萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk11 建申月act.10―dead of night

2012-11-25 02:10:49 | dead of night 陽はまた昇る
第58話「双壁14」の後です

後朝、告白に今を綴じこめて



secret talk11 建申月act.10―dead of night

氷河の風ゆるやかなベランダ、グラスの泡は金いろ揺れる。
風は黒髪を梳いて額を露わせ、夏の陽に雪白の肌理を晒しだす。
その肌に昨夜の熱を見つめながら、透明な眼差しへと綺麗に笑いかけた。

「光一?昨夜は本当に俺、幸せだったよ。憧れた山の麓で憧れの人を抱けて、夢みたいだった。だから朝、夢か現実か解らなくなった、」

笑いかけた言葉に、透明な瞳が見つめてくれる。
いつものよう明るい無垢を湛えた瞳、けれど一夜で深まった艶が優しい。
その瞳に自分の貌が映るのを見つめて、唯ひとりのアンザイレンパートナーに微笑んだ。

「光一がいなくて俺、幸せな夢を見たのかと想った。でもシャワーを浴びても香が肌に残っていた、それに俺のシャツが無かった。
それで夢じゃなかったって解かったけど、光一はいないだろ?だから俺、光一に嫌われたのかと想った。昨夜を夢にしたいのかなって、」

朝、シーツは乱れても真白なまま、血の跡は無かった。
けれど痛みが無かったとは言えない、体も心も傷つけなかったと断言なんて出来ない。

―だって俺はもう、何度も周太を傷付けてる。体も心も、

初めての夜、お互いに幸せだと信じこんで周太を抱いて、けれど傷つけた。
あのときは互いに初めてで無知で、それなのに夢中になり過ぎた所為だと解かっている。
その後も自分は幾度、周太の意思を理解せず抱いてしまったのか解からない、そんな自責が本当はある。
男を愛するなら女を抱くのとは違う心と体の想いがある、そう幾度も思い知ってきた現実に英二は正直なまま告白した。

「光一は男として山ヤとして、誇りが強いよな?いちばんが好きで、山でも必ずトップを取りたい。負けず嫌いなのが光一だ。
本当は自分が主導権を獲れない事は、大嫌いだろ?それなのに俺に抱かれてくれたんだ、だから今朝いなくなっていた時に想ったよ?
実際にセックスしてみて、後悔したのかなって想った。朝になって冷静になったら嫌になって、全て無かった事にするのかなって想ったよ、」

男同士で愛し合うことは、今の日本では不道徳だと言われ易い。
差別もある、汚らわしいと言われることもある、そんな現実を潔癖な光一が嫌っても仕方ない。
そんな諦めと哀しみが痛かった、そんな今朝の記憶に微笑んだ英二に、透明な瞳が困ったよう笑ってくれた。

「嫌いになんてなるわけないね。ソンナ生半可な気持ちじゃ出来ない、俺は初心で臆病なんだからね?うんと覚悟して決めたんだ、」

初心で臆病、その言葉はきっと誰もが意外だろう。
老練なほど緻密のテクニックで豪胆なハイスピードの登攀をする、そんな光一には似合わない言葉。
そう誰もが想うだろう、けれど無垢な山っ子にとって「人間の恋愛」は初心、そして臆病になる理由も今なら解かる。
その理解と見つめる想いの真中で、透明なテノールは言葉を続けた。

「おまえと一緒にマッターホルンとアイガーの北壁をヤれたら、おまえの実績は認められて俺のセカンドって誰もが納得するよね?
そうしたら本当に生涯ずっと傍にいてくれるって想って、だからソレが決ってからにしたくてね…俺のほうこそ自信、無いんだから、」

自信が無い、そう告げて薄紅の唇はグラスをふくんだ。
傾けるグラスに金色の泡は昇り、華やいだアルコールが花と香る。
そっと唇からグラスを離し、ことんとテラステーブルに置くと光一は、静かなトーンで話してくれた。

「おまえは周太のこと、溺愛しちゃってるよね?それって納得できるよ、あのひとは優しくて強くて、本当に綺麗で可愛いから。
ソンナ恋愛している英二には、俺の気持ちは邪魔になるって想う瞬間があるよ?だから俺を抱きたいって言うのも、本当は無理してる?
そう思っちゃうと勇気が出ない、俺のこと邪魔に想われるの嫌で、抱かれたら重荷になるだけって想えて、自信なんか無い…少しも、ね」

最後の言葉にテノールは震えて、ひとつ溜息を吐いた。
こぼれた吐息は高雅に香こぼし、素直にテノールの声が想い紡いだ。

「昨夜…おまえの肩越しにね、空と山が見えたよ。夕焼けに染まる赤い山を背負って、おまえ綺麗だった。怖いくらい綺麗でね、
山が英二になって俺を抱いてる、そんなふうにも想えて、幸せで、ほんとうに惚れてるって…おまえに抱かれてるの幸せだったよ。
で、ゆうべ俺、気絶したんだよね?…それで気がついたら部屋は静かで、英二は眠ってた。俺のこと抱きしめたまんまでね…嬉しかった、」

ふっと微笑んだ透明な瞳が見つめてくれる。
見つめて、けれど微かに長い睫を伏せて透明な声の吐息こぼした。

「でも怖くなった…昨夜は何度もえっちしてくれたけど、アイガーの後で興奮してたからかも?だから…目が醒めたら後悔されるって。
おまえには周太がいるんだ…それなのに俺なんか抱いて裏切るみたいだろ?そういうの後悔しても仕方ない、だから朝は逃げたんだ、怖くて…」

途切れた声のまま白い指を伸ばし、皿の果実をつまんでくれる。
そっと白い果実を薄紅の唇にふくませ、光一は甘い香を噛みだした。
かすかな果実の砕かれる音に言葉は封じられる、その横顔に暁の言葉が蘇える。

―…良かった、俺のこと朝になっても好きなんだね?

夜明、モルゲンロート輝く窓辺でピアノに向かい、微笑んでくれた言葉。
ようやく伝わりだす深意が今、言われた言葉たちに切なく傷んで、愛おしい。
愛しい想い見つめる横顔の白い実ふくんだ唇、あまやかな香ごと飲みこむと静かに微笑んだ。

「おまえの寝顔、幸せそうで綺麗でね…本当はずっと見ていたかった。でも怖かったんだ、目が覚めたとき誰の名前を呼ぶのか。
俺じゃなくて周太って呼ぶかもしれない、周太の夢を見て幸せな寝顔なのかもしれない、そう想ったら怖くてベッドから逃げたんだ。
シャワーで頭から湯を被って、だけど英二の香が残ってね…それが嬉しかった、だから俺、おまえのシャツを着たんだ、香だけでも欲しくて」

話してくれながら、そっと白いシャツの衿元を直す。
まだ光一は英二のシャツを着たままでいる、その想いにテノールの声は微笑んだ。

「おまえのシャツ着たら、いつもの匂いが嬉しかった。いつも夜、おまえんトコ邪魔して寝るのってね、森みたいな匂いが好きなんだ。
うれしくて、もう脱ぎたくなくって、だから部屋から出て行ったんだ。すこしでも長くシャツを取り上げられたくないから、逃げたね。
きっと探すなら下に行くだろうって思って俺、上に行ってさ。そうしたらピアノがあってね、気がついたら鍵盤の上に俺の指が踊ってた、」

白い指を軽く組みあわす、その爪が桜色に艶めき優しい。
しなやかに長い指を組む華奢な手に、透明な瞳は今朝の記憶に微笑んだ。

「前に話したよね?俺のおふくろは山ヤだけどピアニストだったって。だからかね、俺、おふくろが死んでからよく弾くんだよ。
誰にも聴かれないようにして、独りで思いつく曲を好きなだけ弾いて、歌ってね…すっきりする、そうするとなんか楽になってね。
今朝もね、気がついたらピアノを弾いて歌ってた…思いつく曲は全部おまえと聴いたのばっかりでさ、でも片っ端から弾いて歌ってた、ね」

