉節祭」というユダヤ教の祭りとしても祝われてきた祭りに、キリスト教が「乗っかった」形の祭日です。

で、キリスト教的にこの日がどんな祭りかというと、復活したキリストが天に昇ってから十日が経ち、イエスの弟子たちが五殉節の祭りに集まっていました。すると神の「聖霊」が弟子たちに降り、彼らは知るはずのない外国の言葉で話し始めた、と記されています。

この日を境に、イエスが捕縛された時には恐れから見捨てて逃げてしまったような頼りない弟子たちが、逆境にもめげず宣教を始めるようになったのです。そういうことから、このペンテコステをキリスト教会の誕生日と言うこともあります。

また、弟子たちが多くの国の言葉で語り出した、ということから、この日をキリスト教がユダヤ民族という囲いから世界へ向かい始めた日と考えるのも定番です。そういう関連から、この日は教会の中での「マルティカルチュラルデー」的な日になってきています。

というわけで、アイスランドの教会で、このペンテコステの日曜日の礼拝でよく行われるのが聖書をいくつもの言語で読む。あるいは祈りを様々な言語で捧げる、というようなことです。

私自身「日本語で読んで」とか頼まれて参加したことは何度もあります。アイスランドでもちょっと声をかければ、七つ八つの異なった言語はすぐに集まります。
ただ私の個人的な感想を正直に言わせてもらうと、こういうのってちっとも面白くないんですよね。何というか、上っ面というか、「取り敢えずやっとこうか」感が拭えないというか。

今年は五月の中旬くらいに、ホームグラウンドであるヒャットラ教会の新任女性牧師さんから「ペンテコステにインターナショナル礼拝をしたいのだけど、参加して」と頼まれました。私は移民牧師ですので、当然いろいろな国の人と繋がりはあります。

女性牧師から頼まれたら(しかも可愛い)「受けるしかないよなぁ」と突然寅さん化した私はもちろんOKしましたが、ただ言語を集めるだけよりも、もうちょっと内容があるようにしたいと思いました。

そこで「インターナショナル」からかなり幅を狭めて「ペルシャ語、英語、アイスランド語」での礼拝にすることを提案しました。このヒャットラ教会では私が担当して「難民の人との祈りの会」が月に隔週くらいの定期で持たれています。ただ、日曜日の午後なので、あまり教会の他の人との接触がないのです。




ヒャットラ教会での難民の人との祈りの会


そこで同じ教会に集っているふたつのグループが知り合う機会にすれば、多少は実際的な意義が出てくるだろう、と思い「祈りの会」を礼拝に招こうと思ったわけです。ペルシャ語が出てきたわけは、祈りの会の参加者の八割方はイラン人、もしくはアフガン人のペルシャ語を話す人だからです。

それから結構いろいろ考えてプログラムを作ったのですが、結局「参加する」どころか、すっかり責任者にされてしまった感があります。うまうまと新任ちょっと可愛い女性牧師さんに乗せられてしまう結果となりました。でも寅さんはそういうことは愚痴らない。

最終的には、難民申請中の青年にイランでの教会の歴史や状況を語ってもらいました。信じ難いでしょうが、イランではイスラム教から他の宗教に改宗することは禁じられており、違反者への罰は死刑相当です。この青年もイスラム裁判所からの「公式の」死刑宣告文を受け取っています。

私はことさらにイスラム教を批判するつもりはありませんが、批判せざるを得ない点も相当あることは確かです。特にイスラム教がその国の公権力と結びついている場合には、かなり深刻な批判となるように思われます。

ヒャットラ教会のペンテコステ礼拝では、さらにひとりのイラン人青年が洗礼を受けました。この青年の家族の中にはイランで地下教会に参加したかどで逮捕され、刑に処せられた人がいると聞いています。

