Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

不思議な羅針盤 / 梨木香歩

2012-04-19 | 

 

 梨木香歩の文章を読む悦び(よろこび)を、どう表現したら好いのだろう?

 

 まだ目覚めたばかりの夏の朝、露をまとった植物たちが朝陽に輝き始める瑞々しいあの瞬間…

 そんな風景を喚起するシナプスがスパークするような言葉が立ち上げる悦び。

 例えば…平松洋子の「夜中にジャムを煮る」から喚起する梨木香歩のイマジネーションが奔放に大空に駆ける。

 

 ≫モノクロの画面に一ヶ所だけ赤い色彩が映える、そういう映画の一シーンのように、世界がしんと静まって、すべての雑音が消える真夜中、

 ジャムを煮る音とにおいに五感が集中する。そのきりりとした心地よさ。

 本文はそれから、翌朝出来上がったジャムを味わう至福へと移っていく。

 この夜中の不思議な時間の流れ方の描写に私はとても共感した。

 真夜中の台所でグツグツ変化してゆく真っ赤な苺を見つめる、その心もちを、

 たとえば真昼のスクランブル交差点を渡っているとき、ふと引き寄せて、空を仰ぐ。

 わずかに見える都会の空に浮かぶ雲の種類から、その雲と自分との距離を測ってみたりする。

 刷毛ではいたような巻雲なら一万メートルほど。

 そこには西風が吹いている。

 五感を喧噪に閉じて、世界の風に開く。≪

 

 なんてカッコいいんだ。

 この気持ちが空間の広がりの中に解き放たれる清新さ。そして言葉が放つ潔さ。

 本作は、こんな文章が喚起する風景の立ち上がる瑞々しい瞬間を、何度も目の当たりにすることになる。

 

 冒頭の「堅実で美しい」は転居した庭先の草々のなかに貝母(ばいも)を発見した喜びから、

 昨日紹介したサスティナビリティ(持続可能なこと)へと繋がってゆく。

 ロハス(LOHAS)の最後のSであるサスティナビリティという時代の流れを象徴する言葉も

 エコロジーやスローライフのように次第に消費されてしまう運命にあると憂いながら、

 「本来は美しい言葉だ。あれもこれもと、欲望の加速のかからない心理メカニズムのための羅針盤のような」と結ぶ。

 

 「たおやかで、へこたれない」では、転居の度に移植するダメージにも負けず、健気に根を張るクリスマスローズの逞しさに触れ、

 ≫けれども彼女は(クリスマスローズは)そのたび新しい場所でけなげに茎を上げ、葉を起こしてきた。

  花姿は楚々として、たおやかだが、決してへこたれない。

  積み重ねてきた努力が水泡に帰する様な結果になっても、またその場から生き抜くための一歩を踏み出す。

  いつだって生きてゆくことに、ためらいがないのだ。

  彼女が新しい場所で根付く様子は私に良いエネルギーを与えてきた。

  失ったものに思いを残さず、ぼろぼろになってさえ、いつもここからがスタートラインという生き方。≪

 

 あぁ読んでいて涙が滲んでくる(笑)

 こんな清新で潔い文章に触れる悦び。

 

 

不思議な羅針盤
梨木 香歩
文化出版局

 


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