萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.3-another,side story「陽はまた昇る」

2015-03-31 17:05:07 | 陽はまた昇るanother,side story
壁、扉の先



第83話 辞世 act.3-another,side story「陽はまた昇る」

山盛りの皿は湯気おだやかに温かい。
四人むかいあうテーブルは皿どれも彩ゆたかに香る、そんな食卓で眼鏡の眼差し笑った。

「ほんとすごいな唐揚げ、8人前あるよな?」

闊達なトーンいつもと変わらない、この明るさに救われる。
だって40分前まで隣は泣いていた、その向かいで堅実な恩師が微笑んだ。

「手塚くんの言う通りでしょうね、おやじさん、唐揚げは飲みものってやつですか?」
「飲んだら詰まっちまいますよ?はい、青木先生の空芯菜おまち、」

温かな声笑って武骨な手が緑あざやかな一皿おいてくれる。
瑞々しく芳ばしい湯気も温かい、その食卓に店主は大らかに笑ってくれた。

「たっぷり食べて笑っていってくださいよ、ネエさんはお替りサービスしますからね?ごゆっくりどうぞ、」

ほら、こんなふう優しいんだ。
いつも変わらない実直な笑顔にきれいな明るい瞳も笑った。

「ありがとうございます、だけど食べ切れるかも心配ですよ?こんなにいっぱい、」
「じゃあ杏仁豆腐サービスしましょう、甘いモンは別腹でしょ?」

笑って頭下げて踵をかえす、その左脚やはり引きずってしまう。
あれから14年、それでも残る傷痕に泣きたい本音ごと周太は笑った。

「よかったね美代さん、きっと前に美味しいって言ったの憶えてくれてるね?」
「うん、ほんと優しいよね、おやじさん、」

肯いてくれる笑顔の頬は涙の痕もう見えない。
きれいな瞳も明るんで、そして正面の恩師まっすぐ見つめて言った。

「青木先生、もうお気づきでしょうが私、前期は落ちました。でも湯原くんのお蔭で後期を受けます、」

ほら、ストレート偽りなく言ってしまう。
こんな実直がまぶしくて好きだ、この大好きな友達に笑いかけた。

「僕はなにもしてないよ、美代さん?」
「ううん、湯原くんが引っ張ってくれたから私、もう一度受けようって想えたもの、」

かわいい声、けれど聡明に凛と強い。
もう泣いているより前を向く、そんな笑顔に准教授は箸とりながら微笑んだ。

「白状します、湯原くんと小嶌さんを手塚くんが目撃したからこの店に来たんですよ?」

あ、それってもしかして?

もしかしてそれって40分前を見ちゃったってこと?
そうだとしたら気恥ずかしすぎる、もうカーディガンの首すじ熱くなるまま言われた。

「お姫さま抱っこで走る周太、カッコよかったよ?俺びっくりして感動した、おっ唐揚げうまい!」

びっくりで感動ってどういうこと?
訊きたいけど恥ずかしくて声つまってしまう、けれど可愛い声が尋ねた。

「手塚くん、びっくりして感動ってどういうこと?」
「意外だったからだよ、でも納得で感動、」

応えながら聡い瞳が笑いだす。
愉快でたまらない、そんな眼鏡の笑顔は箸うごかしながら言った。

「周太って可愛いカンジだろ?ふわふわ優しい雰囲気でさ、どっちか言うと抱えられてそうだから意外でな。でも見たらカッコよくて納得の感動、」

抱えられてそう、ってそれ正解です。

「…っ、」

ああ恥ずかしい、こんな図星の正解どうしよう?

―たしかにえいじにだっこされたりあるけど、でも賢弥にはなしてないよなんでどうしよう、

言われた通り自分は「抱えられて」いる、ああどうしよう?
なにか言わないといけない?けれど焦って逆上せて額までもう熱くなる。
きっと今もう真赤だ、この途惑いまた狼狽えて困って、けれど隣から友達は笑った。

「それ私も同じ感想、ほんと意外でびっくりして、カッコよくて感動です。こんな感動は初めて、」

それ、ほんとう?

「え…」

だって君は英二に恋しているはず、それは感動から始まった恋だ。
なのに「初めて」なんて意外で驚いたまま疑問こぼれた。

「でも美代さん、英二で感動したでしょ?冬富士のとき…光一を助けて、でも何も言わなかった英二に、」

冬富士、あれは去年の一月だった。
あれから一年以上もう過ぎる、その記憶に友達は笑った。

「あのときも感動したよ、でも私自身を男のひとに助けてもらったのってね、たぶん今日が初めて、」

ああ、そういうことなんだ?

大事な人を助けてもらう、それは嬉しくて心惹かれる。
けれど自分じゃない、そこにある差を見つめながらポケットの携帯電話が呼んだ。

「あ、ちょっとすみません、」

詫びながら立ちあがって首すじもう熱い。
また子供っぽくて困らされる、そんな背に恩師が微笑んだ。

「電話かな、遠慮なくどうぞ?」
「すみません、ありがとうございます、」

また詫びてマフラー巻きながら扉を開ける。
かたん、閉じてすぐ繋いだ電話を低い声が訊いた。

「俺だ、今どこにいる?」

名乗らない、けれど誰かすぐ解かる。
そして声のトーンに用件すら見えて、ただ呼吸ひとつ微笑んだ。

「新宿です、戻りますか?」

そういうこと、だから名乗らない。
もう初めてじゃない覚悟そっと呑みこんで、そして言われた。

「車で迎えに行く、前の場所に5分でこられるか?」

ほら迎えが来る、その行く先は?




(to be continued)

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