他には、イラン人の人たちが「イラン人なら誰でも知ってるよ」という古い国民唱歌をYouTubeをBGMにして合唱。教会の祈りは、英語、ペルシャ語、アイスランド語を取り混ぜて、マンチェスター、カブール、ロンドン等でのテロの被害者の方々らも覚えてのものとなりました。

さらに礼拝後には、あるイラン人家族の人たちがスープ、ライス、サラダのイラン料理を相当人数分差し入れてくれ、一同で賞味させていただきました。もちろん、とても美味しかったです。感謝。

このペンテコステの祭日。月曜日までも祝日化しているアイスランドでは、実はこの週末は家族がサマーハウス等へ出かけるのが一般化しており、礼拝出席は44人と少な目でした。その半分が「祈りの会」からの参加者。

と、残念な点もありましたが、内容的には身がありました。で、聖霊が囁いたというか、インスピレーションを得たというか「他の教会でもやろう。かつ、一度だけではなく、定期的にやろう」と心に決めました。

教会というのは基本的に、様々なバックグラウンドを持つ人々が、そういう世間的なしょいものものを下ろして集う場です。集うには「知り合える機会」を待つだけではダメで、機会を創って行かなくてはなりませんね。

教会から急に話しが落ちますが、女性との出会いも同じですよねえ。「待ちではダメ。機会を創りに出て行かねば」というのはわかりますが、そっちの方は正直、聖霊様も「諦めたっ!」ぽいです。(^-^;


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庶民的夏の風物詩 グリラ

2017-06-11 05:00:00 | 日記
レイキャビクでは、今年は五月くらいから暖かめの日々が多く、どうもこの分では良い夏になりそうな感じです(と、思って足元をすくわれることは年中ありますが)。

実は今、これを書いているのは9日の金曜日なのですが、今日も快晴で青空が広がっています。気温は10度ですが、まだ昼前なのでこれからもっと上がっていくでしょう。

「こんな天気なのに、なぜオイラは部屋中でこんなものを書いているのだろうか?」と自問してしまいます。確かにそうなのですが、空いている時間をサッと使わないと「ブログ更新不能」になってしまうのでした。続けるためには多少の犠牲は仕方がないのです。

さて、こちらでは夏は日が長いですし、夏至直前のこの時期には夜中の一時でも日本の夕方のような明るさを保っています。そのまま暗くはならずに、また日は昇ります。

ですが「暖かい」「暑い」といった「夏らしい日」というのはそんなに多いわけではなく、そういう「夏日」(日本的な意味ではなく、アイスランド的な意味です)が巡ってくると、こちらの人はこぞって外へ繰り出してきて夏を
楽しもうとします。

ピクニックやウォーキングは仕事が引けてからでも行くことができますし(日が長いことの利点のひとつです)、手軽に庭で日光浴をする人もかなりいます。

そのようなこちらの夏の風物詩的なもののひとつがGirillaグリラです。日本ではバーベキューと呼ぶのが普通のようですが、庭やベランダなどで、専用の大きな鍋的な容器に豆炭などで火を起こし、網を敷いて肉や野菜を焼く、あれですね。




ラム肉はグリラでもメインなポジション
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天気の良い夏の夕方以降に戸外を歩いていると、必ずどこからかグリルの香りが漂ってきます。この香り、必ずしも肉を焼いている香りではなく、火を起こしている最中の着火用のオイルと豆炭の匂いだったりもします。

ところで、ちょっとウィキで調べたのですが、バーベキューとは本来は「数時間から一日かけてじっくり火を通して調理したもの」なのだそうです。豚の丸焼きなどのような大型の焼き肉が食材だったようです。

で、家族だけでは食べきれないので、戸外で客などを招いたりするうちに、パーティー化してきて、そういうイベントがバーベキューと呼ばれるようになったとか。その際に肉の味付け用に特に使用されたものがバーベキューソースだそうです。

短時間で肉等に火を通すものは「グリル」なのだそうです。Grillaはもちろん、このグリルと同じです。こちらではBBQという言い方はあまりしないですね。BBQというと、むしろBBQソースの方に関連付けて用いられることの方が多い気がします。

さて、平均的なアイスランド家庭なら、かなりの割合でグリラ用のセットを持っていることでしょう。「セット」と言いましたが、何て言うのでしょうか?あの、足つき鍋状の物体。グリラ器?と、いうことにしておきましょう。




豆炭点火式のグリラ器
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このグリラ器には、豆炭に着火アシスト用のオイルをかけて火を起こす式のものと、ガスボンベに接続して直接ガス火を使用する式のもののふたつがあります。言うまでもなく、ガス式の方が便利ですし、その分、値段も上がります。

豆炭式のグリラ器は安いものなら1万クローネ以下、普通は2万クローネ前後で手に入ります。ガス式のものは4万クローネくらいから手に入りますが、上を見るとかなりなものがあって、6,7万あるいはそれ以上のものも広告に載っています。

「平均的家庭」に至らないワタシはグリラ器を持っていません。ですが、もし買うとしたら、いや誰かが買ってくれるとしたら豆炭式の方が欲しいですね。グリラは単に食べる以上のイベントですから、火起こしから楽しむものではないか、と言いたい。そのプロセスが楽しみのうちだと思います。

で、食材の方なのですが、ラム肉や豚肉が伝統的なグリラ用の肉です。スーパーに行くと、すでにグリラ用に味付けされた肉のパックが手に入ります。年間を通して売ってはいますが、やはり夏期には種類、量とも増えます。

サケも時折焼き網に乗せられてきました。一応「伝統チーム」のメンバーです。




上段のみっつが即食用の味付け肉(オーブン焼きもモチ可)
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付け合わせ、というか一緒に焼くものですが、これはトーモロコシ、パプリカ、トマト、ジャガイモなどが伝統的な定番です。ジャガイモもアルミの衣を着せられて「グリラ用」にしたものが手に入ります。

最近(過去十年くらい)は、食材も多種多様になってきています。昔はまったく食されなかったチキンもよく食べますし(生のチキンの扱いに慣れていなかった頃は、生焼けでお腹を壊す、といった事例が多々ありました)、さらにいわゆるBBQっぽい大きな串に肉や野菜を通したものも売られるようになってきました。

つまり、ある家庭がその日の朝にはグリラのことをまったく考えていなかったのに、「ああ、いい天気! 夕飯はグリラにしよう」と思い立ったとしても十分夕飯に間に合うくらいの環境になっているわけです。

アイスランドでは、共用でも庭のある家庭がお多いですし、集合住宅でもバルコニーが必ずありますので、グリラをするためにどこかへ出かける必要はありません。わりと気軽な庶民の楽しみです。

とはいえ、私はグリラはしません。あまり関心ないです、個人としては。昨夏に教会で地区の牧師さんたちとその家族向けの集いがあった時に、スタッフが焼いてくれたお肉をいただいたのが、おそらくここ五年間くらいでグリラに接した唯一の機会だったでしょう。

ああ、もう一回ありました。やはり咋夏、これも教会で「難民の人たちとの祈りの会」のサマーパーティーで、ソーセージを焼く係をしました。あれをグリラと呼べるのなら。(^-^;

グリラ器には、実はもうひとつのタイプがあります。小さなアルミの箱に豆炭が並べられた使い捨て用のものです。これは「買おうかなー?」と思うことが時々あります。



使い捨てタイプのミニグリラ器
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直火、というのは魅力あるんですけどね。あれでアジの開き焼いたり、ハマグリ焼いたりしたら美味しいのだろうけど。アジの開き、ないし。ハマグリ、ないし。ししゃもだけは手に入ることありますけど。今はストックないし...