告げてくれる言葉の向こう、黒髪なびかせ透明な瞳は見つめて微笑む。
その笑顔は透けるよう明るく清らかで、思いの真実が艶やかに佇んで愛しい。
今朝、透明な声と旋律を静かに響かせた横顔は、穏やかな痛切と幸福が目映く輝いていた。
暁と同じに愛しいまま惹かれ見つめて、静かに英二は立ちあがるとワインバケットを持って部屋に入った。

「…英二?」

ブルーシャツの背中に透明な声が呼んで、肩越しふりむき笑いかける。
そのまま冷蔵庫を開きボトルごと仕舞うと、窓の向こう太陽の下に戻って綺麗に微笑んだ。

「光一、今すぐ光一のこと抱えこませてよ?もしYesならグラスを空けて、部屋に戻って?」

告げた言葉に透明な瞳は微笑んで、薄紅の唇グラスにくちづける。
グラスへと陽は明るく輝いて、きらめき揺らす金色の酒は飲まれていく。
グラス傾け白い顎をあげ、最後ひとしずく飲みほすと白いシャツ姿は立ち上がり微笑んだ。

「残りの梨は、後で食べてもイイ?まだシャンパンも残ってるから、」
「うん、」

頷いて笑いかけ、テラステーブルの皿とグラスを手にとった。
ベランダ越しのアイガーは雲をまとい靡かせ、狭間に蒼い壁をのぞかせ佇む。
美しい冷厳と雄渾の山、その姿に昨日も見た青い背中への想いは今、この体から残り香とあざやかになる。
肌昇らす香への想いと窓の内へ戻ると、夏の花たちは部屋あふれて清楚匂いやかに瑞々しい。
花に微笑んでグラスたちをデスクに置き、窓の鍵を掛けると英二は恋人に向きあった。

「光一、また夢を見させてくれる?光一を抱いて幸せな夢を見たい、昨夜の続きがほしい、」

笑いかけ見つめて問う許しに、底抜けに明るい目が笑ってくれる。
同じ高さの眼差しは真直ぐ見つめて、すこし羞みながら綺麗に微笑んだ。

「俺も夢を見たいね、目を開けてても幸せなまんまで、」
「俺もだよ、」

笑いかけた唇を重ね、ふれるキスに微笑が温かい。
やわらかな熱と花の香むせるキス、抱きしめベッドへと抱え上げて、唇そっと離して笑いかけた。

「光一、体の調子は?痛いとか本当のこと言ってくれ、そうしないと傷つけることになるから、」
「すこし怠いのと、腰がちょっとキてるね。でも…ね、」

答えて途切れる言葉に本音が伝わって、真昼のベッドでキスを交わす。
甘い香ふれて離れて見つめ合う、その透明な瞳が恥らいに艶を華やがせる。
あわく紅潮のぼりだす衿元、白いシャツのボタンに英二は長い指を掛け、外した。

「…あ、」

吐息のようテノールがこぼれて、透明な瞳は途惑い見つめてくれる。
ひとつ、外れたボタンに白い肌は鎖骨を透かし馥郁と香らす、その香りに接吻ける。
ふれた雪白の肌から唇にふるえる鼓動伝わり、しなやかな掌が両肩にそっと置かれて問いかけた。

「あの、さ、風呂入んないの?…このままする気?俺、汗かいてると思う、し…それに、まだ…」

言葉に顔をあげて見つめた恋人は、雪白の頬に紅潮ためらい染めていく。
不安と困惑と、けれど幸福な悦びへの期待と信頼が、透明な瞳から見つめてくれる。
そっと見つめ返して眼差しからめ、無垢な瞳への想い笑いかけて英二は答えと微笑んだ。

「途中までしたら風呂、連れて行くよ。ちゃんと支度するから心配しないで、安心して?光一、」
「…うん、」

素直に頷いてくれる紅ふくんだ首筋が艶やかで、惹かれるまま唇ふれる。
うすい肌理なめらかに唇へ甘くて、高雅な香に酔わされるままキスの刻印を付けた。




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