大空を自由に飛んでいますか?

8年前レビー小体型認知症と診断された母。急激に症状が進行。
3年前の2月に旅立ちました

感謝です

2015-12-31 18:53:34 | 日記
今年もあとわずか。

いろんな事がありすぎた一年。


まだ、未消化な事もあり、
もう、ピリオド打てた事もある。


引っ越して明日で半年。
早いな。


母と父の旅立ち後、たくさんの方から励ましのことばを
戴いた。きちんとお礼出来ないまま、今日を迎えてしまいました。


本当にありがとうございました。


今は、ただの馬鹿ブログになってしまいましたが、
よかったら来年も宜しくお願い申し上げます。

本当に本当にありがとうございました。

レビー小体型認知症④

2015-12-22 18:12:30 | 日記
去年は今頃、ひどく不安定だった。


12月27日は「穢らわしい」って何度も言われて。
http://blog.goo.ne.jp/tomtom470117/d/20141227


でも、前の日はこんな感じで。
http://blog.goo.ne.jp/tomtom470117/d/20141226


コミュニケーションがとれるだけに、哀しかったな。

動けなくなった母。首が曲がって、後ろに反って、
体幹保持が出来なくなって、どれほど辛かったろう。
ショートでは虐待(あっちはそう思ってないけど。確実に虐待だった)
ばかり。他の介護者さんのブログでもそんなに酷いケースは
読んだことがない。私の行いが悪かったせいかと今更ながら思います。


たった1年なのに「歳月」と言えるくらい生活が変わった。
環境も、メンタルも。


レビー小体型じゃなかったら、母はどんな症状だったんだろう。
考えるだけ、無駄だし、母にとっては何の意味もないな。


笑顔が可愛い人だった。
決断が速い人だった。
ズルけたり、ウジウジするのが嫌いな人だった。

今の自分はどうだろうか。

優柔不断な気がする。
どうなんだろう。
そうでもないのかな。


映画。
ゾディアック(ギレンホール!)とか、
ロシアン・スナイパー(主演の女優さんが、すっごいかっこいい。
ドイツ軍の”ファシスト”を308人狙撃)とか、
昨日はフォックス・キャッチャーとか実話に基づく系を連続で。

サイアク系が2本あったな。4倍速でもわかるヤツ。
スナイパーものは要注意だなあ。そんなのばかり観る方が悪いけど。


長瀬氏の「フラジャイル」が始まることもあって、
「ハンドク!!!」を全巻、観ました。
池袋ウエストゲートパークとタイガー&ドラゴンの真ん中の時期に
大石静脚本、堤幸彦演出で撮られたドラマ。
いや、もうかっこいいのなんの。

・・・・・・・・・・・・・。
やっぱり、去年と全然違うや。


健康診断は有り得ないほどの「健康」数値。
なんとかコレステロール値が165。180になったらお薬っていうことで。
これは食生活ではなく、遺伝的なやつだそうです。
卵やマヨネーズをバカ食いしなければOKですよって笑ってた。
帯状疱疹は抵抗力が弱ると再発する系だと皮膚科から先生のところに
連絡があったとか。もう、いやだ・・・・凹

いよいよ年末だ。

フラッシュバック的な?

2015-12-21 20:27:48 | 日記
世間がクリスマスから年末年始の慌ただしさが渦巻く今。

それなりに流れに乗れる今年。
追われるものは仕事だけで、なんという贅沢かと思う。

帯状疱疹はとりあえず落ち着いたようで
神経性の痛みだけがちょっと残っています。

いや、痛かったな。

母が旅立った日のことが悔やまれて仕方がない。
なぜ、仕事場に向かったのか。
当たり前だけど、ターミナルだったんだから、
あの日は家に居ても良かったんじゃないか。

土曜日、日曜日とドキドキしながら過ごしてやらなきゃならかなった
仕事だから、しょうがない。とわかっているのに。

それを思うと苦しくなって泣いてしまう。
いってらっしゃい、と送り出してくれた母。
目を閉じていたけれど、しっかり話してくれた。

ずっと、手を握っていればよかった。
最後の食事ケアも排泄ケアも出来なかった。


父だってそう。
未だに引きずっている。


毎日のように買っていたお惣菜売り場。
今日、久しぶりに足を運んだらどうにもならない気持ちになった。

これを最後に母が食べたのはいつかな。
父はこれを美味しいって言ってたな。
平日の手抜きを補ってくれたお惣菜の数々。


どこに行っても日々、拡大している「おせち売り場」。
母の大好物は栗きんとん。父は昆布巻き。
伊達巻にかまぼこ、ごまめに田作り。
黒豆はお正月くらい奢ってホンモノの丹波産に限るよね、とか。

