萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.13-side story「陽はまた昇る」

2016-09-26 22:05:03 | 陽はまた昇るside story
I think it mercy, if Thou wilt forget. 忘却に慈悲を、
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.13-side story「陽はまた昇る」

月が見える、窓はるかに高い月。

「う…ん?」

ゆるやかな視界は月の窓、ほの白いカーテン、それから薄暗い天井。
窓の月は澄む。懐かしい夜の空間、背中ふれるベッドの硬さも似ている、でも違う。
知っているけれど同じではない馴染まない、それでも懐かしい窓に起きあがり英二は呻いた。

「つっ…、」

痛い、鈍痛が脳を貫く。
鈍いくせ刺すような痛み、これは何だろう?
不慣れに痛む額に掌あてて、かたん、扉が鳴り光射しこんだ。

「あ?起きたな宮田、だいじょうぶかよ?」

朗らかな声が笑って、天井ぱっと白くなる。
明るんだ部屋に瞳細めた先、Tシャツの腕がペットボトル差しだした。

「ほらスポーツドリンク、まず飲めよ?あんだけ酒やったら脱水になんぞ?」

笑顔のペットボトル受けとって、ふれる冷たさに掌から醒める。
言われるまま蓋を外し口つけて、こくり喉すべった柑橘の香ほっと息ついた。

「…うまい、ありがとな藤岡、」

沁みる、喉にも脳まで沁みこむ。
涼やかな感覚に微笑んだ傍ら、同期は床に腰おろし笑った。

「ホント美味いって顔してんなあ、喉カラっカラだったろ?」
「脳まで沁みる感じするよ、」

礼と微笑んで吐息かすかにアルコール香る。
まだ酒が抜けきらない、そんな感覚に髪かきあげ尋ねた。

「ここ青梅署の寮?」
「そうだよ、俺の部屋、」

からり笑ってくれる大きな目は明るい。
あいかわらずの同期は胡坐くみなおし、ふと首傾げた。

「って、もしかして憶えてないとか宮田?」

ほんとに?

そんな視線まっすぐ見あげてくれる。
気さくで明るい眼ざしに、ただ痛む頭さすり微笑んだ。

「なんとなくは憶えてる、原さんと一緒に歩いてきたよな?」

あの先輩とは先月も顔合わせている。
あの銀嶺まだ先月のことだ、けれど遠いような今に同期が笑った。

「うん、北岳の話で盛りあがってたよ?黒木さんがドウとかって宮田、すげー笑ってさ、」

その話題ちょっと危ないかも?言われた危惧に訊いてみた。

「黒木さんのこと俺、なんて言ってた?」
「国村が黒木さんのナントカに似てるとかドウとか言ってたよ、笑いまくるからよく解かんなかったけどさ?」

からり人の好い笑顔が教えてくれる。
この雰囲気なら「危ない」は避けられた?ちいさな安堵に訊かれた。

「おせっかいゴメン、湯原はどうしてる?」

ほら鼓動が止まる、名前だけで。

ほら痛い、でも原因は酒じゃない、肩や肋骨の怪我も違う。
呼吸つめられる想いの真中で大きな目がまっすぐ見つめた。

「長野のニュース見てたよ俺、湯原は無事なんだよな?」

問いかける声に気づかされる。
あのひとには「自分だけ」じゃない、忘れかけた繋がりに微笑んだ。

「駐在所で見てたのか?」
「救助隊はみんな見てたよ、朝の巡回から戻ったタイミングだったしさ、」

答えながらペットボトルの蓋ひらく。
まだ雪残る夜、それでもTシャツ姿の同期は口開いた。

「宮田が映ったから青梅署じゃ話題だよ。背負ってたの特殊部隊の隊服だしさ、なのにマスクしないで映されたろ?処分の心配してたんだ、」

話してくれる声は疑問を孕んで、それでも温かい。
変わらない篤実な同期に溜息ひとつ笑った。

「そっか、だから今夜は俺を酔い潰そうとしたんだ?」

これは計画的な状況だ?
はまりこんだ寮の一室、人の好い顔は頷いてくれた。

「本人から聴いたほうがいいって国村が言ってくれたんだ、後藤さんも承知してるよ。同期で同僚なのに又聞きは寂しすぎるだろってさ、」

全員同意の上だった。
そう告げてくれる同期に微笑んだ。

「ありがとな藤岡、いろいろごめん、」
「謝るんなら話せよ、何があったんだよ宮田?」

率直な声が尋ねてくれる。
それでも答えていいのか解らない、けれど問われた。

「湯原のマスクを外したのは宮田だろ?SATが顔を曝しちゃマズイの解かってるよな、湯原が報復ターゲットにされてもいいのかよ?」

大きな目まっすぐ訊いてくれる。
この問いかけ誤魔化したくはない、願いに口開いた。

「周太を救けたいんだ、SATで顔を曝したら警察を辞められるだろ?」

辞めさせたい、そして忘れてほしい。
想い見つめた真中で大きな目すこし笑ってくれた。

「ソレって宮田が決めることじゃないと思うけどさ、そこまで思い詰める理由あるんだろな、」

深夜に低めた声、それでも大らかなトーン明るい。
蛍光灯に照らされた部屋、月の窓辺そっと笑った。

「周太は忘れたほうがいいんだ、警察のこと全部、」

すべて忘れられるなら、それが幸せだ。
そんな現実を歩いた二年間に山の仲間が言った。

「あのさ宮田、おまえこそ忘れたいことあるんじゃないか?」

今、なんて言ってくれたのだろう?

「俺が?」
「うん、おまえが忘れたいんだろなって、」

繰りかえし言ってくれる、その言葉ゆっくり脳裡めぐる。
どういう意味だろう?ただ見つめるまま言われた。

「よくあるだろ?自分を相手に投影するってヤツでさ、自分が忘れたいことあるから他のヤツも同じって思うんじゃないか?」

こんなこと言われると思わなかったな?
意外な台詞の声につい訊いた。

「藤岡ってそういうことも言うんだな?」
「たまにだよ、普段ソンナ小難しいこと考えんし俺、」

からり笑って胡坐を組みなおす。
そんな仕草も気さくな笑顔は言った。

「あのさ、吐きだしたいけど近すぎる相手には言えないってあるだろ?」

近すぎて言えない、確かにそういう距離感はあるな?
その記憶からすこし微笑んだ。

「そうだな、それ光一が言ってた?」
「アレでも国村は心配してるんだよ、自分がいなくなった後の宮田のこと、」

朗らかなトーン教えてくれる。
深夜でも人の好い笑顔は言ってくれた。

「俺と宮田はめちゃくちゃ気が合うわけじゃないよ、でも卒配も一緒で同じ山岳救助隊だろ?お互いの人間関係ある程度は解かってるからさ、遠慮なく愚痴るにはちょうどいい相手かもしれないよな?」

こんなこと言ってくれる相手、自分には今までいなかった。
きっと二年前の自分なら信じない、けれど二年を超えた今が言ってくれた。

「無理に話せとは言わないけどさ、でも宮田が吐きだして忘れたいんならボケッと聞き流してやるよ?電柱に喋るよりはマシだろ、」

こんなふう言ってくれるんだ、この男が?
こんな予想外に呼吸ひとつ、英二は素直に笑った。

「缶ビールでも買いに行くか、藤岡?」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

(無料ブログランキング参加中)
にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする