嶽南亭主人 ディベート心得帳

ディベートとブラスバンドを双璧に、とにかく道楽のことばっかり・・・

【解釈に係る雑感2-1】 序: 鬚を剃った魚の話

2009-06-19 20:23:06 | ディベート
主人、一体にエッセイが大好きだ。

書き手でいえば、

寺田寅彦
山口瞳
向田邦子
林望

が、主人の好みのうちでも四天王。

JRの東日本の車内誌の山川静雄、全日空の機内誌の浅田次郎のエッセイなどは、まず何を差し置いても目を通していた。

そうそう、忘れられないエッセイがもう一つ。

伊丹十三(彼が今この世にないのは、本当に惜しい)の「女たちよ」。

この本は、文庫で、高校2年のときに読んだ。伝法小学校の東にあるちっぽけな古本屋で買った100円の本だったが、あまりに面白く、繰り返して読んだ。友人にも薦めて歩いた。そして「アルデンテ」という言葉、シトロエンの2CVにはアップライトピアノが載るということや、マイクルのキャベツのレシピを学んだ。

いま、思い立って読み返してみて、往時の感激が蘇ってきた。というか今でも、手放しに面白い。「これが私のスタイルなのだ」と、自信をもって押し通す筆致が痛快だ。しかも書かれたのが、40年前なのだ。

プラス、当時知らないまま読み流していた固有名詞(例えば、浅草の蕎麦屋、尾張屋とか!)に、実物イメージが思い浮かぶようになっていることが、なんとなくうれしい。

***

さて、「いちごT」、とりわけ「うるしT」のお話である。

それが一体何を意味するかは、後述していくとして、「うるしT」なる議論に初めてお目にかかったときには、腰を抜かさんばかりに驚いた。そして、爆笑した。

その笑いに、妙な既視感があった。

そうそう。

伊丹十三「女たちよ」のなかの『鬚を剃った魚の話』という一章を読んだときの笑いと、これは同質だ。

という次第で、【解釈を巡る雑感2】の序として、このお話をご紹介したい。長文になるが、その一部を引用させていただきたい。


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■鬚を剃った魚の話

 うちの家主はデリク・プラウスといって日本へもきたことがある評論家であるが、相当な日本通であるからして、うちの台所には常に好奇の目を光らせている。

 梅干や葉唐辛子の瓶を手に取って長い間小首をかしげていたりする。

 彼の趣味は、日本の商品に印刷してある英文の解説を読むことであった。その怪しげというか奇想天外というか、不思議千万の英文を熟読玩味するのが趣味なのである。


 たとえば「サクラあられ」の缶の裏側の「ソール・イムポーター」の綴りが「「ソール・インポスター」になっている。

 「ソール・イムポーター」は一手輸入元の義であるが、「インポスター」はペテン師という意味であるからして、「ソール・インポスター」は独占的ペテン師ということにでもなろうか。

 あるいは「ソール」には舌ビラメという意味もある。これはペテン師のあだ名であるとも考えられる。

 ペテン師「舌ビラメ」ーーなんだか颯爽たる名前ではないか。ドーヴァー海峡を股にかけて暗躍する「サクラあられ」密輸組織の陰の大立者、悪漢「舌ビラメ」!

 その人相書きにいう。顔面は扁平にして広く、両眼は著しく近接せりと。

 それからそれへと空想に耽るのであった。


 ある時、彼がごく不思議そうな顔で、これはなんだという。見ると手に「削り節」の箱を持っている。

 つまりそれは固く干し固めたマッカレルを機械で削ったものさ、と説明すると彼はいきなり気が狂ったように笑い出した。

 「だって、この箱には鬚を剃った魚と書いてあるぜ」

 そういってますます笑い転げるのである。私も仕方なく少し笑ったが、つまりはこういうことなのだ。


 英語で、かんなの削り屑を「シェイビング」という。かんなで削ることを「シェイブ」という。それ故にーーと鰹節屋の大学生の息子は考えたに違いないのだーー削られた魚は「シェイブド・フィッシュ」であるに違いない、と。

 語学において三段論法を適用する過ちはここにある。「シェイブド・フィッシュ」はあくまでも鬚を剃った魚であって「削り節」にはならない。

 強いていえば「フィッシュ・シェイビング」でもあろうか。これでも魚の髭剃り、という印象を免れない。

 「シェイブド・フィッシュ」は彼によほど強い印象を与えたに違いない。彼は私に「シェイブド・フィッシュ」の絵を描いてくれと子供のようにせがむのであった。(後略)

(出典) 伊丹十三 「女たちよ」 新潮文庫 H17.3.1, pp.41-44 ※この作品は昭和43年8月に文藝春秋より刊行され、昭和50年1月文春文庫に収録された。
 
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 「うるしT」は、「鬚を剃った魚」、いやそれ以下の類似品であって、嘲笑に値するということを、以下、主人は申し述べたいのである。


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