レイキャビク西街ひとり日誌 (Blog from Iceland)

北の小さな島国アイスランドはレイキャビクの西街からの、男独りブログです。

復活ありやなしや? 趣味の「詩人見習い」

2017-04-23 05:00:00 | 日記
あっという間に四月も終盤となりました。聖週間前の掃除、車のスパイクタイヤの交換、イースター前のあれやこれやをしていて気がつけば五月目前です。

ちなみにスパイクタイヤは四月十四日まで許されていて、それ以降は罰金ものです。ただし雪が降っている、とかの事情がある場合は考慮してくれます。今年はたまたま聖週間と重なっていて、休日だらけの合間に四月十四日が入ってしまいました。

「こういう日程なんだから交換は難しい。猶予期間はないのか?」と警察に問い合わせたのですが「ない」とつれない返事。仕方なく、イースター前日の土曜日にスタンドのメンテに予約を取り、替えてもらいました。

ところで、日本ではゴールデンウィーク突入が間近ですねえ。皆さんはどのようなご予定があるのでしょうか?旅行、温泉巡り、グルメ探訪、写真撮影、ツーリング、登山、競馬、競艇等々いろいろな計画があるものと想像します。

多趣味な方には、こういう連休とかは天の恵みのようなものなのでしょうが、私なんぞは「退屈男」の見本のような無趣味人間なので、休みがあるとかえって考え込んでしまったりします。

そんな私でも、仕事に関係なく、かつ多少の「創造性」がある?と言えるような趣味があり、それが詩作です。詩については以前もいつか書いたことがあるかと思いますが、若い頃から好きで、中学の頃から、邦訳されたワーズワースやアポリネールを結構読んでたりしました。

日本でなら、俳句、川柳、短歌の類が好きで、口語自由詩は苦手です。あの「暗〜い」「理屈っぽくて」「よくわかんな〜い」感が嫌なのでした。すみません。

で、詩や俳句は好きだったものの、自分で一句詠んだり、詩作したことはありませんでした。

それがこちらに移ってきてから、アイスランドの詩に触れる機会を持つようになり、詩集なども買い始めるようになりました。もう十五年以上も前のことになりますが。この点では、アイスランドの「アイスランド語=国の魂」的な環境に、良い影響を受けたのかもしれません。

そのうちに、自分でも詩を書くようになっていったわけですが、詩を書くのはなかなか難しいものです。「余計な言葉を削って」というのがある種の原則だと思うのですが(ラップなどはそうではないのかもしれません。ラップの知識がないので悪しからず)、アイスランド語のような外国語ですと、どれだけ削っても理解可能か?という判断が自分ではつけかねるのです。

ということもあり、文法的な正誤、連想させるイメージの良し悪しなどもあるので、詩が好きな周囲のアイスランド人の人たちの助力を得てのヨチヨチ詩作でした。




詩を読んで理解するのも一苦労あります


2002年くらいから、2010年頃までは結構熱を入れてやった時期もあります。一年を平均して同じように気合いが入るわけではなく、やはり波があるもののようです。

私が作る詩にはそれなりの特徴というかキャラがあります。まず第一に「思想や哲学はない」理由は簡単で、私のアイスランド語のレベルではそんな高尚な内容を盛り込むことは不可能だったからです。単純明快。裏の意味なし。

キャラの第二。「短い」内容的な発想は俳句や短歌のようなものでしたので、写実的に何かに焦点を当てて、感情的な表現を避けて表す、というような形態になりました。アイスランド語で俳句や短歌をたしなむ人もありますが、私はそれはしたくなく、自由律の方を選びました。

キャラの第三。「新聞への投稿やエッセイ、教会での説教などで言えることは題材にしない」エッセイや説教で言えることであれば、それで済んでしまいますからね。わざわざ詩なんかに託さなくてもいいでしょ?

道端のなごり雪の合間から蕾が顔を出しているような光景は、詩の題材にはなりますよね。なんで自分の心にそれがアピールしてくるのかを、説明することなく他者にも伝えようとするのが、私に取っての「詩作」なのですが、逆に言うと「道端の雪の合間の蕾が可愛い」なんていうことは、新聞の投稿にも、説教の題材にもならないわけです。

「口語自由詩」のような、社会に問いかけるようなメッセージ性もありません。つまり、何かの役に立つわけではないのです。あくまで自分と、欲を言えば詩が好きな人たちとの間だけのものです。だから趣味としては、かなり良いものだったのではないかと思います。

もう十年前になろうとしているのですが、2007年の十一月には自費出版で初めての(そして今のところは最後の)詩集を出すこともできました。これは詩が好きな若い世代の人たちのサークルのような出版会を通してだったのですが、その発起者は「ドリームランド」等の人気作家、アンドリ·スナイルさんで、これは多少自慢げな話しです。




右の詩集は一番好きな詩人スノリ·ヒャルタソンのもの


数少ない趣味の中の、しかもかなり良い趣味だった詩作なのですが、ここ数年はまったくご無沙汰してしまっています。なぜかというと、うーん、プロファイラー的に自己分析すると、それなりの理由はあるのですが、つまらないでしょうから割愛します。

ところがです。おとといの金曜日、職場へ出向くとオルガニストのグビューズニーさんに「トシキ!」と声をかけられました。「新しい讃美歌を頼まれて創るのだけど、詩もオリジナルでないと駄目なの。

社会の様々な人の視点からの讃美歌集を編むプロジェクトで、例えばツーリストの人の心情や、難民の人たちの視点からとかもあると内容が豊かになると思って。ひとつ詩を書いてくれない?」

手一杯なので断ろうと思ったのですが「待てよ。讃美歌集に名前が載る。作品が世に残る。ムフフ...悪くない」と私の中の「悪い方のトシキ」がほくそ笑んだのでした。

「そういう魂胆で詩を書こうとしたって、いいものができるわけないじゃん」と「良い方のトシキ」が正論で反駁していますが、その「良い方のトシキ」でさえ「でも、きっかけは何であれ、これでまた詩作が趣味として復活するなら、長期的にはいいことかも」などと腰砕けになりつつあります。

どうなりますことやら。


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チョー個人的 日常的職場環境

2017-04-16 05:00:00 | 日記
まずはGleidilega paska! グレージィレーガ パウスカ、復活祭おめでとう、という意味の挨拶です。今日の日曜日、復活祭の日曜日になりこちらでは単なる休日ではない祝日です。

日本の方にはあまり復活祭(英語ではEaster)は馴染みがないものだと思いますが、毎年この時期になにがしかのことを復活祭について書いてきましたので、今回はパスしたいと思います。

その代わり、今日はどういう職場環境で私が日々を過ごしているのかを、少しご紹介してみたいと思います。私は牧師ですので、教会にオフィスがあるのですが、考えてみたら日本の大多数の方には教会そのものがそう馴染みのあるものではないだろうと想像します。教会堂の中には入ったことがない、という人も多いのではないでしょうか?

もちろんヨーロッパ観光などで、名所の由緒ある教会を訪ねる方は多いでしょうが、そういう歴史ある教会と、日々の活動をシコシコとやっている教会とはまたずいぶん違うところがありますので。

始めにお断りしますが、今回は写真を多用します。目で見た方が早い、という部分が相当ありますので。

現在私がオフィスを間借りしているのは、レイキャビクの隣り町のコーパヴォーグルというところにあるHjallakirkjaヒャットラ教会です。閑静な住宅街の真ん中に建っています。

ヒャットラ教会の外観、及び歴史等に関してはこちらも



教会は上階と下階の二階建てです。なぜ「一階、二階」と言わないかというと、丘の斜面に建っているため、教会正面から来た人には教会堂のある上階が「一階」、事務所のある下階側から来た人にはそちらが「一階」になるからです。こういう建築は、アイスランドでは一般住宅などでも頻繁に見られます。




教会堂


上階は教会堂部分と、大きなホール(食事等ができます)がメインで、ホール裏には営業用と言ってもいいくらいの大きさのキッチンが付いています。また教会堂の側には、これもかなり大きな待合室と、もともとは事務室だった着替え用の牧師控え室があります。




エントランスホール


大ホール部分

エントランスホールにトイレふたつ。教会堂聖壇裏には、秘密の部屋のような備品室があり、そこにもトイレがありますが、これは牧師さん専用です。なかなかの妙案です、あそこにトイレがあるというのは。

下階はオフィス部分と集会室部分に大別されます。オフィス部分はハウスキーパー、オルガニストの他、牧師三人のそれぞれのオフィスが並んでいます。面談用の部屋もひとつ。さらにコピー機などのある備品室、記録保管室、トイレ四箇所も。




オフィス部分の廊下


面談室


マイオフィス


オフィス部分と集会室部分の繋ぎ目に、スタッフ用の小さなキッチンがあります。小さいのですが居心地がいいので、いつも誰かしらがへたりこんでいるようです。




居心地の良いキッチン オルガニストさん(左)と新任女性牧師さん


その隣りに上階よりは小ぶりのホールがあり、その先にはさらに小ぶりの教室のような部屋があります。このホールと教室は、若者たちの集いのような日常的な活動に多用されています。上階の大ホールは、もっとフォーマルというか、結婚式やお葬式の後の食事会やお茶会などで使われます。




下階の小ホール

このヒャットラ教会、写真でご覧いただけるようにかなり「ニート」な教会です。ゴミが散乱していたり、トイレが汚かったり、使用した物品が出しっ放しになっていたり、ということはまず絶対にありません。

その理由は簡単至極で、ハウスキーパーのおばちゃんが厳しいのです。なんでも、今いるうら若い女性オルガニストが着任したての頃、キッチンで食べた後食器とかをそのままにしておいてひどく叱られ、涙を流したとか。

私自身最近移ってきましたので、最初はうろんな目で見られましたが、そこは日本人? 使ったものはきちんと返すし、きれいに整理整頓するタチなので、今ではすっかり「お気に入り」に収まっています。(*^^*)

事務用品が保管してある備品室なども特筆もんです。まるでデパートの文具売り場のよう。ほとんどなんでもあります。すごいのは鉛筆が収納してある引き出しを開けると、すべての鉛筆がきちんと削られてお休みされているのです! ちょっとコワイかも...

その割にはコピー機は安物で、コピーされた紙が少し丸まって出てきます。オルガニストさんは「演奏の時に楽譜が見づらい」と文句を言っていますし、私もカラーコピー機がいいなあ、と思っているので、ふたりで結託して上等なカラーコピー機を要求しよう、ということになっています。


間借り人の身としてはかなり以後地の良い教会です。ちょっと上階のキッチンにある冷凍庫が小さいかも。もう少し大きい方が私の私物を保管する上でありがたいのですが...(^-^; (自宅の冷蔵庫の冷凍室が小さいので)

下階の方が日常の使用部分なのですが、私には変な癖があり、自分の家(教会は実際はそうではないのですが)は隅から隅まで活用したいのです。そのため、トイレはいつも上階のトイレを使います。特に車イスの方が利用できるトイレは広くて落ち着きますので。

というのが、私の日常的な職場環境です。もっとも私はあっちの教会、こっちの教会を定期的に使う性格の職務に着いていますので、毎日このヒャットラ教会にいるわけではありません。

教会には外観とは別に「使い勝手」というものがあります。車と同じですね。いいように見えて、実際は使いにくい教会もあります。ですがこのヒャットラ教会は使い勝手がいいです。この先しばらくはここでお世話になるでしょう。


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床屋さんでのサプライズギフト

2017-04-09 05:00:00 | 日記
さて、今週はキリスト教会では大切な一週間で、Holy Week「聖週間」と呼ばれます。 次の日曜日が復活祭の日曜日になリますので、アイスランド語だとPaskavikaパスカヴィーカと言うのが普通です。これはマンマで「復活祭の週」という意味になります。

アイスランドの聖週間についてはこちらも


この聖週間は、牧師も含めて教会での役割を持つ人たちにはなんやかんやとすることがあり、落ち着くよりむしろ慌ただしい週になってしまう可能性があります。あまり慌ただしくなるのは嫌でしたので、できることは先週中に済ませてしまおうと思ったのですが、結果先週が慌ただしい週となりました。下手をすると、慌ただしさを単に二週間に拡大しただけになるかも...(^-^;

木曜日の午前中に半端な時間ができたので、よしっ!床屋だ、と思い立ち近所のマイバーバーへとことこ歩いて行きました。復活祭前にはフェルミング(献信式)も多くあるので、子供達が散髪に行く可能性も高くなります。学校が休みになる「聖週間」前に、と思ったわけです。

幸い首尾よくすぐに床屋さんの椅子に座ることができました。ですが(あまり散髪の必要がない頭をしている)マスターがやけに愛想良く、ニコニコしているのに気がつきました。別に普段愛想が悪いわけではないのですが、格別に嬉しそうにしています。

一通りの挨拶が終わると、「ヤイヤ、難民の人とちょっとした冒険があってね...」と話し始めました。アーハッ、これを話すのを楽しみに待ってたんだ。マスターはもちろん、私が難民の人たちと関係の深い仕事に携わっていることを知っていますから。

「この間、イラクからの難民申請者の男性が店に来てね、自分も床屋だと言うんだな。まだ三十歳前後の若い壮年。だから、ちょっと気心の知れてるお客さんの髪をやらせてみたんだ。

で、すぐにきちんとしたスキルのある、まともな理髪師とわかったんだな。今、理髪師の数が足りないので、どこかの店で働いたらいいと思って、話しをしてみたんですよ。それから何回か遊びに来てね。

でも、労働許可がないことが分かり、それを得るにはずいぶんいろいろと手続きを経なければいけないみたいでね。残念だが...と話したんだけど、彼は『いや、仕事じゃなくても、時々手伝ったりできればいいんです』ということでさ。お金じゃないらしい、とわかったんだ」

何というか、床屋さんでの不思議な習慣で、会話は鏡の中のお互いを見ながらのものになります。そうですね。難民申請者の人たちが一様に欲することはお金ではなくて、自分が目の前の社会に繋がっている、その一部になっているという実感です。誰かの役に立てる、ということ自体がそのことの証明になるのです。

「写真も見せてもらったんだけどさ」とマスターは続けます。「自分のお店をふたつも持ってたんだって。それが立派な店でさ!」

どうやら、マスターは「難民」と区分される人たちは、すべからず貧困と苦しい生活環境から逃れて来たのだ、と思い込んでいたようです。それが、たまたま知り合った「難民」青年が、海を超えた自分の同業者、しかもかなりレベルの高い繁盛していた仲間とわかり、かなり嬉しくなったようです。

この「難民=哀れ、貧しい、ずっと悲惨な生活」という思い込みは、いまだにかなり広範にアイスランド人の胸中に浸み込んでしまっています。実際は弁護士、医者、とかの例も新聞等で紹介されることはあるのですが、それは特殊な例として別枠に入れられてしまうようですね。

私自身は、周りにケーキ職人、パン屋さん、エンジニア、博士課程学生、大学教授や、あるいは変わった職業では原子力潜水艦の士官などの人がいますので、かなり慣れてはいると思うのですが、それでも時々足をすくわれるような思いをすることがあります。

この間、教会に来始めた青年を我が新車マツダのCX3で送ってあげた時のこと、彼曰く:「僕はBMVとメルセデス、それにボートも持っていました」ギョッ! 金持ちか? 相当な? そういえばIT関係だって言ってたな...

二年ほど前にはもっとすごい人がいました。その人はカナダに住んでいた初老の東欧人だったので、かなり特殊な事情であったことは確かなのですが、「私の家」と言って見せてくれたのはハリウッドで映画スターが住んでいるような豪邸でした。

私が知り合ったのは、いつもジャージのパンツと古びたセーターを着て、糖尿病の薬を飲んでいたようなおじさんだったので、このギャップは想像を超えるものがありました。この格差は辛いだろうな...と感じさせられました。

ですが、これが「難民になる」ということなのだろうと思います。東日本大震災で自宅や財産を失い、着の身着のままで避難せざるを得なかった人々のような例では、「誰も彼も」「生活のいい人も、困窮した人も」避難民になるということを理解するのは難しくはないでしょう。ここ数年のシリアのような戦地も同じことでしょう。

ところが北アフリカ、一部を除くイラク、イランやアフガニスタンのような、必ずしも「戦地」ではない国の人たちが、今までは頑張っていたものの、ついに危険が度し難くなってすべてを投げ打って逃げてくる、ということはなかなか心にその現実を描くのが難しいもののようです。

始めから思い込みも先入観もなく、といけばそれに越したことはありませんが、我々凡人の寄り集まるこの社会ではそうは問屋が卸しません。

となれば、ともかく出会う機会を作り、素直に目の前にその人と知り合うように努め、結果が今まで心に思っていたことと合わない場合は、その心の中のものの方を現実に合わせて置き換える、ということが次善の策でしょう。

誰かが漏らしたのをメディアが聞きつけたらしく、後日新聞やテレビまでが「難民のいる床屋さん」として取材させてくれ、と店へやってきたそうです。

「だけど、労働許可がないのに仕事させた、とか間違って伝わるとこちらの手が後ろに回るからね、それは断ったけど」とマスター。確かに。

今回は時間を惜しみながら床屋さんへ行って、嬉しいサプライズギフトをもらっちゃった感じ。得した! (*^^*)


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凡庸人の、結構面白かった二十五年

2017-04-02 06:00:00 | 日記
四月になりましたね。日本では新学年の始まりから、社会人としての新しい生活の始まり、はたまたプロ野球開幕等々、様々な「新しさ」を感じる時期です。ですから四月をなんとなく迎えることはなかなか難しいでしょう。

こちらでは毎年日付けが変わる「復活祭」がこの時期であるおかげで、そちらの方に頭がいってしまって知らぬ間に四月になっていることがよくありました。

しかし、今年は違いました。きちんと待ち構えて?この四月を迎えました。なぜかというと、今日の四月二日で私がアイスランドへ移ってきてから二十五周年になるからです。

実際の年齢の誕生日の方が、だんだんと「終着点」へ着くカウントダウンのようになってきたのをヒシヒシと感じていますので、むしろこの「二十五周年」の方がマダマダ感があってより嬉しくさえ感じられるのです。

二十五年のアイスランド暮らしといっても、歳がいってから移ってきた私にとてっては、まだまだ人生の半分をここで過ごしたというほどではありません。そうなるにはまだ相当かかり、八年ほど待つことになります。そこまで息をしていられるかどうかが、多少心配になります。(^-^;

ところが周囲の日本の方を見ると、結構いるんですよ「生涯の半分を日本外で過ごしてきた」というような人が。

例えば先日お茶(ワタシはビールでしたが。それも女性ウェイターに「Happy Hourだから二杯目はタダよ」とそそのかされて二杯)した、邦人の妹的シングルマザーの美女は「今年で日本を出てから、人生の半分を過ごしたことになります」と言っていました。

そう、彼女は二十歳くらいで日本を離れたので、「なるほど。言われてみればタシカニー」という感じでした。

また、別の懇意にしていただいている邦人のきれいな奥様も、やはり人生の半分以上をすでに日本外で過ごされているはずです。今まで気がつかなかったのですが、先ほど考えてみて思い当たりました。

まあ、今では滞在先が一応の先進国エリアであるならば、日本を離れるとしても、ひと昔前のような「日本を取るか?移る先を取るか?」というような二者択一的な感覚はないと思いますよね。コミュニケーションが絶えることはなくなってきましたから。

