ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の夏合宿@志賀高原から帰ってきました。
向こうは非常に涼しくて、半ズボンだと風邪を引きそうなくらいでした。
おかげで、夏のわりには非常に快適に過ごせたのですが。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、夏合宿ですが、定演でステージをやる畑中・佐藤の両先生が来られて、非常にヘビーでした。
でも、それだけ緊張感のある、充実した時間を過ごせたと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
練習後に、指揮者の先生と学生指揮者と何が違うのかな?って考えてみました。
音楽ばっかやって、指揮者の言うとおりにだけやってると左脳が怠けるからね。笑
そして考えた結論としては、指揮者の先生は歌詞と音楽とピアノの3つを全て把握していて、それぞれの動きに対してなんらかの意味を与えている事が最大の違いだと思います。
このために、フレーズごとに違う音色・違う感情を込める必要があるし、それができてないと怒る。
逆に、学生のレベルだと、どうしても「音程が間違っている」「歌詞が聞こえない」「発音が間違っている」「音楽記号に従っていない」くらいしか指揮者も指摘できない事が多いんです。
なんというか、合唱の土台の部分なんだけど、機械が奏でる音楽の次元であって、人間が奏でる音楽の次元ではない。
読譜力が足りないというか、読譜にあまり時間をかけてないのと、イマジネーションの狭さかな。
個人的には、指揮も合唱も機械みたいになって、書いてある通りに「音」を鳴らす事しか考えてない。
これは芸術じゃないよね。苦笑
思い返すと、僕がワグネルで大学生活を過ごそうと思ったのは、去年の夏合宿にて畑中先生が
「僕の音楽は毎回変わる。観客が発する空気が僕をそうさせる。機械のように毎回同じでは音楽ではないでしょ。」
というような趣旨の発言をされたのを聞いた時でした。
学生にはそれは無理なのかな?
なんてね。笑
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そもそも僕がワグネルに顔を出すきっかけだったのが、中学の時の合唱コンクールの思い出だったんです。
クラスが一つになって、プロでもなんでもない人たちが鳥肌が立つような演奏をする。
そんな経験ができたら良いな~と思って入ったような。
合宿中、135代の皆とバカ騒ぎして超有名な合唱曲(「春に」「マイバラード」など)を歌った時が、久しぶりにすげー幸せでした。
あんなに幸せな気分になれたのは数年ぶりってくらい。
って考えると、クラシックの超マジなのよりも、あ~いうのの方が僕には合うのかもね。
クラシックの超マジなのの演奏なら、僕はずう~っとピアノでやってきたし。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
もう一つの思い出は、135代の緊急会議。
内容は公表できないけど、夜中の2時・3時頃に、同期全員で集まって真剣な話し合いをしたのはいい経験でした。
相当に悩ましい議題だったけど、同期で一致団結した瞬間がすげー感動しました。
ついでに、ワグネル団員でこれを見てる人に二言。
①私は人間であり、ワグネルはサークルである。このため、僕にはワグネルの活動に参加せずに、自分のやりたい事をやる権利がある。
②ワグネルの大半の人は、中高生時代の合唱コンクールの思い出とかが動機となって入団している。だから、そういう方向性に進むのが正しいのかな。
まぁ、同期の皆は賛同してくれるはずです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
色々大変だったけど、やっぱりいい思い出です。
睡眠不足なので、今日はこれで失礼。
向こうは非常に涼しくて、半ズボンだと風邪を引きそうなくらいでした。
おかげで、夏のわりには非常に快適に過ごせたのですが。
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さて、夏合宿ですが、定演でステージをやる畑中・佐藤の両先生が来られて、非常にヘビーでした。
でも、それだけ緊張感のある、充実した時間を過ごせたと思います。
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練習後に、指揮者の先生と学生指揮者と何が違うのかな?って考えてみました。
音楽ばっかやって、指揮者の言うとおりにだけやってると左脳が怠けるからね。笑
そして考えた結論としては、指揮者の先生は歌詞と音楽とピアノの3つを全て把握していて、それぞれの動きに対してなんらかの意味を与えている事が最大の違いだと思います。
このために、フレーズごとに違う音色・違う感情を込める必要があるし、それができてないと怒る。
逆に、学生のレベルだと、どうしても「音程が間違っている」「歌詞が聞こえない」「発音が間違っている」「音楽記号に従っていない」くらいしか指揮者も指摘できない事が多いんです。
なんというか、合唱の土台の部分なんだけど、機械が奏でる音楽の次元であって、人間が奏でる音楽の次元ではない。
読譜力が足りないというか、読譜にあまり時間をかけてないのと、イマジネーションの狭さかな。
個人的には、指揮も合唱も機械みたいになって、書いてある通りに「音」を鳴らす事しか考えてない。
これは芸術じゃないよね。苦笑
思い返すと、僕がワグネルで大学生活を過ごそうと思ったのは、去年の夏合宿にて畑中先生が
「僕の音楽は毎回変わる。観客が発する空気が僕をそうさせる。機械のように毎回同じでは音楽ではないでしょ。」
というような趣旨の発言をされたのを聞いた時でした。
学生にはそれは無理なのかな?
なんてね。笑
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そもそも僕がワグネルに顔を出すきっかけだったのが、中学の時の合唱コンクールの思い出だったんです。
クラスが一つになって、プロでもなんでもない人たちが鳥肌が立つような演奏をする。
そんな経験ができたら良いな~と思って入ったような。
合宿中、135代の皆とバカ騒ぎして超有名な合唱曲(「春に」「マイバラード」など)を歌った時が、久しぶりにすげー幸せでした。
あんなに幸せな気分になれたのは数年ぶりってくらい。
って考えると、クラシックの超マジなのよりも、あ~いうのの方が僕には合うのかもね。
クラシックの超マジなのの演奏なら、僕はずう~っとピアノでやってきたし。
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もう一つの思い出は、135代の緊急会議。
内容は公表できないけど、夜中の2時・3時頃に、同期全員で集まって真剣な話し合いをしたのはいい経験でした。
相当に悩ましい議題だったけど、同期で一致団結した瞬間がすげー感動しました。
ついでに、ワグネル団員でこれを見てる人に二言。
①私は人間であり、ワグネルはサークルである。このため、僕にはワグネルの活動に参加せずに、自分のやりたい事をやる権利がある。
②ワグネルの大半の人は、中高生時代の合唱コンクールの思い出とかが動機となって入団している。だから、そういう方向性に進むのが正しいのかな。
まぁ、同期の皆は賛同してくれるはずです。
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色々大変だったけど、やっぱりいい思い出です。
睡眠不足なので、今日はこれで失礼。