そういうネガティブな回路につながってしまうグリラ。ワタシは通りで、どこぞの楽しい集いから流れてくる香りをいただくだけで満足なのでした。


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玄関先が国境化?住宅難民発生の危惧

2017-06-04 05:00:00 | 日記
今日は前回扱ったトピックの続き、つまりレイキャビクの住宅事情に関してです。折良く?不動産価格の高騰とそれに続く賃貸価格の上昇についての詳しい記事が、先週火曜日、水曜日と連続でモルグンブラージィズ紙に掲載されていました。

統計局が、2011年始めから2017年4月までの不動産価格、及び賃貸契約価格の推移を発表したのを受けての扱いでした。

それによりますと、不動産価格の平均は2011年の一月には一平米あたりにして29.7500クローネ(kr)でしたが、今年の四月の時点では575.800krに上がりました。単純比較では93,5%の上昇ということになります。

統計局のイングビ·ハルザーソンさんの指摘よると「これは名目価格の比較であり、実際の比較のためには物価上昇指数等を加味しなければなりません」なるほど。確かに2011年は、経済恐慌の余波がもろに出ていた頃ですから、経済環境は今とはかなり違うでしょう。

そこで実際の価格というか現在の経済状況を前提にしての比較結果では、2011年一月時の不動産価格平均は362.000krになるのだそうで、現在(四月時点)の575.800krは59%の上昇となります。

物価は常に上昇しているのかと思いましたが、名目価格の比較よりも差が小さくなるようです。多分、物価だけではなく、賃金上昇率とかも計算しての指数を利用するのでしょう。スミマセン、経済音痴の私なので詰めは甘いです。

ちなみに、ここでの不動産価格とは、土地と物件を含めての価格です。アイスランドでは一般に土地の価格は大したことがありません。異様に土地価格が高い東京などとは異なりますので、ご注意。

価格上昇の高かった例。市の中央あたりの物件。1997年に660万krだったものが、三年前の2014年には3000万kr、さらに今年は4300万kr。

市の頭部の物件。2001年には645万kr。2012年には1390万krにまで値上がりし、今年は2890万kr。

二十年前に安かったのはわかりますが、ここ五六年の価格の上昇の仕方は普通ではないと思われませんか?

さて同時期(2011年〜2017年)の賃貸価格の上昇率ですが、これは73,8%と不動産価格の上昇率をはるかに上回っています。ちなみにこの統計には「学生住宅」つまり学生専用に設けられ、一般とは別個の仕方で貸し出されている住宅は含まれない、とのことです。

イングビさんの指摘よると、物件のオーナーにはふたつの選択肢があるということで「物件を賃貸市場から売買のためのマーケットへ移すか、あるいは賃貸料を高くして賃貸マーケットに残すかです」

ということはつまり、賃貸料を高くして貸し出し、さらなる儲けが保証されるような買い手が見つかったら、賃貸人を追い出してその物件を売る、ということに他なりません。残念ながら、日常起こっていることのようです。

こちらの経団連的な団体「経済生活連盟」の経済部の部長のアルンディス·クリスチャウンスドティールさんは、この不動産価格高騰の背景にある要因について、「多くの需要と少ない供給」という通常の理由に加えて「購買力の上昇」を指摘します。

つまり「求める側が払えるから、その分歯止めが効かない」ということのようです。もっともらしく聞こえますが、ここで問題になるのはそれだけの「購買力」を皆が持っているのか?ということです。経済恐慌後、それだけの購買力まで回復したのは一部の階層や、あるいは個人ではない企業家グループのようなものではないのか?ということは非常に気になります。

アルンディスさんは同時に「レイキャビク周辺においては、建物をThettaすべきです」とも主張しています。Thettaスェッタというのは「密にする」とか「隙間なくする」とかという言葉なのですが、ワタシ的にはこう言う脈絡では初めての用法で戸惑いました。

後に続くコメントから推して「ダウンタウンにはスペースがもう少ないのだから、悠然とした一軒家ではなくて、同じ土地面積でも多くの人が居住できるようにして『密に』住宅を建てるべきだ」ということのようです。