私の経験した範囲でさえ、移った当初からの十年間以上は、日本からの情報は本当に限られたものしかありませんでした。まだその頃は「二者択一」的な面が残っていたように思います。その例がZardですよ。Zardがデビューしたのが1991年、私がこちらへ来たのが翌年の1992年。Zardが昨年デビュー二十五周年を迎えたのはファンの方ならご承知のこと。

ですが、私はZardの存在も坂井泉水さんという素晴らしいミュージシャンさんのこともまったく知りませんでした。知ったのは坂井さんが亡くなった時から。日本−アイスランド間のライフギャップに消えてしまった事柄の中での、残念に思われるもののひとつです。

ただ逆を言えば、こちらにきたからこそ経験できたこと、知り合えてありがたかった人々もあるわけで、私が日本を離れて逸したことばかり挙げたのでは自分勝手というものでしょう。





私は凡庸な人間ですので、やはり自分の生きられる世界は限られた範囲にあるように思われます。世の中には世界を股にかけて飛び回っている人も多くいますし、旅をして回ることが生活の基盤になっているような職業 −例えば大リーグの選手− もありますよね。

ただ私が言うのは、日本とか、アイスランドとか必ずしも土地に縛られたものではなくて、なんというか「自分の度量にふさわしいレンジ」「自分が勝手を知っていて安心できるエリア」あるいはさらに「自分が心地よく感じられる生活環境」というようなもののことです。

それは必ずしも向こうから自動的にやってきてくれるものではないでしょうし、求めて探さなくてはならないことの方が普通でしょう。そして「求めて探す」ことのうちには、それなりの努力をして「それを創り出す」ことも含まれています。

あるいはそれ以前に、自分がどんな環境のどんな生活を求めていいのかわからない、とうことも実際には頻繁にある状況でしょうね。人って、案外自分のことがわかっていない部分もありますからね。

こちらへ移って一年後に、田舎の村に引っ越して暮さねばならない時期がありました。小さな山の麓の酪農地の一画で、隣りの農家まで歩いて十分。反対側の隣りには人家はおろか建造物は皆無というようなところでした。

一応東京都出身の私には当初「生活不能地」に思われたのですが、居着いてみると意外にこれが快適。「周りに人がいない」「何をしても自由」というのが相当な快感であることを学びました。(^-^;

ともあれ今は、地理的にはレイキャビクの西街に落ち着いていますし、「生活のエリア」という点では、アイスランドの社会と教会の職務、さらに日本人としての背景が重なるようなところに(地理的なものだけではなく)、「心地良〜く」納まっています。

もちろん、自分の生活、生涯である以上、そこでずーっと納まってしまうのか?何か新しいエリアを開拓するのか?というような問いかけは、機をみてなされるべきだと思います。というか、経験から言わせてもらうと、何事もいつまでも同じ状態ではなく変化していきますから、「次はどう進むか?」という問いに答えるのは必然のことになりますね。

ここまでのアイスランドでの二十五年間は、決して良いこと楽しいことばかりではなく、相当な辛抱、フラストレーション、どタマにくる経験も数多くありました。それでも総じてみれば「結構面白かった二十五年」、あるいはもうちょっと正直言うと「実にオモシロイ」ものとなりました。神と周囲の皆さんに感謝。

私のマイナーなこのブログに目を通してくださるような奇特な皆さんは、おそらくギラギラのビジネス志向ではなく、ご自分の生活の質や満足度を考えるタイプではないかと想像します。

そのような皆さんに、凡庸な私の経験からなにかお役に立つことを見つけてくだされば「これ幸い」と感じ入ります。皆さんが「心地良〜く」感じられる生活空間を見出して、生活の基盤を置いていらっしゃることを、あるいはそうなることを願っています。


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「間違っちゃった」法律 This is Iceland,too.