毎年、毎年の行事だった。

オリジナルのお雑煮。父考案のお雑煮。
鶏がら、セロリなどを丸2昼夜煮込んでスープを作る。
あっさりのお醤油味はそのお雑煮がなくなったら
ようやく出番が来る。

小松菜が異常に高くなる今頃。
ウキウキしながら母と向かったデパート。


今年のお正月は何も出来なかったけれど。
おせちだけは用意した。
お雑煮も作った。


来年は?
W喪中だからお正月もないか。


改めての喪失感と挫折感と哀しさ。


命には限りがあるし。
母にはあれ以上の苦痛は残酷すぎたし。
父もしんどかったんだから、
今は

安らかに眠っている。
いや、あっちこっち行ってると信じたい。


昨日、お線香を頂戴した方に電話した。

58歳だというその人は父の友人の息子さん。
「いやあ、僕が小学校五年生の時です。父とお宅に伺って、
生まれて初めてハヤシライスをごちそうになったんです。
初めてクーラーの部屋で寝たんですよ。今でもハッキリ覚えています」。

料理自慢だった母が食べやすいようにと子どもがスプーンで気軽に
食べられるメニューにしたんだろう。
カレーはお母さんの味が一番だろうから、ちょっと目先を変えて、と。
思い出話を聴きながら、ちょっと誇らしかった。
良かったね、ママ
聞こえてたかな?


見つけたあ〜!

藤井フミヤ × 長瀬智也 TRUE LOVE

レビー小体型認知症➂

2015-12-17 20:21:02 | 日記
シグナルは「めまい」だった。

軽く考えていたけど、脳に異状が起きていたんだ。


そして。

ターニングポイントだったのかと思うのが
「パパと2人じゃつまらない」を繰り返し言うようになったこと。

共通の趣味があったわけじゃない(除・釣り)から
家で二人が盛り上がることはない。
会話も良く言えば「あ・うん」。
平たく言えば、ほぼ無し。


運動選手だけど文学少女だった母はそういうことを語り合える
旦那さんだったら、また、違う時間を過ごせた。
父は現役時代の遺産の中で生き続けていたから、
精神的に根本的なところで交わることは少なかったろう。


朝ごはんを用意して、食べて、ちぃ散歩みて、
そのまま時代劇みて、徹子の部屋~相棒~夕方のニュース、
夕ご飯の支度と片づけ・・・ってところで私が帰宅という
パターンだった。


あれこれ会話もしたけれど、週末はほぼ、べったりと一緒だったけど。


やっぱり、平日の朝から晩までが・・・・。


人口数百人の集落ってわけじゃないから、公民館とか
老人クラブとか無縁だし、そういうところに寄り合うのが
嫌いな人だったし。
でも、今思えば、何か外出・会話の機会を創るべきだった。


地域柄、地元民は無遠慮な人が多いし、下手すると宗教がらみで
勧誘されて、母がキレルってことも想定して
敢えて、人が集まるところに出向くように勧めなかった。
それが、いけなかったような気がする。


脳活じゃないけど。


ナンクロとかスゴイ難しいパズルを解いていたから
それで大丈夫と思っていた。

甘かったな。


「さびしい」とか「話がしたい」って親が言っていたら、
それは、何かのサインです。
子どもとして、打てる手をうってあげてください・・・。

レビー小体型認知症➁

2015-12-17 01:16:23 | 日記
診断されて、薬らしい薬はなくて。

微量の薬の副作用だか副反応だかが介護者の「時間」に
大きな影響を与える。
被験者じゃないし、曖昧な知識で処方しないで、と。

医者の匙加減より、毎日、関わる素人の匙加減が大事だと思った。
確かに、暴言は酷かったけど、“ヤク”で大人しくさせるなら、
誰でも出来るわけで。医者もいい加減だと思った。

それでも、寝てくれないと介護者が倒れてしまうから、
眠り薬だけは調整して欲しかった。
これは末期になるまでカンタンじゃなかったなあ。


ケア。 

ケアかあ。


ケアラー、なんて言い方がメジャーになっているの?
ヤングケアラー、はしっくり来るな。
学校や遊び、働き盛りに頑張らなきゃならない若者。
大変だな........


80過ぎた親を介護した50過ぎの自分は「介護者」だな。
うん。


帯状疱疹。
一度かかると2度目はない、って聞いてたけど。
医師はこんな短期間で2度目は珍しいって。
20代で発症して60代とか、そんな感じらしい。

いま、疱疹が暴れまくり。
ステロイド剤を塗ると、ウギャー!となる。

情けない〜。

歩行困難。

健康第一です。

ん?矛盾してるかな〜?