実際、今でもそうしているのですけどね、ダウンタウンでも。でも問題はそれらの建造物はすべてホテルだということです。

次いで登場するのはランドスバンキ(銀行)の不動産経済専門家アリ·スクーラソンさんです。(余談ですが、アリというのはAriと綴り普通のアイスランド人の名前です。モハメッド·アリのAliとはまったく縁がありません。名前から出自を想像されて問題になることもありますので念のため)

アリさんはアイスランドの商工会議所のような団体が「近い将来に多くの新築住宅が供給源に加わる」と指摘しているのを受けて「現在は住宅を新築するには良い時期なのです」と言っています。「不動産価格(つまりすでに立っている住宅の値)は上がっていますが、建築費はほぼ横ばいのままだからです」

その一方でアリさんは、不動産価格の下落には否定的なようで「新築の住宅というのは、新築である故に値段も高いですからね。全体の価格が下落するほどの影響はないでしょう」と言います。

「行き過ぎた高騰を止めることを考えるなら、例えばツーリストへの賃貸業などに関する規制を強めること、あるいは観光業自体が多少後退することは
有効性があると考えます。つまり、ツーリストへのゲストハウスのようになった物件が、もとの賃貸マーケットに戻すということです」これには賛成。

さらに若い世代への影響を尋ねられて答えるには、「若い世代には厳しい状況が属区でしょうね。第一に不動産価格は高騰しても、自前で用意できる資産はそう容易には手に入りません。第二に賃貸料金が高い水準に留まってしまっていて、若い世代の購買力、資金力はすぐには伸びないからです」

いろいろな専門家がいろいろな意見と指摘をされていますが、経済団体や銀行の専門家の場合は自己の利益に結びついていますからね。もっともらしいことを言っているように見えて、実は自分のところの懐を考えている、という面は必ずあることでしょう。

だからこそきちんとフォローしないといけないのですが、まあ大変なことであることも確かです。

それでも前回ご紹介したような「国内難民」が生まれているのですから、ここは庶民も頑張らないと。目の前に新しい住宅がどんどん建っていくのに、家を求めて市民が路頭に迷う、というのはチョー「非アイスランド的」だと言わなくてはなりませんから。


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したい? キャンプではないテント生活

2017-05-28 05:00:00 | 日記
どこの社会にも火急の事案、というかすみやかな解決を望まれる問題は存在するだろうと思います。ここ、アイスランドにもそういった「待ってはいられない」問題はいくつも存在します。その中のひとつは間違いなく「住居不足」、それも「賃貸住居」の不足です。

まず先週の木曜日にDV紙のネット版に掲載されたニュースをご紹介します。アレックスという青年が、住む家がなくて公園のテントで暮らしている、というのです。

正確な年齢の記載がないのですが、写真で見るとアレックスさんは二十歳代と思われます。彼は障害者認定を受けているそうで、仕事はできない状態のようです。

障害のひとつは相当な程度のADHD(注意欠如多動性障害)と言うことで、彼自身の言葉では「(自分の生活の)いろいろある問題の中で、最悪なのは自分で自分のお金の管理がきちんとできないこと」ちなみに記者の話ではアルコールやドラッグの問題はまったくないとのこと。

テント暮らしに至った顛末はこういうことのようです。

アレックスさんは障害者給付として月額17万クローネの手当てを受けています。これまではバス、キッチン共用の10平方米の部屋を、月70000クローネで借りて生活していました。

ところがある日、大家さんが「『AirBnB』で貸すことにしたから、五日以内に出て行ってくれ」と通達されてしまいました。AirBnBとは、世界的に広まっている、一般家庭の部屋などを、ツーリストなどがネットで予約して借りることができる、あのシステムですね。

きちんとした賃貸契約があれば、立ち退きには三ヶ月の猶予があるはずなのですが、「部屋貸し」の場合はまずブラックで賃貸されます。そうなると法の保護は薄っぺらくなってしまいます。