2017-03-26 05:00:00 | 日記
私は法律家ではありませんが(それでも一応「法学部卒」なんですけどね、政治学の方で)、仕事の上ではかなり法律を読む必要があります。その関わり方は「法の解釈」云々というよりは、その法が人の権利を正しく保障するものか?ということの方がメインになります。

法というのは「完全」ということがありませんので、何かの法が権利を侵害していたり、不当な差別になっていることもあります。そういう場合には、私はクレーマーになるわけです。

移民や難民の人たちのつながりが職務の中心にありますので、当然これらの人々の権利に関わる法律が、つまり外国人法や外国人の労働権に関する法等が私にとって関わりの多いものになります。

加えて、結婚や離婚に関する法、子供に関する法、公序良俗に関する一般法等も深い付き合いになります。「公序良俗」というのは漠としていますが、実際に問題となるのはいわゆる「ヘイト·スピーチ」に関する事柄ですね。

さて、外国人法は年々着々と?変化しています。今年の一月からは多少大がかりな改正(または改悪)があり、その法案は昨年の夏頃よりフォローしたり、コメントを進言したりする機会がありました。

ですが、私自身が難民申請者の人たちとの実際的なアサインメントが多数あったため、あまり法改正には注意を払ってきませんでした。他にも実際の法律家や、難民の権利のために働いている人も多数ありますので、「お任せ」的にしてしまっていたわけです。というのはつまり怠慢でした。

で、今年の一月になって、私が世話役になっている祈りの会のひとりの難民申請者の青年が、アイスランド女性と結婚しました。この青年は強制送還が迫っており、そのことがその時期での結婚を決意するきっかけになったのです。ですが、これは「偽装結婚」とは違います。

「偽装結婚」というのは、例えば配偶者としての滞在権利を得ることを目的として結婚することです。非常に多くの人がこの「偽装結婚」という言葉を、特に移民や難民に対して使います。もう十年以上前からですが。

私の意見では偽装結婚とは、本当に限られた意味でのみ用いられ得ます。例えば当該のふたりがまったく面識がなく、かつ金銭の授受等が確認された場合などです。

「知り合って三ヶ月でゴールイン」なんていうのは、世にかなりありますからね。それだけで「偽装結婚」呼ばわりされたら憤慨する人が多く出てくるでしょう。

さて、くだんの青年とその奥さんなのですが、彼らはもう一年前から知り合い、付き合っていました。ですが、「結婚」ということはすぐには考えていなかったと言っています。私からしてみれば、とても納得のできることで、やはり「難民申請者」という立場をクリアしてから一緒になりたいと思うのは自然なことです。

ですが、何事にも「きっかけ」というものはあり得ます。結婚されている皆さんはどうでしょうか?結婚を決断するきっかけはまったくありませんでしたか?自然になんとなく一緒になっていたとか?(*^^*)

このふたりは「送還」という厳しい現実に直面した時に、「お互いを失いたくない」という気持ちを実感したのです。そして結婚しました。送還の日の直前でした。

昨年までなら、結婚によって「送還」は差し止めとなり、もう一度レヴューが行われます。よほどの「偽装結婚」の証拠がない限り、アイスランド人の配偶者として滞在許可がおります。

ですから今回もそうなるだろう、と思っていたのですが、実際には彼は送還され北アフリカの国へ戻されてしまいました。そこで初めて、私は一月からの法改正、いや法改悪のひとつが外国人配偶者への滞在許可に関する新条件であったことを知りました。

それは結婚するだけでは不十分で、その結婚が「一年以上継続していること」が必要となったのです。アイスランドは「届け出同棲」が制度化していますが、この場合も同様とされました。

可哀想に、新婚カップルは瞬く間に引き裂かれてしまい、いまだにそのままです。

私はこの改悪の件を知らなかった自分の怠慢を呪いましたが、なぜそんな改悪がぬけぬけと世間の批判を通り抜けてしまったのかも不思議になりました。

そして次の瞬間に別のことに気がつきました。三月末に結婚する予定のアイスランド人青年と邦人女性があり、私が式を担当することになっていました。
花嫁さんは日本からやってきます。ふたりは挙式後はアイスランドで新生活を始める予定だったのです。