部屋を「追い出された」アレックスさんは、まずは壊れた自動車の中で夜露をしのいだそうです。その自動車が修理のために移動させられてしまい、仕方なくロイガルダールルという公園地域にあるキャンプ地域に移りました。

ここはテントを張ることが許可されている場所です。でも無料ではありません。一晩2000クローネを払わなくてはならず、それだと月にして70000クローネ近く、つまりは今まで屋根、トイレ、バス、キッチン付きの環境で支払っていたのとほぼ同額を取られることになります。

加えて、夜はまだ寒くなることがありますし、もとよりキャンパーとして準備していない人が過ごすには、かなりしんどいものがあると思われます。DV紙の記者が訪問した際には、クッキー菓子を「食事」として食べていたそうです。

「始めは母が金銭援助もしてくれたんだけど、裕福ではないし、それもこれ以上は無理だと思います。それに母は反対側の東海岸に住んでいて、簡単に行ったり来たりもできないし...」とアレックスさん。




レイキャビク ロイガダールル地区のキャンプ場
Myndin er ur Tjalda.is


別の新聞社のFrettabladid紙の記事によると、Oryrkjabandalagオルイルキャ·バンダラーグという障害者協会にある住宅支援基金のウェイティングリストには、377件が登録されており、順番を待っています。この数は一年前の50%増しになるのだそうです。

私は仕事が難民の人たちに関わっていますので、その人たちのために賃貸アパート、あるいは賃貸部屋探しを手伝うこともよくあります。(情報を集めて知らせてあげるだけですが。それ以上サポートしようとすると、それだけで他に何もできなくなってしまうからです)

で、実際に部屋探しは難しいのです。なぜなら元々の物件が少ないからです。難民の人たちや、滞在許可を受けた人たちにいつも言うことなのですが、部屋探しが難しいのは難民の人たちにとってだけではなく、アイスランド人にとっても同じ状況なのです。

ただし、外国人、イスラム教徒、障害者の人たちには「より困難」であろうことは疑いありません。住宅の「賃貸」は偏見が甚だしく現れる分野のひとつだと言っていいと考えます。

名前で外国人だとわかると「もう貸してしまった」と返ってくるのは定番ですが、中にはあからさまに「外国人には貸さない」と尊大に喋る奴もいます。そのうちなんとかしてやりたいと思っていますが。

さて、DV紙の追跡記事では、先に触れたAirBnBに参加する人(提供する側)が増えてきたことが、賃貸住居、賃貸部屋の不足事情に大きく関わっているとのこと。

このAirBnBは、こちらではツーリストが著しく増加してきたここ四、五年で広がってきたもので、昨年はアイスランド国内の1600箇所の住居がこのシステムのリストに載っていました。

当初は、きちんと監督する法律もなかったため、相当数の闇営業と脱税が存在すると疑われていました。ようやく昨年夏に、営業期間やその他の目安となる法律が制定されています。

AirBnBだけではないのですが、ツーリズムブームのおかげで、今まで賃貸住宅、賃貸部屋として使われていた物件が、ホテルやゲストハウスに改装されてしまいました。それが賃貸物件不足の大原因なのです。

というわけで、深刻な賃貸住宅不足なのですが、一部の人の言うことでは「空いている家屋はいっぱいあるんだ。ただ、またしても超金持ち層が買い占めていたり、銀行が差し押さえてしまっているだよ」

「またしても」と言うのは、経済危機前のバブル時期に同じような状況が指摘されていたからです。本当だとしたら、とんでもない話しです。ジャーナリズムがプロ根性を見せて追求してくれることを願います。同時にアレックスさんが早く普通の家屋に移れることを願います。

それから、AirBnBで小金を稼ぐために賃貸人を放り出すようなことも「とんでもない話し」の仲間に入れておくべきでしょうね。


応援します、若い力。Meet Iceland


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