(*実はそのカップルの式は昨日めでたく執り行われました)

しかし、この改悪によれば、花嫁さんはアイスランドでの配偶者資格での滞在許可を取れないことになってしまいます。なにしろ新婚ホヤホヤなんですから。一年経っていません。

ということは、これはEU外からの外国人で、アイスランド人と結婚して、ここで新生活を始めることを計画している人すべてにとっての困難となってしまうわけです。

私はすぐにこの青年と連絡を取り、この問題を説明しました。自分でも問題を取り上げて、関係諸庁に訴えようと思いましたが、同時に青年にも法務省へ自分から相談するように勧めました。不平はあちらこちらから聞こえてこないと。

時を移さず、まったく同様の立場にあったアイスランド男性、日本女性のカップルから相談を受けました。その時点でまだ改悪から一ヶ月経ったかどうかという時期でしたよ。

すると、先の青年が私に連絡してくれて「この問題はすでに再改正する方向で話し合いが法務省でなされているそうです。なんでも間違って法律に入ってしまったとか」ハッ?でも再改正されるなら、それは良いこと。

引き裂かれた新婚カップルのこともあったので、これで救いの道が開かれる、と多少慰められました。

そして十日ほど前に、改正案がメイルで届きました。国会では新法の制定や現行法の改正の時に、問題に関わりのある関係者に意見を求めます。これはよい仕組みだと思います。

その改正案を先週熟読したのですが、はっきり言って曖昧なというか不必要に難解な文で、正しい解釈に行き着くのに苦労しました。オフィスのある教会の主任牧師さんに相談しましたが「わからん」新任のかわいい女性牧師さんが法学士とわかり、彼女にも相談しました。「曖昧ねー...」

問題はですねえ、改正されるはずだった一文が改正されていなかったことなのです。それは「(配偶者資格の滞在許可のための)条件は、(略) 当該者が一年以上継続している登録同棲もしくは婚姻関係にあること」。

何だ、何も変わっていないじゃないか?と思い、正直がっかりしました。頭にも来ましたし、イヤになりましたね、この件が。

ですが、法案に付属している説明には「一年間の条件は登録同棲の場合のみに適用される。もとより新外国人法は、外国人配偶者への滞在許可を妨げる意図ではなかった」などと書かれているのです。

で、四時間、考えましたよ。オフィスで。どういう論理的整合性がそこにあるのかを...

そしてやっとわかりました。




迷惑の元、となった条文


問題の条文はこのように読まれるべきだったのです。「(配偶者資格の滞在許可のための)条件は、(略) 当該者が一年以上継続している登録同棲/ (区切り) もしくは婚姻関係にあること」

日本語に訳すと多少ぼやけてしまいますが、アイスランド語ではこれは誰しもが「一年以上継続している」という節が「登録同棲」と「婚姻関係」の双方にかかっていると読めてしまいます。

そうではないことを示すために、後続の文に必要最小限の改正がなされているのでした。これも相当法律の知識がなければわからないようなポイントでした。

ですから、この改正法案がこのまま国会の審議を通過すれば、邦人の花嫁さんらのカップルは何も心配が要らなくなります。送還されてしまった青年も、改めてビザ申請して再度来アできるものと思います。今度はアイスランド人の配偶者として。

加えて、この法案の付属の趣旨説明に見られるように、もし先の改悪が「そうは意図していなかった」というようなミスであったのなら、私は送還された青年と奥さんのカップルは損害賠償を受ける資格があると思います。もともと、送還されるべきではなかったことになりますから。

先に「なぜ、このような改悪がぬけぬけとくぐり抜けたのか?」と問いましたが、おそらくは審議の過程で訂正されたはずの古い草案が、どこかで入れ替わってしまったのではないか、と想像します。

でも、そんなのも言い訳ですよね。罪ない人たちをこれだけ失望させたり、心配させたりしたのですから。法務省、それに国会はもう少し襟を正して自らの責任に向き合ってってもらいたいものです。


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